エージェント:ロードクロサイト 02
リラの悩み相談から3日経った。リラは私の助言通り、自分から挨拶をすることでクラスメイトと仲良くなろうと頑張っている。まだまだ緊張してしまって上手く話せないらしいけど、クラスメイトもリラと仲良くなろうとリラのペースに合わせてくれているらしい。
寝る前に、リラが一喜一憂しながら昼間のことを話す姿を見て、私は胸の内が熱くなり優しい気持ちになっていた。
そんな穏やかな日常は、前触れもなく崩れ去った。
「ワイオミング様、行く手を塞いで、どのようなおつもりですか?」
「姫様に用はありません。用があるのは、その護衛です」
放課後、館に戻ろうとしたところ、廊下に数人の男達が急に飛び出し行く手を遮った。
さすがに校舎内で暴れるつもりはないのか、襲いかかってくることはなかった。そこでシャーリーン様が尋ねたところ、どうやら目当はリラらしい。よく見れば、ワイオミングの後ろにいる男達は、先日リラが叩きのめした者達。復讐のつもりかしら?
「この前、姫様の護衛が問題を起こしたこと、忘れていませんよね?」
「何か勘違いしているようですね。あれは貴方の後ろにいるユタ様が起こした事です。リラは巻き込まれただけです」
「それこそ姫様の勘違いですよ。弟のユタは、その護衛とコイツらの喧嘩を止めようとして巻き込まれた、というのが真相です。それを、さもユタが悪しきように吹聴して回っているようですね」
「随分と都合の良い、身勝手な真相ですこと。あの場には多くの人がいたはずですけど。皆が嘘をついていると?」
「そうは言っても、当事者のコイツらが、ユタは巻き込まれただけと言っているんですよ。間に入ったユタを容赦なくソイツが襲いかかったと。
そうだな?」
ワイオミングの問いかけに、ユタを除く、叩きのめされた男達が怯えたように頷く。
シャーリーン様が言ったように、あの時の目撃者は大勢いる。ワイオミングの言い分は、無茶苦茶な言い分である。とは言え、ワイオミングは1級貴族のウィンスレット家の長男。これまで身分を笠に、無理を通してきたのでしょう。
それにしても、シャーリーン様に敬意を全く払わない姿勢には腹が立つ。ウィンスレット家は王家に反する貴族派とは聞いていましたけど、ここまで無礼だったとは。周りに人がいなければ、問答無用で叩き潰しているところです。
「ウィンスレット家が1級貴族とは言え、全て思いのままになるとお思いですか?そもそも、あの件はすでに学校側も処理が済んでいますよ」
「それがねえ。俺としては、愚弟の事なんてどうでも良いんですよ。巻き込まれたとしても、怪我をしたのはコイツが鈍臭いだけなんですから。ただ、爺様は違うようで。ウィンスレット家の名誉を挽回しろと、俺に言ってきたんですよ。さすがに、当主の言うことは聞かないといけないじゃないですか?
