転生者:スコット
「相談したいことがあります」
シャーリーン様の館の応接室に集まった私達に、リラが前触れもなく突然そう言い放った。
なのに、そう言ったまま次の言葉が出てこない。
「え~と。どういうことでしょうか?」
そうですよね。話があると呼び出され、いきなり切り出したかと思ったら続く言葉がないとか困惑しますよね。申し訳ありません、シャーリーン様。
リラ、もう少し内容をまとめておきなさいよ。
事前に話を聞いていた私は、リラの代わりに話を始めた。
「すみません、代わりに私が説明しますね。
実は、リラがある令嬢から相談を受けたのですけど、その中で出てきた令息が『転生者』の疑いがあります」
話の内容に、その場が緊張感に包まれる。無理もない反応である。かつてメロヴィング王国はたった1人の転生者によって崩壊しかけたし、実際に滅んでしまった国もある。そして王国は転生者を“脅威”と見なしている。
「誰ですか?」
「2年生の文官コースに所属しているスコット=ランドです」
「アリス、知っていますか?」
「はい。実技・座学共に成績は普通です。何かしらに秀でている様子はなかったはずです。友人がおらず常に1人でいるため悪目立ちはしていますけど」
「どういうことでしょうか?」
「能力を隠していると言うことでしょうか?
マリア王妃の時代から何十年と経ち、世間の嫌悪感はかなり薄れてきたと言えます。それでも高齢の方の中には、未だ忘れることが出来ない方もいらっしゃることでしょう。そういう方に育てられたのだとしたら、能力を隠して生活していたとしても不思議ではありませんし」
「はい。確認する必要があると思いまして、集まってもらったわけです。そうよね、リラ?」
「はい、そうです。私1人では判断がつきませんし、調べるにしても皆さんの協力が必要と思いましたので」
「確かに、放置できないことですね」
「ところでリラは、どうしてそのスコットが転生者かもしれないと思ったの?」
「え~と、それがですね・・・」
今日の昼食時、リラは同じ武官コースの友人の令嬢から相談を持ちかけられた。「友人が困っているので、助けになって欲しい」と。
その令嬢の名前はノーザン=アイルランド。王族派の貴族ということで、リラは取りあえず会って話だけは聞くことにしたらしい。
何でも「幼馴染みのスコットが最近執拗に迫ってきて怖い」「小さい頃に親同士の仲が良くて、私とスコットも兄妹のように仲が良かったので婚約を結んだことはあったけど、私が入学する前に婚約は解消している」「10歳になるとほとんど交流はなくなっていたのに、5歳の頃の婚約に今でも執着しているのが怖い」「なぜ婚約を解消したのか問いつめて来たときの目が、常軌を逸していて怖い」とつきまとわれて怖い目にあっているらしい。今のところ暴力を振るわれてはいないけど、いつか酷い目にあうのではと怖がっている。
特に「神様に願いを叶えてもらったのに」とスコットが呟いた言葉が、ノーザンをさらに怖がらせたらしい。誰に聞かせるでもなく、考えていることが口から漏れ出てしまった様子が正気を失っているようだったと。
そうして武官コースの友人から、リラに相談が流れてきた。
「確かに、スコットが言った「神様に願いを叶えてもらったのに」が気になりますね」
「はい。最初は単なる恋愛のもつれかと思っていたのですけど、その言葉を聞いて、もしかして転生者ではないかと」
「あり得ますね。転生者共通項として『神様から3つの願いを叶えてもらった』がありますから」
「確認しなければなりませんね。スコットが本当に転生者であるのか?神様からもらった能力が何か?
