研究発表会 01
今日も私達は、図書室の2階にある個室を借りて、本とノート、資料を広げます。
ここしばらく放課後は、仲の良いクラスメイトのオーロラとジョリエット、ピオリアの3人と研究発表会に向けて一緒に過ごしています。シャーリーン様の護衛はリラ達にお願いしています。
私は問題の本に目を向けます。先日帝国に潜入任務で行きました際に、シャーリーン様へと買いました恋物語です。薄い本でしたので「これぐらいなら邪魔にならないでしょう」とルビーの許可をいただいて買いました。ですが、中身を確認せずに表紙だけで買ったのは失敗でした。表紙にはカロリング語で『恋物語集』と書かれていますのに、肝心の本文がブルゴー語でしたのです。帝国の北側に存在している小国、ブルゴー国の言語です。独特な言語のブルゴー語は、さすがに読むことが出来なかったようです。シャーリーン様を落胆させてしまったことは、大変心苦しく感じました。他国の本は手に入りにくいものですから、感激したシャーリーン様が中身を見たときの落ち込み様は酷いものでした。
その失態を挽回すべく翻訳を申し出たわけですが、少量とは言え知らない言語です。それにシャーリーン様の側近としての仕事もありますので、1人では遅々として進みませんでした。授業の間の僅かな時間でもと翻訳に勤しんでいましたところ、オーロラ達が気に掛けてくれました。事情を話しますと協力を申し出てくださいました。4人になり、翻訳の作業は瞬く間に終えることが出来ました。今日からは本文の解釈をしていく予定です。
「皆様のご協力で翻訳を終わらせることが出来ました。改めて感謝申し上げます」
「気になさらないで、クリスティーナ様」
「そうですよ。私達もシャーリーン様のお役に立ちたいと思ってのことですから」
「それに研究発表会に出すのですから。自分たちの為でもあります。こちらこそ、このような機会を得られたのです。クリスティーナ様には感謝していますのよ」
翻訳を進めている最中に、ピオリアの戯れの一言でこの翻訳を発表会に出すことが決まりました。
本来発表会は、新しい魔道具を披露したり、政治や経済などに関する論文を発表する場です。誰もが、おそらくピオリアも本気ではなかったでしょう。それがたまたま近くにいた先生が私達の話を聞いていて「面白いですね。頑張ってみなさい」と仰った時は驚いたものです。先生曰く「翻訳も文官の仕事。未熟な1年生が挑戦するには適当でしょう」ということで発表会に出すことになってしまいました。
そうして翻訳を昨日無事終わらせたのですけど、翻訳を進めていく度に多くの問題が生まれました。私1人では出来ないことですけど、彼女たちが手伝ってくだされば、必ずや成し遂げられるでしょう。
「ここからが本番――ですね」
「そう――ですわね」
「頑張りましょう」
「4人もいるのですし。大丈夫ですよ」
「まずは『プリンセス スノウ=ホワイト』から・・・」
『プリンセス スノウ=ホワイト』
ホワイト王国の王女として生まれたスノウは、実母が亡くなったことで義母に育てられます。新しく王妃となった義母は自分の美しさに執着していて、魔法の鏡に「世界中で貴女が一番美しい」と答えてもらっては喜んでいました。しかし、スノウが美しいお姫様に成長すると、魔法の鏡の答えは変わってしまいました。「自分よりも美しい者がいるなんて!」怒った義母はスノウを殺すように家臣に命じました。しかし家臣は命令に背き、スノウをこっそり森の奥に逃しました。スノウはそこで7人の小人の家を見つけ、住まわせてもらうことになりました。一方、魔法の鏡によってスノウが生きていることを知った義母は、毒りんごを作ると、自ら、りんご売りのお婆さんに化けてスノウをだまし、毒りんごを食べさせることに成功しました。
仕事から帰ってきた小人たちは、スノウが死んでしまったことを嘆き悲しみました。するとそこへ、嵐にあった王子が迷い込んできました。美しいスノウに王子は一目惚れします。王子は優しくキスをすると、スノウを深い眠りから無事に目覚めさせてくれました。王子はスノウを国に連れて帰ると結婚しました。結婚披露宴の余興は、灼けた鉄の靴を履かされた義母の死ぬまで続く舞踏となりました。
