エージェント:パパラチアサファイア 02
「貴族は国を護り、民を守るための存在。どれだけ権力を持っても、国を支える民を傷つけて良いはずがない。まして、馬車が壊れて道を塞いでしまったのは運が悪かっただけ。それを助けてこその貴族だろう。道を塞いだのを気に入らない。たったそれだけで殺すなんて。
その傲慢な思い上がり、俺が叩き直してやるッ!」
真っ黒な剣と鎧の戦士が場違いな正義を吠えた。
言葉の内容から、状況を勘違いしていることはわかる。しかし王族に剣を向けている以上、敵であり、反逆の罪である。護衛の者達も剣を構えたまま1歩も引くことはない。
「王家に剣を向けた以上、覚悟は出来ているのだな」
「王族が平民を無慈悲に殺すなんてッ!国自体が腐ってるみたいだな。
面白れぇ、まさに正義のヒーローって場面じゃん」
鎧の戦士は、転生者にありがちな独善的な思考で近衛兵の言葉を無視して、こちらを悪と断じたようです。転生者は、神と呼ばれる存在によって人を超越した力を授かっている。しかし自ら力を得たわけではないため、力の使い方を理解していない者がほとんどだと研究されている。先程の近衛兵との戦いでも、力は強いのに簡単に剣を落とされていたことから、剣術が出来るわけではないことがわかる。2人の近衛兵を倒したのは、力任せの攻撃でした。
力に自惚れ、彼我の戦力を理解していないのでしょう。ただ、勝つとわかっていても、被害を出すのは避けるべきでしょう。
「アリス、私が説得を試みます。よろしいですか?」
「任せます」
小声でアリスに話しかけた後、私は鎧の戦士に向き合う。
「鎧の戦士よ、其方が先程助けた商人風の男は、私の命を狙った暗殺者とわかっているのですか?其方は暗殺者の仲間なのですか?」
「ハァ!?いや、そんな?」
「男は剣を持っていました。あちらで倒れている男達の側にも剣が落ちています。
商人が騎士に向かって剣を振るいますか?」
「う、嘘じゃないだろうなッ?証拠はあるのか?」
「何を言ってるのですか?それより、其方は暗殺者を助け逃がしたのですよ。その件はどうするつもりなのですか?いつまで王族に剣を向けているのですか?」
「ウッ。すまなかった。てっきり非道な貴族が平民を虐げているのかと。俺の勘違いだったようだ。すまない。この通りだ」
鎧の戦士が剣を収め頭を下げた。
誤解は解けたようで、戦いは避けられた。しかし、転生者と思しき者を野放しにすることは出来ない。相変わらずこちらの常識を理解せず、異世界の常識で生きていることが態度でわかります。後々問題を起こすことがないよう、今の内に対処すべきでしょう。
それと気になる事があります。
「誤解が解けたようで何よりです。
それで、其方はどちらから来たのですか?黒い剣と黒い鎧。そのように目立つ姿でしたら、実力も相まって広く知られているはず。けれど、私は聞いた事がありません。アレン隊長は知っていますか?」
「いえ、存じません。誰か知っている者はいるか?
