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闘技大会 03

『闘技大会』2日目の武術部門、準決勝で大番狂わせが起きていた。

 シャーリーン様のご友人であるマーガレット様の婚約者、エドベルド様が一方的に押されていた。

 相手は2年生のユージーン=オレゴン。私が調べた先月の成績では、評価はD。全てにおいてエドベルド様が劣る点はないはず。いえ、そもそもユージーンが1回戦を勝つことなど、誰一人として想像しなかったはずです。

 実際、今2人が戦っている姿を見ても、ユージーンの技量は低い。ただ、力と速さが常人を越えている。いえ、ユージーンの体格であれ程の身体能力は異常です。ただ私達には思い当たることが1つあります。


「転生者?」


 シャーリーン様の呟きで皆の視線がアリスに集まります。


「アリスは同じ2年生ですよね?それらしい様子は見受けられましたか?」

「いえ、全く気づきませんでした」

「しかし、あれ程の力は、転生者でなければあり得ないのではないでしょうか?」

「オードリーの言うことはわかります。けれど、私が調べた先月の成績では、評価はDです」

「それでは隠していたということかしら?」

「これまで“力”を求めた転生者は、皆自己顕示欲が強いと研究結果が出ています。隠していたとは考えにくいです」

「『武闘大会』で鮮烈なデビューをとか考えたのでは?」

「否定は出来ません。けれど2年生になってからですか?1年生の方がより鮮烈な効果が見込めると思えますけど」

「オードリーもクリスティーナも落ち着きなさい。ここで議論し合っても結論は出ませんよ。

 アリス、何でも構いませんので、貴女の知ってるユージーンのことを教えてください」

「わかりました。

 実技・座学共に成績が悪かったです。クラスメイトからも武官に向いていないと言われていました。同じ3級貴族のセイラム=ヒルズボロとビーバートン=コーバリス、グレシャム=メドフォードと仲が良かったと記憶しています

 私が知っているのはそれくらいです」

「私からも良いでしょうか?

 ユージーンですけど、ワイオミング=ウィンスレットのグループメンバーでした。ただ貴族級や実力から立場は低かったようです。とは言え、ワイオミングがあの様な形で退学しましたので、グループメンバーは現在、皆肩身の狭い思いをしています」

「つまり、先月まではD評価としての実力しかなかった者が、突然驚異的な力を振るうようになったと。それが先天的なもので隠していたのか、最近身につけたものかは判断がつかないというわけですね」

「「はい」」

「それにしても、1年以上もアリスの目を誤魔化すほど、力を隠すでしょうか?」


 シャーリーン様が、グラウンドで笑いながらエドベルド様を追い詰めているユージーンを見て呟く。

 私達が話し合っている内に試合は進み、エドベルド様が壁際まで追い詰められていた。


「シャーリーン様、あのように楽しそうに人をいたぶる者が実力を隠しておくでしょうか?

 それに、あれ程の力が元々あったのでしたら、ワイオミングのグループでより高い地位にいて、良い目を見られたでしょう。

 力を隠していたとは考えづらいです」

「確かにクリスティーナの言う通りですね。ですが、どちらにしても脅威なのは変わりません。

 取りあえず議論はここまでにして、ユージーンの様子を窺うことにしましょう。何かわかるかもしれません」

「「「「はい」」」」


「そこまでッ」


 審判の号令が響いた。

 最後は壁際まで追い詰められたエドベルド様が膝をついて、ユージーンの猛攻をただ防ぐだけという不格好な結末だった。しかし、それまでのユージーンの相手は一撃で吹き飛ばされていたことから、十分健闘したと言って良いでしょう。

 息を切らし項垂れたエドベルド様が退場していく中、ユージーンが会場の客席に向かって誇示しています。

 やはり、あれ程自己顕示欲が強い者が1年以上も我慢して力を隠すとは思えません。しかし、それなら突然強い力をどのように手に入れたのでしょうか?



