第170話 小麦粉不足
☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★
ヤンマガWebでコミカライズが更新されました。
こちらでもよろしくお願いします。
またコミックス3巻 7月20日発売です。
レティヴィア騎士団との出会いを網羅。
一気にキャラクターが増えて、賑やかになっておりますので、
是非お買い上げください。
それは緊張の一瞬だった。
僕とレティヴィア家の家族たちが居間に集まって、1枚の封書に注目している。
真っ白な封書には瀟洒な絵柄が描かれていて、赤い蝋付けで封をされている。そこにはジーマ初等学校の校印が押されていた。
慎重に封を切り、中身を開く。
形式張った言葉が並んだ文字に目を通した後、最終的な結論が書かれていた。
その文字を見た時、僕は目を輝かせる。
「やった。合格だよ!!」
ユラン!!
僕の前にソファに座っていた試練の竜の女の子は、キラリと星のように目を輝かせた。
おもむろにソファの上に立つと、両手を掲げる。
「やったぁぁぁぁああああああああ!!」
まさに天地が裂けんばかりの勢いある声で絶叫する。
「おめでとう、ユラン」
「良かったわねぇ」
「おめでとう」
「おめでとうございます、ユラン!!」
クラヴィス父上、ソフィーニ母上、カリム兄様、リーリスが揃って、ジーマ初等学校に入学を決めたユランを讃える。
その賛辞を聞いて、ユランはさらに有頂天になる。
ついには「かっかっかっ」と高笑いを響かせた。
「ふん。当然じゃ! 我は試練の竜じゃぞ。人間の試練もとい試験に合格できぬ道理などあるはずなかろう」
調子のいいことを言っちゃって。
試練の竜の我が人間の試験に落ちたらどうしようと泣き言を言って、僕に封を開ける係を押し付けたきたのは、ユランなのに。
でも、良かった。ユランが合格して。
「一緒に学校に行けますね、ユラン」
すでに推薦で合格を決めているリーリスはユランの手を取った。
「うむ。よろしく頼むぞ、リーリス」
「はい!」
「では、早速お祝いをしないと」
「そうだな。今日は豪華な料理をしないと。3人分のな」
「ええ! リーリス、ユラン、そしてルーシェルのお祝いをしましょう!」
ソフィーニ母上はもうすっかりその気だ。
早速、部屋から出て行く。
ソンホーさんたち料理人やヴェンソンさんたちと打ち合わせに言ったのかもしれない。
貴族には昔から家の外のことは当主が、家の中のことは当主の正室が取り仕切るように言われている。
家の中での祝い事は、ソフィーニさんの仕事なのだ。
じゃあ、僕も何か作ろうかな。
◆◇◆◇◆
自分のお祝いのために料理を、自分で料理を作るというのもおかしいかもしれないけど、僕は料理人だ。
人が作ってくれた料理を食べるのも好きだけど、自分が作った料理を食べて、人が喜んでくれるのも好きだ。
それに今回はユランの入学祝いってのもあるしね。
何にしようかな……。
ユランと言えば、因縁のドラゴンステーキだけど、さすがにそれは用意できない。
それにまだ雪が溶けて、ようやく温かくなってきた頃だ。
食料も豊富というほど、倉庫には揃っていないはず。
僕が魔獣を狩ってくる以外じゃ、魚ぐらいかな。そうだ。前に作った鱈のパイ包みでも作ろうか。クラヴィス父上には好評だったし、お祝いにはピッタリな品だ。
というわけで、僕は早速調理場へと向かった。
「それは弱ったわねぇ……」
その入口で項垂れていたのは、先に向かったソフィーニ母上だった。
側にはヴェンソンさん、カンナさん、さらに料理長のソンホーさんまでいる。
「申し訳ありません、奥様」
そのソンホーさんは申し訳なさそうに、頭を下げた。
料理長がああやって頭を下げている姿は、僕も初めて見る。
何かあったんだろうか。
しばし2人のやりとりを見守っていると、突然肩を叩かれた。振り返ると、ヤンソンさんと目が合う。浮かない表情だ。やっぱり何かあったのだろう。
「どうしたんですか、ヤンソンさん?」
「食料庫の食材が少なくなってきているのは知っているだろ? 特に小麦が足りてないんだ」
「え? でも、ここは王都ですよ。すぐ買えるんじゃ?」
そう。ここはレティヴィア本家ではなく、ミルデガード王国王都ジーマにある別邸だ。王都の中にあるから、様々なものがほぼ目の前で売り買いされている。
珍しい食材はともかくとして、小麦が手に入らないなんて。
「レティヴィア家の本邸では他国からの小麦を買い上げていたから、気にならなかったけどな。この辺じゃ、小麦は不作だったらしい。元々備蓄が少なかったのが影響してて、王都では今慢性的な小麦不足なんだとよ」
小麦はミルデガード王国だけではなく、数多くの国で主食とされる穀類だ。
そのため、どこの国でも国が一旦小麦粉を買い上げ、国庫に備蓄する施策を採っている。
その年ごとの収穫量などに合わせて、国が流通量をコントロールしているのだ。
おそらくだけど、今年は冬季が長かった。ということは、小麦の種まき時期が遅れ、収穫時期がずれることも考えられる。
そこに来て、昨年の不作。
おそらく、それを見越して、小麦の流通量を意図的に減らしているのだろう。
「事情はよくわかりました。それよりヤンソンさん。それは?」
僕はヤンソンさんが持っている袋を指差した。
「甘藷だ。何か使えないかなって思って、近くの市場で買ってきた」
「甘藷……」
「しかし、弱ったぜ。精霊の騒動もあったからな。ご当主様の一存でうちで備蓄していた小麦を、領民に開放……って、おい。ルーシェル」
ヤンソンさんから事情を聞いた僕は、今度はソフィーニ母上とソンホーさんの間に割って入る。
「これではケーキが作れないわね。祝い事では必ずケーキを作ってきたのに……。息子と娘同然のユランちゃんの入学祝いを祝えないなんて。何か良い方法はない? ソンホー」
「むぅ……」
ソンホーさんは顎に手を当てる。
小麦がないぐらいだ。おそらく他の穀物も少ない。手持ちの食材でケーキに代わる料理を作るのは、如何に経験豊富なソンホーさんでも難しいのだろう。
「ソフィーニ母上、ソンホーさん。僕に考えがあります」
「ルーシェル? あなた、何故ここに?」
「自分も料理を1品作りたくて」
「まあ……。ルーシェルらしいわね」
「……それよりも、小麦粉がなくてもケーキを作る方法がありますよ」
「え? 本当に?」
「本当か? こぞ……ごほん! ルーシェル様。一体何を使って……」
「それはヤンソンさんが持ってますよ」
皆の視線がヤンソンの持っている甘藷に向かう。
みんながギョッとするの見て、僕はニヤリと笑うのだった。









