第10章 第7話 ブラックエリアの死闘 桃香VSナガレ
『桃香!早く賭場に来い!』
(ハンター?急いだほうが良さそうだね…)
アナザーアースにログインしていた桃香は、ハンターからのメッセージを確認した。この日の鼎は探偵として依頼を受けて、アーティストのスキャンダルについて調査していた。
(鼎サンは来れないから…ボクだけで行くしかないね)
ーー
(うわっ…思ったより荒らされてるな)
元からチンピラ同士の喧嘩が絶えないブラックエリアだが、今回は今までとは違う壊され方をしていた。建物そのものが破壊されている箇所も多く、ただの喧嘩による規模ではない。
(賭場も無事じゃなさそうだな)
ーー
「おーいお前らー生きてるー!」
「遅えよ!」
「何があったのー?恨みでも買ったー?」
「それが分かんねえ…この前ストリートで爆破テロしてた奴らが急にこの辺りを壊し始めたんだ」
既に何度も建て直している賭場だったが、今回も建物がほぼ完全に破壊されていた。だが桃香の部下である賭場の男達は必死に抵抗していた。
「みんなよく頑張ったね。取り敢えず反撃を開始しよう!」
「言われなくても!」
桃香の指示に合わせて、賭場の男達は攻勢に出始める。テロ組織の構成員達は少し驚いていたが、隊列は乱れない。
「チンピラ達の動きが変わった。注意してね」
「了解しました」
テロ組織側の指揮官であるナガレも、油断せずに的確な指示を出していた。彼女は目の前の賭場の構成員の殲滅に集中していた。
「アイツらがここを集中的に狙っている理由、心当たりない?」
「分かんねえ…テメェが恨み買ってるからじゃね?」
「恨み買った覚えは無いけど、ボクが優秀だからかな?」
「余裕こいてる場合じゃねえだろ」
ハンターの言う通り、賭場の跡は包囲されていてテロ組織に隙は無い。血の気が多い賭場のチンピラ達はイライラしながら、攻勢に転じるタイミングを待っていた。
「まだ耐えてね〜逆転のチャンスは来るはずだから…」
「いつまで耐えりゃいいんだ…ってあのガキは!」
テロ組織の指揮官を最初に見つけたのはハンターだった。彼もナガレと戦った事があり、その時は負けてしまった。
「アイツは…前にも賭場を襲撃した奴だ!今度こそぶちのめしてやる!」
「ちょっとハンター落ち着いて!」
ナガレの姿を確認したハンターは、彼女を撃破する為に瓦礫の陰から走り出した。かなり迂闊だが彼の身体能力は高く、敵の銃弾を喰らう事はない。
「飛び出してきた奴がいます!」
「あいつ…覚えている様な覚えてない様な…」
ナガレは以前戦ったハンターの事をちゃんと覚えていなかった。ナガレは特に動揺する事もなく、淡々と指示を出し続けた。
「この調子で行けば賭場の連中も始末でき…」
「後方から襲撃です!」
ナガレ達の後方に現れたのは、他のブラックエリアのユーザーだった。ナガレは素早く攻撃を回避しながら、敵の素性を探ろうとした。
「賭場の奴らの仲間か…?!」
「違う!ブラックエリアの他の勢力みたいだよ!」
テロ組織の背後から襲いかかって来たのは、ブラックエリアの他の勢力だった。彼らの統制は取れておらず賭場のチンピラを攻撃したり同士討ちしたりしていた。
「奴らも連携出来てない…?」
「乱戦に突入したよ!味方を撃たない様に注意して!」
混乱を極める戦場の中でも、桃香とナガレは冷静に状況判断をしていた。桃香は素早くナガレの死角に入り、彼女の様子を観察した。
「おらっ!くたばれっ!」
「ホント乱暴な人…」
邪魔になっていたガトリングガンを捨てたナガレは、ハンターが振るう刀を表情を変えずに回避していた。彼女の腰にはまだ拳銃があり、反撃可能な状態だった。
(ハンターに気を取られている今なら!)
「きゃっ!?」
桃香はナガレの真後ろから襲い掛かり、地面に倒して額に銃を突きつけた。彼女は立ち上がろうとするが、ハンターがナガレの首にナイフを突きつける。
「ハンターはそのまま、ナガレちゃん…君には聞きたい事がたっぷりあるんだけど…」
「…何?」
ナガレは銃とナイフを突きつけられても、怯える様子を見せなかった。アナザーアースで傷つけられても死なないが、痛みに対する恐怖をほとんど感じていない様だった。
「ペルタって子を誘拐したよね。あの子は無事?」
「そもそもゲームのNPCにされてた時点で、最初から無事じゃない…」
「何で彼女を拐ったの?」
「ステータスが異常値を示していたから、確かめたかったの…アナザーアースでどんな事が起こり得るのか、知らないといけないし…」
「今ペルタはどうしてるの?」
「やりたい実験は終わったから…放置してる。かなり色々したから、精神的なダメージはかなり大きいと思う」
「…彼女をログアウトさせてあげて」
「ユーザーデータはあげる。知り合いに頼めばあの子をログアウトさせる事ができるんじゃない?」
ナガレがそう言った直後、桃香のデバイスがデータを受信した。送られて来たのは間違いなく、ペルタのユーザーデータだった。
「ペルタに何をしたかは聞かないよ。その代わりキミを痛めつける」
「悪いけど、私にそんなんで喜ぶ趣味無いから!」
ナガレは服の内側から取り出した閃光弾を爆発させた。強烈な光によって、その場にいた全員の視界が奪われる。
「くっ…目眩しだ!」
「分かってるよ!ナガレは…」
ナガレは既に姿を消していて、テロ組織も撤退を開始していた。後に残ったのは暴れ回るチンピラ達だけだった。
「そう言えばペルタは…」
「魂は…データはこのデバイスの中に収まったよ」
それはペルタのアバターが、完全に破壊された事を意味していた。それでもユーザーデータは残っているので、現実世界で目覚める可能性はあるはずだ。
「どうする?この争い、収まりそうにねえぞ」
「トンズラするしか…あれは」
テロ組織の撤退と同時にブラックエリアに侵入して来たのは、アナザーアース運営が導入した取り締まりプログラムだった。そのプログラムは次々とブラックエリアのチンピラ達を拘束していく。
「何であんなのがブラックエリアに来てんだよ!」
「取り締まりが強化された…?早く逃げるよ!」
桃香達はすぐにブラックエリアの出口へと向かった。戦闘による消耗もあり、仲間が無事か確認する余裕も無かった。
「みんな無事!?…あれ」
ストリートに出た桃香は周囲を確認したが、仲間は誰もいなかった。チンピラ達が彼女の後を追って、ストリートに現れる事もない。
(ハンター達は…捕まった、のか)
桃香はハンター達と連絡を取ろうとしたが、メッセージを送っても既読にならない。どうやら彼らはアカウントを凍結されてしまったみたいだ。
桃香は仕方なくログアウトして、現実世界に帰った。




