表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/170

【57】図書室の彼女

 劇が終わって、理留りるとシズルちゃんが二人がお手洗いに行っている間、学院の廊下で待つ。

 ちなみに紅緒先輩は劇が終わった瞬間に、女の子たちに攫われてどこかへ消えた。


 こういう女子高のお祭りは男が群がりそうなイメージだったけれど、実際には家族連れの方が多かった。

 在校生からチケットを貰わないと、学院祭に入場すらできない仕組みになっているらしい。

 たしかにそうした方がいいよねと思う。

 ここの女子は、かなりレベルが高いと聞いていたけれど、その噂は本当だったらしく、可愛い子が多い。

 しとやかというか、品のよさが立ち振る舞いからわかる。

 純粋培養された、温室の花といったところだろうか。


 引き続き二人を待っていると、目の前を一人の少女が横切った。

 ふわりと長い髪が尾を引くように、揺れる。

 鮮やかな紫色をしていた。

 はっとして、その子の行った方を見る。

 もう角を曲がってしまったらしく、姿は見えなかった。


 ――今のは、まさか。

 弾かれるように、その後を追う。

 見間違いじゃなければ、あれはこのゲームの攻略対象キャラである『相馬そうま紫苑しおん』だ。

 図書室に入っていったようだったので、そっとドアの隙間から中を窺う。

 陽だまりの中、席に座って本を読もうとしている紫苑の姿があった。


 長い髪はさらりと腰まであり、鋭く冷たい瞳。

 整いすぎて近づき難い、その美貌。

 人を寄せ付けないそのオーラは、相馬紫苑そのものであり、私の前世の親友である乃絵のえちゃんにそっくりだった。


 懐かしい、話しかけたいという気持ちがむくむくと沸き出てくる。

 乃絵ちゃんじゃないことはわかっている。

 けど、あの目に見つめられたいと思った。


 こちらの世界にくる直前の前世でも、私は乃絵ちゃんに長い間会ってなかった。

 乃絵ちゃんは病弱で、学校にこれる日も少なかったのだ。

 体調を崩していた乃絵ちゃんは、長い間面会謝絶で。

 だからこそ兄がやっているこのギャルゲーのキャラである紫苑に、私は乃絵ちゃんを重ねてしまっていた。


 とりあえずそっと図書室に入る。

 紫苑はこっちに気づいてないようだ。

 かなりの距離まで近づいても、反応は一切無い。

 このあたり乃絵ちゃんと一緒だ。

 一度本を読むと、自分の世界に入り込んで、少しのことじゃ気づきもしない。


 本は元々の持ち物なのか、装丁がボロボロになるほど読み込まれている感じで、しかもフランス語の題名だった。

 どうやって声をかけようと思い、以前クロエに習った女の子に話しかける方法を思い出す。


 会話のきっかけにはなるだろうと、本の題名を検索するため電話を取り出す。

 理留からの着信があったようだ。

 マナーモードにしていたから、気づかなかった。

 とりあえずそれはおいておくことにする。


 日本語にすると『星の王子さま』というその本は、乃絵ちゃんがよく読んでいたものと同じだった。

 ゲーム内で紫苑が本を読んでいる描写はあるけれど、何という本なのかまでは知らなかった。

 まさかそこまで乃絵ちゃんと同じだなんて。

 こんなところにまで共通点を見つけて、胸が苦しくなる。


「その本面白いよね。ボクも好きなんだ」

 声をかければ、誰だお前という目で紫苑がこっちを見てきた。

 他人行儀な視線にくじけそうになるけれど、それよりも目があったということが嬉しい。


「大切なものは目に見えない……だよね?」

「よく知っているな、お前。それでここに何のようだ? 今は学院祭だろう」

 本の中にある一文を口にすると、つれない口調で紫苑がそう言った。

 冷たくて低めの声も、やっぱり乃絵ちゃんと同じだ。

 懐かしすぎて、少し涙が出そうになる。


「君がここに入るのが見えたから。君こそここの生徒でしょう? 学院祭なのに、こんなところにいていいの?」

「……余計なお世話だ。外はうるさくて、騒がしい」

 眉を寄せてこっちを睨む紫苑は、明らかに私を不審者扱いしている。

 学院祭に乗じたナンパ野郎だとでも思っているのかもしれない。


「フランス語読めるなんて凄いね」

「別に」

 会話が終わってしまった。

 思い出すんだ、クロエは女の子と仲良くなる時、何が重要だって言ってたっけ。

 確か警戒心を抱かせたら駄目で、共通点をプッシュしろみたいなことを言ってたような。


「ボクも騒がしいの苦手で」

「じゃあなんで学院祭にきたんだ。家に引きこもっていたらよかっただろう」

 ごもっともです。

 しかし、無視していればいいのに、律儀に答えてくれるんだよね。

 そういう所が私の知っている彼女と同じで、やっぱり仲良くなりたいと思ってしまう。


 最初の頃、乃絵ちゃんとはどうやって仲良くなったんだっけと、頭をフル回転させる。

 たしか高校に入学して一週間熱だして休んで。

 友達を作りそびれて図書館通いしてたら、同じクラスの乃絵ちゃんがいつも同じ席で本読んでたんだよね。

 なんだかそれが気になって、毎日座る席を少しづつ近づけていって、何なんだお前はって言われて。


「友達になってくれませんか?」

 そんな台詞を、私は直接乃絵ちゃんにぶつけたんだ。

「はぁっ?」

 目の前の紫苑が、驚いた顔で私を見ていた。

 どうやら、さっきの台詞をうっかり口に出していたらしい。


「ナンパとかじゃ決してないんです! ただ、その……あなたと友達になりたくて。駄目ですか?」

 そう言ったら、紫苑が何か考え込むような顔になった。

「……そういう事を言われたのは二度目だな。お前、名前は?」

今野いまのアユムです」

 私の名前を聞いた瞬間、紫苑は目を見開いた。


「もしかしてボクのこと知ってるんですか!?」

「知ってるわけないだろう。初対面だ」

 そんなはずはないのに、期待してしまって肩を落とした私に、紫苑はむすっとした表情で答える。

 さっきの反応はなんだったんだろうと思っていたら、はぁと大きく溜息をつかれた。


「気が変わった……友達になってやってもいい」

「本当?」

 上から目線な言葉に飛びつく。

「あぁ。その代わり、今すぐ学院から立ち去れ。私と会ったことも、友達になったということも誰にも言うな」

「うんわかった!」

 その条件の意味がわからなかったけれど、私は喜んで頷いた。


「変なヤツだな。なんで私なんかと友達になりたがるんだ」

「だって紫苑ちゃんが、本当はいい子だって知ってるから。友達になりたいんだ!」

 少し引き気味の紫苑に、意気込んで答える。

「……私、まだ名前言ってないよな」

 しまったと思った。

 つい出会えたのが嬉しくて、口を滑らせてしまっていた。


「それはその。結構前に紫苑ちゃんのこと見かけて気になってて。それで名前調べたんだ」

 ちょっとしたストーカー発言に、しばらく無言で紫苑はこっちを見つめていた。

 射るような視線が痛い。


「まぁいい」

 そうつぶやいて、紫苑はメモ用紙にさらさらと何かを書いて、それを私に手渡した。

「私の住所だ。携帯電話は持ってないから、まずは文通からで文句はないな?」

「もちろんだよ!」


 こうして私は、攻略対象最後の一人『相馬紫苑』と文通友達になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「本編前に殺されている乙女ゲームの悪役に転生しました」
ショタコン末期悪役令嬢に転生して苦労する話。
よければこちらもどうぞ!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