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【書籍化】公爵家の料理番様 ~300年生きる小さな料理人~  作者: 延野正行
第三部

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110/290

第107話 キマイラのミルフィーユ揚げ

◆◇◆◇◆ 9月2日 発売 ◆◇◆◇◆


『公爵家の料理番様 ~300年生きる小さな料理人~』の書影が完成です。

全体的にあたたかく、やさしい、この作品にピッタリな表紙を、

デザイナーさんに作っていただきました。


是非ご予約よろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)

「それで、ルーシェルよ。このお肉をどうするのだ?」


 ユランに叩いてもらって、だいぶ柔らかくなったお肉をまな板に載せる。


 そこに塩胡椒を振りかけ、馴染ませると、肉の上に僕はまたお肉を重ね、さらに塩胡椒を振りかけていく。


 それを4度ほど繰り返すと……。


「どう? ステーキみたいでしょ」


 層状になったお肉を、みんなに見せつける。


「おお! おいしそう……」


「まるでお肉のミルフィーユですね」


「なんと……。肉と肉を重ねるとは」


 勿論、これで調理が終わったわけじゃない。


 むしろここからが、メインステージと言えるだろう。


 巨大なステーキとなったキマイラの肉を、まずリーリスに作ってもらったバッター液を浸けるのではなく、塗っていく。


 バッター液は泥みたいになっていて、浸けてしまうと、衣が分厚くなっちゃうからね。


 さらにパン粉をしっかりと付けていく。


 さあ、揚げの時間だ。


 肉が厚いから油の温度は低めに設定しておく。


 【竜眼】



 タネトバシ油【種類:食材 油】

 タネトバシという魔獣が飛ばす小さな種を磨りつぶし、抽出した油。熱を入れると、食欲を増進させる香りを放つ。

 状態:温度 140℃



 【竜眼】だと細かい温度を計測できるから便利だ。


 さて、メインステージの始まりである。


 僕は衣を付けたキマイラ肉を投入する。



 サアアアアアアアアア……。



 沢の音のような涼やかな音が流れる。


 同時に細かな気泡が浮き上がり、キマイラ肉に付けた衣の色を薄く狐色に染めていった。


「おお! いい香りではないか?」


「ええ! お腹が空いてきます」


「その油も普通ではないのだな」


 ロラン王子の指摘に、僕は頷いた。


「タネトバシっていう魔獣の種を使ってます。熱を入れると、とってもいい香りがするんですよ」


 衣を投入したことによって、全体的に温度が下がってしまった。


 ちょっと火力を強くする。


 まず140℃ぐらいの温度をキープし、じっくりゆっくり揚げていく。


 いきなり高温で揚げたら、中まで火が通らない。


 高温にするのは、最後の行程だ。


 ちょっと時間もあるので、まだ余っているお肉に少し細工することにした。


 取り出したのはチーズだ。


「おお! もしかしてチーズを挟むのか?」


 ロラン王子は僕の意図に気付いて、ランランと目を輝かせる。


「お肉の間にチーズか。確かに美味しそうだな」


 ユランはすでに涎を飲み込んでいた。


「チーズだけじゃないよ」


 僕は数個トマトを取り出す。


 それを丸い硝子の器に入れ、同形状の丸い硝子の器を被せる。


 何をするのだ? みんなが見つめる中、僕は魔法を使った。



 風魔法【風斬】



 分厚い空気の層を作りだし、切り刻む魔法だ。


 もちろん力は抑えている。うっかり器を斬る訳にはいかないからね。


 出来上がったのは、ピューレ状になったトマトだ。


 それをお肉に塗っていく。さらにチーズを挟み、加えて回復草を千切って、お肉の上にちりばめていった。


 回復草は文字通り、身体を再生させる効果がある魔草だ。量産が安易で身近な魔草として親しまれている。一般的に『薬草』といわれている魔草だ。