「『ホワイト王国の王女として生まれたスノウはですが、実母が亡くなったことで義母に育てられます』
この箇所に不明な所や気になるところはありますでしょうか?」
最初の一文におきましては問題ないようで、次に進みます。
「『新しく王妃となった義母は自分の美しさに執着していて、魔法の鏡に「世界中で貴女が一番美しい」と答えてもらっては喜んでいました』
ここはいかがでしょうか?」
「ここは、やはり・・・」
「ええ。そうですね」
「“魔法の鏡”とは何でしょうか?」
この本には3つの短編が収められています。『プリンセス スノウ=ホワイト』『シンデレラ』『プリンセス カグヤ』そのいずれも私達の常識では理解しがたいものでした。
本当にこの訳であっているのでしょうか?私達は何度もその疑問に躓きました。国が管理する学校の図書館にある資料を基に翻訳したのですから、間違っているはずはありません。しかしそう思ってはいても、訳し終わった本文を見ると、どうしても不安が拭いきれませんでした。
しかし皆で何度も見直しても、間違いは見当たりません。不可解な恋物語のままでは、シャーリーン様にお渡しすることが叶いません。悩み悩んだ結果、この理解しがたい物語を私達なりに解釈して、話を作ることになりました。
「まず思いつくのは魔道具ですわね」
「そうですね。ですが・・・」
「人の問いに答える魔道具なんて、本当にあるのですか?」
声を記録する魔道具が存在することは聞いたことがありますけど、問いに答える魔道具は信じられません。答えるということは知識と意思を持っていることになります。それは道具と呼んで良いのでしょうか?そのような物を作ることが出来るのでしょうか?
「待って下さい。確かここに・・・。
あっ、ありました。ここを見てください」
ジョリエットが私達の言葉を遮り、資料を見せます。私達はジョリエットの指す箇所に目を向けました。
「ここです。翻訳の時に見て覚えていたんです。私達とは違う宗教なんだなぁって。
え~と。ブルゴー国では神様から賜った、3つの神器を祀ってるそうです。“聖剣”、“宝玉”、“魔鏡”の3つですね。魔法の鏡って、これじゃないでしょうか?ここにも「真実を映し出す鏡」と書いてありますし」
「本当ですわね」
「間違いありませんわ。それなら話の辻褄が合います」
“魔法の鏡”については、ジョリエットの指摘で間違いないでしょう。オーロラとピオリアも同意見のようです。この調子で進めていければ、思っていたよりも早く、研究会には余裕を持って終わるでしょう。
しかし、私にはそれより気になる事があります。「神様から賜った3つの神器」とは転生者が神様に望んだ物ではないでしょうか?気になります。
説明には、聖剣は「全ての魔を打ち払う」、宝玉は「全ての邪から身を守る」と書かれています。
ブルゴー国が王国に面してはいませんので、今すぐ脅威になることはないでしょうけど、念の為本部に報告しておいた方が良いでしょう。
「それでは、魔法の鏡に「真実を映し出す」と付け加える――で、どうでしょうか?」
「“真実を映し出す魔法の鏡”。良いのではないでしょうか。ねぇ、クリスティーナ様?」
「えっ?あッ、はい、そうですね。私もそれが良いと思います」
転生者と神器について考えていたため、突然オーロラに話を振られて焦りました。いけませんね、私からお願いして手伝ってもらっていますのに。今はこちらに集中しませんと。
「『しかし、スノウが美しいお姫様に成長すると、魔法の鏡の答えは変わってしまいました』
ここはいかがでしょうか?」
「ここは問題ないように思います」
「「そうですね」」
「次の『自分よりも美しい者がいるなんて!」怒った義母はスノウを殺すように家臣に命じました』
ここはいかがでしょう?」
「その、私個人の考えになりますが、スノウの方が美しいからと殺すでしょうか?王女を殺す動機には弱いと言いますか」
