史実編 40話

美濃に進軍した東軍は、瞬く間に織田勢を破り、岐阜城へと雪崩れ込んだ。

城主・織田秀信は自害すると言い出し、信澄は池田輝政と共に説得に赴いた。

「三郎様、お久しゅうございます」

元主君を前に、信澄も輝政も、敗軍の将たる秀信に平伏した。

「御二方にわざわざお越しいただくとは……。此度の敗戦、全ては私の不徳の致すところ。腹を斬る所存ゆえ、配下の命だけはお救いいただきたい」

「腹を斬る必要などございませぬ。内府殿を含め、我ら東軍の多くが総見院（信長）様の御恩に報いようと戦っております。その恩を裏切る真似ができましょうか。どうか生きて、その血を後世に繋いでくだされ」

「されど私は敗軍の将……」

秀信の言葉に、信澄はふと気づいた。敗軍の将としてのその後の処遇を、彼が気にしているのだと。

史実では、彼は高野山に追放され、冷遇されたことを思い出す。

「ならば我が軍に加わり、奉行衆との戦いで手柄を立てられよ」

「なっ、それは……」

その提案に、輝政は思わず困惑の表情を浮かべる。

「されど、治部殿を裏切るような真似は……」

「いや、石田治部のような成り上がり者との絆よりも、我ら織田一門の血縁ではないか？ 奇妙殿（信忠）があの世で嘆いておられるぞ」

「左様。徳川様こそ総見院様の御一門であり、天下を継ぐに相応しいお方。どうか七兵衛（信澄）様に降ってくだされ」

輝政も頭を下げて秀信を説得するが、秀信は依然として悩んでいる。

「やはり私は、治部殿と戦うことはできぬ……。しかし、左衛門尉（織田秀則）を七兵衛殿に付けるゆえ、それで何卒……」

「それでよかろう。戦後の織田家のことは、我らにお任せくだされ」

こうして岐阜織田家は東軍に降伏した。岐阜城の開城を受け、徳川家康は西進を開始する。

一方、大垣に籠る西軍は、岐阜城の降伏を知り、大いに焦りを募らせた。

「なぜ増田や長束は援軍を寄越さぬのだ！ 奴らが味方せよと言ったからこそ、この挙兵に加わったのだぞ！」

石田三成は奉行衆からの書状を握りつぶし、苛立ちをあらわにした。

「まあ、焦るな。宇喜多様と形部がこちらに進軍中とのこと。本隊も間もなく到着しようぞ」

小西行長が宥めるものの、三成の怒りは収まらない。

「そもそも、内府殿に歯向かうなど無謀な話だったのだ！ 加藤主計も動かぬではないか！」

「戦を前に泣き言はお止めなされ。されど福島正則も動かず、岐阜が落ちたとなれば、決戦はこの辺りとなりましょうな……」

島津維新が冷静に指摘すると、小西行長も頷いた。

「うむ……こうなれば、腰抜けどもに代わり、私が指揮を執り、謀反人を討伐するほかあるまい」

内心では不満を抱きながらも、この場を収めるのは自分しかいないと悟った三成は、決意を固めるのだった。