仮に転生者であるならば、これまで見つからなかったのですから、余程隠しごとに長けているのでしょう。見つけるのは難しいかもしれません。それでも、彼の持つ能力を知る必要があります。この国が滅ぶことのないように。
明日から、スコット=ランドの身辺を調べてください」
「「「「わかりました」」」」
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翌日の夕食後、スコットの身辺調査を報告するために、私達は再び応接室に集まっていた。
しかし私を含め、皆の表情が硬い。
全員でスコットを調べたけど、誰もスコットが転生者である根拠を得ることが出切なかった。
「もしかして、転生者ではないのかもしれないのではないですか?」
思い切ってそう言ってみるも、誰も私の言葉に賛同も否定もしない。
まだ調べて1日。どこかに転生者である証拠が残っている可能性はある。結論を出すには早い。そう考えはするけれど、訓練も受けていない学生が、特異な能力を隠しておけるものだろうか?転生者は一様に、自分の力を誇示するように能力を使っていると研究されている。実際、私が担当したケースでもそうだった。もちろん転生者を忌み嫌う者もいるので、隠そうとする者もいるでしょう。しかし、自分から欲した能力を神様から授けられたにも関わらず、使わないでいられるとは思えない。承認欲求が強いのも転生者の特徴ですし。
「もう少し調べてみますか?」
「でも、スコットが思い詰めて何をするか、危険な状態なのよね。調査を続けている間に事件が起こってしまったら大変でしょ?相談されたリラの立場もなくなってしまうし。ひいては、シャーリーン様の評判にも傷がついてしまうわ」
「だけど、スコットが転生者ではないと判断する材料がないのも事実」
「そうですね。ノーザンが聞いた「神様に願いを叶えてもらった」というスコットの言葉は無視できませんし」
場が沈黙に包まれる。
転生者が神様に授けられた能力は強力なものばかり。記録の中には、人智を越えたものもあった。ただ、大抵が自分の力量を過信するか、相手を過小評価して自滅していることが多い。問題なのは、巻き込む周りの被害が大きすぎること。かつて転生者のせいで滅んだ国があったけど、ドラゴンに戦いを挑んで怒らしたからと言う。どう考えれば人間がドラゴンに勝てると思えるのでしょうか?体格、筋力、魔力など全てが圧倒的なのに。そもそも、空からブレスを吐かれたら応戦することも逃げることも出来ず、一撃で殺されてしまうのに。研究では、以前の世界での遊戯ではそれが普通であったとか。現実と遊戯を混同する、その非常識さが転生者の一番の脅威と私達は考えている。
スコットが転生者で、ノーザンへの執着が爆発してしまった時に何をしでかすのか、どれ程の被害をもたらすのか想像がつかない。学校どころか王都を消し去ることもあり得る。
「いっそのこと、本人に聞いてみるのはどうでしょう?」
「しかしシャーリーン様、私達の正体が露呈してしまっては、今後の立場が危うくなります。まだスコットが転生者と決まったわけではありませんし、王国に属する意思があるかもしれません」
「そうですね。私も徒に転生者を排除するつもりはありません。彼らの書く恋愛小説は素晴らしいものですから。そういった才能を無闇に摘むのは、損害と言って良いでしょう。
そこで、皆のためにある物を用意しました」
そう言ってシャーリーン様が私達に渡された物はフード付きのマントとマスクであった。マントは全員デザインが同じだけど、マスクは微妙にそれぞれ違っている。
シャーリーン様の考えはなんとなく察せられるけど、どうしても確かめられずにはいられなかった。
「あの~。シャーリーン様?これは一体?」
「はい。今回のように、正体が露呈しないよう活動せざるを得ないときにと思い、お兄様にお願いして作ってもらいました。頭を隠せるようにフードをつけました。お互いが誰かわかるように、マスクは違ったデザインにしています。
これでしたら、対象者や第三者に姿を見られても正体が露呈しません」
「ありがとうございます」