「わかります。後継問題ならおかしくないのに。何故、妬みで殺そうという考えにまで至るのか、納得しがたいです」
「美しいのが許せないのでしたら、事故を装って、顔を傷つけるだけでも良いはずでものね。スノウは正式な後継者ですよね。兄弟は出てきませんし、義母の子供も出てきませんから。
唯一の跡取りを殺してしまっては、後々自分の立場が危うくなると思うのです」
3人から義母についての意見が出ました。3人の言う通り、唯一の跡取りであるスノウを殺す動機としては不十分と思えます。保身も全く考えていないようですし、王妃になるほどの人がそこまで短絡的に判断するでしょうか。
この箇所だけでも延々と議論できそうですけど、時間がありません。この後の文章や展開と後々辻褄を合わせることにして、今は次へと進むことにしました。
「『しかし家臣は命令に背き、スノウをこっそり森の奥に逃しました』
ここはいかがでしょうか?」
「この家臣は、義母の側近ですよね?王女を殺すよう命じるほどですから」
「ええ、おそらく。それも、とても信頼している人物かと。ですが、そうなると主の命に背く不忠義者ということになってしまいますね」
「そうですね。かと言って、義母の謀を王様に報告しませんし。この側近の忠誠心はどこにあるのでしょう?クリスティーナ様はどう思われますか?」
「まだ未熟な身ではありますけど、この家臣は側近失格です。主人が間違った判断をしてしまった場合、それを正すことも側近の役割です。仮に主人である義母と考えを同じとするのでしたら、主人の命を成し遂げるべきです。自ら主人を正すこともなく、王様に止めてもらうこともせず、主人の命を成すこともない。この者は何を考えているのでしょうか?全てが中途半端です。王族の側近という立場に矜持を感じません」
「私からも良いですか。この家臣ですが、スノウに憐れみを抱いて殺さなかったように書かれていますけど、王女を森の奥に置き去りにしたとも捉えられますわよね」
「あら、本当ですね」
「ですので、家臣は自分の手を汚したくなかった、事故や飢えで死ぬようにしたのではないでしょうか?」
オーロラの解釈で、家臣の人となりが見えてきました。主人や国に対して忠義を尽くすことがないことに疑問を抱きましたけど、面倒事から逃げ出すような卑怯者と考えれば、家臣の行動にも納得出来ます。
「この家臣ですけど、おそらく縁故で側近になったのではないでしょうか?」
「あぁ、それはありそうですね。主人のご機嫌取りだけの」
「あっ。もしかして、家臣は側近ではなく男妾だったのではないでしょうか?
自分の美貌に執着している方ですから、褒め称える男妾を侍らすこともあるのではないでしょうか?
そういう見目麗しい男の方でしたら、王女を直接手をかけることも厭うのでは」
ピオリアが新しい見解を示してくれますが、場の雰囲気はそれどころではありません。オーロラとジョリエットの顔が恥ずかしさで真っ赤です。生粋の貴族令嬢である2人には、男妾という関係が過激なようです。
2人の異変に気づいたピオリアが慌てて言い訳を捲し立てます。
「あ、あの、これはですね。その違うのです。他国にはそのような習慣もあると聞いたことがあるだけで。ですから、その・・・」
「落ち着いてください、ピオリア様。大丈夫ですから。取りあえず、この話はここまでにしましょう。
一度休憩を――、いえ、今日は終わりにしましょうか」
ピオリアも恥ずかしさで真っ赤になってしまい、皆が俯いてしまいました。空気を変えるため休憩を取ろうかと思いましたけど、休憩後に再開しても、すぐに終わりの時間になってしまいそうです。シャーリーン様の館に住んでいる私と違い、オーロラ達の寮には門限がありますから。
少し早いですけど、この日は研究を終わらせることにしました。
それにしても、いつも毅然としているオーロラが恥ずかしさで真っ赤になったのは少し意外でした。あの手の話が苦手なのでしょうか。それとも、あれが年相応な反応なのでしょうか?ジョリエットも恥ずかしそうでしたし。ピオリアは噂好きなだけあって、耐性があるということでしょうか?