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 1時間半の休憩を挟んで、決勝戦が始まろうとしている。

 休憩中にアリスがクラスメイト達からユージーンの情報を集めてきたけど、誰一人変化の兆しに気づかなかったらしい。どういうことでしょうか?

 会場が盛り上がる中、私達は緊張感を孕んでグラウンドを見ていた。

 審判を務める先生のかけ声で、決勝戦を戦う2人が入場する。

 ユージーン=オレゴンとジャクソンビル=サラソータ。グラウンド中央で2人が睨み合っている。何か言い合っているらしいけど、ここからでは遠すぎるし歓声で聞こえない。2人ともワイオミングのグループであったため、思うところがあるのかもしれません。

 審判が手を挙げると2人が武器を構えます。ユージーンは木剣を正眼に、ジャクソンビルは木製の戦斧を真横に構えます。リラと戦った時とは違い、防御的な構えです。ユージーンの準決勝を見て警戒しているのでしょう。


「始めッ」


 審判が号令と共に手を振り下ろします。ついに決勝戦が始まりました。

 しかし両者とも1歩も動きません。ただ、ユージーンが何やら話しているようです。何やら楽しそうに笑っています。対してジャクソンビルは応えることなく、静かに真っ直ぐユージーンを見ています。

 それが気に入らなかったようで、ユージーンの表情は不機嫌を通り越して怒りへと変わります。どうやら挑発に乗らなかったのが癇に障ったようです。挑発したのに自分が感情的になるとは、2流どころか3流のようですね。


「ブッ殺してやるッ!」


 ガナリ声を上げてユージーンがジャクソンビルに向かって駆けていく。かなり速い。上から見ているのでわかるけど、向き合っていると、とてつもない速度に感じることでしょう。ただ動きそのものが単純なので、ジャクソンビルはあっさりとユージーンの上段の一撃を受け止めてみせた。

 しかし、それもユージーンの思惑の中だったようです。再び木剣を振り上げると、力任せに振り下ろしました。休むことなく同じ動作を繰り返します。準決勝で壁際にエドベルド様を追い詰めた時と、同じ光景が繰り広げられています。


「エドベルドの時と同じ展開ですね。このまま終わりでしょうか?」

「いえ。ジャクソンビルはあの様に非常に大きいですから、ユージーンの剣圧は前から後ろにいきます。エドベルド様の時は上から叩きつけるようにしていましたので逃げ道ありませんでしたが、あれでしたら後ろに下がれますから」

「それと、リラと戦った時より上達しているように思えます。最初こそ真正面から受け止めましたけど、少しずつ捌いています」

「リラはどうです?戦った時より強くなってますか?」

「えッ!?どう・・・でしょう?ティナの言う通り、強くなってる・・・かも?

 すみません。戦って見ないとわかりません」


 センスの塊ではあるけど、頭ではなく身体や肌で感じて戦うリラにとって、言葉で説明するのは相変わらず無理らしい。シャーリーン様もそれがわかったのでしょうか、すぐに試合に目を向けられた。

 シャーリーン様の要望に応えられなかったのが情けなかったのか、見るからに落ち込んでしまった。リラ本人は、シャーリーン様に失望されてしまったと思っているようですけど、大丈夫ですよ。シャーリーン様はそれぞれの得て不得手を理解してくださっていますから。言い換えれば、リラに説明は無理ですねと思われていると言えなくもないのですけど。

 まぁ、リラが落ち込むだけなので言いませんけど。

 私はリラの横に並び、手を握った。リラが私を見てきたけど、私はリラを見返すことなくシャーリーン様に声をかける。


「シャーリーン様。ジャクソンビルですけど、現在は王都の騎士団を目指しているようです」

「そうなのですかッ!?」

「はい。決闘でワイオミングが退学したことで、その一因を担っていたため、故郷に帰れないようです。ウィンスレット家から相当憎まれているようです。

 それで卒業後は王都の騎士団を希望することに。ただ後ろ盾がなくなったことが、自分を見つめ直すキカッケになったそうです。今までとは打って変わって、真摯に物事に取り組むようになったとケンタッッキー先生が言っていました」

