第143話 『氷の魔女』の本気
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『氷の魔女』は剣を構える。
魔女というから、もっと魔法を駆使するのかと思ったが違うみたいだ。
アプラスさんが握る剣は、これまた本人と同様に美しい。
氷柱が鍛え上げられたような半透明の刃だった。
「魔女が剣を使うのか?」
アプラスさんの動きに、先ほどまで意気軒昂と戦っていたフレッティさんもカリム兄さんも足を止める。
その時、僕だけは今の状況を理解していた。
「カリム兄さん、下です!」
刹那、カリム兄さんの足場が崩れる。
続けて出てきたのは、巨手、そして綺麗に歯が揃った大口だ。
飲み込もうとカリム兄さんに迫るけど、寸前のところで回避にする。
「イエティ!」
現れたのは、先ほど同じイエティだ。
いや、さっきよりももっと大きいかもしれない。
ずっと潜んでいたんだ。
2人の力を見て……。
(ううん。違う。たぶん、アプラスさんが【使役】してるんだろう)
剣で自分の方に意識を誘い、潜ませておいたイエティで捕まえる――そんな算段だったように思える。
伊達に1000年生きていない。
戦術にも通じているんだ。
イエティはカリム兄さんに対して執拗に襲いかかる。
先ほどの倒れた仲間の仇だろうか。
一方、兄さんは防戦一方だ。
魔力を溜める暇もない。
相棒の【風の精霊】も戦っているけど、致命的なダメージまでには至っていなかった。
カリム兄さんと【風の精霊】の力が合わさってこそ、【勇者】の力が発揮される。
その時間さえ与えなければ、たとえBランクの魔獣でもこの通り苦戦を強いられるというわけだ。
やはり戦い方を弁えている。
「カリム様!!」
「こっちは大丈夫だ。君は魔女の方を……」
フレッティさんはすぐに決断できなかった。クラヴィス家の子息が苦戦を強いられているのだ。
家臣としては加勢するかどうか迷うところだろう。
その迷いを、魔女は見過ごさなかった。
チリン!
先ほどの鈴を鳴らす。
再び氷の騎士が雪の中から出てくると、フレッティさんに襲いかかった。
反応が半歩遅れる。
正面の騎士はフレイムタンで焼き尽くしたけど、背後から襲いかかってきた氷の騎士までには対応が回らない。
「しまった!」
まずい。僕が出るか。
でも、僕の力をルヴィニク伯爵の前で見せることになる。
ここまで誤魔化してきたけど、氷の騎士を一刀したとなれば話は別だ。
けれど、このままじゃクラヴィスさんが。
迷ってる場合ではない。
僕はリチルさんの防御魔法が飛び出そうとする。
だが、その前にいち早く動いていた人がいた。
ルヴィニク伯爵だ。
今まさにフレッティさんの背中に斬りかかろうとした氷の騎士の剣を受け止める。
「はああああ!!」
それどころか押し返すと、返す刀で胴を断ち切った。
「ルヴィニク閣下」
「背中ががら空きですぞ、若き騎士殿」
「かたじけない!」
すごい。ルヴィニク伯爵はおそらくアプラスさんが次に仕掛ける動きを読んだのだろう。そうでなければ、あの一瞬で対応できるわけがない。
これが帝国軍人として戦ってきた、勘所というのだろうか。
「背中は私が……。あなたにはアプラスを頼みます」
「よろしいのですか?」
「今の私では彼女を目覚めさせるには少々力不足でしょうから」
「…………。わかりました」
フレッティさんは前を向く。
後ろで聞こえる剣戟の音を振り払い、そのまま『氷の魔女』の方へと一直線に走って行った。
睨め付けられてアプラスさんも黙っていない。
手に持った剣を握り、斜に構える。
「来なさい。精霊の騎士よ」
「おおおおおおお!!」
フレッティさんは渾身の一撃を振るう。
その彼が握るのは、魔剣フレイムタン。
カリム兄さんと違って、溜が必要がないフレッティさんはいつでも剣に宿る火の精霊の力を使うことができる。
赤い片刃の直剣から炎が噴き出る。
その力を利用するようにフレッティさんの剣閃が冴え渡った。
美しい赤い光が、中空に浮いた孤をなぞるように振り下ろされる。
ジュウウウウウウウウ!!