養成所で色仕掛けの訓練をしたせいか、普通の反応が良くわかりませんね。
リラは、――苦手そうですね。顔を真っ赤にしそうです。ちょっと、見てみたいですね。
シャーリーン様は、――恥ずかしそうにしながらも、興味深そうに食いついてくる気がします。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日、研究発表会のため、私達は図書館の個室に集まります。
昨日途中で終わらせしまいました家臣については、保留にすることになりました。落ち着いたとは言え、昨日の様になって、進行が遅れては大変です。議論が必要な箇所は後回しにして、わかるところから進めていくことにしました。
「昨日の続きは『スノウはそこで7人の小人の家を見つけ、住まわせてもらうことになりました』からですね。
皆さん、ここはどうでしょう?」
「この“小人”は、ハーフリングとかドワーフのことですよね?」
「いえ、これは平民のことではないかと」
「オーロラ様、どうしてそのように思われたのですか?」
「まず、森の奥に住んでいる様ですけど、7人だけで生活しているというのはおかしいかと。彼らは同族で、村や町を作って生活していると聞きました。ドワーフにおきましては、彼らの国もありますし。
それなのに、人族の領地内の森にいるのは不自然です」
「私も聞いたことがあります。ドワーフは地下に大きな城や街を造っているそうです。地下にいるのは、鉱石が手に入りやすいからとか。オーロラ様の仰る通り、森の奥では辻褄が合わないと私も思います」
異種族については調べたことがありませんでしたので、知りませんでした。ハーフリンクも草原や丘に集落を作っているそうで、森の奥にというのは、やはり辻褄が合わないそうです。
そう考えますと、腑に落ちなかった点も解消できました。
「オーロラ様の仰るように、平民でしたら王女の世話をすることも納得出来ます。
どうして異種族の者が、王族とは言え人族の世話をするのでしょうと不思議に思っていました」
「ええ。平民でしたら、貴族の為に働くのは当然ですもの。
“小人”は身分が低い者と捉える方が、話の流れからも自然かと思いましたの」
「素晴らしいです、オーロラ様。ところで、1つわからない箇所があるのですが。ここに『住まわせてもらう』と書かれていますよね。王女が平民の家に『住まわせてもらう』という表現はどうなのかと」
「確かに気になりますね。平民相手にへりくだるのは正しくありませんもの」
「どういうことでしょうか?」
私達はしばらく悩んだ末、良い答えを見つけることが出来ませんでした。不本意ではありますが、こちらも保留にして先に進めます。
「次は、『一方、魔法の鏡によってスノウが生きていることを知った義母は、毒りんごを作ると、自ら、りんご売りのお婆さんに化けてスノウをだまし、毒りんごを食べさせることに成功しました』です」
「この“毒りんご”は何かの比喩でしょうか?」
「ジョリエット様、“魔法の鏡”が書かれていた資料に何かありませんか?」
「私もそう思って調べたのですが、何もありませんでした」
「どうしましょう?これも保留にしますか?」
「“毒りんご”はそのままでも良いのではないでしょうか?」
「クリスティーナ様、どういうことですか?」
「その、義母は家臣が信用できなくなり、自らスノウを手にかけることにしたのですよね?」
「ええ、おそらくそうかと」
「明言されているわけではありませんけど、この義母は、武官のように武器を使うことが出来なかったのではないでしょうか。王妃になる方は、大抵、礼官か文官出身です。そうしますと、毒を使うのは自然のように思えたのです」
「確かに、クリスティーナ様の仰る通りかもしれませんね」
「ただ、何故“りんご”かはわかりませんけど・・・」
「単に、よくある身近な物だからではないでしょうか?りんご自体に不自然さはありませんし。
それよりも私こちらの方が気にかかります」
そう言ってオーロラが指差したのは『スノウをだまし、毒りんごを食べさせることに成功しました』でした。
「王女が、誰とも知らない相手から貰った物を、毒味もせずに口にするでしょうか?」
「ええ、考えられませんね」
「あの、私からも良いでしょうか?