「そうですか」


 シャーリーン様の言葉は簡素なものでしたけど、少し喜ばれているように思えました。

 リラが手を握り返してきました。少しだけかもしれないけど、リラを元気づけることができたようです。リラが手を離します。私はもうちょっとだけ手を握り合っていたかったのですけど。

 胸の内でひっそりとそう思っていると、会場が大きな歓声に包まれた。

 ユージーンが力任せに叩きつけていた木剣を、ジャクソンビルが華麗に捌いてみせた。そしてユージーンがバランスを大きく崩したところに渾身の一撃を放ち、ユージーンを大きく吹き飛ばした。ユージーンの身体は地面に叩きつけられた後、勢いよく転がっていった。

 割れんばかりの歓声の中、審判が見極めのためにユージーンに近寄る。

 強烈な一撃を無防備な状態で受けたのだ、誰もが終わったと、ジャクソンビルが勝ったと思った。

 しかし、ユージーンは何事もなかったかのように立ち上がった。

 あり得なかった。私は説明を求めてアリスに目を向けるも、アリスも驚きに目を見張っていた。


「アリス、あれはどういうことです?」

「わかりません。ジャクソンビルの一撃は確実に入っていました。ユージーンの身体の吹き飛び具合からも、後ろに飛んで逃げたようには感じませんでした。それに、そのような高等技術を身につけているとは思えませんし」

「ですけど、ダメージを追っているようにはみえませんよね?武術部門では、治癒の魔法陣は効果を抑えているはずでは?」

「仰る通りです。効果を半分にしているはずです。これまでの試合では確かにそうでした」

「そう――ですよね。選手は痛みに耐えながら戦っていましたね。では、今回だけ調整を間違えたということでしょうか?」

「どうでしょうか?あッ、先生方が出て来ました。おそらくシャーリーン様と同じように思われたのでは」


 試合が一時中断され、グラウンドに先生が何人か出てきてた。話し合っているようですけど、ざわめきの中では、ここまで声が一切届きません。先生方もかなり焦られているようで顔が真剣です。

 どうなるのかと思って見ていると、おもむろに先生の1人がナイフで自分の腕を傷つけました。会場に響めきが走ります。


「あらっ?傷が治りませんね」


 オードリーの不思議そうな言葉で状況がつかめました。確かに、魔法陣の効果が完全ならば、傷はすぐに治るはずです。遠くてわかりづらいですけど、インディアナ先生の傷からは血が流れ続けています。魔法陣の効果は抑えられているようです。


「魔法陣は正しく作動している――ということですね?」

「おそらく、間違いないかと」

「それでしたら、何故ダメージがなかったのでしょうか?治癒の魔道具は禁止されているのですよね?」

「はい。魔道具の使用は認められていますが、治癒効果のある魔道具だけは使用が禁止されています。試合内容が公正ではなくなってしまいますから」


 先生方も魔道具の不正使用を疑ったらしく、今度はユージーンに話を聞いています。先生方に囲まれているという状況にもかかわらず、ユージーンは平然としています。いえ、むしろ今の状況を楽しんでいるように見えます。

 しばらくすると、先生方が退場していきました。1人残った先生、審判が拡声器の魔道具を使って説明し始めます。


「協議の結果、魔法陣に問題はなく、ユージーンに不正がないことがわかりました。

 決勝戦を続行しますッ」


 先生の判断に会場が盛り上がります。観客としては“没収試合”や“反則負け”は消化不良でしょうから、試合が続くことは本望でしょう。しかし私達にとっては、いえ、武官にとってはそれどころではありません。攻撃が効かない敵など、脅威以外の何物でもありません。

 とは言っても、何かカラクリがあるはずです。突然ユージーンの身体能力が上がったことと関係あると考えて良いでしょう。


「始めッ」


 審判の号令で中断されていた試合が再開する。

 しかし両者とも動かない。ユージーンはともかく、ジャクソンビルは攻めあぐねているのでしょう。会心の一撃が効かなかったのです。慎重になって当然です。

 それに対して、ユージーンは無防備に嘲笑ってます。相手を馬鹿にしているのがよくわかります。あの2人の間に何があったのかはわかりませんけど、溜まった鬱憤を晴らしたいように見えます。

 いつまでも睨み合っている2人に、観客席から野次が飛び始めました。

 しかしそれでも2人が動くことはありませんでした。いえ、ユージーンが何かしているようです。何でしょう?


