【54】エロ本を探すことになりました
リビングは少し冷えるので、部屋に移動しようということになった。
私の部屋で勉強しようと言ったのだけれど、誘惑が多いから駄目だと宗介に一蹴されてしまい、宗介の部屋を使う事になった。
前の宗介の部屋にはよく入っていたけれど、今の宗介の部屋にはあまり入ったことがない。
「綺麗っていうか、何もない部屋だなぁ」
吉岡くんが宗介の部屋を見て、そんな感想を呟いた。
山吹の家にあった宗介の部屋もそうだったけれど、基本的に必要なもの以外、部屋にはない。
机とベッド。クローゼットと、棚が一つだけ。
殺風景というか、生活感がなかった。
「ちょっと何してるの?」
唐突に吉岡くんがベッドの下を覗きだす。
「何って、エロ本とかないかなって」
「はぁっ?」
何を言い出すんだ吉岡くんは。
戸惑っていたら、ここにはなかったと吉岡くんはクローゼットへと手をかけはじめた。
「宗介がそんなもの持ってるわけないでしょ! 大体勝手に部屋の中荒らしたら駄目だよ!」
必死になって、吉岡くんを止める。
現在宗介は夜食代わりのホットケーキをつくるため、台所だった。
「いや男なら持ってるはずだ。水着の女の子の写真くらい、今野だって持ってるだろ?」
力説する吉岡くんに、そんなの持ってるわけがないと言おうとして、ふと思いとどまる。
吉岡くんの言い方だと、持ってない方がおかしいという様子だった。
前世の中学時代、男子たちはスカート捲りをしたり、割とスケベなやつらが多かった記憶がある。
こちらの学園は品行方正な子が多かったので、あまり意識しなかったけれど、そっちが普通だといわれてしまうと、そんな気がしてきた。
「なんだよ、持ってないのか?」
「も、もちろん持ってるけど」
ヘタに否定すると変に思われてしまうかもしれない。
そう思って答えたら、やっぱり持ってるんじゃないかと共犯のような笑みを吉岡くんは向けてくる。
「宗介ってさ、もてるくせに女の子と付き合ったりしないだろ? 興味なさそうにしてるあいつが、どんな子が好みなのかってアユムは気にならない?」
そそのかすように、吉岡くんが囁く。
「……気になるかも」
好奇心には勝てなくてつい頷いてしまった私に、吉岡くんは笑った。
吉岡くんは、クローゼットの一番下の引き出しを出し、その底の方を覗き込んだり、机の引き出しの裏を見たりしていた。
そんなところに隠すことすら、私には思いつかなかったのだけど、メジャーな隠し方なんだろうか。
「あった」
「えっ、本当に?」
クローゼットの奥の方から、吉岡くんが年季の入ったクッキーの缶を取り出してくる。
「うーんでも、なんか本が入ってるって感じじゃないな。とりあえず開けてみるか」
ちょっと待ってと止める前に、躊躇いなく吉岡くんは蓋を開けて、それから眉をひそめた。
「なんだコレ。ガラクタばかりじゃないか」
期待はずれというように、吉岡くんは呟く。
中に入っていたのは、欠けた茶碗に、割れたコップ。擦り切れたマフラーや小さな手袋。止め具が壊れた筆箱などだった。
必要なもの以外ない宗介の部屋に、似つかわしくないその品々。
それは全部、私が宗介にあげたプレゼントだった。
「……もうやめよう。やっぱり、こういうのよくないよ」
もう使えないのに、なんで取ってあるんだよ。
壊れても捨てられないというように、大切にしまわれたそれを見れば、これ以上宗介の部屋を探ろうという気持ちにはなれなかった。
どうして宗介ってこういう可愛い事するんだろ。
見た目もふるまいもどこか冷めてるところがあるのに、こうやって蓋を開けてしまえば、愛情深い一面にくらくらする。
これがギャップというやつなんだろうか。
「そんな事言われても、もう見つけちゃったんだけど」
「えっ?」
