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【75】留花奈

「留花奈は何もしてきてない?」

「あぁ。別に何もないぞ。時々会った時に睨まれるくらいだ」

 尋ねればマシロはそんな事を言ってくる。

 何かマシロに嫌がらせをしてくるんじゃないかと思って身構えていたけれど、二週間経っても留花奈るかなは何もしてこなかった。


 さすがに留花奈も初等部の時とは違うか。

 成長したんだなぁなんて思っていたら、休日の早朝からまた留花奈に拉致されました。


 何も学習してないな私。

 もしかしてマシロかなと思って、急いで着替えをして身なりを整えて出たら、そこにいたのは、留花奈るかなで。

 当然のように閉めようとしたら、ドアをこじ開けてきて外に連れ出されたのだ。

 このパターン前にもあったよと、悔しがっても今更だった。


「前は話の途中で逃げて悪かったとは思ってる……で、理留に何かあったの? また誰かが告白してきた?」

 尋ねれば留花奈はゆっくりと口を開いた。


「……そうね。姉様に何かあったわ。わたしも色々手は尽くして、情報を耳にいれないようにしたんだけど。防ぎきれなかったというべきかしら?」

 棘のある口調で呟く。

 まるで私を責めているかのように。


「何、ボクに関係のある事なの?」

「大有りよ馬鹿。あんたのせいで姉様が大変なことに。あぁもうイライラする!」

 苛立たしげに爪を噛んだ留花奈は、相当取り乱しているようだった。


「一体、理留に何があったの?」

 またいつものシスコン発動かと思ってスルーしていたけれど。

 もしかして、本当に理留の身に何か大変な事があったんだろうか。

 心配になって尋ねれば、留花奈は自分自身を落ち着かせるように大きな溜息を付いた。


「……もう一週間も姉様は学校にきてないのよ。あんた気づかなかったの?」

「えっ?」

 留花奈の言葉に驚く。

 理留からはメールも何も届いていなかった。

 やっぱりというような視線を留花奈が向けてくる。


「何か病気とか? 理留は大丈夫なの!?」

 驚いて身を乗り出せば、留花奈はそれよりも酷いわよと眉を寄せる。

「医者でも私でも治せないのよ。時間しか薬はないんだろうけど……まぁその前にあんたにわたしは色々聞きたいことも、言いたいこともあるの」


 留花奈はそう言って、正面から睨みつけてくる。

 苛烈なまでの色を持った瞳の中に、私が映っていた。

「ちょっと面、貸しなさい?」


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 連れていかれたのは、黄戸家の屋敷にある留花奈の部屋。

 初めて足を踏み入れたその部屋は、私の家なんて丸々入るんじゃないのという広さ。

 そしていたるところに、写真が置いてある。

 当然のようにそのどれもに理留が映っていて、歪みないシスコンっぷりはもはや凄いなと感心するレベルだ。


 苗字が黄戸きどからみどりに変わっても、留花奈は一応黄戸の屋敷に住んでいるようだった。

 留花奈は母親である理真りまさんの事があまり好きではないので、父親の苗字にしただけで、家を出る気は端からないんだろう。

 まぁ理留と離れるような選択を、留花奈がするわけもないので、このあたりは当然と言えば当然だった。


 部屋に入ると、使用人を下がらせて留花奈がドアを閉める。

 写真に気を取られていたら、胸倉をつかまれて睨みつけられた。

「わたしはあんたに確かに言ったわ。幼馴染離れして、他の子に目を向けなさいって。それでどうして、新入生のあの子を選ぶなんていう選択肢が出てくるのかしら」

 部屋に入ってすぐに、そんなことを留花奈は問い詰めてくる。


「どうしてって言われても……?」

「あんたちゃんと考えたの? あんたを好きって子がいるってことを」

 留花奈が何を言いたいのかよくわからなくて首を傾げる。

 そしたらイラッとしたような顔をされて、胸倉を掴んでいた手が離れた。


「あぁもう。本当に鈍感すぎる……言わなきゃわからないとか、最悪。鈍感は滅びてもげてついでにはげればいいのに」

 あまりにも酷い言い草だったけれど、言い返すのは躊躇われた。

 留花奈が涙声だったからだ。


「留花奈?」

「……どうしてあの子なの。姉様より、あの子を選んだ理由をいいなさい」

 誤魔化すのは許さないというような、強い口調。 

 真っ直ぐに留花奈が私を見つめてきた。


「理留は友達で選ぶとか選らばないとか、そんなんじゃ」

「わたしは!」

 留花奈が私の言葉を遮った。


「あんたが大嫌いだった! でも、姉様があんたの事大好きで、わりと骨のあるヤツだから側にいるのを見逃してやっていたの! なのに、どうしてあんたは……姉様を選ばなかったのよっ!」

 子供が癇癪かんしゃくを起こすように強く拳を握り締めて、留花奈が言葉を吐き出す。

 その激しい感情に、呆然とする。


「姉様があんたの相手ならって思って……ずっと我慢してたわたしが、馬鹿みたいじゃないの」

 留花奈の瞳が潤んで。

 戸惑うわたしの前で、その目から雫が零れていく。


 留花奈はいつもの小憎たらしい笑みを浮かべてはいなくて。

 まるで普通の女の子のように泣いていた。

 それを見て、ようやく気づく。


 ――留花奈、私の事を好きだったの?