「あれは!?ユージーンの魔力が流れているようです。手首と足首。それと胸に集中していますね」

「確かに魔力が流れていますね。しかし・・・」


 オードリーとアリスの言葉で、ユージーンを注意して見ると、2人の言う通りに魔力が流れているのが感じられた。けれど、そのようなことがあるのでしょうか?


「魔力を5カ所別々に集中させるようなこと、出来るのですか?」


 シャーリーン様の疑問は皆が思ったことでしょう。誰もその問いに応えることが出来ませんでした。

 ただ1つだけわかったことがあります。


「おそらくですが、あれがユージーンが強くなったカラクリではないでしょうか?」

「確かに。クリスティーナの言う通りで間違いないでしょう。確かめる必要がありますね」

「わかりました。それでは、クリスティーナとリラで確かめて来てください」

「「わかりました」」


 僅かですけど、問題の突破口が見えました。さて、いつ、どこで、どのように行動しましょうか?

 私が今後のことを考えた直後、ユージーンが「こっちから行くぜッ」と叫び、ジャクソンビルに駆けていきました。


「「速い」」


 リラとアリスの言葉が重なります。

 2人の言う通り、ユージーンの動きは今まで以上でした。繰り出す攻撃も速くなっています。さらにそれだけではないようです。攻撃を受けるジャクソンビルが必死のようで、顔を歪めています。先程までは攻撃を見切っていたのに。手を抜いていたと言うよりは、カラクリでより強くなったと考える方が妥当でしょう。

 受ける一方では不利と悟ったらしく、ジャクソンビルが攻撃に転じます。いくら身体能力が上がったと言っても、練度はそのままです。攻守があっさりと替わりました。ジャクソンビルが猛攻を仕掛けます。


「えッ!?」


 私だけでなく、側近の皆も気づいたようです。いえ、それなりの実力がある武官でしたら、皆気づいたでしょう。

 考えられないようなことが試合で繰り広げられていました。


「あの、何か起こったのですか?」

「はい。ユージーンですが、ジャクソンビルの攻撃を片手で弾いています」

「え~と、どういうことでしょうか?」

「はい。あの体格差で、攻撃を捌くでもなく受けるでもなく、片手で弾くというのはあり得ません。まるで転生者のようです」

「つまり、やはり転生者ということですか?」

「私はそうは思えません。

 シャーリーン様がそう思うのもわかりますが、転生者の特徴とユージーンの行動やこれまでの在り方が矛盾しています」

「クリス落ち着いて。ここでどれだけ考えても結論は出ないでしょう?さっきシャーリーン様から調べるように命じられたのですから、その時確認しなさい」


 オードリーに窘められ、私はシャーリーン様に「失礼しました」とお詫びして一歩下がった。

 目を疑うようなことに興奮してしまいました。オードリーの言う通り、後で調べれば済むことです。ここで持論を述べる必要はありませんでした。

 私が気落ちしていると、突然手を握られた。横を見るとリラが微笑んで私を見ていた。

 どうやら先程のお返しのようです。リラの心遣いに、沈んでいた心が軽くなりました。私も微笑み返して手を握ると、嬉しそうに笑ってくれました。


「オォオオオオオオ!!」


 突然の大きな歓声にグラウンドに目を向けると、ユージーンの木剣が宙を舞っていました。どうやら、ジャクソンビルが技を繰り出したようです。ただ、これまでの猛攻で相当の体力を使ったようです。肩で大きく呼吸しています。好機なのに、追撃出来ないほど厳しい状態なのでしょう。

 それよりも気になるのはユージーンの方です。武器を無くしたのに、焦った様子が見られません。どういうことでしょうか?