それに、俺もいずれウィンスレット家を継ぐ者として、家の名誉を汚されたままってのはマズいと思うわけで」
「それで、その身勝手な言い分はどこまで続くのです?」
「ですから、コイツを貶めた嘘を言いふらしたその女と、決闘で決着をつけさせて欲しいわけです。ウィンスレット家の名誉を守るために」
「嘘を吐いているのはそちらでしょう。リラには何の落ち度もありませんので、受ける筋合いはありませんけど」
「あのですねぇ。ソイツは姫様の護衛という立場ですから、姫様に話を通した方が良いと思って声をかけさせてもらったンですよ。あくまで、姫様の面子を潰さないように。
わかりませんか?姫様の護衛に決闘を挑んでいるんじゃないンです。ソイツ個人に申し出てるンです」
「ワイオミング様こそ理解していないのでは?リラは王族の護衛という立場に就いているのですよ」
「わかっていますよ。ですから、先程から言ってる通り、私が用があるのはソイツ個人です。姫様に、王族に刃向かうつもりはありませんよ。
このように、決闘証書もすでに用意しています。先生の許可も降りてます。後はソイツが潔く受けるか、逃げて惨めな学校生活を送るかだけです。
構わないンですよね、ケンタッキー先生?」
「はい、構いません。ただし、あくまで公平、公正にです」
「そういうわけです。このまま無様に逃げ出しますか?」
「そうですか。仕方ありません。この決闘、受けてくれませんか?リラ」
「シャーリーン様がご要望でしたら」
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私達は場所を変えて、室内訓練場に移動した。
校舎の廊下で騒ぎを起こしたため、訓練場は多くの学生達、ギャラリーで埋まっている。
その中で、先日男達を叩きのめしたことで、一躍人気者になったリラを応援する令嬢達が大いに盛り上がり、特に目立っていた。その他にも王族派、反王族の貴族派達が勝負の行く末を見届けようと集まっていた。
数だけ見れば、貴族派の者が半数以上を占めてはいる、けれど、貴族派が手を取り合っているかといえばそうではない。ウィンスレット家のように過激派もいれば、穏健派もいる。
この決闘でリラが勝てば、貴族派の勢いを削ぎ、王族派の力を知らしめることが出来る。
おそらくシャーリーン様は、そのように考えて決闘を受けたのだろう。
訓練場の中央に、シャーリーン様とリラ、ケンタッキー先生を挟んで、ワイオミングと大柄の男子生徒が集まっている。大柄の男は、確か2年連続で、学校の武闘大会で優勝した人だったはず。
どうやら、王家とウィンレット家の代理戦争という形で、力を誇示するのが本当の目的のようですね。
「まず決闘をするに当たり、いくつか確認します。決闘する者はワイオミングとリラでよろしいですか?」
「俺は野蛮な行為が苦手なんで、代わりにこのジャクソンビルが戦う。
代理は認められてるはず。先生、構いませんよね?」
「はい。ただし、対戦相手が認めるのが条件です。
リラ、代理を認めますか?」
「構いません」
「では、ジャクソンビルをワイオミングの代理人と認めます。
続いて決闘方法ですが、何を希望しますか?」
「武器自由の血戦方式だ!」
「ワイオミング。挑戦者の貴方に決める権利はありません。決定権は応戦するリラにあります」
「なッ!?
チッ!おい、みんなッ、派手な戦いが見たくないかッ?」
あくまで自分の思い通りに事を運ぼうと、ワイオミングがギャラリーを煽る。数で勝る貴族派が声を上げ、訓練場が雄叫びに包まれる。リラのファン達が非難の声を上げているけど、数に圧倒されてしまっていた。
ジャクソンビルは大柄な体型を活かし、重量武器、特に戦斧を得意としていたはず。腕力に任せた戦い方ではあるけど、圧倒的な力の前では誰も受け止めることが出来ない、むしろ合理的な戦い方と言える。普通の男性でも、その一撃を防ぐことは出来ないでしょう。
「リラ、どうしますか?」
「木剣での試合方式を望みます」
「巫山戯ンなッ!逃げてんじゃねェ、臆病モンがッ!」
「あら?逃げてるのはワイオミング様では?ご自分に都合の良い条件を相手に強いるのは、自信がないからではないのですか?」
「ハァ!?そんなわけねぇッ!見ろ、このジャクソンビルの身体を。コイツに勝てるヤツなんていねぇ。
良いだろ。その挑発に乗ってやるよ、姫様!」
「それでは、決闘方法は木剣での試合方式でよろ――」
「すみません先生、待ってください。
リラ、命令です。武器自由での血戦方式で戦いなさい」
「わかりました」
シャーリーン様の命令に、訓練場が驚きに包まれた。
無理もない。体格で大きく負けるリラに相手の土俵で戦えと言ったのだ。リラは強いというイメージがあったとしても、相手は学校最強のジャクソンビル。その体格差を目の当たりにしたら、リラが勝つとは信じられないでしょう。
リラのファンや王族派だけでなく、貴族派にすら心配する声が上がっていた。
「最後に懸けるものですが、ワイオミングは相手に何を求めますか?」
「ソイツの退学だッ!俺が勝って、ソイツを学校から追放してやる」
「リラは何を求めますか?」
「シャーリーン様にお任せします」
「シャーリーン、相手に何を求めますか?」
「そうですね。ワイオミング様に特別望むものはありませんので、条件を同じにしましょう」
「わかりました。ワイオミングの退学ですね」
「ちょっと、待てッ!巫山戯ンな!それのどこが同じ条件だッ!」
「決闘して、負けた方が退学。条件は同じではないですか」
「そうじゃないッ!何で、俺とこんなヤツが同じなんだ。俺は1級貴族なんだゾ!
