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【書籍化】公爵家の料理番様 ~300年生きる小さな料理人~  作者: 延野正行
氷の花嫁編

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第150話 精霊人の役目

☆★☆★ コミックス1巻 重版決定 ☆★☆★


おかげさまで、『公爵家の料理番様』コミックス1巻の重版が決まりました。

お買い上げいただいた方ありがとうございます。


引き続きAmazon、楽天などのネットショップの方には、在庫がございます。

原作小説ともども、是非お買い上げいただきますようよろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

 アプラスさんの小屋を後にした僕たちは、『氷魔の渓谷』の奥にある神殿へと向かう。

 そこには氷の精霊の力を閉じ込めたオーブが存在するらしい。

 オーブに停止を呼びかけることによって、この一連の寒波騒動は収拾できるそうだ。


 それはめでたいことではあるのだけど、パーティーの雰囲気が重かった。


 特にカーゼルスさんとアプラスさんだ。

 昨日は、まるで熟年の夫婦みたいにどこか息がぴったりだった2人だけど、今日はどちらとも表情が暗い。

 そもそも挨拶以外に朝から2人は1度も会話らしい会話をしていなかった。


 それはフレッティさんもカリムさんも感じているらしい。

 リチルさんは事情を知っているらしく、2人を交互に見ながらソワソワしていた。


 こういう時って、その……空気を読む? 的なことで何も言わない方がいいのかな。

 けど、空は陰鬱な雪雲、果てしなく広がる雪原と、大きな氷柱が垂れ下がる渓谷。


 ただ黙って、歩くのも疲れると思う。


 こういう時、ミルディさんがいれば、場を和ませてくれるのだろうけど、残念ながらその代役を務めることができる人材はいなかった。


 1つ気にするべきはカーゼルス伯爵だろう。


 どこか思い詰めた表情をしている。

 何か無茶なことをしなければいいのだけど……。


 そうこうしてるうちに、僕たちは神殿に辿り着いた。


「わぁ……。すごい……」


 天井、床も、そして柱もまるですべて氷でできていた。

 表面も綺麗に磨かれ、顔を近づけると、鏡のように僕の顔を映し出す。


 ほんのりと明るいのは、おそらく空気の中に含まれる精霊の量が多いからだ。

 1つ1つは微細な精霊でも、魔力を帯びている。それが集まって、中を明るく照らし出しているのだろう。


 それにしても、綺麗な神殿だ。

 たぶん、氷の精霊が作ったものではない。

 精霊たちは、災害を起こすほどの力を持っていても、人間のようなものを作る技術はないからだ。


 聞けばやはりアプラスさんが、洞窟をくり抜き、何百年と時間をかけて作ったのだという。


 神殿の奥へと進むと、一際強く光る宝珠があった。


「これがオーブですか?」


「はい。少しお待ちください」


 アプラスさんは手をかざすと、次第にオーブは光を失っていく。

 最後に消えてしまい、他のフロアとさほど変わらない明るさになってしまった。


 耳を澄ますと、それまで耳鳴りのように聞こえていた吹雪の音が止んだような気がする。

 刺すように寒かった空気が、心なしか緩んだように感じた。


「これで寒波は収まるはずです。ただ明確に感じるのは、数日後のことかと思いますが」


「アプラスさん、ありがとうございます」


 僕がお礼を言うと、アプラスさんは首を振り、頭を下げた。


「いえ。私がこまめに溶岩魔王の動向を探っていれば、もう少し早く寒波を止めることができたかもしれません。ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした」


「それで改めて聞きますけど、アプラスさんはどうされるのですか? 溶岩魔王は倒され、花嫁としての役割を1つ終えた。ということは、普通の人間としての暮らしをしてもいいんじゃないでしょうか?」


「ああ。確かに! ナイスな提案ね、ルーシェルくん!」


 リチルさんが目を光らせて、同意する。

 ちらっと、少し後ろの方で聞いていたカーゼルス伯爵の反応を窺う。


 アプラスさんは1000年精霊とともに生きてきた。そして僕もまた300年という時の中で、山とともに生きてきた。

 だからなんとなくアプラスさんの気持ちはわかる。

 たとえ、人界に戻れたとしても、きちんと生活できるかどうか、妙な目で見られないか、どうしても心配になってしまうものだ。


 でも、仮にアプラスさんが役割を終えたとしても、彼女にはきちんと人間の生活に戻っても、帰る場所がある。

 僕にレティヴィア家があったように、カーゼルス伯爵なら、アプラスさんの受け皿になってくれるはずだ。


「申し訳ありません。精霊の花嫁たる精霊人の役目は、1つだけではありません。神殿を作ることもそう。みだりに精霊の力を使わせないこともまた役目の1つです。1つの役目が終えたからといって、この渓谷から降りるわけにはいかないのです」