上手く応えられたでしょうか?主人であるシャーリーン様が、私達のためにわざわざ用意してくださったのです。悲しませるわけにはいきません。シャーリーン様に喜んでいただくためには、自分自身すら騙してみせましょう。お揃いでこのような格好をしていたら悪目立ちするかもしれないけど、その分私達が秘密裏に行動できるよう頑張れば良いだけです。
「今回はオードリーとクリスティーナが適任だろう」
「「はい?」」
アリスの不意打ちに、私だけでなくオードリーですら驚きを隠せなかった。
「ちょっと待ってください。何で私達が?」
「何でと言われても。直接尋ねるには、スコットを拉致・監禁する必要があるではないですか。スコットの部屋を使うわけにはいかないですし。そうなると、隠密性に長けた2人が適任なのは言うまでもないでしょう」
「それなら大丈夫ですよ。『静寂の間』が残っていますから、スコットの部屋でも声が漏れる心配はありません。アリスとリラでも十分任務は行えます。
むしろ聞き役としては、2人の方が適任ではないですか?」
「いえ。シャーリーン様をお守りするのに、武官の2人が離れるわけにはいきません。それに、スコットの部屋に侵入するということは、男子寮に忍び込むことになります。私とリラでは不安が残ります」
「何も、男子寮にこだわる必要はありませんよ。誰もいない校舎でしたら、隠密に長けているかは関係ないですから。荒事に慣れているアリス達の方が、私達より余程聞き役に向いていると思いますけど」
「いいえ。駆け引きでは2人に適いません。今回はオードリー達こそ適任と思います」
オードリーとアリスが、今回の任務担当をどちらにするかで意見を対立している。互いに1歩も引かない様子から、私と同じ気持ちなのが窺える。私は胸の内で拳を握り締め、オードリーを応援した。
「はぁ~。私としては、誰が担当でも構いません。十分話し合って決めてください」
延々と譲り合うオードリーとアリスに呆れ果てたのか、シャーリーン様はそう言い放つと、私達を放って部屋に行ってしまった。
者リーン様のお気遣いに対して、思うとところがあることが見抜かれてしまったのかもしれません。一瞬でその場が凍えてしまったような感覚になりました。慌てて皆に目を向けると、全員焦ったような、気まずそうな表情を浮かべます。どうして良いかわからず狼狽えるしかなかった私とリラと違って、オードリーとアリスが仕方なさそうに妥協する素振りを見せました。
「これ以上の言い争いは良くありませんね」
「ええ。シャーリーン様の前で見苦しい姿を見せてしまったのは、お互い反省すべきですね。
どうでしょう、折衷案で妥協するのは?」
「私はそれで構いません」
「しまった」と思ったときには遅かった。私が口出す隙もなく、オードリーとアリスで今回の担当が決められてしまった。
「それでは、クリスティーナとリラでやってもらいましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
誰もいない夜の救護室で、私とリラはベッドに縛り付けたスコットを見下ろしていた。
目隠しはしているけど、万が一に事を考えてシャーリーン様にいただいたマスクとマントを身につけて、正体がわからないようにしている。学校側にも教室を使うことは連絡しているので、見回りが来ることはない。さらに『静寂の間』を使っているので、声が外に漏れることもない。準備が整うと、私はオードリーにもらった気付け薬をスコットに嗅がせた。
「う~ん」と呻き声を上げながら、ゆっくりとスコットが目を覚ます。この薬といい、スコットを救護室に向かわせるために使った薬といい、オードリーにもらった薬は効果が早い。効き目が強すぎて、大丈夫かしらと少し不安になる。
意識がはっきりしたらしく、目隠しされ、拘束されていることにスコットが混乱して叫び出す。
私はスコットの目隠しを外して姿を見せることで、自分の置かれている状況を理解させる。マスクとマントを被って顔が図らないようにしているけど、念の為に声色も変えておく。
「聞きたいことがあります。正直に答えれば、すぐに解放してあげます。ただし、答えを渋ったり嘘を吐けば、もう1人が指を折りますので」
「誰か――ッ!!助――」
スコットが叫ぶと、リラは無言で指をへし折る。痛みで叫び出す前に、私は回復魔法で指を元に戻す。