2級か3級か知らンが、何で下級と同じ扱いにされるッ!?」
「当然でしょう。リラは私、王族の護衛です。リラを退学にすることは、王族のものを奪うのと同意です。リラの身分は関係ありません」
「だからッ、姫様にこの決闘は関係ないって、言ってるじゃないですかッ!」
「ワイオミング。リラがシャーリーン王女の護衛である以上、シャーリーンはこの決闘の当事者になります。そのような言い分は論外です」
先程から自分の言い分が通らないどころか、自分にも退学の恐れが出てきたことに、ワイオミングは明らかに動揺していた。シャーリーン様とリラを見下し、嘲笑っていた余裕は消え去り、不安と焦りが滲み出ている。大方、身分差を楯に、弱者をいたぶることしかしてこなかったのでしょう。
「それでは、決闘の内容と条件を確認の上、問題なければワイオミングとリラは署名をしなさい」
先生が決闘証書をワイオミングに差し出すが、ワイオミングはペンを持ったまま固まってしまっていた。絶対的有利な条件でしか戦ってこなかったことがよくわかる。奪われるかもしれない恐怖を、今初めて知ったことがよくわかる。それはギャラリーのみんなも同じだった。
王族派やリラのファンから揶揄する声が上がり始めた。それどころか、一部の貴族派からもワイオミングを嘲る声が聞こえてきた。
その声が本人にも聞こえたのでしょう。勢いよく証書に署名をすると、訓練場を睨み回して黙らした。その姿に、廊下で漂わせていた大物感はなく、すでに小物感が見え始めている。
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リラとジャクソンビルが武器を手に、訓練場の中央で向かい合う。
互いに選んだ武器は、リラは木剣、ジャクソンビルは木製の戦斧。共に得意の武器を手にしている。
リラは自然体でいるのに対して、ジャクソンビルは気負い過ぎて、緊張しているのが一目でわかる。先程、ワイオミングに散々プレッシャーをかけられたせいでしょう。
これから戦う人に怒鳴り散らすなんて、初めての対等な勝負、懸けが余程怖いようですね。
『血戦方式』
相手が棄権するか意識を失うまで戦いが終わらない、過激な決闘方式。それ故、訓練場に施されている回復の魔法陣は、作動しないよう切られている。一歩間違えば死ぬことも殺してしまうこともある。しかし血戦方式での殺人は、罪には問われないことが証書には記されている。だからこそ、血戦方式での決闘は命と魂を懸けるくらい、大事な物を守る時に行われる。ワイオミングのように、脅しの道具や愉悦のためのものではない。軽んじたワイオミングにツケが回ってきたと言うところね。
2人の準備が整ったのを確認すると先生が手を挙げる。
ざわめきだっていた訓練場は一瞬で静まりかえる。
2人が武器を構えると、訓練場は緊張感に包まれた。
「始め!」
号令と共に先生の手が振り下ろされると、ジャクソンビルがリラに迫り、横凪の一撃を振るった。
やはり、ワイオミングからのプレッシャーで緊張しているらしい。相手の攻撃を全く考えない、大振りの一撃を振るうなんて。あれでは避けてくださいと言っているようなもの。実際、リラは軽々と後ろに避けている。
しかし周囲の反応は違っていた。
「すげぇ攻撃」
「あんなの、どうやって戦うんだよ。勝つなんて無理でしょ」
「逃げてんじゃねえぞ」
「ちゃんと戦え!卑怯者!」
ギャラリーの声に自信が戻ったのか、ジャクソンビルの顔に余裕の笑みが浮かんでいる。
「いつまで逃げていられるかな?