 また頭を下げる。

 その手を力強く握ったのは、リチルさんだった。

 ただ真っ正面からアプラスさんを見たリチルさんは、一言こう尋ねる。


「それがあなたの本心ということでいいのね?」


 アプラスさんは一瞬、リチルさんの背後に立っていたカーゼルス伯爵を見たような気がした。


 だが、すぐに目線をリチルさんに戻し、小さく「はい」と頷く。


 今の反応だけでは、僕にはわからない。

 アプラスさんが言っていることは間違いではないだろう。でも、やっぱり僕には諦めているように見えてしまう。

 たぶん、僕がアプラスさんとカーゼルス伯爵が一緒になってほしいと思ってるからなんだと思うけれど。


 リチルさんはくるりと振り返る。


「みなさん、帰りましょう」


「しかし、リチル……」


「女の本心は男にはわかりませんよ。ね? 団長」


「何が言いたいんだ、リチル。俺は男だぞ」


「なんでもありません。わたしはアプラスさんの気持ちがそれだけ強いと感じました。それだけです」


 釈然としないけど、無理強いするのもあまり良くない。

 僕はリチルさんの意見に同意することにした。


 アプラスさんに最後の挨拶をして、僕たちは神殿を出ていこうとする。

 ただカーゼルス伯爵だけ、そこに止まった。


「最後に、アプラスと話をさせてほしい。時間はかけないつもりだ」


「わかりました」


 カリム兄さんは了承し、アプラスさんとカーゼルス伯爵を置いて、僕たちは神殿を出て行く。


 外に出ると、本当に吹雪が止んでいた。

 微風こそ吹いて、雪の粉が舞っているけれども、少し前と比べると雲泥の差だ。

 空を見ると、雲が避けて、久方ぶりの晴れ間が現れようとしている。

 気温が高くなれば、ミルディさんやユランが起きてくるかもしれない。

 帰ったら、おいしい料理を作って上げよう。


 僕はメニューを考えていると、ふとリチルさんが口にした。


「よく考えると、1000年間精霊の花嫁でいたって、凄いことですよね」


「ああ。そうだね。文献に残っている精霊人のほとんどが、精神を病み、魔女化したとある。1000年も生きる精霊人はもしかしたら、彼女が初めてかもしれない」


 カリム兄さんは頷いた。

 どうやら、ここに来る前に精霊人のことを調べたみたいだ。

 真面目なカリム兄さんらしいと思う。


「それで思ったんですけど……」


「なんだ、リチル?」


「1000年も精霊の花嫁をするってすごいことじゃないですか。それってつまり、アプラスさんは精霊のことを満更……いや、本当に愛していらっしゃるのではないかと」


「え? でも、相手は精霊だぞ」


 フレッティさんは眉を顰める。

 その言葉を聞いて、リチルさんは肩を竦めた。


「わかっていませんねぇ、団長。愛に形なんてないんですよ。きっかけも人それぞれなんです。竜だって、人を愛することだってありますし、人間が精霊を恋することだってあるでしょう」


「竜が人を……。それはお話の中のことだろう?」


 ポカンとしてフレッティさんが答えると、リチルさんは盛大にため息を吐いた。


「これだから鈍感男子どもは……」


「何か言ったか、リチル?」


「なんでもありません。団長の恋の感知能力(アンテナ)が、子ども並みだと再確認しただけです」


 リチルさんはつーん、とフレッティさんから顔を背けてしまった。

 相変わらず、この2人のやりとりは面白いなあ。

 ところで「ども」って、フレッティさんの他に誰を指してるんだろうか。


 僕が首を傾げていると、背後でカリムさんが口元を抑えて笑っていた。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 突然地鳴りが響く。

 雪崩かと思い、僕たちは周囲を警戒する。

 吹雪が収まり、急激に温度が上がりつつある。

 雪崩が起こってもおかしくはない。


 しばらく辺りを見回していると、地鳴りがさっきまでいた神殿の方からすることに気づく。


 すると、カーゼルス伯爵がアプラスさんの手を引き、出てきた。


 直後、洞窟が弾ける。


 神殿の入口を崩しながら、現れたのは巨大な蛇だった。


「なんだ、あれは?」


「たぶん、氷の精霊だと思います」


「あれが氷の精霊……」


 僕の言葉に、リチルさん以下、みんなが息を呑む。


 その氷を纏った大蛇が威嚇したのは、アプラスさんを連れたカーゼルス伯爵だった。


 剣を握ったカーゼルス伯爵もまた氷の精霊を睨み返すと、こう言い放つ。


「さあ、私を精霊人にしろ。氷の精霊よ」 


金曜日に「魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』のコミカライズが、

ニコニコ漫画で更新されました。

こちらも展開的に面白くなってきてますので、是非ご賞味ください。


挿絵(By みてみん)

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