すでに痛みは消えているはずだけど、折られた時の痛みのせいか、スコットが涙目になり息を荒くしている。目を見ると、早くも怯えてくれていることがわかった。これなら早く終わりそうです。
事前に決めていた役割や流れに沿って、私は話を進めていく。
「魔道具の効果で貴方の声が外に漏れることはありませんし、見回りが来ないように手筈も整えています。手間をかけさせないように。貴方も痛い目には合いたくないでしょう?」
「わ、わかった。でも、俺が嘘を吐いているかいないかなんて、どうやってわかる?」
私がリラに頷くと、リラは先程と同じ指を折る。そしてスコットが叫び出す前に、私はすぐに回復魔法で骨折を治した。
先程以上に息を荒くし、スコットの目からは涙が流れ出す。私達を心底怖がってくれていることが、ありありとわかる。
「余計な事を言って、無駄に時間をかけさせないでくださいね。わかりましたか?」
私の問いに、スコットは大きく首を縦に振って見せた。
返事でしたら、声を出しても酷い目に合わせるつもりはないのですけど・・・。
「貴方は“転生者”ですか?」
私の問いに、スコットは驚いて大きくを目を見開き私を見つめる。すぐに答えなかったので、私がリラに顔を向けると、この後何をされるのかわかったのでしょう。慌てて叫ぶように答えた。
「そうですッ。転生者です!俺は転生者ですッ!」
私はリラからスコットに顔を戻すと、次の質問へと進む。
「貴方が神様から授かった能力を答えなさい」
「能力?いや、俺は能力なんてもらってないです」
私が頷くとリラが指を折り、すぐに私が治癒する。
痛みは一瞬で消え去っているので、荒くなった呼吸は恐怖によるものでしょう。涙で顔がぐしゃぐしゃになるくらい怖いのなら、嘘など吐かなければ良いのに。
「ほ、本当です。前の世界で死んで、こっちの世界に来るとき、確かに神様に会いました。それで『お前の望みを3つ叶えてやろう』と言われました。でも、俺は能力を望んでいませんッ。本当ですッ。信じてくださいッ!」
「何を望んだのですか?」
私の問いに、スコットは答えることに躊躇した表情を見せる。目からはおびえが消えていないので、言い辛いことなのでしょう。国家の安全、存続に関わることかもしれません。確実に喋らせないといけません。
「2本。いえ、3本いってみましょうか」
「わかっ――」
スコットの言葉を待たずにリラが指を折る。けれど、今度はすぐに治癒しない。痛みを感じてもらい、少しの反抗心もなくしてもらいましょう。
「答えてくれたら治してあげます。良いですか?」
「わかったッ。言う。言うから!
『可愛い幼馴染みの女の子が欲しい』『その子に“兄”と呼ばれ、慕われたい』『その子と許嫁になりたい』ですッ」
スコットの様子から嘘を言っていないことは察せるけど、言っていることが理解出来なかった。
「言った!正直に答えましたッ。だから早く、早く治してくださいッ!」
スコットの叫びに、私は半ば呆けたまま、回復魔法を唱えて折れた指を治癒する。
予想外すぎることに頭が働かず、どうして良いのかわからなかった。それはリラも同じだったようで「どうする?」と、しばらくお互いに目で語りかけていた。
長い沈黙が続き、突然スコットが叫びだした。
「わかってるよッ。“幼馴染み派”が少数派だってことくらい。でもしょうがないだろ、好きなんだからッ。女の子の幼馴染みが欲しかったんだッ。『お兄ちゃん』って言われたかったんだッ。本当は結婚したかったんだッ!
でも、神様が『相手の意思を操作することは出来ない。結婚は認めない』って。だから仕方なく婚約で我慢したんだッ。俺が主人公になって、ハッピーエンドを迎えてあげるつもりだったのに・・・。
それで婚約したのに、突然解消になってッ。前は『スコット兄さん』って言ってくれたのに、いつの間にか『スコット様』になってるし。前は慕ってくれたのに、今は避けられるし・・・。
何で。神様は俺の願いを叶えてくれるって言ったのに。中途半端に夢見させて。途中で崖から突き落とすなんて酷過ぎだろ。神様じゃなくて、むしろ悪魔だろッ。生まれ変わらせておいて、絶望にたたき込むなんてッ。
くッ、殺せッ!もう生きてる意味がない。いっそのこと殺してくれ」