お前に勝ち目はねえよ。お前の力じゃ、何発入れても俺は倒せねえ。対して、俺は一発。一撃でお前を仕留められるんだ。せいぜい必死で逃げ回るんだなッ!」
ジャクソンビルが再び戦斧を大きく振りかぶってリラに迫る。先程と同じ横凪の一撃。しかし緊張感がとれたためか、振りが早い。
とは言っても、リラには全く問題ない。同じように後ろに避けてみせる。
「これは試合じゃねえんだ。死にたくなけりゃ、さっさと負けを認めるんだな」
横凪を2連続で躱されたからか、今度は振り下ろしの一撃。戦斧を床に叩きつけた音は凄まじく、訓練場全体が揺れた錯覚さえ覚えた。
しかし攻撃はあくまで単調。リラはそれを楽々と横に避ける。間合いと動きを見切っていることがよくわかる。
「えい!」
無防備な状態のジャクソンビルの肘に、可愛いかけ声と共にリラが一撃を当てる。
ジャクソンビルが煩わしそうに、戦斧を振り上げてリラを追い払う。
「ハッ!俺に一撃当てたのは見事だが、そんな弱々しい力じゃ、この俺に傷一つつけられねえゾ」
自分の筋肉を誇示するように戦斧を振り上げてポーズをとると、ギャラリーが激しく沸き上がった。
ワイオミングもその姿に興奮したのか、先程の狼狽えた様子は消え去り、傲岸不遜な様子に戻っていた。
誰もがジャクソンビルの勝利を確信しているようだった。
それにしてもリラは優しい。ジャクソンビルの攻撃を避けては、肘や手首に軽い一撃を与える。相手の汚い罵りを許し、とても手間のかかることを丁寧にしている。振り切った方が楽でしょうに。私なら、面倒だからと早々に叩き伏せてます。
ジャクソンビルの大振りを避けてリラが一撃を加える。それが幾度となく繰り返し、10分近く経った。どれだけ力自慢であろうと、10分近く力一杯の大振りが全て空振りに終われば、体力は相当削られる。軽い一撃であろうと、関節に何度も当てられれば、十分痛みとなる。
ようやくリラとの力量の差に気づいたようですね。顔が引きつり、腰が引けているのがはっきりと見てとれます。疲れて、もう足は思うように動かないでしょう。それに利き腕の関節を痛めつけられたのですから、攻撃を仕掛けること自体もう無理でしょうね。
意地で、辛うじて持っているというところでしょうか?あっ落としましたね。
「な、何なんだお前は?ヒッ」
武器を落とし、足が動かせないジャクソンビルは、ゆっくりと近づくリラに恐怖を露わにした。ギャラリーは予想外の展開に驚き、声を出すことも忘れているようです。
「何やってるッ!勝てッ!勝つんだ!負けるなんて許さないからなッ!」
ただ1人、ワイオミングの叫ぶような悲痛な声だけが訓練場に響いている。
しかし、いくらワイオミングが認めたくなくても、勝者がどちらかは明らかだった。ただ、どちらかが降参するか気絶しない限り決闘は続く。ジャクソンビルにとっては、自ら負けを認めることは許されていない。この後どうするつもりなのでしょうか?
