第110話 ブルーシードのクランブルチーズケーキ
☆★☆★ 小説 9月2日発売 ☆★☆★
発売まで10日過ぎましたが、みなさまご予約いただけましたでしょうか?
各書店、電子書籍サイトなどで予約が始まってますので、是非よろしくお願いします。
キャラデザをいただきました。本日は主人公ルーシェルになります。
【剣聖】の息子として生まれながら生まれつき身体の弱いルーシェル。
ある時山に捨てられ、そこで魔獣が食べられることと、その不思議な力に取り憑かれます。
ついには不老不死となった彼は、果たして真の家族と出会うことができるのか?
書籍ではなんと、レティヴィア家から出ていった後のルーシェルが描かれております。
Webとはまったく違う読み口になっていますので、是非ご一読ください。
◆◇◆◇◆ レティヴィア家 ◆◇◆◇◆
「「「「く、クラッカーロック!!」」」」
僕の話を聞いて、家族は驚いていた。
中でもクラヴィス父上は神妙な顔で、髭をさする。
「地中を住み処とする岩系の魔獣だが、まさかあの表面が食べられるとは……」
にわかに信じられないらしい。
「表面が硬くて食べられないのではないかしら?」
あらあら、とソフィーニ母上は首を傾げる。横でリーリスもうんうんと頷いていた。
「確かにそのままで食べるとただの岩なんですが、不思議なことにクラッカーロックは一定の温度で焼くと、岩が緩くなってクッキーみたいに食べることができるんですよ」
こう説明しても信じられないだろう。
僕はあらかじめ用意していたクラッカーロックのクッキーを、カンナさんに持ってきてもらった。
見た目は普通のクッキー。
それを見て、益々家族の疑念は深まったようだが、すでに僕の魔獣食に慣れている人たちばかりだから、思い切って囓る。
穀物の塊を砕く小気味良い音が口の中から聞こえてくる。
最初は眉間に皺を寄せていた顔が、次第に陽が差したみたいに明るくなっていった。
「「「「お、おいしい!!」」」」
家族が声を揃えて称賛する。
「素朴な味だが、噛み応えはまさしくクッキーだ」
「咀嚼するたびに、ほのかな甘みがあって」
「風味もいい。麦畑に迷い込んだような芳醇な香りがする」
「香りもいいですわね」
クラヴィス父上、ソフィーニ母上、カリム兄さんやリーリスも目を細めた。
「バターも使ってないのにこんなにうまいとはな」
ロラン王子も感心しきりだった。
父上の言う通り、素朴な味わいだけど、普段華やかな料理に囲まれている公爵家の家族にとって、このクッキーは新鮮な味わいなのかもしれない。
「クラッカーロックは地中にある様々な成分を吸収・分解すると聞くが、よもやそれを焼くとクッキーになるとはな」
魔獣学者であるクラヴィス父上は、別の意味でも驚嘆していた。
確かにクラッカーロックのクッキーは栄養価も高い。食べ過ぎは禁物だけど、非常食とするにはちょうどいいかもしれない。
実際、山にいた時、冬場なんかはこのクッキーをため込んで飢えを凌いでいたこともある。
焼かなければただの岩なので、日持ちするのだ。
ちなみに納涼祭で作ったお菓子の家では、建材の一部としてすでにデビューしていたりする。
「さて! じゃあ、今度はクランブルチーズケーキを食べてみてよ。ブルーシードを使ったね」
皆の前にカットされたクランブルチーズケーキが並べられる。
先ほどのクラッカーロックのクッキーの上に、あのブルーシードが入っているケーキを見て、家族のみんなはうっとりする。
「まさかブルーシードを食べられるとは」
「あなた……。長生きしてみるものですね」
今の両親は顔を合わせて、微笑む。
「さあ、早速食べてみて下さい」
皆、フォークを握り、縦にカットする。
思い思いの方法で、口の中に運んでいった。
ロラン王子もクライスさんに味見をしてもらってから、自分も口を付ける。
「「「「おおおおおおおおおお!!」」」」
一斉に唸り声が上がる。
「うまい!!」
一際大きかったのは、ロラン王子だ。
一口、二口と夢中で食べている。
「先ほどのクラッカーロックの生地がサクサクでよいのぅ」
「はい。王子。やっぱりクッキーにはバターが入っていると、またひと味違いますね」
リーリスもご満悦な様子だ。
「クリームチーズは自家製か、ルーシェル」
「はい。自分で作りました」
「まろやかね~。檸檬の酸味もよく利いてる」
ソフィーニ母上は目を細めた。
「何よりやはりブルーシードだな。ブルベリーよりも甘く、酸味も爽やかだ」
「うむ。クラヴィスの言う通りだな。それがチーズの酸味とよく合っておる」
ロラン王子は幸せそうな顔をして、頬を膨らませた。
「あなた、気付いた? 同じクリームチーズでも、下と上の層とでは違うのよ。上は硬く、層が下にいけば下に行くほど、スフレみたいに柔らかいの」
「ソフィーニ母上の言う通りです。二種類のクリームチーズを使って、上と下で違いをつけています」
「言われてみれば……。なるほど。上にかかっているクランブルの硬さに、チーズが負けないようにするためだな」
「正解です、父上」
それに上が柔らかいクリームチーズだと、下のスフレ状のクリームチーズが沈んで混ざってしまう。2つの性質を保持するためにも、クリームチーズを使い分けたのだ。
「この食感も最高だが、チーズとブルーシードの酸味の相性が抜群だな」
「その上、檸檬の酸味も加わって、口溶けがよく、爽やかに広がっていくのがいいですね」
瞬間、しんと静まった。
みんなが最後の発言者の方へと向く。
僕も驚いたけど、本人も周りの様子の変化に戸惑っていた。
クライスさんだ。
どうやらブルーシードを使ったクランブルチーズケーキを気に入ってくれたらしい。
口元にはちょこっと、クランブルの後がついていた。
ちょっと惚けた顔からは、女性らしい可愛さを感じる。
「な、何か私……。変なことを言ったでしょうか?」
「いいや。……どうやらお前も魔獣食に取り憑かれたようだな、クライス。口にクッキーのカスがついているぞ」
鬼の首を取ったりとばかりにロラン王子は意地悪く微笑んだ。
すると、クライスさんは顔を真っ赤にして、慌てて口元をナプキンで拭う。
平静を装ったがすでに遅かりしだった。
意外と表情豊かなんだな、クライスさんって。
「お、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ありません」
ぺこりと謝ると、みんな堪えきれず、ドッと笑いが起こる。
みんながブルーシードのクランブルチーズケーキを気に入ってくれたことと、クライスさんの意外な面を見れて、僕は満足だった。
一方、ロラン王子は自分の手の平を見ていた。
「どうしました、王子?」
クライスさんが尋ねる。
ロラン王子は薄く微笑むと。
「いや、なんでもない」
と返すだけだった。