 私がユージーンの反応を訝しんだ直後、ユージーンは大きな笑みを浮かべると、大きく振りかぶってジャクソンビルを殴りつけました。

 何とか戦斧で防ぎましたが、柄を折られてしまいました。怯んだジャクソンビルの顔に、ユージーンが再び拳を振るいます。今度は防ぐことが出来ず、真面に食らったジャクソンビルは大きく吹き飛ばされました。

 会場からは歓声と悲鳴が上がります。

 咄嗟に身を引いていましたけど、勝負は決まったでしょう。派手に殴り飛ばされましたからね。

 審判が確認しようと近づくと、驚くことにジャクソンビルが身体を起こしました。気を失って当然なのに。手で押さえていますが、顔が歪んでいるのが見てとれます。

 悲惨なジャクソンビルの姿に会場が静まりかえる中、審判が試合終了を告げました。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 表彰式が始まりました。

 ジャクソンビルも治療が終わり、武術大会に参加した者全員がグラウンドに集まっています。

 昨日と同じように混む前に館に戻ろうとしたところ、リラの名前が呼ばれました。

 声のした方を見ると、ユージーンが拡声器を持ってこちらを見ています。


「リラ=ベローズ、私と戦え!其方を倒して、私は真の強者となってみせるッ!」


 不敵にもリラに挑戦の名乗りを上げてきました。このユージーンの声に観客は大いに盛り上がります。甲高い女性の声ばかりなのが気になりますが。でも、まぁ気持ちはわかります。大会前の校内の様子がああでしたし。

 それでシャーリーン様はどうなさるのでしょう?リラならば勝てますけど、問題はそこではないでしょうし。


「どうしたリラ。まさか怖じ気づいたとか言わないよな?」


 リラはユージーンには見向きもせず、主であるシャーリーン様を見ている。安い挑発はリラには届いていなかった。

 肝心のシャーリーン様を見ると、静かに細く息を吐き出しています。どうやら機嫌を損ねてしまったようです。

 そのことを知らずユージーンは下の方から挑発を続けていますが、愚かなことです。

 シャーリーン様が貴賓室から顔を見せると、さすがにユージーンも口を閉じました。何やら驚いているようです。まぁ、リラではなく王女様が顔を出したのですから当然でしょうけど、リラはシャーリーン様の側近ですよ。何故、この展開が読めないのでしょう?


「ユージーン=オレゴン、優勝おめでとう。見事な戦いでした。

 さて、私の側近との戦いを望んでいるようですけど、何故でしょうか?」

「シャッ、シャーリーン王女様、お褒めいただきありがとうございます。えっと、そのですね。校内で最強と謂われるリラ=ベローズに勝たない限り、大会で優勝しても最強は名乗れないと思いまして。

 それでリラに戦いを申し込んだ次第です」

「成程、貴方の言い分は理解しました。

 しかし、それはこの大会、学校の理念に反するのでは?

 リラがここで戦っては、大会に参加した者達皆の健闘を不意にしてしまいます。公平・公正ではないのでは?」

「そ、それは・・・」

「大会優勝者は栄誉を手にしますが、優勝した暁に望みが叶えられる特典はありましたか?

 インディアナ先生、どうでしたか?」

「そのようなものはない」

「ありがとうございます。

 ユージーン=オレゴン。貴方は何故自分の望みが叶うと、我が儘を通ると思ったのですか」


 シャーリーン様の正論にユージーンは何も返せず、狼狽えるばかりです。どうやら、ユージーンに相当腹が立ったようです。シャーリーン様の追撃はまだまだ続きます。


「リラが『闘技大会』に参加しないこと、しない理由は伝えていたはずです。

 それにも関わらずリラを私の側から離そうとするとは、どのような了見でしょう?私の護衛を減らして、何か企んでいるのですか?」

「い、いえ。そのようなことは全くッ」

「そもそもです。大会の主催は学校です。予定外の事を通そうとするのでしたら、主催者に話を通しておくのが筋でしょう。根回しもない勝手な要望が通ると、本気で思っているのですか?」

