第109話 魔獣クッキー
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「本日のデザートをご紹介します」
僕が言うと、食堂のドアが開いた。
カンナさんが荷車を引いて現れる。荷車の上には、銀蓋を被せた皿が置かれていた。
静かにテーブルの上にのせると、銀蓋を開く。
『おおおおおおおおお!!』
濃い飴色と、暗色の実が散らばるケーキを見て、食堂にいる全員が声を上げた。
甘いバターの香りに、ロラン王子は思わず唾を飲み込む。
クライスさんも息を飲んでいた。
「ブルーシードを使ったクランブルチーズケーキです」
料理名を紹介すると、事情を知らない家族や、そしてクライスさんも驚いていた。
「なっ!」
「ブルーシード!」
「あの伝説の……。王の食べ物と言われた?」
どうやら、みんなはブルーシードがどんな食材かわかっているみたいだ。
「はい。そのブルーシードで問題ないです」
「あれは確か万能の薬『霊薬』の主な原料になっていたはず」
クラヴィス父上は髭を撫でた。
カリム兄さんも、綺麗な顔を歪めている。
「種が絶えたとばかり思っていたけど」
ここから割と近い場所の山の中にあった――なんて言ったら、また驚くんだろうなあ。
僕は苦笑しながら、ブルーシードの出自については誤魔化した。
あまり乱獲されて、争いの火種になっても困る。
守護獣のキマイラも大変だろうからね。
ふとクライスさんを見ると、何か考えごとをしてるみたいだ。
ロラン王子には包み隠さず話していいと言われたけど、本当に良かったのだろうか。
「ふふん。このケーキに関して、我が1番頑張ったんだぞ!」
僕の思考に割り込むようにユランは胸を反る。
「本当かい、ルーシェル」
「ええ。ユランにしかできないことですからねぇ」
僕は調理を始める1時間前のことを思い出していた。
◆◇◆◇◆
僕は屋敷を一旦抜け出し、竜の姿になったユランの背に乗って、近くの岩山へと赴いた。
ブルーシードをおいしく食べるためには、もう1つの材料が欠かせないからだ。
「こんな岩山に食材などあるのか、ルーシェル?」
人間の姿に戻ったユランが辺りを見渡す。
荒涼とした岩場には、食材どころか植物も生えていない。水場の近くにないから、魔獣や動物の気配も存在しなかった。
「あるよ。むしろこういう岩場にしかいないんだ、あの魔獣は」
「あの魔獣? また魔獣の食材か?」
「ユラン、好きだろ? それにロラン王子のためにも、頑張って作らないと」
「カンナが言っていた〝誠意〟というヤツか」
「それもあるけど、ユランが頑張って作ったって聞いたら、とっても喜んでくれると思うよ」
「我を許してくれるか?」
「もちろん」
「良かろう。最善を尽くそうではないか」
ユランはニヤリと笑い、銀髪を靡かせた。
まるでその言葉に呼び寄せられたかのように突如、地面が膨れ上がる。
それも1つじゃない。いくつもだ。
まるで芽が出る直前みたいに土が盛り上がると、直後岩を纏った足のない巨人が現れた。
黒目のない目に、大きな拳。全身を岩で包んでいる。足は地面に埋まったままだけど、スゥーッと僕たちの方に迫ってきた。
「なんだ、こやつらは?」
濃い飴色の岩の巨人を見て、ユランは戦闘態勢に入る。
「クラッカーロック……。僕たちを食べにきたのさ」
「クラッカーロック? なんだ、そのおいしそうな名前は?」
「君にとっては、取るに足らないCランクの魔獣だよ。くるよ、ユラン」
クラッカーロックは土の中から岩を持ち上げる。そのまま僕とユランの方に向かって投げた。
「ふん! この程度の岩! よけるまでもない」
「油断したらダメだよ、ユラン。その岩には秘密が……」
バンッ!