近づいくリラに、腰の入っていない大振りのパンチが飛んでくるけど、勢いも力もないそれを、リラは簡単に避ける。と同時に、今度は右膝に一撃を加えた。
今までと同じ、軽く当てただけの一撃。痛みはないはずなのに、ジャクソンビルは後退りした。それは間合いをとるためのものではない、戦いから逃げるためのもの。
完全に戦意を挫かれたようですね。
「くそッ!魔法だッ!魔法を撃てッ!」
ワイオミングの言葉を受け、ジャクソンビルが呪文を唱え始めた。
しかし呪文は最後まで唱えられず、途中で途切れてしまう。リラの木剣がジャクソンビルの鳩尾に突き刺さる。
リラが剣を引くと同時に、ジャクソンビルが吐瀉物を撒き散らす。汚い耳障りな音が、静かな訓練場に響いた。シャーリーン様が気分を悪くしていなければ良いのですが・・・。
胃の中の物を撒き散らしたジャクソンビルは、突然倒れると痙攣し始めた。
「それまで!」
先生が終了の号令をかけ、決闘は終わった。
ギャラリーはもちろん、これまで1人騒いでいたワイオミングも声を失っていた。
時が止まったかのような訓練場の中、唯一リラだけが動き、シャーリーン様と私の元へと歩いて来た。
「シャーリーン様、終わりました」
「見事でしたよ。よく頑張りました」
シャーリーン様の言葉に、リラが騎士らしく恭しく頭を下げる。
一見とても格好良く見えるけど、微かに肩が震えている。余程嬉しかったのでしょう。
まぁ、気持ちはわかるけど。私も任務達成で褒めていただいた時は嬉しかったし。でも、ニヤけた顔は直してから顔を上げなさいよ。シャーリーン様の護衛がだらしない顔を見せないでよね。
「ッザケんなッ!巫山戯ンな!おかしいだろ?。どう考えてもおかしいだろ。何でジャクソンビルが、こんなヤツに負けンだよッ。
やり直しだ。やり直しを要求する」
何と言ったら良いのか?あまりに予想通りと言うか、予定調和の様な反応に呆れてしまう。
それにしても「やり直し」と言ってるけど、どうするつもりなのでしょう?リラの対戦相手は気絶したままですし。どのような戯れ言を吐くのでしょう?
「先生ッ!この試合は無効です。どう考えてもおかしい。何かしら不正でもしなくちゃ、こんなコトあり得ないでしょ!やり直しを要求します」
「ワイオミング、これは決闘であり試合ではありません。間違えないように。
それから、この決闘は君が望んだ『血戦方式』です。『試合方式』とは違って、反則はありません。ですから、不正を訴えるのは筋違いです」
「なっ!?そ、それじゃあ、俺は・・・」
「はい。勝敗が決しましたので、初めに取り交わした契約通り、」
「再戦を申し込みます!」
ケンタッキー先生の言葉を遮り、ワイオミングが叫んだ。
それにしても“再戦”とは。どれほど自分勝手な男なのでしょうか?決闘の常識を覆そうなんて。それとも本当の“愚者”なのでしょうか?