アレン隊長の問いかけに、誰一人答える者はいなかった。
「ええっと。まだこの国に来たばかりですから、誰も私のことは知らないはずです」
「そうなのですか?それでは、これまではどちらに?」
「帝国です。ゴート帝国」
「其方のように強き者が、なぜ王国に?帝国は其方を引き留めなかったのですか?」
「はは。アンタは知らないようですね。冒険者とは何にも縛られない自由な存在なのです。好きなように生き、好きな所に行く。俺達冒険者は、風のように自由気ままなんです」
未だ剣を構えたままの護衛達の緊張感が高まる。
しかし鎧の戦士はそのことに気づいた様子もなく、悠然としている。自分の言ったこと、自分がしたことがわかっていないのでしょう。
このままでは護衛達が職務を全うしようと、鎧の戦士を捕らえようとするはず。ただ、それでは被害が出てしまいますし、王都まで連れて行くのも面倒です。
シャーリーン様の危険になりそうな事は排除しておくべきでしょう。
「それでは、王国には何か目的があって来たわけではないと?」
「ああ。もし理由をつけるなら、世界を旅して回りたいってトコかな」
「そうですか。私達はこれから王都に向かいますけど、其方はどうされますか?」
「俺も王都に行こうと思ってたし。せっかくだ、“旅は道連れ”って言うしな。そっちが良いなら、一緒にどうかな?」
「そうですか。それで馬はどちらに?」
「いや、歩きだから。大丈夫、体力には自身があるから。まぁ、急ぎなら置いてってくれて構わないぞ」
「まさかゴート帝国から、ここまで歩いて来たのですか?」
「ああ。まぁ、帝都から国境近くまで馬車で送ってもらったけどな。そこからはずっと歩きだな。まぁ、色々と観て回ろうと思ってな」
詳しい事はわかりませんけど、おおよその状況はわかりました。そろそろ茶番は終わらせる頃合いでしょう。
「成程。つまり、其方は王国に密入国したのですね」
「えッ!?」
「他国から、そのような異様な姿の者が入国したのなら、必ずその情報が王城に届きます。しかし、この場にいる誰も其方のことを知りませんでした」
「ち、違う。そんなつもりはなかったんだって。悪かった、悪かったから。なっ、すぐ帝国に帰るから。それで良いだろ?何もなかったってコトで」
「罪はそれだけではありません。暗殺の幇助、反逆罪、共に大罪です。極刑は免れません」
「そんなッ!?ぜ、全部知らなかっただけなんだよ。勘違いなんて誰にでもあるだろ?そう大事にしなくても。結局何も起こらなかったんだし」
「何を言っているのですか?捕らえようとしていた暗殺者を、其方が逃がしたではないですか?近衛兵を倒して」
「だ、だからそれは勘違いだったって。倒したのも殺したわけじゃないんだし。暗殺も防いだんだろ?だったら少しくらい大目に見ても」
「随分と自分にだけ都合の良い言い分ですね。聞こえなかったのですか?其方のせいで犯人を取り逃がしたと。こちらは其方のせいで被害も被っています。暗殺者とは無関係というのも、其方の言い分でしかありません。私達に同行しようとしたことといい、怪しい点があります。当然調べる必要があります。どのような手を使ってでも」
私の説明でようやく自分の置かれた状況を理解したようで、鎧の戦士は走って逃げ出した。
「待てッ!」と幾人かの騎士が追おうとするけど、アレン隊長が制止する。
「追う必要はない。我々の目的は護衛である。速やかに王都に向けて出立する」
「待ってください、アレン隊長。先程の戦士が気になります。走り去った先には何がありますか?」
「えー、あの方向でしたら、町があったはずです。それが何か?」
「それならば、町に知らせを出してください。先程の戦士が大罪人であることを。町の者が協力しないように、決して関わらないようにと。後で戦士を捕まえるための兵を送ると。それから、とても強いので無理に捕まえないようにと忠告もしてください」
「わかりました」
シャーリーン様の指示を受けたアレン隊長が、騎士の1人を遣いに出した。
「アレン隊長、もう1つ。この2人をカルガリー様に暗殺者と戦士の件で遣いに出したいのです。馬を1頭貸していただけませんか?」
「それでしたら、騎士の1人を遣いに出しますが?」
「いえ。これ以上護衛を減らすのは良くないかと。撃退したとはいえ、この先再び暗殺者が襲ってくるかもしれませんし。
それにこの2人を遣いに出せば、馬車が1台空きます。倒れている2人が回復するまで休ませることが出来ますでしょう?」
