【57】図書室の彼女
劇が終わって、理留とシズルちゃんが二人がお手洗いに行っている間、学院の廊下で待つ。
ちなみに紅緒先輩は劇が終わった瞬間に、女の子たちに攫われてどこかへ消えた。
こういう女子高のお祭りは男が群がりそうなイメージだったけれど、実際には家族連れの方が多かった。
在校生からチケットを貰わないと、学院祭に入場すらできない仕組みになっているらしい。
たしかにそうした方がいいよねと思う。
ここの女子は、かなりレベルが高いと聞いていたけれど、その噂は本当だったらしく、可愛い子が多い。
しとやかというか、品のよさが立ち振る舞いからわかる。
純粋培養された、温室の花といったところだろうか。
引き続き二人を待っていると、目の前を一人の少女が横切った。
ふわりと長い髪が尾を引くように、揺れる。
鮮やかな紫色をしていた。
はっとして、その子の行った方を見る。
もう角を曲がってしまったらしく、姿は見えなかった。
――今のは、まさか。
弾かれるように、その後を追う。
見間違いじゃなければ、あれはこのゲームの攻略対象キャラである『相馬紫苑』だ。
図書室に入っていったようだったので、そっとドアの隙間から中を窺う。
陽だまりの中、席に座って本を読もうとしている紫苑の姿があった。
長い髪はさらりと腰まであり、鋭く冷たい瞳。
整いすぎて近づき難い、その美貌。
人を寄せ付けないそのオーラは、相馬紫苑そのものであり、私の前世の親友である乃絵ちゃんにそっくりだった。
懐かしい、話しかけたいという気持ちがむくむくと沸き出てくる。
乃絵ちゃんじゃないことはわかっている。
けど、あの目に見つめられたいと思った。
こちらの世界にくる直前の前世でも、私は乃絵ちゃんに長い間会ってなかった。
乃絵ちゃんは病弱で、学校にこれる日も少なかったのだ。
体調を崩していた乃絵ちゃんは、長い間面会謝絶で。
だからこそ兄がやっているこのギャルゲーのキャラである紫苑に、私は乃絵ちゃんを重ねてしまっていた。
とりあえずそっと図書室に入る。
紫苑はこっちに気づいてないようだ。
かなりの距離まで近づいても、反応は一切無い。
このあたり乃絵ちゃんと一緒だ。
一度本を読むと、自分の世界に入り込んで、少しのことじゃ気づきもしない。
本は元々の持ち物なのか、装丁がボロボロになるほど読み込まれている感じで、しかもフランス語の題名だった。
どうやって声をかけようと思い、以前クロエに習った女の子に話しかける方法を思い出す。
会話のきっかけにはなるだろうと、本の題名を検索するため電話を取り出す。
理留からの着信があったようだ。
マナーモードにしていたから、気づかなかった。
とりあえずそれはおいておくことにする。
日本語にすると『星の王子さま』というその本は、乃絵ちゃんがよく読んでいたものと同じだった。
ゲーム内で紫苑が本を読んでいる描写はあるけれど、何という本なのかまでは知らなかった。
まさかそこまで乃絵ちゃんと同じだなんて。
こんなところにまで共通点を見つけて、胸が苦しくなる。
「その本面白いよね。ボクも好きなんだ」
声をかければ、誰だお前という目で紫苑がこっちを見てきた。
他人行儀な視線にくじけそうになるけれど、それよりも目があったということが嬉しい。
「大切なものは目に見えない……だよね?」
「よく知っているな、お前。それでここに何のようだ? 今は学院祭だろう」
本の中にある一文を口にすると、つれない口調で紫苑がそう言った。
冷たくて低めの声も、やっぱり乃絵ちゃんと同じだ。
懐かしすぎて、少し涙が出そうになる。
「君がここに入るのが見えたから。君こそここの生徒でしょう? 学院祭なのに、こんなところにいていいの?」
「……余計なお世話だ。外はうるさくて、騒がしい」
眉を寄せてこっちを睨む紫苑は、明らかに私を不審者扱いしている。
学院祭に乗じたナンパ野郎だとでも思っているのかもしれない。
「フランス語読めるなんて凄いね」
「別に」
会話が終わってしまった。
思い出すんだ、クロエは女の子と仲良くなる時、何が重要だって言ってたっけ。
確か警戒心を抱かせたら駄目で、共通点をプッシュしろみたいなことを言ってたような。
「ボクも騒がしいの苦手で」
「じゃあなんで学院祭にきたんだ。家に引きこもっていたらよかっただろう」
ごもっともです。
しかし、無視していればいいのに、律儀に答えてくれるんだよね。
そういう所が私の知っている彼女と同じで、やっぱり仲良くなりたいと思ってしまう。
最初の頃、乃絵ちゃんとはどうやって仲良くなったんだっけと、頭をフル回転させる。
たしか高校に入学して一週間熱だして休んで。
友達を作りそびれて図書館通いしてたら、同じクラスの乃絵ちゃんがいつも同じ席で本読んでたんだよね。
なんだかそれが気になって、毎日座る席を少しづつ近づけていって、何なんだお前はって言われて。
「友達になってくれませんか?」
そんな台詞を、私は直接乃絵ちゃんにぶつけたんだ。
「はぁっ?」
目の前の紫苑が、驚いた顔で私を見ていた。
どうやら、さっきの台詞をうっかり口に出していたらしい。
「ナンパとかじゃ決してないんです! ただ、その……あなたと友達になりたくて。駄目ですか?」
そう言ったら、紫苑が何か考え込むような顔になった。
「……そういう事を言われたのは二度目だな。お前、名前は?」
「今野アユムです」
私の名前を聞いた瞬間、紫苑は目を見開いた。
「もしかしてボクのこと知ってるんですか!?」
「知ってるわけないだろう。初対面だ」
そんなはずはないのに、期待してしまって肩を落とした私に、紫苑はむすっとした表情で答える。
さっきの反応はなんだったんだろうと思っていたら、はぁと大きく溜息をつかれた。
「気が変わった……友達になってやってもいい」
「本当?」
上から目線な言葉に飛びつく。
「あぁ。その代わり、今すぐ学院から立ち去れ。私と会ったことも、友達になったということも誰にも言うな」
「うんわかった!」
その条件の意味がわからなかったけれど、私は喜んで頷いた。
「変なヤツだな。なんで私なんかと友達になりたがるんだ」
「だって紫苑ちゃんが、本当はいい子だって知ってるから。友達になりたいんだ!」
少し引き気味の紫苑に、意気込んで答える。
「……私、まだ名前言ってないよな」
しまったと思った。
つい出会えたのが嬉しくて、口を滑らせてしまっていた。
「それはその。結構前に紫苑ちゃんのこと見かけて気になってて。それで名前調べたんだ」
ちょっとしたストーカー発言に、しばらく無言で紫苑はこっちを見つめていた。
射るような視線が痛い。
「まぁいい」
そうつぶやいて、紫苑はメモ用紙にさらさらと何かを書いて、それを私に手渡した。
「私の住所だ。携帯電話は持ってないから、まずは文通からで文句はないな?」
「もちろんだよ!」
こうして私は、攻略対象最後の一人『相馬紫苑』と文通友達になったのだった。