「再戦は出来ませんよ」
「何で?何でですか?今度は戦略を練って、ちゃんと準備して来ますからッ。
ですからお願いしますッ!」
「はぁ~。貴方のような者がいるから、再戦は禁止されているのですよ。再戦を許していては、勝ったことが無意味になってしまいますから」
「そ、それじゃ――別の、別のヤツが戦いますから。それなら良いですよね?」
「何を言ってるのですか?」
「大丈夫です。今度は勝ちます。ウィンスレット家で雇ってるピッツバーグ、アイツなら勝てますから。
お祖父様にお願いして来てもらいますので、数日かかりますが――」
「ワイオミング!いい加減にしなさい。
ふ~。例え対戦相手を変えても、同じ要求で決闘はできません」
「な、なら、俺の退学無効を懸けて」
「本当に何を考えているんだか・・・。決闘は名誉や誇りを懸けて行うものです。今回の決闘は“ウィンスレット家の名誉回復”という名目があったので受理しましたけれど、貴方の“退学無効”は名誉でも誇りでもありません。私欲による決闘は認めません」
「それじゃぁ、俺は・・・?」
「この証書の通り、退学になります。いい加減、現実を受け入れなさい。これは君が望んだ決闘ですよ」
「違う。俺はこんなの望んでねぇ!巫山戯ンなッ!俺を嵌めようったって、そうはいかねぇ」
ワイオミングが先生から証書を奪うと、両手で握り高く掲げた。
「こんなの無効だ。認めねぇ。俺は認めねぇ」
証書を破ろうとした所を、間一髪、リラが木剣でワイオミングの腕を打ち払った。音から折れたことがわかる。ワイオミングは証書から手を離すと、折られた腕を押さえて蹲り呻き声を上げる。額から脂汗が滝のように流れている。痛みに全く耐性がないようですね。
そんなワイオミングを気に懸けることなく、リラは床に落ちた証書を拾うとシャーリーン様に渡した。
「良くやりました」
気のせいでしょうか?シャーリーン様の声が少し低く感じました。
それはリラも同じだったようです。ただ、リラも原因がわからないようで、私と同様、どうしたら良いのかわからず戸惑ったままでした。
そんな未熟な私達を置いて、シャーリーン様が証書を先生に手渡しました。
「手間をかけさせましたね、シャーリーン」
「いえ。証書が破られなくて何よりです。礼ならリラに言ってあげてください」
「そうですね。リラ、ご苦労様でした。貴方のおかげで証書が無事でした」
「ま、待て。見ろ!俺は腕を折られたんだぞ。コイツの相手は――ジャクソンビルで俺じゃないはず。反則――だろ。無効だ。無効だろ」
「何を言ってるのです、ワイオミング様?貴方、今、証書を破こうとしたではないですか?リラはそれを止めただけです。ワイオミング様の暴挙を止めた。これのどこに問題がありますか?
それから理解していないようですけど、リラのおかげで、ワイオミング様は救われたのですよ」
「ど、どういう――ことだ?」
「そもそも証書を破っても決闘は無効になりません。これだけの方が見ているのです。なかったことに出来ようはずがありません。ウィンスレット家の権力を過信しすぎです。それどころか、公文書を故意に破損させたことで罪に問われますよ。
それともう一つ大事なことが。その証書、神誓書ですよ」
「な、なんで!?」
「何故も何もないでしょう。王族と第1級のウィンスレット家の決闘です。一切の禍根が残らないよう、配慮するのは当然です。君のように、ウィンスレット家が後から難癖をつけないようにね。
それから、シャーリーンが言ったようにリラには感謝しなさい。もし破いていたら、主神アニエ様や精霊達の怒りを買っていたところですよ。わかってると思いますが、神様と精霊達は、我々人とは考え方や捉え方が違います。神との誓約を破った場合、どのような神罰が下されるのか、個人で済むのか縁の者まで関わるのかなど全く予想がつきません。下手をすれば、ウィンスレット家全員に神罰が下されていたかもしれませんよ」
先生の言葉が止めとなったのか、ワイオミングはそれ以上何も言うことが出来なくなり、茫然自失となっていた。
「コホン。遅くなりましたけど、リラの名誉とウィンスレット家の名誉を懸けた決闘は、リラの勝利です」
先生の宣言で、呆然と立ち尽くしていたギャラリー達が息を吹き返す。
大番狂わせの結果に、派閥関係なく、その場の全員が割れんばかりの歓声を上げた。
リラの人気が一層高まったことでしょう。あわせて王族派の方が増えたら何よりです。
それにしても、リラは自分を讃える声に頑張って応えてますけど、これから今まで以上にファンが増えることをわかっているのでしょうか?