 目の前で泣く姿を演技じゃないか、罠じゃないかとこの場になっても疑ってしまう自分がいた。

 だって、留花奈は私を好きだというそぶりなんて見せてなかったし、そもそも私は留花奈を全くそういう風に意識したことがなかった。

 それは私の性別がそもそも女だからで。

 でも、留花奈にとって私はちゃんと男の子に見えていたんだろう。

 

 化粧が崩れても、留花奈は涙が止まらないみたいで。

 こんな姿をさらすなんて、留花奈らしくないと思った。

 それだからこそ、これが本心なんだろうってわかって動揺する。

 こんな時にどうすればいいかも、私は全くわからなくて。

 ただオロオロとすることしかできなかった。


 ハンカチがあったことを思い出して差し出せば、留花奈はそれをひったくるようにして受け取った。

「……取り乱して悪かったわ。忘れて」

 しばらくして落ち着いたのか、小さくそんなことを呟く。


「ごめん、留花奈」

「うるさい。謝るくらいならもげろ」

 謝った私に、留花奈はそう吐き捨てる。


「お嬢様なのに言葉遣い汚いよ、留花奈」

 そもそももげるものが私には付いてない。

 下にないのはもちろんのこと、もげるようなサイズの乳だってついてなかった。

「あんたに優しくする気はもうないわ。これからもずっと苛め抜いてあげる」

 指摘すれば、ふんと鼻を鳴らすようにして留花奈はそんな事を言う。


「……最初から留花奈はボクに優しくないでしょ」

「優しかったわよ。わたしにしては寛大すぎるくらいに。姉様の側にこんなに長くいることを許してやってたんだから」

 呟いた私にそう言って、留花奈はふっきれたように不敵に笑う。

 そこにはいつもの調子を取り戻した留花奈がいた。


「で、それで何で姉様じゃなくてあの女なの。納得のいく理由を言いなさい」

 すっと瞳を細めて、留花奈は尋ねてくる。

 真正面から向かってきてくれてるのに、誤魔化すことはできないと思った。

 

 マシロは初等部からの知り合いで、あまり学校に通ってなくて。

 一緒に遊んでいるうちに仲良くなって、高等部から学園に通う事になったんだと説明する。

 趣味が同じで、気が合うこと。

 いつも悩みの相談に乗ってもらっていたこと。

 他の子にも目を向けろと留花奈に言われた時点で、すでに告白されていたことを伝えれば、留花奈は黙り込んだ。


 これで納得してもらえるなんて思ってはいなかったけれど。

 留花奈は案外あっさりと、わかったわと呟いた。


「認めてくれるの?」

「別にわたしに認められる必要なんてないでしょ。あんたのことを何にも知らない女が相手なら、見る目がないわねって文句の一つでも言うつもりだったけど。悩みも打ち明けられる時点で……それはあんたがわたしたちよりもそいつに心を許してるって事だし」

 驚いて口にすれば、嫌そうな顔で留花奈は呟く。


「告白しないで受身だった姉様も悪いわ。欲しいものはやっぱり力づくで奪いに行くべきなのよ」

 留花奈はそう言って一つ息を吐いて、私にびしっと指を突きつけてきた。


「見てなさい。あんたがわたしにしておけばよかったって思うくらい良い女になってやるわ。見る目がなかったことを、後になって悔やむのね」

 にぃっと留花奈は笑う。

 留花奈の瞳には、苛烈なまでの色。

 彼女が嫌っている母親ととてもよく似た、激しい感情がそこにあった。


 そうやって宣言する留花奈は、強くて綺麗な肉食獣みたいで。

 目を引き付けられる。

 きっと、言葉の通りの女性に留花奈はなるんだろうなと思った。

 どこまでも真っ直ぐで、自分に正直で迷いがない。

 そこがとてもうらやましいと思った。


「留花奈のそういう強いところ、格好いいよね」

 思ったことを呟けば、留花奈は驚いたような目をして、それから赤くなって。

「あぁもう! 本当あんたなんて大嫌い!」

 悔しそうにそう言った留花奈に、胸を強く叩かれた。

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