私がそっと元の場所に缶を返している間に、吉岡くんは本棚の奥に手を突っ込んでいて、並べてある本の後ろ側から一冊の雑誌を取り出す。
「なんだエロ本じゃないのか」
取り出した雑誌を見て、残念そうに吉岡くんは呟いた。
どうやらそれは、女性向けのファッション誌のようだった。
「こんなのどうして持ってるんだろ?」
そう言ってペラペラと吉岡くんがページを捲り、あっと声を上げる。
「何? 何かあったの?」
「これ、黄戸妹じゃないか?」
吉岡くんが指し示す先には、化粧をした留花奈の姿があった。
モデルのルカとして活動している留花奈は、化粧のせいで全く別人のように見える。
けれどこの前のクリスマスパーティの時に、留花奈はルカの格好で皆の前に出たため、一部の生徒には正体がばれてしまっていた。
あの後留花奈にばらしてよかったのかと聞いたら、隠すのも面倒になったと言っていた。
そもそも高校生になったら、ルカの姿で生活しようと思っていたらしい。
色々もめたりはしたようだけれど、学園側にモデルの許可も正式に貰って、今では堂々と撮影に行っているようだった。
「……宗介って黄戸妹が好きだったんだな。かなり意外だ」
「それはないと思うよ。あの二人気が合わなさそうだし」
即座に否定しておく。
私に対して敵対心むき出しの留花奈に対して、宗介は昔からいい感情を持ってなかったし、留花奈も宗介を苦手としているようだった。
けど、この雑誌がどうして宗介の部屋に。
そう思ってたら、がちゃりとドアの開く音が背後でした。
「何してるの二人とも?」
びくっとして二人して振り返れば、ホットケーキを持った宗介がそこにいた。
結局ファッション誌は、義妹であるクロ子ちゃんの忘れ物だったらしい。邪魔だったから本棚の裏につっこんだという回答に、吉岡くんは不満そうだった。
休憩を挟んで勉強を再開する。
しかし、眠い。
夜食を食べてお腹がいっぱいになったせいもあるんだろう。
「アユム眠いなら寝てきたら?」
「うん……」
目蓋が重くて、宗介に返事はしたものの部屋まで動く気はしなかった。
「しかたないなぁ、もう。そこのベッドで寝てていいよ」
「そうする……」
のそりと起き上がり、宗介のベッドにもぐりこむ。
妙に落ち着く匂いがして、私はすぐに眠りに落ちた。
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雀の鳴く音で目を開く。
よく寝たと思う。
あまり寝てないはずなのに、深く眠れたのか、すっきりとしている。
心地よいまどろみのなか寝返りをうとうとしたら、隣には吉岡くんが寝ていた。
「なんだよ……」
「どうして吉岡くんがここに?」
まだ起き立ての頭では、思い出せなくて尋ねた。
「昨日一緒に勉強してただろ。結構頑張ったんだけど、眠くて。朝になったら寒かったから……」
私の質問に、まだ眠りに片足つっこんだような顔で吉岡くんが答える。
ぬくさを求めてベッドに入り込んできたようだった。
一人用のベッドを二人でつかっているので、距離が近い。
けど、吉岡くんだしまぁいいかと思う。
こんな気持ちいいんだ、もう一眠りするかと目を閉じて。
「おはよう、二人とも」
凄く冷たい宗介の声で、いっきに目が覚めた。
残りの時間をみっちり勉強して、吉岡くんが帰って後。
「アユムは女の子としての自覚があるの?」
「いやでも、吉岡くん私を男だと思ってるし。それに、宗介とだってよく一緒の布団で寝てたでしょ?」
「俺は兄妹みたいなものだからいいんだよ。でも吉岡くんは友達だし、アユムは本当は女の子なんだから、つつしみは持たなくちゃ駄目だ」
よくわからない理屈で、宗介に叱られるはめになった。
ちなみに吉岡くんは猛勉強の甲斐あってテストで平均点をとり、後日私と宗介に奢ってくれました。