激しい音が鳴る。
アプラスさん握った剣と、魔剣フレイムタンとの接点から激しく白煙が上がる。
互いの刃は気泡を吹き、沸騰したお湯のようになっていた。
「フレイムタンを受け止める?」
普通の剣ではフレイムタンを受け止めることは不可能だ。
フレイムタンは鋼鉄ですらいとも簡単に溶かし、そして斬る。
故に恐ろしい魔剣なのだ。
だがアプラスさんが握る剣は、間違いなくフレイムタンを受け止めていた。
「これはアイスブランド……。氷の魔剣です。言わばフレイムタンの対となる刃。残念ですが、あなたの刃は私には届きません」
アプラスさんのかけた眼鏡がギラリと光る。
虎の子のフレイムタンを弾かれて、フレッティさんは一瞬怯んでしまった。
その機会を見逃さず、アプラスさんは前に出る。剣がフレッティさんよりうまくないことはすぐわかった。だが、持っているアイスブランドは一級品だ。
魔力を込めた瞬間、フレッティさんの手と足が凍った。
そこに剣を振り上げたアプラスさんが突っ込んでくる。
「しまった!」
「フレッティ!!」
間に入ったのは、カリム兄さんだ。
かろうじてアイスブランドを受ける。
その間にフレッティさんはフレイムタンの力を使って、氷を溶かした。
2対1となったことによってアプラスさんは距離を取る。
形勢が不利と感じたのだろうか。
それにしても、表情はまったく変わらない。
いや、むしろ断固とした覚悟は極まっているようにすら感じる。
アプラスさんは余計なことは何も言わず、ただ真っ直ぐ僕たちを睨んでいった。
「ここからは正真正銘の本気です」
アプラスさんは天に向かって手を掲げた。
吹雪が強くなる。
心なしかさらに気温が下がっているように思えるが、気のせいではないだろう。
雲を呼び、元々蓋をされた空にさらに蓋を被さると、夜のように真っ暗になる。
ゴーグルはつけているけど、視界が悪い。
目の前に雪がたまって、掻いても掻いても雪で視界がふさがれる。
雪で覆われていた視界は次第に凍っていく。
絶壁も、雪の道も、空すら凍り付くさんような勢いでだ。
(これまでにない魔力の高まりを感じる)
おそらく空間系の氷属性魔法だろう。
精霊の力を借りているなら、僕でもそれをひっくり返せるかどうかわからない。
「やめるんだ、アプラス」
本気を出した『氷の魔女』をたしなめたのは、ルヴィニク伯爵だった。
氷のように感情の希薄なアプラスさんの顔を見て、睨む。
しかし、アプラスさんは何も言わない。何も反応しなかった。
「すでに君の力によって、多くのものが外出の機会を失い、さらにあと1歩で命を奪われるところだった。これ以上、罪を重ねないでくれ」
「…………」
「君を罪人にしたくはない。それに、それ以上戦えば君は……」
「言いたいことはそれだけですか」
気が付けば、僕たちの足元まで氷が来ていた。
当然、アプラスさんの足元もだ。
「アプラス、やめるんだ!」
「さようなら……。にん――――」
それは突如として起こった。
魔法の力を解放しようと、1歩前に出たアプラスさんが……。
「あっ!」
転んだ。
つるっと足を滑らせたのだ。
そのまま綺麗に一回転した後、思い切り自分が凍らせた地面に頭を叩きつける。
結局、アプラスさんはピクリとも動かなくなってしまった。
『氷の魔女』と呼ばれた彼女が、頭をぶつけて、気を失ったのだ。
『へ?』
僕を含めてみんなが事態を飲み込めず固まる。
恐る恐る近づいていくと、アプラスさんは完全に目を回していた。
「えっと……」
どうしようか……、これ。









