史実編23話
「殿!急ぎの報せがございます!!」
そう言って百地三太夫が信澄の元に駆け込んできた。
「なんだ、今は出陣の支度で忙しいのだが……」
秀吉の命を受けて信澄は八千の兵を率いて出陣しようとしていた。
「黒井城を蘆田時直が襲撃!占拠された義にございます!」
「なっっ!!」
信澄含め諸将は絶句した。
蘆田時直は赤井直政の弟で野に降っていた。
「それで規模は!?」
「はっ!赤井や波多野の旧臣を併せて三千近くまで膨れ上がっております!」
「兄上、如何致しますか?このままでは羽柴様に内政不和と見られる可能性も……」
「うーむ、仕方あるまい。勝三郎は二千を率いて美濃へ迎え。残りの全軍で蘆田を叩く!」
「ハハッ!」
そう言うと弟の勝三郎が出ていこうとしたところで信澄が思い出したように言う。
「ちょっと待て。堀久に無闇に中入するなと伝えておいてくれ」
「承知致しました。必ずや!」
こうして信澄は軍を半分に分け全速力で黒井城に向かった。
そして秀吉が陣を構える岐阜城に到着した勝三郎は……。
「ふむ……。つまり津田殿はそちらに向かったということか」
「はっ。勝手なことながら丹波は京に近く……」
ダンっっ!
秀吉の左にいた大男が床を叩きつけ一気に場に緊張が走る。
「だからってお前の兄は勝手に軍を離脱させたのか!!」
その大男は勝三郎に顔を近付ける。
更に右にいた男も近づいてきた。
「せっかく殿に昨年に加増して頂いたものを情けないのう」
「もっ、申し訳ありませぬ!!丹波はなかなか難しき土地にて……」
震えながら勝三郎は答える。
「あぁんっ!?よく言ったもんだ!ならばお前じゃなくて日向守が来るのが筋ってもんじゃねえのかっっ!!!」
「相手はかの赤井直正の弟でございます!万全に万全を期すべき相手かと心得えましてにございます!」
「赤井直政ぁぁ?誰だそいつは」
と、大男ふたりが顔を合わせて言う。
「はぁ?」
これには勝三郎も困惑した。
先程まで自分を恐喝していた者達は赤井直政すら知らないのだ。
「市松、虎之助、そこら辺にしておけ。ただバカがバレるだけじゃ」
秀吉がそう言って手を払うと二人は退散する。
「とにかく、おめえの言い分は分かったし日向殿を咎めるつもりは無い。だがしっかりと働いてもらうぞ」
「ははっ!!」
と、何とか許された勝三郎であった。
その頃黒井城は津田勢に完全に包囲されていた。
「これ、以前攻めた時よりも数が多いですぞ。2倍はありまする」
と、元城主の斎藤利宗がボヤく。
「キッついなぁ。細川の援軍でも要請するか?」
「羽柴様の許可を得なくてよろしいので?」
「いちいち許可待ってたら落とせる城も落とせねえよ。あとはひでか……丹波様(羽柴秀勝)も兵を出してくれんかね」
「丹波様は大半を美濃に連れて行かれましたからな。恐らく無理でしょう。ともかく百地を細川の元へ向かわせます。それから勝三郎殿ですが……」
「なんだ、如何した?」
「百地によりますと羽柴の子飼いの確か……市松と虎之助と呼ばれる者にかなり詰められたようで……」
「ああ……確かサ……羽柴殿の子飼いだったな。後で抗議したいところだがそれも受け入れられんだろう。今は耐えるしかない」
はっきり言って、秀吉からしたら信雄が片付いたあとの信澄など邪魔でしかないだろう。いつ難癖をつけて改易させるつもりかも分からない。なので本来なら全軍で黒井城を始末したいところを削って美濃に向かわせたのだが……。
「ちょーっとまずかったかなぁ」
「いっそ蘆田と連携して後ろから秀吉を叩けば……?」
「えっ……?」
「だってそうでしょう。勝三郎様は信長公の弟の信行様のご子息。それに対して農民の出の者が怒鳴るなど無礼極まりない。今、七兵衛様が秀吉を討てば天下も織田家当主も七兵衛様の物でございますぞ?」
「むむっ……。確かになぁ」
この後の本で読んだ歴史上の出来事からしても七兵衛は10年以上、秀吉にいびられ続けないとならない。どこで殺されるかも分からない。
ならいっその事……。
「アホたわけ。左様なことすれば筑前殿に頭を下げてきた意味が無いわ。子飼いの連中の不始末は筑前殿に指導してもらうように俺から頼む。とにかく与一郎と共に蘆田を叩くぞ」
「承知致しました。出過ぎた真似をお許しくださいませ」
そう言って利宗は引き下がる。
その後、細川忠興の援軍を得た津田勢は瞬く間に黒井城を奪還し蘆田時直を討ち取り急いで秀吉の本陣がある犬山城へと向かったのだった。