直後、岩は爆発したように弾けた。
岩の破片が高速でユランに襲いかかる。
「痛ててててててて!! なんじゃこいつの攻撃は!!」
「クラッカーロックは、岩爆弾作りの名人なんだ。大量の岩の中に、爆弾の材料となる硝酸なんかを詰め込んで爆発させるんだよ」
「それを早く言わぬか、ルーシェル」
「君の鱗なら、傷一つ付かないくせに」
「当たり前だ。我を傷付けられるものなどおらん。でも、ひっかき傷みたいになるであろう」
なるほど。
気にはしてるんだ、そういうこと。
ユランもだいぶ女の子らしくなってきたなあ。
これも普段リチルさんや、カンナさんに色々洗脳――もとい教授してもらっているおかげか。
「もう! あったまに来た! お主ら、全員こうだ!!」
ユランは岩飛礫をくらいながら、大きく息を吸い込む。
直後、炎を吐き出した。
まるで1本の槍のように飛び出した火線はたちまち周囲のクラッカーロックをなぎ払う。
さすがホワイトドラゴンの炎だ。
「いいぞ、ユラン。ただ1匹だけ残してほしいんだ」
「良かろう!」
ユランは指示通り、クラッカーロックを1匹だけ残す。
先ほどまでの岩爆弾の勢いがなくなったおかげで、僕は楽に魔法を使うことができた。
【氷大次元地獄】!
氷の魔法を放つ。
一瞬にして、クラッカーロックは氷漬けになってしまった。
この魔法は相手の動きを止めるだけじゃない。すべての機能を停止させる。
つまり、魔獣に起こる消滅化という機能も、止めてしまうのだ。
クラッカーロックの表面を叩き、魔法が正しく機能しているか確認する。
「よし。うまくいった」
「こいつを凍らせてどうするのだ、ルーシェル」
「まあ、ちょっと見てて」
【魔法殺し】
【スキル威力上昇】
【硬度上昇】
【腕力上昇】
【打撃上昇】
僕は複数のスキルを手に宿らせる。
ちょっとやり過ぎたかな。
あんまり勢いよく叩くと、吹っ飛ばしてしまうかもしれない。
僕はコツンとクラッカーロックを叩く。
瞬間、その衝撃はクラッカーロックの核――魔晶石まで届く。そして一瞬にして砕け散ってしまった。
それによって、クラッカーロックの外殻――つまり、岩の部分だけが綺麗に残った。
「相変わらず器用なヤツだな、お前は」
「そんなことないよ。ユランも訓練すれば、すぐにできるさ。じゃあ、ユラン。今度は、この氷を溶かしてくれる。火力は抑えめでね」
「そういうのは苦手だと言ってるだろ」
「これも訓練だよ」
む~ぅ、とユランは頬を膨らませる。
渋々といった感じで、僕の言うことを聞くと、炎を吐き出す。
先ほどのように刺すようにではなく、ゆっくりと炎を浴びせる。
「うまいうまい。やればできるじゃないか、ユラン!」
僕は拍手するけど、ユランの方は必死だ。
応える余裕もないらしい。
2分ほどかけて、氷漬けになっていたクラッカーロックを溶かした。
「これで良いか、ルーシェル? ――ん?」
クラッカーロックを溶かし終えたユランは何かに気づく。
僕も漂ってきた香ばしい香りを、胃の中いっぱいにため込んだ。
「なんだ? すごくおいしそうな匂いがするんだが」
「気づいた? クラッカーロックの岩はね。氷漬けにしてから溶かすと、クッキーみたいに甘い匂いがするんだ。……というより」
僕はクラッカーロックの破片を手で割る。
さらに割れた一部を口に入れて、硬い音をさせながら、クラッカーロックを噛み砕いた。
「ちょっと硬いけど……。クラッカーロックの身体は、全部クッキーなのさ」
僕は微笑むのだった。
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