目の前の、ベッドに拘束されている男から漂う絶望感は嘘偽りのないように感じた。だからこそ理解出来なかった。この男が何を言っているのか。
私はリラに合図すると、スコットの拘束を解いて、消えるように部屋を出た。逃げたといっても間違いない。これ以上あの男に関わるのは、危険なように思えた。
救護室から出てしばらく無言のまま、私達はシャーリーン様の館へと歩いていた。きっとリラも同じだと思うけど、頭を整理するする必要があった。私の持つ知識と常識、現状に至った経緯、スコットの言葉を納得できるように必死に組み立ててみるけど、スコットの言葉が理を歪めてしまう。どうしても上手くいかない。
「ねぇ。ティナは、――スコットの言ったこと、理解出来た?」
「ダメ。色々考えみたけど、――全然わからない」
「もしかしてだけど、異世界ならではの常識――なのかな?」
リラの言葉は、私の胸にストンと納まった。確かにこれまで異世界に対して、転生者の協力を得ながら多くの研究が成されてきた。しかし全てが判明したわけではない。隠している情報もあれば、言う必要のない情報もあることでしょう。それに、スコットは自分が“少数派”と言っていました。それならば“幼馴染み派”?について、情報を得られなかったとしても不思議ではない――はず。
「そうですね。リラの言う通りかもしれません。まだまだ私達が知らない情報があっても可笑しくありません。
取りあえず、後のことは本部に任せましょう。スコットが“転生者”であることは判明したのですから。私達の任務は終わったと言っても良いのではないでしょうか?」
「うん、そう――だよね。
それと、もう一つ。ノーザンからの相談はどうしよう?」
すっかり忘れていました。そう言えば、元はノーザンからの相談で始まった事でした。
先程のスコットの様子を思い浮かべて考える。
「自暴自棄になっていたと言えますよね。1人で自死するなら、まだ良いですけど。多くは相手を殺して無理心中か、無関係の者に不満をぶつけるように暴れると言って良いでしょう。ただ、スコットに特別な能力はないようですし、腕力や魔力が特段優れているわけでもないから、あるとすれば無理心中かしら?」
「そう・・・。あの~、出来れば、自死するのも止めたいんだけど・・・。もし自死したら、ノーザンが責任を感じるかもしれないし。もちろん、そう思わないかもしれないけど。でも、友達が私を頼って相談してくれたことだから、――出来るだけのことはしておきたいなって。
ティナに頼ることになって悪いんだけど・・・」
申し訳なさそうに、私の様子を窺うリラの様子に心臓が大きく跳ね上がる。崩れそうになる表情を、血が出そうになるほど唇を強く噛んで必死に耐える。自分でも顔が痙攣しているのがわかった。リラにバレないよう、目を逸らして前を向く。暗いから大丈夫だよね?
「気にしないで。
え~と。まずは自死させないようすることからだけど」
リラに頼られたことが嬉しかったわけではない。リラの表情や仕草にときめいたわけではない。
学校での問題は王家の失態、つまりシャーリーン様の失態になりかねない。それに、仲間が困っているなら助けることは当然のこと。だから私はリラの頼みを聞く。そう自分に言い聞かせながら、私はリラと2人ベンチに座り、月明かりの差さない真っ暗な中、時間をかけて対策を話し合った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の放課後、誰も来ない学校の片隅でノーザンとスコットが向き合う。ノーザンの隣には、万が一を起こさせないためにリラが付き添っている。
昨夜の話し合いで、まずはスコットが自死しないようにノーザンからの呼び出しの手紙を送ることにした。好きな相手からの呼び出しがあれば、会うまで死ぬことはないでしょうと思ったのだけど、上手くいったようです。そしてリラがいれば、スコットが無理心中を図っていても防げます。
問題はこの後でスコットが自死するかもしれないことですけど、オードリーに相談したところ「お互い時間をかけて話し合ってみたら?クリスの話を聞く限り、お互いの思いや考えが伝わっていないように思えるわ。ノーザンも逃げるだけでなく、自分の考えをスコットに伝えた方が良いと思うわ」とアドバイスをもらった。そして翌日ノーザンに事情を説明して、この場に来てもらったわけだけど。やはり諦め切れていないのか、スコットからは怪しげなと言うか、鬼気迫る様子が離れていても感じられた。