前の文になるのですけど、この王女、平民と寝食を共にしていますよね。普通ならば、王城に戻ろうとするのでは?戻って、お父様である国王に訴え出るのでは?
そうすれば、いずれ義母が犯人であることが突き止められ、王城で安心して暮らせますよね。
この王女は、何故そうしなかったのでしょう?」
「実は、私も気になっていることがありまして。
王女が行方不明になっているのに、王女の側近も王様も探したり、慌てたりしている描写がないの不思議で」
ジョリエットとピオリアの指摘は至極当然のものです。書かれていることだけに気を取られて、書かれていないことにまで気が回りませんでした。
「そうですね。お二人に言われて気づきましたけど、確かにおかしいですね。
物語自体は、主人公のスノウが可哀想な目に合う流れで進んでいますけど、スノウや周りの人達の行動原理が読み取れませんね」
「それでですね。私、昨日の夜考えたのです。実はスノウは問題ある王女だったのではないかと」
「どういうことでしょうか、ピオリア様?」
「家臣は、自分の手を汚すのは嫌ったけど、王女が死ぬこと自体は問題ないと考えていますよね。それから先程言ったように、王女を心配する者、探す者がいません。それにジョリエット様が言った、王女が城にもろうとせず平民と共に暮らしたという点。
これらのことから、実はスノウの存在は、誰からも疎まれていたのではないかと考えたのです」
ピオリアが自信満々に私達の顔を見てきます。正直、突拍子もない解釈です。タイトルに“恋物語”と書かれているのに、ヒロインの王女がが皆から疎まれるような存在など、物語自体が成立しません。
そう否定したいのですけど、最後の一文がピオリアの説を正しく思わせてきます。
『結婚披露宴の余興は、灼けた鉄の靴を履かされた義母の死ぬまで続く舞踏となりました』
大勢の者が集まる場で、このようなことをするスノウと王子は異常者としか思えません。それに、スノウと王子を異常者としますと、その後の物語の流れも問題なく解釈出来るのです。
ピオリアを除く私達3人の間に微妙な空気が流れます。しかし、誰もピオリアの説を否定することが出来ませんでした。結果、ピオリアの考えを基に話を考えることになりました。
この物語の作者は何を考えているのでしょう。これを本当に恋物語として書いたのなら、感性が狂っているとしか思えません。
気を取り直して、次の『仕事から帰ってきた小人たちは、スノウが死んでしまったことを嘆き悲しみました』に取りかかります。こちらには不明な箇所や問題となるところはありませんでした。
「次は『するとそこへ、嵐にあった王子が迷い込んできました』ですけど、どうでしょうか?」
私の問いかけに、ピオリアが先程と同じ自信に溢れた顔で「実は昨日の夜――」と話し始めました。何でしょう。嫌な予感がします。
「王子も森の奥に置き去りにされたのではないでしょうか?
ここには、王子の側近や兵士の描写がありません。勿論、書かれていないだけということもありますが、ここは王子1人だけの方が良いかと思います。
それならば、その後の文章、王子の狂人と思える行動が全て繋がりません?
『美しいスノウに王子は一目惚れします』ですが、いくら王女が美しくても、死んでいる女性に恋するでしょうか?キスするでしょうか?
『王子はスノウを国に連れて帰ると結婚しました』とハッピーエンドのように書かれていますが、得体の知れない女性との結婚を、国王が許すでしょうか?
