史実編25話
「なんと書いてあったか?」
清正と正則は2枚持ってきていたので置かれていた片方を森長可が手に取り目を通し始める。
「ふむ……。それ羽柴秀吉は野人の子、もともと馬前の走卒に過ぎず。しかるに、信長公の寵遇を受けて将師にあげられると、その大恩を忘却して、子の信孝公を、その生母や娘と共に虐殺し、今また信雄公に兵を向ける。その大逆無道、目視する能わず、我が主君源家康は、信長公との旧交を思い、信義を重んじて信雄公を助けんとして決起せり……とな。はは、こりゃあ傑作じゃ。のう蜂屋殿」
「はぁ、信孝に関しては殆ど自滅だろう。斯様なくだらなき文に踊らされる筑前では……って」
笑い合う長可と蜂屋頼隆は秀吉の方からタダならぬオーラを感じ怯む。
秀吉の体は小刻みに震え汗がダラダラと流れる。
「このようなガキの悪口に乗せられてはなりませぬぞ。貴殿は総大将にございます」
信澄がそう言って宥めようとするが秀吉の震えは止まらない。
「書いたの誰や……」
「は?」
「書いたのは誰じゃと誰だ言っとるんだ!」
聞き返した加藤清正に秀吉は木板を投げつけて立ち上がる。
「さっ、榊原康政なるものにございます!」
「その榊原を討ち取れ。討ち取ったものに10万石与える。早う首を持ってこい!」
「ふん、それは敵の策よ。お主を怒らせて仕掛けさせるための罠とみた」
「黙れ勝入。偉そうな口を利くならお前が娘婿の羽黒での失態を取り返して来い」
流石は後の天下人、その言葉を受けた池田勝入も黙り込んでしまった。
「暫し策を考える。皆下がっておれ」
こうして険悪なムードのまま軍議は終了した。
その後、秀吉の本陣には秀長、堀秀政が呼び出された。
「ええ事を決めた。ワシにとって厄介なのは徳川でも信雄でもねえ。勝入じゃ」
「確かに、此度も尾張一国で釣りましたが仮に毛利や北条が参戦すればあっさりと寝返りそうですな……」
「そうじゃ小一郎。それにあいつにしろ森長可にしろ扱いづらい。そこで良い策を思い付いた。中入じゃ」
「中入……狙うべきは三河ですかな。しかし家康とて黙っておりますまい。しかしながら勝入や勝蔵がそれを認めるかどうか……」
堀秀政が机上の地図を眺めながら言う。
「そこじゃ。それ故に中入の総大将は孫七郎とし、お主と藤五郎も付ける。そして兵は 2万とする。徳川の軍勢とほぼ同じじゃ」
三好孫七郎信吉は池田恒興の娘婿であり秀吉の甥である。彼を総大将とすれば池田らも納得すると秀吉は踏んだのである。
「では私は適当に戦って孫七郎殿を藤五郎と共に守れば良いのですな。お任せくだされ」
「うむ。早速準備に取り掛かってくれ」
秀吉がそう言うと秀政は頭を下げ陣を出ていった。
残ったのは秀吉と秀長のみだ。
「あれも大概とは思いますが……」
「久太郎はまだ良い。元よりワシの家臣から成り上がったのじゃ。ただし池田と森は織田の重臣。ワシが草履取りの時に言うてきた事は未だ忘れぬ」
「ほう。池田はともかく森長可は子倅ではありませぬか。あれにも色々と言われたのですか」
「まだ4つか5つの倅にサルやネズミと罵られた事……忘れはせぬ。家康や信雄と存分に殺し合い皆死ねば良い」
「ははっ。やはり兄様には叶いませぬわ」
こうして夜は明けていくのだった。




