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【41】未来と約束の証しと

 宗介と初めての旅行。

 父さんや母さんにはすでに了解をとってくれてるらしくて、わくわくしながら電車に乗り込んだ。

 今日は移動だけなので、服はいつもとそう変わらない。

 でも、カツラとコンタクトは装着しているので、周りからは女の子に見えているはずだ。


 夕方に家を出たけれど、ホテルにつけばもう夜だった。

 その日はすぐに眠ろうという話になる。

 明日は朝早くから、宗介が遊園地に連れて行ってくれるらしい。


「それにしてもよくこんないい部屋とれたね?」

「クロエのつてなんだ。いつも迷惑かけられている分、こういう時くらい有効に使わせてもらわないとね」

 窓の外には夜景が見える。反射する窓ガラス越しに宗介に尋ねれば、そう言って笑った。クロエの彼女の一人が、このホテルのオーナだという事だ。


「クロエって……一体何者なの」

「ロクでもない力を持つ、ロクでもない悪魔みたいなものを想像してくれたら、大体当たってると思うよ? 甘い言葉を囁いて、人の運命をかき回すのが大好きな奴だから」


 少し呆れて口にすれば、宗介はそんなことを言う。

 悪魔という言葉を聞いて、修学旅行の時のことを思い出す。

 背中から黒い翼が生えたクロエ。

 あれは悪魔と言われても信じてしまいそうなほどに、よく似合っていた。


「そんなことより、先にお風呂入っておいでよ」

「うん、わかった」

 宗介に促されて、風呂に入る。

 カツラのせいで髪が蒸れてしまっていて、冷たい水が心地よかった。


 髪を隠せば『周りに男として認識される力』は働かない。

 染めたらどうなるんだろうと、ふとそんなことを考える。

 それで力がなくなるのなら、そっちの方が楽でいい。

 そんな事を考えながら風呂から上がって、ベッドに倒れこむ。


 家のベッドと違って広い。

 大の字になっても問題なくて、ごろごろと転がれる。

 そして気付く。

 あれ、この部屋ベッド一つしかないよと。


 旅行に行く前に覚悟しといてと言われたことを、今更思い出す。

 行き先が遊園地だと聞いて、すっかり頭からそれが抜けていた。

 緊張感がなさすぎるとはこの事だ。


 旅行中は恋人として扱う、なんて宗介は言ってたけど。

 それってそういう……意味だったりするんだろうか。

 何となく察してはいたけれど、ドキドキと今更心臓がうるさくなる。


「あれ、アユム。先寝ててよかったのに」

「えっあっ、そうだよね!?」

 思わず声が裏返る。

 考え込んでいる間に、風呂から上がってきたみたいだ。

 風呂上りの宗介なんて見慣れているはずなのに。

 水滴が滴る鎖骨だとか、濡れてしっとりとした髪に男っぽい色気を感じてしまう。


 そうだよ、宗介明日早いから今日はすぐ寝ようって言ってたし。

 何も考えることはなかった。

 いつも通りにすればいいんだ。

 ちょっと赤くなってしまったのが自意識過剰みたいで恥ずかしくて、ベッドにもぐりこむ。


「お休み、宗介。明日は楽しみだね!」

 意識してしまってるのを隠すように明るい声で言ってから、ベッドの左端に陣取る。

 これ今日眠れるかなとそんな事を思いながら、宗介が寝る側と反対に体を向けて目を閉じる。


 宗介が灯りをオレンジの弱いものへ変える。

 それからベッドがかすかに揺れて、衣擦れの音がした。

 明日早いんだし、早く寝なきゃと言い聞かせるたびに、頭の中が冴えていく。


「アユム、もっとこっち寄ってきていいよ? そんなに端だと、朝になってベッドから落ちちゃうと思うから」

「あっ、うん。そうだよね!」

 寝返りを打てば宗介と顔を見合わせてしまうような気がして、背を向けたまま少しだけ宗介の方へ寄った。


 ぎしっとベッドが軋む音がして。

 宗介がこっちへ近づいてくる気配に、ぎゅっと目を閉じる。

 後ろから抱きつかれ、背に頭を宗介が押し付けてくるのがわかった。


「アユムの心臓の音、凄いね」

「……っ、それは!」

 何か言い訳をしようと振り返れば、宗介に体をつかまれてこっちを向かされる。

 薄くオレンジの光が部屋には灯っていて、至近距離だと表情がちゃんと見える。

 宗介は少し意地悪で、それでいて嬉しそうな顔をしていた。


 私の手を、宗介が自分の胸に導く。

 トクトクと鳴る心臓の音は早い。


「ほら、俺と同じ。今までは俺だけがこうで、それが寂しかった」

「それっていつから……?」

 尋ねれば少し宗介は考え込む。


「ドキドキするようになったのは、アユムが女の子かもしれないってわかってからかな。でも、アユムと一緒にいて幸せを感じてるのは俺だけなのかなって、そんな風はずっと思ってた。アユムが俺と同じ気持ちだったら、なんて思ったことは昔から何度もあるよ」

