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【51】彼が私を避けてた理由

 幼馴染の宗介は、昔から私にべったりだった。

 他の子たちには目もくれず、世話を焼いてくる。

 あまりよくない傾向だなと思ってはいたのだけど、内心それが心地よくて、特別扱いされているのが嬉しかった。


 そんな宗介が私を避け始めたのは、中等部に入ってから。

 初等部の後半に宗介の育ての親である山吹やまぶき夫妻が亡くなったばかりだったから、一人になりたいのかもしれないと考えて、そっとしていた。


 きっとすぐに元の宗介に戻るだろう。

 そう思っていたら、宗介との距離はどんどん遠くなった。

 私以外の友達を作って、社交的に会話するようになって。

 それはいい事のはずなのに、なぜだかもやっとした。


 宗介は私のことなんて、どうでもよくなっちゃったのかな。

 なんて考えたりして。

 仲のよいマシロに相談という名の愚痴をよく零したりしていた。


 一年生の秋に、ひょんな事からキレた私が宗介に思いをぶつけて、避けられることはなくなった。

 でも、前のように構ってくれることはやっぱりなくて。

 適切な友人の距離を、宗介は守り続けてるみたいだった。


 日課の筋トレに付き合ってくれることもなければ、肩が触れ合うほどの距離で教えあいながら勉強することもなくなった。

 ぴったりとくっつくようにして怖い映画をみることもなければ、口の周りを汚してもしかたないなぁと拭いてくれる事もない。

 

 宗介も大人になったから、これくらいの距離が適切なんだ。

 そう自分に思いきかせても、すっかり宗介に甘やかされて育った私は、物足りなさを感じるようになっていた。


 けれど今日、宗介の義理の妹であるクロ子ちゃんの話を聞いて。

 宗介は私がどうでもよくなったわけじゃなかったんだって、知ってしまった。


 私に会いたがるクロ子ちゃんたちにせがまれて、宗介は色々話していたようだ。

 今までの私との出会いとか、感謝とか。

 こんな風に他の人に、私のことを話しててくれてたんだと思うと、嬉しいやら恥ずかしいやらで、とてもむず痒かった。


 その中には私が知らなかったエピソードとかもいっぱいあった。

 例えば、宗介がバスケ部の助っ人をした理由。


 バスケ大好き吉岡くんと私は、星鳴ほしなり学園に入ってからずっと同じクラスで、とても仲がいい。

 中等部に入ってからは、宗介が私に構わなくなったこともあって、吉岡くんといることがさらに多くなった。


 初等部のころから日課としていた筋トレやランニングも、吉岡くんと一緒にやるようになり。

 吉岡くんに頼まれて、幽霊部員としてバスケ部に入ったものの、正式に入ってもいいかなと考え始めていた。


 宗介は私がバスケ部に正式に参加して、吉岡くんとこれ以上仲よくなるのが見ていられなかったらしい。

 それで自分が助っ人として入り、さらにバスケ部に新規の部員を呼び込んで、私がバスケ部で活動するのを阻止しようとしたとの事だった。


 あとは、マシロとの事。

 私と親しげなマシロの様子に、宗介は相当腹が立っていたらしい。


 自分が一番アユムを知ってるかのような態度が許せない。

 なんであいつには色々話すのに、俺には話してくれないのかな。

 アユムがあいつとお揃いのブレスレットつけてる。俺だって茶碗くらいしかお揃いのものないのに。

 などなどと、宗介はクロ子ちゃんたちに零し、その度に不機嫌なオーラを撒き散らしていたということだった。

 

 宗介の中心にまだ私がいるとわかって。

 心の中にぽっかり空いてしまった穴が、満たされていくのを感じた。

 執着や嫉妬を喜ぶなんて、おかしなことなのに。

 

「誕生日プレゼントは、アユムの好きなものをあげたらいいと思うっすよ。あとそっちの席に宗介いるっす」

 ふと言われてそちらを見れば、クロ子ちゃんの指し示す方向に宗介本人がいて。

 あとは二人でよろしくとばかりに、伝票をおいたままクロ子ちゃんが去り。

 現在、私は宗介と向かい合うようにして座っていた。


 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


 空気が物凄く重かった。

 宗介は何も話さず俯いたままで、表情は読み取れない。


 勝手にデートに着いてきたことが、後ろめたいのかな。

 それとも、さっきクロ子ちゃんに暴露された内容が恥ずかしくて、居たたまれないのかな。

 まぁたぶん両方なんだろうけど、後者の理由の方が強いんじゃないかと思う。


 私だって、仲のよいマシロあたりから、宗介の話を本人に暴露されたら、恥ずかしくて宗介と顔を合わせられない。

 宗介がどれだけ良いヤツかとか、宗介が他の子と遊ぶのが寂しいとか。

 冷静になって考えると、お前はどれだけ宗介が好きなんだとツッコミたくなってくるような内容ばかりだ。

 そりゃマシロも呆れ顔ばかりしていたはずだ。

 


 それにしても、何て声をかけるべきかと思い悩む。

 別に着いてきたことに関しては怒ってない。

 クロ子ちゃんからの話と宗介の登場で、どうでもよくなったと言った方が正しいけれど。


「あのさ宗介」

 あまりにも沈黙が長いので話しかけると、宗介はびくりと体を引きつらせた。

 宗介は顔を上げたけれど、こちらを見ようとはしなかった。

 眼鏡越しのその瞳は少し潤んで、怯えていて。

 そんな反応がくるとは思ってなくて、戸惑う。


「気持ち悪いよね、こんなの。自分でも行き過ぎてるのはわかってるんだ。嫌われたくなくて、アユムと距離を置こうって思ったのに、やっぱりアユムの側に誰かがいると落ち着かなくて。ごめんね……本当にごめん」