「いや、あの程度なら回復薬を使えば・・・。
わかりました。傷ついた部下にご配慮いただきありがとうございます。ご要望通り、馬を1頭お貸しいたします。ですが、あの程度の怪我でしたら、シャーリーン王女様の護衛に差し障ることはございません。すぐに回復させますので、側近の2人の準備をさせつつ、しばしお待ちください」
シャーリーン様の表情から、何か含むものを感じたのでしょう。アレン隊長がシャーリーン様の望まれた通り事を進めていく。鎧の戦士に倒された2人の近衛兵の元に騎士を向かわせると、残ったものを集めて、今後の段取りを指示していった。
その間に、私は馬車の中でアリスの予備のパンツを借りて着替える。アリスは武官見習いなので、元々巻きスカートの下にパンツを履いているので私の着替えを手伝ってくれていた。
「着替えながらで構いませんので聞いてください。
2人には、先程の戦士を追いかけてもらいます。このまま逃がしていまい、後日大きな被害をもたらされるわけにはいきません。早急に対処します。よろしいですか?」
「「かしこまりました」」
「まずは先程申した通り、カルガリー様の元に報告に向かってください。万が一戦士が町ではなくカルガリーに向かっても良い様に。その後町に向かって戦士を追いかけてください。
今回は突然のことですから、十分な準備がないでしょう。念の為逃げられるように、転移石を渡します」
シャーリーン様が隠しポケットの中から転移石を取り出した。私が以前任務で使用した物は諜報局に借りた物で、こちらはシャーリーン様専用の物です。石に魔力を込めれば、対の杭の元に瞬時に移動できる魔道具。魔道具の品質にもよるけど、シャーリーン様の物ならば、かなり離れていても転移できるはず。対の杭は、この馬車が襲われたときのために、今はもう1台の馬車に設置している。
「転生者のことは機密ですから、騎士の方やカルガリー様達貴族の全面的な協力を得ることが出来ません。大変でしょうけど、よろしくお願いしますね」
「「はい」」
準備を整えた私は、アリスと共にカルガリー邸へと戻っていった。
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鎧の戦士が向かったと思しきオーモットの町に私とアリスは到着した。
先に寄ったカルガリー様の好意で、目立たないよう平民の身なりに姿を変えている。廃棄しようとしていた物を譲り受けたとはいえ、あくまでも貴族目線。平民にしては、かなり身なりが良い。どこかのお嬢様と付き人という体で動くことにした。
「ところで、名前はどうしましょう?コードネームで呼び合いますか?」
「アリーゼで良いわ。今回だけですから。私のコードネーム、長いでしょ」
「局長がつけたのですか?パパラチアサファイアって」
「ええ」
「なぜ、あそこまで髪色と宝石にこだわるのでしょうか?ご存知ですか?」
「知らないし、興味ない。使うのは報告書を書くときだけだし。クリスティーナもそうでしょ」
「そうですね。それと私の名前はティーナでお願いします。
あっ、あそこの屋台で話を聞いてきますね」
私は屋台で串焼きと飲み物を買いつつ、店主のおじさんに鎧の戦士のことを聞いてみた。
「こちらアリーゼ様の分です。どうぞ」
「ありがとう」
「鎧の戦士ですけど、やはりこの町に来ているようです。おじいさんが黒い鎧の男を見たと。目立っていたのと、その後に町長から「黒い剣を持った黒い鎧の戦士には、一切関わらないように」と通達が出たそうで、よく覚えていると言っていました。ただ、この辺りにはいないそうです、町の中心に向かっていたので、そちらではないかと」
「わかりました。まずは中心に向かってみましょう」
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その後町の中心で聞き込みを行ったところ、やはり黒い鎧は相当目立ったらしく、目撃情報が簡単に集まった。
「ああ。あんな立派な鎧、見たことねえ。どこかの貴族様かも?ええと、ダダロの家の方に歩いてったよ。ああ、あっち。あっちの方」
「大変だったんだよ。「金払うから売れ」って。「客に売るのが商売だろ」とか。こっちは町長に「売るな」って言われてんだ。売れるわけねえだろ」
「王族を殺そうとした大罪人の話?それなら私見たよ!あっち、あっちの方に逃げてったよ。そう、真っ黒い鎧を着てた」
