22.舌先に触れた涙は甘い
「ヘリィ……!何で如何して……私を置いていかないで。
ヘリィ、私……あなたがいなきゃ生きていけない。
お願いよぅ……ひとりにしないで」
冷たい……凍った人形に縋り、泣き続けるメリー。
狂ったように叫び続ける。
狂っているのは私か、それとも全人類か。
「メリー……アルガンの所に行こう」
黒い声に彼女はそっと顔を上げる。
エミィと、そう……死んだ人形と同じように呟きながら。
憎らしいあの満月は今赤く染まっている。
……さあ、狂喜に狂いし晩餐もいよいよ終焉だ。
*
行倒れ、赤く染まり果てる馬を置いて、ただただ走り続ける。
呪われた死神の元へ。
死神ならば、人間の生を操ることの出来る悪魔なら、きっとヘリィを生き返すことも可能なはず。
微かな希望は絶望へと化することなんてとっくの昔に知った。
だけど、きっと今なら神を信じられる。
哀れな私たちに希望をくれる。
「エミィ……?ヘリィは、助かるの?」
「分からない。
今はアルガンを探しましょう。
ヘリィには……まだ聞かなきゃいけないことも残ってる」
そうだ、私はまだヘリィにアイツという名の悪魔の正体を何一つ聞かされていない。
カオスの死が憎いのなら、戦争が憎いのなら、私という悪魔が憎いのなら。
アイツに天罰を下すのだ。
黒く黒く、どこまでも渦巻くこの感情を抑えることはもはや不可能。
……さようなら、あの頃の私よ。
馬鹿で、単純で、蒼かった頃の、あの日々を思い出すことは大罪者にとっては罪その物なのだから。
「エミィまで、死なないで」
「え?」
「ヘリィがあの事を秘密にしてたのは、あなたを守るため。
最後の希望のあなたを、私もヘリィも失いたくなかったから。
だからお願い。ぜったい死なないで。
今ここで誓って。じゃなきゃ……ここは通させない」
直ぐ其処に広がるのは何も見えないただただ白い霧。
その正面に、大きく両腕を広げ私から目を離さないメリーの姿。
「如何して……如何して邪魔するの」
「エミィを守るため」
「何も分からないの、如何して私がそこまで守られなくてはならない状況なのか、
死に直面しているのか」
「それは……今は言えない」
「なら通してちょうだい」
「ムリよ、誓って」
断固して通させない彼女。
だから小さな子と話すのは苦手なのだ。
だからといって見くびれない彼女の態度に動揺する。
「分かった、誓うわ。だからそこを通して、お願い」
広げていた両腕を下げ、後ろを向くメリー。
彼女は魔女ではない、勿論魔術も使えない。
これではアルガンを呼び出すにはかなりの手間が掛かるようだ。
そっと胸に手を当てる。
きっと、私の中で生きているヘリィが教えてくれるはず。
じっと祈り続け、頭の中が白く霧に侵食されてきた頃。
指が動き、魔方陣のような円を描き始める。
これが魔力だと気づいた時、後ろからクククと不気味な哂い声が聞こえた。




