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史実編 35話

前田利家が病に倒れそのまま亡くなると加藤清正・浅野幸長・黒田長政・蜂須賀家政ら朝鮮出兵での不当な処分に反発する諸侯及び福島正則・細川忠興・藤堂高虎・加藤嘉明らの諸将が集まり石田三成とそれに連なる奉行を処分するように訴えた。


これには徳川家康ら応えるしかなく、石田三成は奉行職の任を解かれた上で佐和山城に蟄居させられ、政権から離脱した。


その後三成に変わって大谷吉継が奉行に準ずる立場として政務に参加、また前田利長も大老に加わり新たな政権運営が始まった。


だからと言って、地方大名の信澄の周りで何が変わったことがあった訳では無い。

前田利長らと同時に甲斐に帰国を許され、のんびりと甲府城でほうとうを食べていた。


「利長は秀頼君の傅役の役目を降りたらしいな。まあ今のあの男に天下を二分する力はあるまい」


「ほほほ、申されますな。ならば誰にその力があるとお思いか?」


そう言いながら共に鍋をつつくのは佐久間信盛の嫡男で幼馴染の佐久間信栄。

堀田秀勝らが各地の代官を務める中で信栄のみは信澄の傍で側近として仕えている。


「宇喜多秀家は若く、上杉景勝は遠い。本当の意味での戦国大名と言えば島津義久も残っておるがもう力は無い……やはり恐るべしは毛利輝元よな」


輝元率いる毛利家は一族で180万石もの所領を有している。

家康同様に秀吉と戦って負けた訳ではなく、若い頃に毛利軍との戦いにも参加した信澄はその強さをよく知っていた。


「仮に輝元が毛利元就の戦略・毛利隆元の内政手腕・吉川元春の武勇・小早川隆景の智謀を全て受け継いでいたとしたらどれほど恐ろしい武将であろうか……。ま、我らには関係の無い話ですが」


「そう、どうせ戦うとなっても福島・黒田・細川ら徳川殿に心酔している連中が戦うことになろう。ワシの役目は織田家の血筋を守り抜く事よ」


そんなふうに談笑していると百地三太夫が部屋に入ってきた。


「申し上げます、前田利長に謀反の噂あり。既に一派の浅野長政・土方雄久・大野治長が詰問を受けている模様」


「なっ!」


2人は驚いて立ち上がった。


「しかし孫四郎にそのような度胸があったとは。いやはや驚きましたな」


信栄が感心したように言うが信澄は顔をしかめる。


「いや、孫四郎だけでそのような大それた事をするとは思えぬ。裏に誰かおるのではないか?浅野や大野……こやつらは豊臣家の縁者であろう」


「よもや大坂城内の者が……?」


「うーむ。それよりも前田の一派では無いか?備前中納言と長岡越中……それに加藤清正か……」


「尽く渡海衆ではござらぬか。加藤主計あたりが率先して動いていそうですが」


「聞けば島津領内での反乱も主計が糸を引いておるらしい。主計こそ此度の計画の首謀者と見るべきであろう。孫四郎にそのような知恵も大胆さもない」


「確かに」


が、2人の予想とは全く逆でこれは増田長盛の策謀であって秀頼側近衆を排除する目的だったのだ。


「はっはっはっ!右衛門尉(長盛)のおかげで加賀中納言はこちらに屈したわ。浅弾(長政)もワシには逆らえぬ」


大坂城で薬を調合しながら家康は笑っていた。


「しかしこの調子で政権内での厄介者を排除していって内府様の独裁と諸侯から言われませぬか?」


本多正信が不安げに言う。


「仕方あるまい。政権を安定させるには一旦はワシが取り仕切らなければならなかろう。次は加藤主計か…」


「主計頭が謀反を起こせば面倒な事になる。形部法印(有馬則頼)にこれを防ぐように伝えよ。無論島津にもな」


「そもそも主計殿とはいえそう簡単に上陸できますでしょうか?肥後には小西殿も居られますし」


脇に控える結城秀康が不思議そうに聞く。


「加藤が動くことが問題なのだ。豊前の黒田甲州、肥前の鍋島加賀守は加藤派じゃ。その先の四国なんぞもっと厄介だぞ」


「確かに四国は加藤殿とは馴染みの大名ばかりですが長宗我部と生駒…それに安国寺殿もおられますぞ」


「今の長宗我部には何も期待出来ませんな。生駒単体で他の四国大名には立ち向かえませぬ。安国寺は……」


「毛利はどう出るかまだ分からぬ。一旦はワシの配下に治まったかと思うたが加藤が動けば便乗してくるやもしれぬ」


「このままではまた世が乱れる……何としてもワシが防がねばならぬ」


が、家康の努力も虚しく日ノ本は戦へと突き進んでいくのであった。

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