こうして目撃情報を追って、私とアリスは町外れにいた。町に入ってから1時間ほどしか経っていない。暗くなる前に居場所を突き止めることが出来て良かった。というか、鎧の戦士が隠れている路地の入り口には、町の兵士が2人見張っていた。
騎士からの命令が行き届いているようで、功名心に逸って手を出す様子は見受けられない。
「あそこのようですね」
「なんか、思っていたより簡単に見つかったわね」
「まぁ、あれだけ目立つ鎧ですからね。罪人ということで目を離すわけにはいけないでしょうし」
「それは、そうでしょうけど。だけどそれは裏を返せば、鎧を脱げば目立たず、町に溶け込めたわけでしょう?転生者は頭が悪いの?性格や思考に難ありというのは知ってはいたけど、これはさすがに愚かとしか・・・」
「文官という役職柄、転生者についての研究結果は、おそらくアリーゼより私の方が詳しいでしょう。私の個人的見解も入ってしましますけど、おおよそアリーゼの想像は間違っていないです。
まず、私達の信奉する神とは違う“神”と呼ばれる存在から、彼らは3つの願いを叶えてもらっていますよね。その超人的な能力で、彼らは自惚れ自滅する。ここまでは研究結果としてアリーゼも知っていますよね?」
「ええ」
「ここからは私の個人的な見解になりますけど、彼らはその能力を手放すことが怖いのではなのかと。何かを成し遂げたという経験がなく、自分自身に自信がない。ですから、やたらと“神”からもらった能力を誇示したがる。その能力をもって他者を見下す。
能力がなければ、何も持っていない人に戻ってしまう。ですから、捨て去ることが出来ないと。おそらくですけど、あの鎧と剣は“神”からもらった物でしょう。だから、捨てることが出来ない。捨てれば、アリーゼの考えた通り逃げられるにもかかわらず。
う~ん。先程アリーゼが転生者を愚かと言ったのに同意しましたけど、心が弱いと言った方が的確でしょうか」
「わかるような、わからないような・・・」
「今のは、まだ研究結果の出ていない推論でしかありませんから。私が納得する理由付けをしたら、そうなった程度のものです。間違っているかもしれません」
「そう。
それでは、そろそろ動きましょうか。まずは鎧の戦士を町から追い出します。“神”から与えられた能力が何か、どれ程のものかわかりませんから、無闇に仕掛けるのは危険です。もし戦いになって、町に被害が出ては面倒です。そうなっては、兵士達も役目上戦わざるを得ないでしょうし。何より、私達が目立ってしまいます」
「どうしますか?」
「簡単です。自分の置かれている立場を理解してもらうだけです」
そう言うと、アリスは拾った石を見張っている兵士へと投げた。
山なりに投げられた石は兵士ではなく、家屋の壁に当たった。おそらくその音で、鎧の戦士は見張られていることに気づいたのでしょう。兵士が慌てて路地の中へと入っていった。
「さあ、行きますよ」
私達も兵士を追って路地へと入っていく。行く先の方で甲高い大きな笛の音が聞こえてきた。兵士達が逃げられないよう、見失わないようにと応援を呼んだようです。
確かに、これなら町の中に隠れていることも出来ませんね。
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町から少しだけ離れただけの平野で、鎧の戦士は腰を下ろしている。
小さな町の中、隠れ潜む場所がないことをようやく悟った鎧の戦士は町を飛び出した。ただ町に心残りがあるのか、町の近くで一晩過ごすようです。
「食事の準備を始めたようですね。どうしましょう?」
「さらに追い込みます。食事も就寝もさせません。精神的に追い込めば、強大な能力も十分発揮できませんから。灯りをつけて。追手が来たように見せます」
「はい」
アリスの指示通り灯りをつけると、高く掲げて揺らした。アリスも地面を剣で叩いて音を立てる。
私達に気づいた鎧の戦士は、町から離れるように走り出した。
「追いかけます。これを明け方まで繰り返して、疲弊させます。それと灯りはもう良いです」
「わかりました」
私は灯りを消すと、アリスの後をできるだけ音を立てないように着いていった。向かう先には、静かな夜の平野の中、鎧の音が響いている。