「えっ?、いや、それは・・・」

「インディアナ先生、学校はユージーン=オレゴンの申し出を了承するつもりですか?」

「いや、それはない。優勝者と言えども、一学生に過ぎない。そのような我が儘を認めることはしない。

 良い機会だ。皆に言っておく。

 其方達はこの学校を卒業したら、成人として扱われる。学校のように甘い場所ではない。たった1回と言えど、ルールを破って居場所をなくすこともあり得る。反省文を書いて終わりということなどない。まだ若いからという寛容な目で見てもらいたいなど、甘ったれた考えは通用しない。

 先程ユージーンの言葉に沸いた者達は反省しなさい。感情で物事を考え判断して良いのは子供だけだ。

 良いな」

「だそうですよ、ユージーン=オレゴン。貴方はまだ、この場でリラとの戦いを望みますか?」

「そ、それは・・・。

 いえ、申し訳ありませんでした」


 シャーリーン様はユージーンの謝罪を受けることなく、踵を返して出口へと向かった。

 この後表彰式が再開するのでしょうけど、後世に語り継がれるくらい静かなものになるのでしょう。

 せっかく手に入れた栄光も失い、今後は愚か者として見られるのでしょう。自業自得とは言え、シャーリーン様の機嫌を損ねるなんて。本当に愚かとしか言えません。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 陽が沈み月と星が夜空に輝く中、校舎から待ち人が出てきた。

 素性がバレないよう、シャーリーン様からいただいた衣装と仮面を身につけ、声色も変えて私はユージーンの前に姿を現した。それにしても、まさかこの格好をまたするとは。


「ユージーン=オレゴン、聞きたいことがあります。その力をどこで手に入れましたか?」

「なんだぁ、手前ェ?」


『闘技大会』で問題を起こしたことで、先程まで説教されていたユージーンはかなり機嫌が悪そうです。上級貴族らしからぬ言葉遣いをしています。もっとも、こちらの方が素のようですね。すでに寮の門限は

 過ぎて周りに人はいないため、取り繕う気はないということでしょうか。

 まぁ、周りに人がいないことはこちらも都合が良いのですけど。まさか問題を起こしてくれたおかげで、こうも早く接触できるとは思ってもいませんでした。


「先月まで、貴方の成績はD評価でした。それにもかかわらず、大会で優勝できるほどの力を今は持っています。何故ですか?」

「ハッ。努力したからに決まってンだろッ。元々才能があって、それが目覚めたってだけさ」

「真面目に答えるつもりはないのですね」

「ちゃんと答えたじゃねェか。俺は今機嫌が悪いンだ。そうだ、丁度良い。憂さ晴らしといこうか」


 そう言うと、ユージーンは決勝戦で見せたように、魔力を手足と胸に流し始めました。

 私が駆け出すより早く、後ろに潜んでいたリラが木剣を構えて私の横を駆け抜けていきます。手加減のない横凪の一撃をユージーンの腕に叩き込むと、骨の折れる音が静かな夜の中にはっきりと聞こえました。遅れて私はユージーンの膝に蹴りを叩き込みます。折ることは出来ませんでしたけど、ユージーンは地面に片膝をつきます。

 これで答えてくれるでしょうと思ったのですが、ユージーンは何事もなかったかのように立ち上がりました。


「ふう。まさかもう1人いたなんて。いやぁ、油断したゼ。

 まぁ、楽しみが増えたってことで、不意打ちは許してやるよ。次はこっちの番だなッ。おっ?」


 どういうことでしょう?私とリラの攻撃が効かなかった?

 いえ、ユージーンの腕は確かに折れています。あり得ない角度で曲がっていますし。と言いますか、今の反応からして、折れたことに気づいていなかったのでしょうか?痛みを感じていない?