 だから今がとても幸せなんだと、宗介は言って。

 顔が近づいてきたから、キスをされるのかと目を閉じれば、優しく額に口付けてくる。


「おやすみアユム。旅行はまだ長いし明日は遊園地だから、早く寝なきゃね?」

 まるであやすように、宗介がそんな事を言う。

 お預けだよというように笑うその顔に、なんだかしてやられたような気持ちになった。

 


●●●●●●●●●●●


「宗介、早く早く! 急がないと全部周りきれないよ!」

「わかったから、アユム落ち着いて!」

 朝から宗介と二人、遊園地を巡る。

 以前宗介の育ての親である山吹やまぶき夫妻と行った、思い出の遊園地。

 一番最初に乗る乗り物を、私は最初から決めていた。


 あの時背丈の関係で乗れなかった、ジェットコースター。

 身長制限をらくらくクリアして、つい嬉しくなって隣を見れば宗介が笑い出す。

「ちょっと宗介、なんで笑うの!」

「ははっ、だって今アユム、どうだ止められなかったぞって顔したでしょ? もう大人なんだから、あたり前なのに」

 言われればそうなのだけれど、あの時の無念をようやく晴らせて、つい喜んでしまったのだからしかたない。


「あの時は、背が足りないからって厚底して。帽子にも詰め物して、さらにカツラに詰め物してたよね」

 帽子を指摘されても、カツラに詰め物をしていることまではばれないだろう。

 そういう二段構えだったのだけれど、あっさりとばれた。

 あの日初めて、宗介が爆笑してるのを見たんだよねとそんなことを思い出す。

 宗介は相当あの出来事がツボだったのか、今も思い出して笑えるようだ。

 

「今回もカツラはしてるけど、詰め物はしてないから!」

「誰も疑ってないよ。でもジェットコースターでカツラだと、風で飛ばされそうだよね……って、すっかりそのこと忘れてた!」

 ムキになって言う私に、宗介はそう口にしてしまったという顔をする。


「カツラが取れると、男だってばれちゃうね」

 宗介に言われてはっとする。

 旅行中は女の子でという約束があって、今日はキャロットスカートに可愛らしい襟をしたシャツを着ていた。

 私の『周りに男として認識される力』は強力。

 カツラが外れた瞬間、女装した男に周りからは思われてしまうだろう。


「どうする、アユム?」

「カツラを押さえながら乗るに決まってるよ!」

 ここまで来て、大好きなジェットコースターに乗らないという選択肢はない。

 悩む事なく答えた私に、宗介はそうこなくっちゃと言うように笑った。



●●●●●●●●●●●

 

 遊園地を堪能したり、近くの街を巡ったり。

 遊びつかれた日にはただホテルでまったりして過ごした。

 一週間は楽しくてあっという間で。

 恋人扱いすると宣言したとおり、宗介は私を女の子扱いしてくれた。


 外でも手を繋いで歩いて、一緒に遊んで。

 言葉にすると幼い頃と何も変わらないような気がしたけれど、私を見る宗介の視線がとびきり甘い。

 その度にむず痒いような気持ちになるけれど、幸せだと思った。


「ねぇアユム。これ、受け取って?」

 最終日、二人でホテルのバルコニーで涼んでいたら、宗介が小箱を差し出してきた。

「プレゼントまで用意してくれてたの? この旅行だけで十分なのに」

 かなりお金を使わせてしまってるんじゃないかと不安になる。

 私も出すと言ったのだけれど、宗介はこの日のために溜めてきたんだからと譲ってはくれなかった。


 ならばと、ありがたく受け取って。

 精一杯楽しむのが、宗介の気持ちに答えることだと旅行を私は堪能していた。


「俺がしたいからしてるんだ。それに、このプレゼントには見返りがあるから」

 宗介が、小箱を開ける。

 そこには指輪があった。

 飾りは小さな石一つの、シンプルなものだった。


「宗介、これ」

「アユムに受け取って欲しいんだ。今は安物しか用意できなくて悪いけど……俺はアユムの未来が欲しい」

 真っ直ぐな声で、宗介が言う。


 嬉しい、と素直に思う。

 でも同時に思うのは、こんな自分が宗介の将来を貰っていいのかということだ。


「でも宗介、ボクは男ってことになってるんだよ?」

 恋人同士というだけでも十分な贅沢だ。

 それより先の未来ということは、つまりはそういうことなんだろうと思う。


「それなら問題はないんだ。この学園を卒業したら、アユムは女の子になるから」

「それは……どういう事?」

「アユムにかけられている『周りに男と認識させる力』は、アユムが巻き込まれているゲームが終了すれば消えるんだよ」

 宗介の問いに首を傾げれば、ゆっくりと答えてくれる。


「元の世界でのあゆむは女の子で、この世界の今野アユムは男。アユムにかけられてた呪いみたいな力は、その矛盾を補うためにかけられていた術なんだ。アユムが資格を持つ女の子を選んで、扉を開けやすいようにするための力なんだよ」

