【21】七不思議の七番目
「もしかして、うちにある七不思議って全部マシロ先輩のせいですか」
寝る直前になって、マシロに尋ねてみる。
まず一つ目。学園のお化けであるウサギの正体は、間違いなくマシロだ。
白髪に赤い瞳。
しかもこれは、他のヒロインたちの髪色と違って、私にだけ見えているものではないみたいだ。
二つ目。夜中に理科室で骸骨が怪しげな薬を作っているという噂。
それはきっと、ラーメンを食べるためのお湯をビーカーで沸騰させているマシロだ。
髪が白いから、ビビッている子の目には骸骨に見えたのかもしれない。
三つ目。プールにでる女の幽霊は、マシロが腹ごなしの運動をしてるだけ。
四つ目。誰もいない音楽室のピアノ。
音楽室のドアを閉め忘れたマシロが気分転換にピアノを弾いて、生徒がきたら隠し通路に身を潜めていたんだろうと想像がつく。
五つ目。大鏡の奥に映る人影。
そもそもあの大鏡は隠し通路と廊下を隔てるマジックミラーで、スイッチひとつでガラスになる。
ちょっとした悪戯でマシロが設置したらしい。
誰かがこちらを覗いてきた瞬間に、ガラスにすると面白いのだと言っていた。
六つ目。家庭科室近くの男子トイレにでるハナオさん。
家庭科室近くの男子トイレに隠し通路の一つが繋がっていて、そこから出たマシロがうっかり返事をしただけ。
七つ目は、聞いたら大変なことになるって前世で聞いたことがあったから、吉岡くんが言う前に逃げたんでわからない。
けど、これもどうせマシロ絡みなんだろう。
「なんでお化けのふりをしてるんですか」
「別に最初からお化けのフリをしていたわけじゃないぞ。勝手にあっちがお化け扱いしたんだ。それに、途中でお化けってことにしておけば、あまり学園にいても詮索されないことに気づいたんだ。いても不自然じゃないだろう」
そこにいるのが不自然だからお化けだと思うのだけど、マシロは少し感覚がずれているらしかった。
素晴らしいアイディアだと思っているふしさえある。
真相を知ってしまえば、なんてことはない。
いや、大したことではあるのだけど、怖い話なんて大抵こんなものだ。
なんだか気が抜けた気がした。これで今日はゆっくりと寝られそうだった。
そう思ったんだけど、そうでもなかった。
ベッドは部屋に一つしかなく、必然的にマシロとくっついて寝ることになる。
しかもマシロは全裸だった。
「服ちゃんと着てくださいっ!」
「なんだ男同士なんだし、恥ずかしがることもないだろう。寝るときはこっちの方が楽だし、お前も脱いでいいぞ」
「脱ぎません! ボクのふんどしに手をかけないで下さい!」
せめて下は着てくれと頼み込んで、どうにかパンツだけは履いてもらった。
もちろん私は裸にはならない。
ベッドで二人とも裸とか、色んな意味でアウトだ。
マシロの顔が近い。睫毛が長い。
クーラーのついた室内は少し肌寒くて、薄いシーツのようなものを被っているのだけど、そこから覗く胸板が規則正しく動いている。
薄く筋肉の張った胸板は、プールの時にも見たはずなのに全く見慣れない。
心臓の音がうるさくて、この距離だと聞こえてしまわないか心配になる。
なのでくるっと回転してマシロのいない方を向くと、ベッドの端の端に移動した。
自分は男で、子供で。
だからマシロも意識してないのに、こっちが意識しすぎるのは変だ。
落ち着け私。全然問題ない。そうだコレを兄だと思えばいいんだ。
密かに深呼吸する。いい香りがマシロからした。
駄目だ。緊張して眠れそうにない。
前世の私は男に縁がなかった。
興味がなかったってわけじゃないけど、友達と遊んでる方が楽しくて恋愛ごとには疎かった。
イケメンなんてさらに縁がない。
こんなシチュエーション想定してなかった。
「眠れないのか?」
「え、えぇまぁ」
「もしかして人の部屋に泊まるのは初めてか」
「そうでもないんですけど」
宗介の家になら、何度も泊まったことがある。
宗介のベッドの横に布団を敷いて、おしゃべりしてるうちに、いつの間にか眠っているのがパターンだ。
同じイケメンでも、宗介は子供だし、幼馴染ということもあってか意識は全くしない。
もはや身内のようなもので、兄弟のような関係だ。
ふいにぴとっとマシロが体を近づけてくる。
「うわぁぁっ!」
「なんだ傷つくじゃないか。ベッドの端によりすぎてる。もっとこっちにくっつけ」
ぐいっと体を引き寄せられる。背中にマシロの体温があった。
自分が子供のせいか、大きく感じる。というか、私の胸の上にマシロの手が置かれていた。
――むっ、胸触られてるっ!
どうしよう、女とばれてしまった? いやでも最初から女と隠してるわけでもないし、でもこれってどうなんだ。
内心焦ったところで、くるりとマシロの方を向かせられ、顔を覗き込まれた。
「ん? アユムお前・・・・・・」
「ななな、何ですか?」
ドキドキとする胸の上に、そっと手を置かれた。
「心臓の音凄いな、緊張してるのか」
くすくすとマシロが笑う。
一瞬女とばれたかもと思ったけれど、まだ胸の起伏もあったもんじゃないので、その心配は全くいらなかったようだった。
「しかたないじゃないですか。学校に泊まるなんて、初めてなんですから」
「まぁそれもそうか。もしかして、お化けがでたらなんてビクビクしてたりするのかな?」
からかうようにマシロは言ってきた。
「そんなわけないじゃないですか。お化けは目の前にいるんだし」
「ははっ、確かにそうだな」
マシロは何だかとても楽しそうだった。
「そういえば気になっていたことが一つあるんだが。なんでアユムは音楽室に来たんだ? 音楽室のお化けでも見にきてたのか?」
お化けという単語で思い出したのか、マシロが尋ねてくる。
「あっ、そうだった」
言われて私は、楽譜を渡すよう頼まれたことを思い出した。
電気を付けて、肩掛け鞄の中から宿題にまぎれていた楽譜を取り出し、マシロに手渡す。
「楽譜? なんでぼくにこれを?」
マシロは首を傾げた。
「声楽部の顧問の先生に頼まれたんです。音楽室に生徒が待ってるから渡して欲しいって」
「・・・・・・ぼくは声楽部じゃないぞ」
「そうなんですか? じゃあ、別の生徒のものなのかも」
よくよく考えるとマシロは初等部の生徒ですらない。
そうなると、この楽譜をいったんあの先生に返さなきゃなぁ。
お団子頭が特徴的な若い女の先生だったけど、何年生を担当している音楽の先生なんだろうか。
「いや、そもそも声楽部はこの学園にない」
「えっ?」
衝撃的なマシロの一言に、私の思考が一瞬停止する。
「正確には二十年ほど前にはあったらしいが、顧問の先生が楽譜を生徒に持っていく途中で、階段から足を踏み外してな。彼女が亡くなって、部も消滅してしまったらしい」
「い、いやだなマシロ先輩。驚かさないでくださいよ。きっとボク、声楽部と合唱部を勘違いしたんですよ」
「ちなみに合唱部の顧問は、全学部とも年輩の男性だ。アユムが見たのは、お団子頭の若い女の先生じゃなかったか?」
さーっと血の気が引いた。
「あとな、この楽譜なんだが」
紙の端をつまんで、マシロが引きはがす。
楽譜は何かで接着されているらしく、開いた断面はべっとりと赤かった。
「・・・・・・血だらけだ」
私は気を失った。