 カラクリの種が1つ解けたようです。

 ジャクソンビルの攻撃を真面に受けて平気でしたのは、そういうことでしょう。


「リラ」

「うん。骨を折る」


 それだけ言うと、リラは再びユージーンに向かって行きます。

 さすがです。私の知る限り、リラほど戦いのセンスを持った者は見たことがありません。可愛くて格好良いなんてどういうことでしょう。

 リラがもう1本の腕目がめて木剣を振るおうとしましたが、ユージーンは驚く方法でリラを遠ざけました。

 まさか、折れた腕を鞭のように振るうなんて。やはり痛みを感じていないのですね。


「待てヨ。こっちの番だって言ってンだろッ!」


 そう言うと、ユージーンは再び魔力を流し始めました。

 何故、敵の言うことを聞かないといけないのでしょう?隙だらけの敵を攻撃しないわけないでしょう。これは試合ではないのですよ。

 今度はリラだけでなく、私もユージーンに向かいます。挟み込むような形で迫る私達にユージーンは焦ったようで、身体ごと折れた腕を回して私達の接近を拒みます。しかし咄嗟に無茶な動きをしたせいで、ユージーンはバランスを崩して倒れます。

 見下ろす私達から逃げようと、ユージーンは尻餅をついたまま必死に後退りします。再び折れた腕を振るいますが、腰の入っていない攻撃をリラは簡単に叩き落とします。


「な、何なんだよ、お前らは?俺が何をしたって言うんだ?」

「聞いていなかったのですか?貴方が突然強くなった秘密を話しなさい」

「なッ!?渡さねェ、これは俺の物だッ!」


 ユージーンが懲りずに魔力を流し始めました。

 諦めの悪いことです。こんな至近距離で隙だらけになるなんて。

 私はユージーンの頭を蹴り上げようとしましたが、それよりも早くリラの一撃が鎖骨を折ります。ただ痛みは感じないようですので、念の為私も一撃入れておきましょう。

 痛みは感じていないようですけど衝撃はあるようで、蹴り上げた頭は天を向き、そのまま大きく仰け反り倒れました。


「どうするの?」

「素直に話そうとしないし、ここで拷問するわけにはいかないしね。あとは本部に任せましょうか。拘束するから、リラは見張ってて」

「わかった」


 拘束具を取り出すと、私は倒れているユージーンを観察する。脳震盪を起こしたのか動く素振りがない。痛みを感じていないだけで、怪我や傷は負ったままで治る気配も見えない。これなら、拘束すれば逃げられることもないでしょう。

 しかし私がユージーンへと1歩踏み出した時、異変が起こった。

 ユージーンの身体が大きく痙攣し「アガガガ」と呻き声を上げる。陸に上がった魚のように身体が大きく跳ねだす。演技ということもなさそうです。私は急いで治癒魔法をユージーンにかけます。

 私の魔法が弱いせいか、効いていないのか、ユージーンは変わらず痙攣し続けている。状況は全くわからないけど、取りあえず今できることをするしかない。


「リラ、校長の所に行って本部を呼んでもらってッ」

「わかった」


 リラが駆け出し、校舎の中に姿を消した。

 ユージーンの情報に持病はなかったはず。それならば、この状態も突然強くなったことと関係あるということでしょうか?予想だにしなかったことに頭が混乱する。

 とにかく、わからないことに頭を悩ませていても無駄です。落ち着きましょう。

 自分のそう言い聞かせると、私は大きく深呼吸して、余計な考えを頭の中から追い出していく。

 深呼吸を繰り返しているとようやく回復魔法が効いてきたのか、ユージーンの痙攣が治まり、呻き声も漏らさなくなった。

 落ち着いたようですけど、止め時がわかりませんね。どうしましょう?

 ようやく余計な考えを追い出したのに、新しい問題が生まれてしまいました。

 大丈夫そうに見えますけど、治癒を止めても問題ないでしょうか?止めた途端、死んだりしないでしょうか?本部が来るまでこのまま続けないといけない?本部が来るまでどれくらい?それまで魔力はもつ?

 答えの出ない問題に頭を悩ませていると、校舎の中から足音が近づいてきました。リラが戻って来てくれたようです。

 ここでリラが出来ることはユージーンを拘束することくらいですけど、側にいてくれるだけでとても心強いから不思議ね。

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