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鎧の戦士が止まって腰を下ろすと、一定の距離を置いて私達も止まって様子を見る。片方が1時間ほど休んだ後、アリスが鎧の戦士に矢か魔法を撃ち込む。逃げれば追いかけ、向かってくれば息を潜めてやり過ごす。撃った後、アリスは離れた場所に潜む私の元に転移石で飛ぶので、鎧の戦士は私達を見つけることが出来ない。姿の見えない追跡者に、鎧の戦士の苛立ち募っていった。仕掛けた後、私達を威嚇する声が段々荒っぽくなっていった。
しかしそれもやがて疲労が勝ると、動きは粗雑に、言葉は泣き言へと変わっていった。
そして東の空に陽の光が見える頃には、鎧の戦士は怯え切っていた。姿を見せず、何も語らず、延々と命を狙ってくる私達に反撃も逃げることも適わない。今では恐怖のあまり、目を瞑ることすら出来ない様子を見せている。目を異様に輝かせ、辺りをせわしなく見回している。大きく見開いた目は血走って、真面な精神状況ではないことがわかる。
「もう夜が明けますし、そろそろ仕留めましょう。
クリスティーナはここで待っていてください。転移石で戻って来ます。最後の揺さぶりをかけるため、一度姿を見せてきますから」
「わかりました」
そうしてアリスは鎧の戦士の所へと歩いて行った。
しばらくすると、鎧の戦士の涙混じりの怒号が聞こえてきた。辺りは静かな為、声は聞こえるのだけど、呂律が回っていないので、何を言っているのかわからなかった。男の声だけが聞こえ、アリスの声は聞こえてこない。相手の神経を逆撫でする事が徹底してます。
男の叫び声が静かな平野に響き渡り、アリスに襲いかかりました。しかし肉体的にも精神的にも疲れ切った状態のせいで、動きに精彩さは全くありません。ただ振り回しているだけです。剣術を学んで技を身につけず、与えられた力だけで戦ってきた報いが露わにされています。
足に力が入らないようで、上半身が流れて鎧の男が大きく転びました。直ぐさまアリスが手を前に突き出しました。
「あの鎧に魔法は効かなかったはず」
これまで何回か魔法を撃ち込んだけど、鎧に対魔法結界が張られているようで届くことがなかった。なのに何故と思っていると、アリスの放った火球は、鎧の戦士の手前の地面で炸裂した。
爆発の音が辺りを埋め尽くした。
同時に、私の隣にアリスが戻って来ていた。
「戻りました」
「ちくしょう!どこ行ったッ?どこに消えやがったッ?出てこいッ!卑怯者ッ」
「えーと、お帰りなさい」
「最後です。私があちらから姿を見せますので、クリスティーナが反対側に回って、後ろから仕留めなさい。オードリーから隠密を習ってるわね?」
「わかりました」
私の返事を聞くと、アリスは見つからないよう静かに移動し始めた。私も遅れまいと反対方向に移動を始める。鎧の戦士は頭に血が上りすぎているのか、私達には気づかず、グルグルと回りながら口汚い言葉を周囲に撒き散らしている。
「あなた、自分が犯罪者であることを自覚してますか?」
アリスが姿を現して、鎧の戦士に問いかけた。鎧の戦士がアリスに向き直る。
私は立ち上がって、静かに鎧の戦士へと近づいていった。
「巫山戯んなッ!俺は何もしてねえ!お前ら貴族から平民を助けようとしただけだッ!」
「あれは、他国の暗殺者ですよ」
「そんなの俺は知らねえ!知らなかったンだッ!だから謝っただろ!謝ったんだから許せヨッ」
「王女を狙った暗殺者を逃がした男を何故見逃す必要があるのですか?あなたが仲間ではない証拠は?」
「そ、それは・・・。じゃ、じゃあ、協力する。アイツらを捕まえるのを協力するから」
「それは、あなたが仲間ではないという証拠にはなりませんよ」
「仲間だったら捕まえない――だろ?」
「つまり、仲間だった逃がすということですね?逃がすかもしれない行動を許すわけないでしょう」
「ああッ、もうッ。屁理屈ばかり言いやがってッ!少しはこっちのことも考えろヨ!」
「なぜ犯罪者の心情を汲まなければいけないのですか」
「だからッ、俺はアイツら、暗殺者の仲間じゃねえって言ってんだろッ!」
「密入国、しましたよね?」
「それは・・・。だから、それは、何て言うか・・・。そう、気がついたらここにいたんだよ。誰かに気絶させられて、気づいたらこの国に――」
アリスが会話で気を引いている間に背後に忍び寄った私は、鎧の男の首筋にナイフを突き立てた。
男が叫び声を上げて腕を回す。私は後ろに大きく飛んで避けると共に、その力を利用して手の中の紐を思いっきり引っ張った。紐の先はナイフが結ばれていて、引っ張られたナイフが男の首から抜ける。