 だから学園を卒業したと同時に、その力は役目を終える。

 宗介はそう口にした。


 この世界はそもそも私の兄が元の世界でやっていた『そのドアの向こう側』というギャルゲーによく似た世界。

 ギャルゲーは女の子を恋に落とすゲーム。

 男の主人公であるアユムのお相手として、一緒に扉を開けることができる相手は当然のように女の子だった。


 主人公としてこの世界に降り立った私が女のままで、攻略対象も女の子だと、ギャルゲーというよりもはや別のゲームだ。

 ゲームをスムーズに進行するための力だと言われれば、納得がいった。


「待って、そうなったらどうなるの? ゲームが終われば……今野アユムはずっと男だったのに、いきなり女になるの?」

 周りが混乱するんじゃないか。

 そもそもどうして、宗介がそんなことを知っているのか。

 戸惑う私の不安を取り除くように、宗介は優しく笑いかけてくる。


「心配はいらないよ。アユムは男だったけど、女に性別が変わってしまった。そういう体質だったってことにするから。クロエやマシロが暗示を使って協力してくれるから、多少の混乱はあると思うけど大丈夫」

 すでに話はついているというように、宗介は言う。


「アユムは薄々感づいてるかも知れないけど、あの二人は人間じゃないんだ。アユムをこの世界に連れ込んだ奴の関係者なんだよ。だから、色んな事に融通が効く」

「宗介は……どこまでその事情を知ってるの?」

 思わず尋ねれば、少しの間の後で今話したことで全部だよと宗介は言う。

 全てはクロエが宗介に話したことのようだった。


「クロエは今の俺に対して協力的なんだ。あいつは面白いことが好きだから、俺が今からしようとしてることに期待して、楽しみにしてる」

 宗介は嫌悪すら混じる口調で吐き捨てる。

「あいつを楽しませるのは癪だけど……アユムの側にいられるなら、利用するものは何だって利用するよ」

 低い声で呟いた宗介の顔は、ぞくりとするほどに冷たく見えて。

 一瞬、これは私が知っている宗介なのかと戸惑った。


「ねぇアユム、受け取ってくれないかな? アユムを幸せにする……なんて俺には言えないし、やっぱり不幸に巻き込んでしまうと思う。でもアユムが側にいれば、俺は間違いなく幸せだから」

 さっきのは見間違いだと思えるほどの、甘く優しい瞳で見つめられる。

 懇願する言葉は、強く私を求めていて。

 差し出された指輪が、私の薬指を待っていた。


 旅行に誘ったり、強気に迫ったり。

 そんなことをする癖に、肝心なところで宗介は弱気だ。

 でもそういうところが宗介らしくて、思わず笑みがこぼれる。


「最初の時に言ったでしょ。宗介が側にいるよりも、いない方がボクは不幸になるんだって。宗介が側にいないこと以上の不幸なんてないよ」

 遠まわしな返事に、まだ宗介は不安そうにしてる。


「つまりは、宗介が側にいればボクも幸せだってこと!」

 そう言って手を差し出す。

 物凄く照れくさいのに、宗介ときたらまだポカンとしてる。


 断られる可能性も頭の中にあったんだろうか。

 だとしたら、後で叱っておかなくちゃいけないと思う。

 私がどれだけ、宗介を好きなのか。

 宗介は全くわかってない。


「指輪、つけてくれるんでしょ?」

「……うん!」

 言えば今にも泣きそうな笑い顔で、宗介が頷く。

 私の指に銀の指輪がはまる。

 夜空を指の隙間から見るように翳せば、特別に輝いて見える。


 約束の証。

 そう思うと、たまらなく嬉しい。


「ありがと、宗介」

 高くなったテンションのまま、ぐっと宗介の手を引いてその勢いで口にキスをする。

「あ、アユムっ!?」

「そろそろ冷えるから先部屋に戻るね!」

 滅多に見れない宗介の動揺した顔。

 それを一瞬で目に焼き付けて、足早にホテルの部屋に戻る。


 自分からなんて、初めてだったような気もする。

 ベッドにもぐりこみ、自分がしたことの大胆さに悶えて。

 戸惑っていた宗介の顔を思い出しながら、指輪ごとぎゅっと手を握り締める。


 これからもずっと宗介と一緒だ。

 そう思うと、くすぐったくて幸せな気分になった。



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★高等部3年夏


●原作ギャルゲーとの違い

1)特になし。


●ルートA(マシロ編)との違い(92話相当)

1)夏休みに宗介と旅行に行き、指輪を貰っている。

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