最後の一文は、口に出すのも恐ろしい仕打ちです。これを望んだのが王女としても、認めた王子も狂人と言えますよね」
再び、部屋の中に微妙な空気が流れます。しかし、やはりピオリアの考えを否定することが出来ません。沈黙の中、私は小さく「ピオリア様の仰る通りかもしれませんね」と答えました。
オーロラとジョリエットが驚きの目を私に向けます。反対に、ピオリアからは、賛同者を得られたのが嬉しいのでしょうか、期待に満ちた目が私に向けられました。
気持ちとしてはオーロラとジョリエットと同じなのですけど、文章から読み取る限り、ピオリアの説が正しいと思えてしまいます。文官を目指す以上、主観に囚われた解釈や判断はよろしくありません。感情を殺して、事実だけで判断すべきです。
「あの、勘違いしないでいただきたいのですけど、気持ちとしてはオーロラ様とジョリエット様と同じです。物語として、主人公達が狂人で良いのかと。ですが、ピオリア様の説が正しく思えるのです。
文官を目指す以上、文章を正しく読み取る技能を身につける必要があるかと」
私の言葉に、オーロラとジョリエットが先程とは違う驚きの表情を浮かべます。反対に、ピオリアは不思議そうな顔を浮かべます。まぁ、褒められたのかわかりづらい言い方をしてしまいましたからね。いえ、ピオリアの読解力は素晴らしいと思います。ですけど、あの様な狂気に満ちた解釈を認めたくないという気持ちがどうしてもあるのです。悪いのは作者であって、ピオリアではないのです。
「確かにピオリア様の説でしたら、全ての辻褄が合いますね。
ですが、ここはどうなのでしょう?『王子は優しくキスをすると、スノウを深い眠りから無事に目覚めさせてくれました』とあります。その前では、王女は死んだと書かれていますよね。死んだ王女を蘇らせたということでしょうか?」
「そこは私もどう解釈して良いかわかりませんでした。クリスティーナ様とジョリエット様はどう思われますか?」
ピオリアの問いに、私は「わかりません」と答えます。頭には、死体を動かす禁忌魔法の『アンデッド』が浮かんでいましたけど、そのような悍ましい魔法が存在すること自体、普通は知りません。ここは何も知らない3人に任せた方が良いでしょう。
「もしかして、蘇生魔法の『蘇生』ではないでしょうか?」
ジョリエット様が信じられないことを口にしました。蘇生魔法など聞いたことがありません。死んだ者を蘇らすなど、そのような力、神様の領域です。もしそのような力を手にしたのなら、神様の怒りをその身に受けることになるでしょう。帝国で魔道具を開発した者達の様に。
私だけでなくオーロラとピオリアも信じられないと驚きの表情を浮かべています。3人からの驚きの目を向けられて、ジョリエットが慌てて弁解を始めます。
「違います。物語の話です。本当にあるわけではありません。小さい頃に聞いたことがあるのです。もう詳しくは覚えていませんが、死んだ恋人を生き返らせた話です」
「それって、どういう物語ですか?」
「えっ?言いましたように、詳しくは覚えてませんよ」
「それでも構いません。覚えているだけで良いですから、教えてください」
ピオリアに強くお願いされたジョリエットは断り切れず、仕方なさそうに語りました。
「『ロミオとジュリエット』
ある国にロミオという名の令息とジュリエットという名の令嬢がいました。2人は一目で恋に落ちます。しかし2人の家は嫌い合っていて、一緒になることが出来ませんでした。悲嘆したジュリエットは、悲しみのあまり自ら命を絶ってしまいます。愛するジュリエットを失ったロミオは、自らの命と引き換えにジュリエットを魔法で生き返らせます。そして蘇ったジュリエットですが、ロミオの死を悲しみ、再び命を絶ってしまいました。
確か、このような話です。子供の頃聞いた話ですので、違っているかもしれませんけど・・・。
その時ロミオが使った魔法の名前が『蘇生』だったはずです」