ただ、それよりも気になることがあった。
「どうなるのでしょうか?緊張してきました」
私の隣で、シャーリーン様が楽しそうにスコットとノーザンの行く末を覗き見している。いや、シャーリーン様だけではない。オードリーとアリスも一緒にいる。どうやって知ったのかはわからないけど、2人の顛末を見てみたいと私の後を着いてきたそうです。オードリーとアリスは、護衛なので一緒に来ざるを得なかったと言ってますけど。
「ノーザン、話があるってことだけど・・・」
「はい。私の話をスコット様に聞いていただきたいと思いまして」
「やはり、昔みたいに『スコット兄さん』とは呼んでくれないんだね」
「スコット様ッ。話を逸らさないでくださいッ」
「落ち着いて、ノーザン。打ち合わせしたとおりに」
「申し訳ありません、リラ様。取り乱してしまいました」
「僕はノーザンに呼び出されたはずッ。何で、リラ様がここにいるんですッ!関係ないでしょう」
「リラ様には、私がお願いして、見届け人として来ていただきました」
「他の奴がいるなんて聞いてない。僕は失礼するよ」
「逃げるんですか、スコット様?聞きましたよ。貴方はノーザンに好意を寄せておきながら、自分の主張を押しつけるだけ。ノーザンの話は一切聞こうとすらしないと。相手の心をを受け入れようとしないのに、ノーザンが心を開くとお思いですか?ノーザンが本当に好きなら、きちんと向き合うべきです」
背を向けて去ろうとしたスコットが立ち止まる。拳を強く握り、全身を震わせているのが遠目でもわかった。
葛藤の末、スコットは振り返ってノーザンと向かい合った。
ここまでは予測通り事を運べている。素直に受け止めて諦めてくれれば良いのだけど、受け入れられなかった場合、スコットは諜報局に強制連行される。穏便に済めば良いのだけど。
「スコット様は昔のように呼んで欲しいようですけど、私もスコット様も子供と呼べる年ではありません。小さい頃からの知り合いと言っても、それなりの慎みは必要です。まして私は礼官見習いです。文官や武官よりも、礼儀礼節を常に重んじる必要があります。意中にない男性と距離を置くのは当然ではないですか?」
「意中にないって、僕たちは婚約者だったじゃないかッ!それを勝手に解消して。僕の君への想いはどうでも良いってのかッ?」
「スコット様の心が私に向いているのを知ったのは、婚約を解消した後です。
確かに幼い頃はとても仲が良かったです。それを見たお父様達が、私達を婚約させましたから。
だけど、10歳の頃には、全くと言って良いほど交流がなかったではないですか。顔を合わせることも、手紙も、誕生日の贈り物すら。それで私を想い続けていたなんて、誰が信じますか?」
「そ、それは、恥ずかしくて・・・」
「そちらは好意を示さないのに、私には好意を受け取れ、好きになれだなんて勝手とは思わないのですか?」
「で、でも、勝手に婚約解消するなんて・・・」
「勝手ではないです。私はスコット様に好意を抱いていませんでしたし、スコット様もそのような様子を見せていなかった。好きでない者同士を婚約関係に縛り付ける方が問題です。そもそも私達の婚約は、お父様達がお酒の席でしたことではないですか。学校での出会いや付き合いを考えれば、入学前に解消しておいた方がお互いの為です」
「それなら、これまでのことは謝るから。もう一度、また僕と婚約して――」
「嫌です。はっきり言って、嫌いです」
スコットの言葉を遮って、ノーザンが拒絶の言葉を発した。
はっきりと拒絶の言葉を突きつけられたことで、ようやくノーザンの気持ちがわかったのか、スコットが絶望していることが遠くからでもわかった。まぁ、ここまで嫌われたのは自業自得でしょう。全てが自分勝手なのですから。
「あらあらあらあら」
それにしても、シャーリーン様はとても愉しそうですね。恋愛小説はハッピーエンドばかりですし、シャーリーン様もそちらが好みと思っていましたけど。悲恋も好きなのでしょうか?これは悲恋――なのでしょうか?
