【47】パートナーとクリスマスと
コサージュを渡して、女の子にクリスマスパーティのダンスを申し込む。
これって結構ハードルが高い。
ある種の、カップルイベント的な趣があるせいか、学園中が色めきたっていた。
学年も自由にダンスを申し込めるため、気になるあの人を誘ってみたいな、雰囲気が漂っているんだよね。
理留を誘うことを決めたのはいいけど、できれば人目につかないところで、コサージュを渡したかった。
放課後お茶会に誘って渡そうと思ったのに、なかなかタイミングが合わなくて、気がつけば申込み受付の最終日だ。
さすがにそろそろ渡さなきゃと、休み時間に理留の教室を訪れる。
現れた理留はコサージュを身に着けてなくて、ほっとする。
「アユム? わざわざうちのクラスまでどうしたんですの?」
そわそわと落ち着かなさそうな様子で、理留が尋ねてくる。
人目があったので理留の手をとり、隠すようにコサージュを握らせた。
「できれば、これを理留に受け取って欲しいんだけど」
理留はまるで爆弾でも受け取ったかのように、恐る恐る手の平を確認して、それからぱぁっと表情を明るくした。何故か若干涙目だった。
留花奈の言う通り、理留も誘ってくれる人がいなくて不安だったのかもしれない。
最終日の今日は、クラス内でも勝ち組と負け組みに分かれ、対照的な雰囲気を振りまいていた。
パートナーを誘うのに失敗した男子たちや、誘われなかった女子はじめじめとした空気を振りまいていて。
あの仲間入りをするのは嫌だなと、正直私も思ったから、その気持ちはよくわかった。
「誰も踊る人がいなくてさ。理留さえよかったらなんだけど」
「も、もちろんですわ!」
遠慮がちに切り出したら、身を乗り出すようにして理留がオッケーしてくれる。
「よかった。最近理留捕まらなかったから、その間に他の奴から受け取ってないか心配だったんだよね」
「そんなこと! ワタクシ、アユムがくれるのをずっと待っていたんですのよ!」
「本当? やっぱり理留もボクと同じで踊る人がいなかったんだね。誘ってよかったよ」
私のその言葉に、何故か理留は少し拗ねた顔になった。
「そういう意味ではなく……まぁ誘ってくれたから嬉しいですけどね」
理留は早速コサージュを髪につけようとしたけれど、鏡がなくて難しいのか悪戦苦闘しはじめる。
「ボクがやるよ」
そう言って、理留の手からコサージュを取った。
髪留めにもなるタイプのコサージュは、真ん中がほんのりと黄色い、桃色のダリア。
派手だけど可愛いというか、理留にぴったりだと思って選んだ。
「理留、うつむかないで。付けにくいから」
「は、はいっ!」
角度を調節しながら、コサージュをつける。
付け終わって離れた瞬間、まるでずっと息を止めていたかのように、理留が大きく息をついた。
「で、では、これを受け取ってくださいな」
「うんありがと」
申込書を受け取った私に、理留ははにかむように笑った。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
放課後、申込書を出しに生徒会室へ行ったら、紅緒先輩と出くわした。
「アユムも滑り込みで申請しにきたんだ?」
「はい。先輩もですか?」
申込書を出すのは、基本的に男子ということになっていたから不思議に思う。
それに紅緒先輩はコサージュを見につけていなかった。
「この学園女子の数が多いから、先生に申請して男子役として出てるんだ。去年もそうしてたよ」
私の疑問に紅緒先輩が先回りして答え、申請書を設置された箱の中へいれる。
それにならって私も申込書を入れた。
「……」
私の手元を、なぜか紅緒先輩はじーっと見ていた。
しかもいつもの人好きのする表情ではなく、思わずヒヤリとするような冷たい目をしていた。
「紅緒先輩? どうかしたんですか?」
「いや? そういえば聞いたよ。理留とパートナーを組むんだって?」
思わず声をかけると、先輩はいつものひょうきんな口調で私に尋ねてくる。
考え事でもしていたんだろうかと気持ちを切り替え、先輩の話題に乗っかった。