「薬草を食材に?」


 ロラン王子には意外に映ったのだろう。


 僕が回復草を千切るのを見て、首を傾げる。


「薬草は食材としても優秀ですよ。食べると爽やかな味がしますし、臭み取りにも優秀です。味が多層化する時、入れておくといいアクセントになるんですよ」


 チーズ入りも、もちろん衣揚げにしていく。


 出来上がりが楽しみだ。



 ◆◇◆◇◆



 ロラン王子をもてなす料理はできあがった。


 すでに食堂には父上を初め、カリム兄様やソフィーニ母上も席に着いている。


 クラヴィス父上は少し緊張した面持ちだ。


 いつもの当主席にはロラン王子が座ってるのだから、致し方ないだろう。


 側にはクライスさんが控えている。


 味見役なのだそうだ。


 僕はリーリスやユランとともに、自らワゴンを引いて、食堂に入ってくる。


 娘のメイド服を見て、父上や母上は驚いていたけど、働く娘の姿に「似合っているぞ」と声をかけていた。


 リーリスも父上に褒められて嬉しそうだ。


「それではお待たせしました」


「本日のメインディッシュの1つ」


 僕はワゴンの上に載った銀蓋を取る。


 白煙とともに現れたのは、濃い狐色に揚がった衣揚げだった。



 ボリュームたっぷりキマイラ肉のミルフィーユ揚げです。



 ドンッ!!


 凄まじい絵面に、歓声ではなく食堂にいる全員が静まり返った。


 ニヤニヤと笑っていたのは、このミルフィーユ揚げを作る工程を見学していたロラン王子ぐらいだろう。


 みんなの反応が楽しいようだ。


「お、大きい!」


 クラヴィス父上が驚けば……。


「き、キマイラの肉? これが?」


 ソフィーニ母上は息を呑む。


「さすがルーシェル。見た目の名前もインパクト抜群だね」


 カリム兄様は爽やかに笑った。


「早速食おう、と言いたいところだが、まずはクライスよ。そなたが食せ」


 フォークとナイフを持って、早速ロラン王子が食べるのかと思いきや、キマイラ肉のミルフィーユ揚げの最初の実食者をクライスさんに指定する。


 味見役なのだから妥当といったところだろう。


 多分ロラン王子も僕の料理を信用していないのではなく、クライスさんに職責を真っ当させようとしたのかもしれない。


 バトンを渡されたクライスさんは、涼しい顔で軽く会釈する。


 ロラン王子に代わってフォークとナイフを持ち、山盛りの千切りキャベツが添えられたミルフィーユ揚げを眺めた。


 クライスさんは魔獣肉を食べるのは初めてだ。


 というか、いきなりキマイラの肉と言われて、表情とは裏腹にパニックになってるかもしれない。


 でも、感情をおくびにも出さず、常に冷静な側付きさんは、衣揚げに切れ目を入れた。



 サクッ!



 目が覚めるような音に、クライスさんは思わずナイフを入れる動作を止める。


 いつもピリピリとした表情をしている彼女が、眉宇を動かした。


 ほんの一瞬の間だったけど、クライスさんの本性を見た気分だ。


 しげしげと眺めてから、クライスさんは1つ息を吐いた後、思い切って頬張った。


 サクッと小気味良い音が響く。


 すると、クライスさんの瞳がみるみる開いていった。


「ううううううううんんんんんんんんん!!」


 ついに叫ぶ。


 それは「うまい」と大声で叫ぶわけにもいかず、かといって叫ばずにもいられない。


 なんとも中途半端であるけど、クライスさんにとって最大限に譲歩した結果の雄叫びのようだった。


 クールなイメージのある側付きさんの反応に、さしもの僕もさらに他の家族も驚く。


 この状況で笑っているのは、ロラン王子だけだった。


制作史上、1番お腹が空きましたw


小説ご予約お願いします。


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第1章が完結しましたので、まだ読んでない方は是非応援よろしくお願いします。

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