シャーリーン様からスコットに目を戻すと、怪しい動きをしていた。さすがにリラも気づいており、庇うようにノーザンの前に出る。
「懐に入れた手を出しなさい」
リラの威嚇にスコットが怯む。しかし手は懐に入れたままだ。襲いかからないことから、スコットがまだ理性的なのがわかります。リラの強さは学校中に知れ渡っていますから、適わないことがわかっているのでしょう。
しばらく睨み合いが続きましたが、これ以上はどうしようもないと諦めがついたのか、スコットの全身から力が抜けていった。
危うい状況にはなったけど、無事に終わりそうな雰囲気に、場の緊張感が薄れていく。
その一瞬を狙ったかのように、ノーザンが大きく叫んだ。
「私、リラ様が好きなのッ!」
言われた本人や間近で見ていたスコットはもちろん、遠目で見ていた私ですら何が起きたのか頭が理解出来ず呆けてしまった。先程までの冷たい緊張感が嘘のようになくなり、生暖かい空気が流れた気がする。
「リラ様、お慕いしております」
リラの背中を摑んでいたでが離れ、ノーザンは後ろから抱きつく。
その光景に飛び出そうとしたのだけど、後ろから身体を摑まれ羽交い締めにされてしまう。口も塞がれて、声を出すことも出来ない。突然のことに驚くも、訓練通り、瞬時に状況判断に努めた。
オードリーとアリスが私を押さえ込んでいた。「一体何故?」と思い、手を離すようアリスの身体を叩いてみたけど、拘束が緩むことはなかった。
その間もノーザンの愛の告白は続いていく。
「ほら、邪魔しては駄目よ」
「やっぱり。そうだと思っていました」
「落ち着きなさい。大丈夫だから」
何でみんな落ち着いて見ていられるのでしょう?リラが困っているのに。シャーリーン様なんて、とても愉しそうに見ていらっしゃる。そもそも「やっぱり」ってどういうことですか?
あぁ。リラが返事に困っているではないですか。早く行ってあげないと。
拘束から逃れようともがいてみるけど、アリスの拘束が緩むことはなかった。私は駆けつけることも、声を出すことも出来ず、リラの窮地を見せ続けられた。
いつの間にか2人は向き合っており、ノーザンは潤んだ目でリラを見つめる。想いが留められず溢れ出てしまったかのように、ノーザンがリラへと身体を寄せていく。
リラはただ戸惑うばかりだ。時折こちらに視線を向けていることから、助けてを求めているのでしょう。しかしアリスは武官見習いなだけあって、私では太刀打ちできないでいた。
さっさと逃げるなり突き飛ばすなりしなさいよ。
そんな私の思いが届いたのかどうかわからないけど、スコットがノーザンの名を叫び、リラに迫るノーザンの勢いを削いだ。ほんの僅かな隙であったけど、リラには十分だった。ノーザンと距離を取る。
まだ拘束が解かれてはいないけど、取りあえずリラが窮地を脱したことに安堵する。
「なんですかッ!?」
リラに距離を取られてしまったことが気に入らないのか、ノーザンがスコットに厳しく当たる。大人しい、か弱い感じの女の子と思っていたけど違うみたい。怒りを隠そうともせず、露わにしている。
「そのぉ~。君はリラ様が好きなのかい?」
「ええ、もちろんです。可愛らしい見た目とは裏腹に、どんな男性よりも強いのですよ。スコット様はご覧にならなかったのですか?あの決闘を。華麗に美しく舞うように剣を振るった姿を。
可愛らしいお姿なのに誰よりも強いのです。戦うお姿はとても美しいのに、普段はすぐ照れてしまってとても可愛らしいのです。あら?つまり可愛らしいのはお姿通りで。でも戦う姿は美しいですし・・・。
私、何を言っているのか自分でもわからなくなってしまいましたわ」
「わ、わかった。ノーザンの気持ちは十分わかったよ。
ふぅ~。『百合の間に男はいらない』」
「今のはなんですか?」
「僕のポリシー、いや、“世界の理”と言っても良いかな」
「はぁ?」
「これまで悪かった。僕は身を引くよ。ノーザン、君の幸せを祈ってるよ」
そう捨て台詞を残して、スコットは去って行った。
どういうことでしょう?最初の頃のスコットの歪んだ目が消え去っています。むしろ清々しささえ感じます。状況は全くわかりませんけど、おそらく先程スコットが言った言葉が原因なのでしょう。あの様子では、ノーザンに危害を加えることも自死することもないでしょう。
『百合の間に男はいらない』初めて聞く言葉です。おそらく異世界の言葉でしょう。これまで聞いたことのない言葉をいくつも使ってきたスコットは、間違いなくレアケースと言えます。この後本部が接触する手筈ですけど、新しい情報が沢山手に入ることでしょう。
これでスコットの件は、全て恙なく終わったと言って良いでしょう。
ただ、新たな問題が生まれましたけど・・・。
未だ動けない私は、走って逃げるリラと追いかけるノーザンを睨むように見続けた。