「いやー、アユムが黄戸姉妹のどちらを選ぶかってことは、上級生の間でも話題になってたんだよ? 注目度高い双子の姉妹から、好かれてる一般庶民。三角関係とかそういうの、皆大好きだからね!」
どうやら私が理留を誘ったという噂は、あっと言う間に広まっていたらしい。
「なんでそんな話になってるんですか……」
楽しそうに語る紅緒先輩に、ちょっぴり頭が痛くなる。
「まぁでも、今回留花奈の方はワタシがパートナーにするって決めてたから、アユムが理留の方を選んでくれて助かったかな」
「先輩のパートナーって留花奈なんですか?」
「うん。演劇部の宣伝も兼ねて、ベストパートナー賞を狙ってるからね。ダンスの得意な留花奈に最初から目をつけてたんだ」
先輩は達成感のある顔でそう口にした。
「留花奈が先輩とパートナー組むなんて、ちょっと意外です」
腹黒い留花奈は、紅緒先輩のような飄々としたタイプは苦手なんじゃないかなと、なんとなく私は思っていたのだけど。
「何度も断られたんだけどね。でも、理留の部屋に盗聴器とかカメラとかが落ちてたんだけど、どうしたらいいかなって相談したら、何故か心よくオッケーしてくれたよ」
「それ脅したっていうんじゃないですか?」
にっこりと笑う先輩は、明らかに確信犯だ。
どうやらあの留花奈よりも、紅緒先輩の方が一枚上手らしい。
この後一緒にお茶しようと誘われ、特に何の用事もなかったので、その誘いに乗ることにする。
連れて行かれたのは、喫茶店の個室だった。
ムードのある音楽が流れ、香りの高いお茶が運ばれてくる。
新年が明けて後、演劇部では公演をするらしく、先輩はそれについて熱く語って聞かせてくれた。
「先輩は、本当に演劇が好きなんですね」
「好きというのは間違ってはいないけれど、ワタシには目標があるからね。流星の降り注ぐ夜に、星降祭で主役を演じて、扉を開けるのがワタシの夢なんだ」
お茶を飲んで一息ついてから、先輩はそう口にした。
星降祭の劇は、このギャルゲーの核となる部分だ。
その劇の主役になって、攻略対象と一緒にこの学園にある扉を開けることこそ、このゲームの目的だったりする。
「でも、先輩ってその時には卒業してますよね?」
ゲーム内で流星が降り注ぐのは、主人公が高校三年生になった時だ。一つ年上の紅緒先輩はもう卒業してしまっている。
「高等部に入ったら、一年留学して学年を下げるつもりでいるんだ」
「どうしてそこまでして、その劇にこだわるんですか?」
当然の私の疑問に、紅緒先輩は優しく笑った。
「アユムは『ウサギ』を知ってるだろう? ワタシはあれを扉の向こうへ返してあげたいんだ」
扉の向こう側の世界からやってきて、帰れなくなってしまった『ウサギ』の話は、私も知っていた。
学園に出没するオバケとして有名であり、実はその正体は私の友達でもあるマシロだったりする。
先輩のいう『ウサギ』というのは、先輩の親戚でもあるマシロの事なんだろうか。
それとも、お話の中に出てくる『ウサギ』そのものなんだろうか。
そんな事を考えていたら、左の手首を強く握られた。
「ねぇアユム。どうして、ウサギとお揃いのブレスレットをつけているの?」
その冷ややかな声に、冷水を浴びせられたような気がした。
痛みに顔をしかめながら先輩を見れば、表情が消えていた。
奥の見えない暗い瞳で私を見つめてくる。
「ウサギとどこで出会ったの? この前会った時はつけてなかったけど、コレはウサギ自身のものじゃなくて新しいヤツだよね。ウサギがワタシ以外の誰かにブレスレットを作るなんて、初めてだよ。アユムは一体ウサギの何なの? ウサギはどこにいるの?」
身を乗り出してきた先輩に、質問攻めにされる。
いつもの紅緒先輩じゃなくて、怖かった。
「……離してください。痛いです」
「あぁ、悪かったね」
私がそういうと、先輩は少し我に返ったようで、手を離して席に座りなおす。
けれど、私を見る目は剣呑な光を帯びていた。
紅緒先輩の言う『ウサギ』はマシロで間違いないようだ。
マシロに知り合った事を話した時、自分の事は紅緒に言うなと言われたことを思い出す。
学園長の孫であるマシロと、学園長の養子である紅緒先輩には、なにやら因縁めいたものがあるようだった。