傷口から血が噴水のように吹き出す。私に向かって憤怒の表情を浮かべる男の鎧が真っ赤に染まっていく。
「てめぇええ」
男が剣を握り締め、私に向かってきた。
噴き出す血に服が汚されないよう後退りして、男から距離を取る。
「逃がさねぇ。殺して――」
最後まで言うことが出来ず、男は前のめりに倒れた。立ち上がろうと、地面に手をついて身体を持ち上げようとしているけど、身体は僅かも持ち上がることはない。大量の血が吹き出したのだから当然です。仮に立ったところで、血溜まりで滑って転ぶのがオチです。バランスを取る余裕すらないでしょうから。
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朝焼けの中、私はアリスと並んで町に向かって歩いて行く。
私の手には男が持っていた黒い剣がある。さすがに鎧を持ち帰ることは出来ないので、王都に帰り次第、諜報局に取り行ってもらうことにした。転生者含め、転生者が望みこの世界に生まれた物は野放しには出来ない。国が管理することになる。鎧を置いて行くのは不安が残るけど、あの場に1人残ったところであまり意味はない。
「交代で休んだとは言え、疲れたでしょう」
「そうですね。早く王都に戻って休みたいです」
「フッ。さすがに今日くらいは休ませてもらえるでしょう。ただ王都まで半日ほど。最後まで気を抜かないように」
「はい」
一晩中男を追い立てたせいで、町から遠く離れてしまった。平野のおかげで町は見えているけど、遠すぎて着くまでどれだけかかるかわからない。
ふとアリスを見ると、疲れた様子もなく平然としている。転移石を使ったり、休ませないように攻撃したりと私以上に働いていたはずなのに。武官だからでしょうか?リラも小柄なのに体力はありますし。
まぁ、それなら時間つぶしに話でもしましょうか。気になることもありますし。
「アリス、今回の事で聞きたいことがあります」
「何です?」
「相手を相当追い詰めてから殺しましたよね。わざわざそこまでしなくても良かったのでは?アリスの力量でしたら、正面から戦っても十分勝てたと思います」
「そう・・・。その――臆病だから。転生者は、人並み外れた、想像もつかないような能力を持っている。それが怖い。普通の人ですら、死を恐れた時に信じられないくらいの力を出すのに、ただでさえ強大な力が、その時どれ程の力となるのか。
だから、相手を追い詰めて思考力を奪い、一気に終わらせた」
「そう――ですか?けれど、リラがアリスになかなか勝てないと言ってましたよ、そこまで恐れなくても良いのでは?リラと互角に戦えるのですから」
「私にリラのようなセンスはない。ただリラは素直だから。動き――ではなく、考えが読みやすい。次に何をするのかわかれば、仕掛けるタイミングがわかればそれを外すのは簡単。そうして相手のリズムを崩して、調子を狂わせるのが私の戦い方」
「何と言いますか。変わってますよね?」
「ええ。剣の技術、戦いのセンス、どちらも私は普通だった。自分の実力で強くなるための方法を考えた結果、こういう戦い方を覚えた。普通の戦い方ではシャーリーン様の側近になれなかったから」
「そうでしたか。相手の思考力を奪うというのは面白いですね」
「敵が何をするのかは、自分が何をされたら嫌なのかを考えれば答えに辿り着く。それがわかれば対策が立てられる。本来出来ることが思い通り進まないと、人は冷静さを欠いて思考力が失われていく。
鎧の戦士もそう。自分の思い通りに事が進まず、戦って状況を覆す機会すらなかった。さらに食事も睡眠も邪魔したことで、疲労と苛立ちが溜まっていく。結果、思考力は落ち、真面な判断が出来なくなる」
「勉強になります」
「ただ、これは私強くなるために必要と考え、身につけたもの。クリスティーナに向いているかはわからない。必要ならば教えるけど、貴女には貴女の戦い方がある。自分の得意とする方法を見つける方が良いと私は思う」
「わかりました」
「それより、昨日言ったように、戦局を見る目を養ってもらう」
「わかりました」
「固い話はこれくらいにしましょう。
町に着いたら、まずは食事にしましょうか」
「良いですね。喉も渇きましたし。アリスは何が食べたいですか?」
まだまだ遠い町までの道のりを、私はアリスと他愛のない話をして仲を深めていった。