 震える声で、宗介は謝ってくる。

 まるで、私に嫌われることを恐れているかのようだった。


「俺、やっぱり今野の家を出るよ」

「いやいや、なんでそうなるんだよ!」

 急に話が飛びすぎだ。

 思わず身を乗りて、テーブルを叩く。

 周りの客がこっちを見てきたので、こほんと咳をして誤魔化すように椅子に座りなおした。


「ボクは宗介を気持ち悪いなんて思ったことはないよ。だから謝る必要もないし、宗介が家を出る必要もない……むしろ、嬉しかったから」

「嬉しい?」

 恥ずかしくて小さな声でつけたしたら、宗介が何のことだかわからないというように首を傾げる。


 宗介って普段は鋭いくせに、向けられる好意には鈍すぎると思う。

 小さく息を吐いて、気合をいれてから口を開く。

「中等部に入って避けられてたから、てっきり宗介はボクのことどうでもよくなったんだって思ってたんだ。だから……そんな風に思ってくれてたって聞いて、嬉しかった」

 今の私はきっと耳まで赤い。

 それでも言わなきゃと思って、ゆっくりと言葉にした。


「アユム……嫌じゃないの?」

 こっちが恥ずかしい思いをして、心の中で思ったことを声に出したのに、そんなはずはないというように宗介は驚いた顔をしていた。

 呆れるどころか、怒りすら湧いてくる。


「なんでそう思うの。ボク一度でもいいから、宗介にそんな事言った?」

「言われたことはないけど……前に一度怖がられたし。今までアユムを困らせてたのかなって思って」

 怒るような私の口調に、宗介が消え行くような声で答える。


 前というのは、ナンパしたことを責められたときの事だろう。

 あれをずっと宗介は気にしていたらしい。

「あんなの、ただの喧嘩でしょ。そんなことで宗介を嫌になったりしない」

 きっぱりと告げると、力が抜けたというように、強張った宗介の表情が緩んだ。


「よかった。嫌わないでくれてありがとう、アユム」

「お礼を言われる意味がわからないよ。それよりももっとわからないのが、どうしてボクが宗介を嫌うなんて思ってるのかって事だけど」

 こっちの気持ちをわかってないにもほどがある。


「大体、宗介がボクに構いすぎるのは初等部からだったよね。なんで今更嫌われるかもなんて思ったの?」

 ずっとそれが気になっていた。

 何かきっかけがあったはずだと、宗介を見つめる。


「えっと……それは……」

 宗介はあからさまに動揺を見せた。

「ちゃんと言ってよ、宗介」

 誤魔化しは許さないと念を押す。


「俺、中等部に入ってから、アユムが女の子みたいに見えるようになったんだ」

 口を開けては閉じるを繰り返して、ようやく意を決したように宗介が告げた言葉に、心臓が大きな音を立てて飛び跳ねた。


「中等部に入る前にも、何度かそう見えることはあった。でも小さい頃一緒にお風呂に入ったときは、確かに男だったし、気のせいだと思ったんだ。でも意識したら、普段どおりに接することができなくなって、それで距離を置いた」

 言いにくそうに宗介は口にする。


「アユムに対する気持ちは友情だって思ってた。でも、本当はそうじゃなくて。心のどこかでアユムが女だったらとか、無意識に思ってたのかなって悩んだんだ。アユムは俺に信頼を寄せてくれてるのに、こんな自分が嫌になって。わけがわからなくなった」

 宗介の告白に、今度はこっちが動揺する番だった。


 ――私が女だって、宗介は気づいてるの?

 そんな事、ありえないはずだ。


 私には『周りに男だと認識させる力』が働いている。

 両親ですら本来女である私を男だと思い込んでいるのは、この力のせいだ。

 今まで私が女だと見抜いたのは、たった一人同じく不思議な力を持つマシロだけだった。

 

 宗介にはちゃんと私が男に見えていたはずだ。

 幼い頃一緒に何度もお風呂に入ったけれど、気づいた様子もなかった。

 なんで今頃と思う。


「でも最近は、よくわからなくなった。水泳の時、アユムの代わりに授業受けてたのマシロ先輩だよね。皆には何故かあれがアユムに見えてたみたいだけど、あれってアユムが女だから、マシロ先輩に授業を代わってもらったんじゃないの?」

 さらに続ける宗介の視線が、こっちを真っ直ぐ射抜いていて。

 少し責めるような口調に、冷や汗が流れる。


 どうやら宗介は、マシロのことまで見抜いていたらしい。

 マシロには人に暗示をかける力があった。

 それでマシロは周りに自分が『今野アユム』に見えるよう力を使い、私に成りすまして水泳の授業を受けてくれていた。


 マシロを私だと皆が信じて疑わない中、確かに宗介だけは不審がるような様子を見せていたけれど。

 あの時、マシロは宗介にさらに暗示をかけていたはずだ。


 その後は、何事もなかったように宗介も接していたから、てっきり暗示は成功していたと思いこんでいたけれど。

 宗介の話からすると、あれは暗示にかかったふりをしていたようだ。


『アユムやぼくと同類でもない限り、見た目や声だけで見抜くのは不可能だ』

 確かに、そうマシロは言っていた。

 けれど、マシロの暗示は宗介に効かず、私の本当の性別も見抜かれてしまった。

 これはどういう事なんだろう。

 


「ねぇ、アユム答えてよ」

 苦しそうな宗介の声に、意識を引き戻される。

 きっと誰にもいえなくて、たくさん一人で悩ませてしまっていたんだろう。


「……わかった。一旦家に帰ろう」

 私は、覚悟を決めることにした。

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