「それで、ウサギの事話してくれるんだよね?」
マシロに口止めされている以上、話したくはなかったのだけど、紅緒先輩はこのまま私を帰してくれるつもりもなさそうだった。
今思うと、パートナー申請の紙を出す時、紅緒先輩が私の手元をじっと見ていたのは、マシロのブレスレットに気づいたからなんだろう。
それで問い詰めるために、私をここに連れてきたようだ。
誤魔化しても無駄だと思い、私はマシロとの事を話した。
偶然に音楽室で出会ったこと、マシロの暗示が私には効かなかった事。
ゲームの趣味があって、仲良くなったこと。
私自身の事情や、学園の隠し部屋のことは伏せて、先輩に打ち明ける。
話終わる頃には、先輩はいつもの先輩に戻っていた。
「ごめんね熱くなっちゃって。どうしてもウサギ――マシロの事となると、あぁなっちゃうんだ」
「それはもういいですけど、先輩とマシロの関係って一体何なんですか?」
謝る先輩に、気になっていたことを尋ねる。
「実はマシロがワタシを扉の前で見つけて、拾ってくれたんだよ。小さい頃からずっと一緒で、育ての親みたいなものだった。なのに、ワタシを遠くにやろうとするし、こっちに帰ってきてからも一度も会ってないんだ」
大人っぽい先輩が、拗ねた子供のような口調でそう言う。
マシロと先輩の関係はなんとなくわかったけれど、私には一つわからない事があった。
「お話にでてくるウサギって、マシロと同一人物なんですか?」
そんなファンタジーな話あるんだろうかと思いながらも、尋ねてみる。
「そうだよ。扉の向こう側から来た者で、扉の番人。そこはマシロから聞いてなかったんだ? ワタシは扉を開けようと決めた時点で、マシロに避けられちゃってるんだ」
あっさりと紅緒先輩は肯定してしまう。
マシロはやっぱり私の思ったとおり、ゲームのキーになるキャラクターだったらしい。
扉の番人だから、扉を開けて元の世界に帰ろうとしている私に「味方にはなれない」と言ったんだろう。
それでも友達でいようとしてくれて、いつもあんな複雑な顔をしていたんだなと思ったら、なんだか久々にマシロに会いたくなった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
コサージュのお返しとして、理留がダリアの花を私のポケットに挿す。
クリスマスパーティ当日。
理留をエスコートしながら入った大広間には、シャンデリアの光が輝いて、色とりどりのドレスに身を包んだ生徒たちがいた。
何度か体験しているのに、やっぱりこの空間には慣れない。
「きょろきょろしませんことよ。そろそろワタクシたちの番なのですから」
音楽が始まり、ステップを踏むのだけど、正直久々すぎてあまり覚えてなかった。
「こうだっけ?」
「ちょっと早すぎますわ!」
体を動かすのが得意ではない理留は、かなり戸惑っているようで、私の足を踏みつけては焦って、また足を踏むという悪循環に陥る。
最終的には笑いがこみ上げてきて、でたらめに二人で踊った。
「もうアユムは無茶苦茶ですわね。ワタクシあんな無作法なダンスはしたことありませんのよ」
「ごめんごめん!」
理留と二人で休憩しながら、他の人たちのダンスを見る。
すると皆のざわつきの中、紅緒先輩が姿を現した。
髪を後ろで束ね、物語に出てくる王子様のような格好をしている。凜としていてどこか艶があり、並の男子よりも男らしくみえた。
エスコートされて現れたのは、留花奈。
ただし、目印のツインテールを解き、化粧をほどこしている。
お姫様のような豪華なドレスを着た留花奈は、普段より大人っぽく色気が漂っていた。
まるで別人のような姿に、誰もが留花奈だとは思わないようで、周りの子たちがあれは誰だと騒ぎ始める。
「あの子、なんであんな格好で!」
理留には、あれが留花奈だとわかるらしかった。
さすが双子だなぁと感心している間に、二人はそのまま皆の視線を引き付けて踊りだす。
優雅で見るものを魅了するダンスに、終わって後には拍手が鳴り響いて。
べストカップル賞は、みごと紅緒先輩と留花奈のぺアが受賞し、クリスマスパーティは幕を閉じた。