終始語りづらそうでありましたけど、ジョリエットは最後まで話を聞かせてくれました。私は初めて聞いた話ですけど、オーロラとピオリアはどうでしょうか?2人を見ますと、何と言って良いのかわからず言葉に詰まっているようです。
なんとなく気持ちはわかります。色々と指摘したい所がありますよね。
子供に聞かせる物語ですか?とか、脈絡もなくいきなり蘇生魔法が出てくるのはいかがなものでしょう?とか、ジュリエットとジョリエット似てますねとか。
ですが、ここは触れずに流すのが良いでしょう。
「そのぉ、物語でしたら、蘇生魔法なんて荒唐無稽な展開も許されるのではないでしょうか?」
「そう――ですね!ジョリエット様の仰る通り、事実ではなく創作なのですから、大げさなくらいで丁度良いかもしれませんね」
「その物語は悲恋ですけど、死んだ恋人が蘇るなんて感動的ではないですか」
「他の物語でも使われているのですから、問題ないのでは?」
こうして『プリンセス スノウ=ホワイト』については、話をまとめることになりました。
『プリンセス スノウ=ホワイト』
ホワイト王国の王女として生まれたスノウは、実母が亡くなったことで義母に育てられます。ところが、新しく王妃となった義母は自分の美しさに執着していて、スノウに碌な教育を施しません。魔法の鏡に「世界中で貴女が一番美しい」と答えてもらっては喜んでいました。こうしてスノウは愚かなまま大きくなり、義母だけでなく、王様や家臣からも疎まれるようにまりました。やがてスノウが美しいお姫様に成長すると、魔法の鏡の答えは変わってしまいました。「自分よりも美しい者がいるなんて!」怒った義母はスノウを殺すように家臣に命じました。しかし家臣は命令に背き、スノウを国外れの森の奥に置き去りにするだけで帰ってしまいました。スノウはそこで7人の小人の家を見つけ、住まわせてもらうことになりました。一方、魔法の鏡によってスノウが生きていることを知った義母は、毒りんごを作ると、自ら、りんご売りのお婆さんに化けてスノウをだまし、毒りんごを食べさせることに成功しました。
仕事から帰ってきた小人たちは、スノウが死んでしまったことを嘆き悲しみました。するとそこへ、嵐にあった王子が迷い込んできました。美しいスノウに王子は一目惚れします。王子は優しくキスをすると、スノウを深い眠りから無事に目覚めさせてくれました。王子はスノウを国に連れて帰ると結婚しました。死者を蘇らせる王子には誰も逆らえません。王子の父である王様は、スノウと王子の望みを聞き、ホワイト王国を攻め落とします。ホワイト国王を始め城の者を全員処刑すると、スノウと王子は攻め落としたホワイト城で結婚式を挙げました。結婚披露宴の余興は、灼けた鉄の靴を履かされた義母の死ぬまで続く舞踏となりました。
何と言いますか、恋物語のはずでしたのに悲惨な話になってしまいました。どう考えても、作者に問題があります。登場人物が皆、頭がおかしいです。スノウと王子に関しては、狂人と言えるほどです。いえ、1番の狂人は作者かもしれません。このような結末を迎えて、恋物語として世に出しているのですから。
ちなみに、家臣は男妾という解釈は、未成年の私達が使うには外聞が悪いという結論に至り、不採用にしました。小人の家はホワイト国外の森の奥にして、ホワイト国の民ではないことにしました。これでしたら、王女の『住まわせてもらう』という表現も、辛うじて筋が通ります。王子が森で1人だったことは触れないことにしました。狂人の王子が自ら森の中に入ったことも考えられるからです。まぁ本音を言えば、狂人の考えなどわかるはずもないですから、触れない方が良いでしょうと判断しました。
こうして、なんとか1話目の『プリンセス スノウ=ホワイト』の翻訳を終わらせました。
シャーリーン様に喜んでいただこうと始めたことですけど、今はお見せするのが躊躇われます。




