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史実編 19話

織田信長の三男、織田信孝は信長の側室の中でも身分の低い側室の子であった。

そのため身分の高い側室の子である織田信忠、信雄と比べれば家中の者からの眼差しは決して良いものでは無かった。

だが彼は初陣すると瞬く間にその武勇を家中に知らしめ、柴田勝家や滝川一益ら武断派の諸将の舌を唸らせた。

そして信雄を超える信望を得た。

その時の彼は人生で最も幸せな瞬間だっただろう。

しかしその幸せはすぐに崩れ去った。


津田信澄の存在である……。

この3つ年上の従兄は謀叛人の子でありながら信長に重用され優れた政治手腕により畿内における信長の右腕とすら言われ、更に武勇も信孝を凌駕するほどの才覚があった。

元々は織田家の当主になっていた可能性すらある人物であり林秀貞、勝家、佐久間信盛ら尾張時代の家臣からは敬われ次世代の織田家を担う堀秀政や森長可らのまとめ役としても彼は慕われていた。


面白くない……。

俺は信長の息子だ……2人の兄よりも遥かに将としての器量はある。

なのに……なのにどうして俺を認めてくれない。

どうして信澄ばかりッッ!

だがそんな彼に転機が訪れた。

あれは1年の前の春のある日。


「三七、お前に四国征伐の大将を任せる。七兵衛、五郎左、蜂屋を率いて長宗我部を仕留めて来い」


方面軍の司令官……兄の信雄も信澄も得られなかった末代までの名誉。

必ずや長宗我部を討つ……そう決心しその日が来た時であった。


「上様が本能寺にてご自害!」


「なっ……!明智めぇぇぇぇぇぇぇッッッ!」


あの時の取り乱しようは今考えれば恥ずかしいものであった。

しかし俺は逃げる兵を抑えることも出来ず、ただ信澄に言いくるめられ秀吉に従い明智を討った。

しかし織田家の跡目は付けず結局は……。


「ああ、俺の人生はなんであったのだろうな」


父から受け継いだ短刀を抜き信孝はそれを見上げた。

あの日、馬揃えのあともそうだ。

父は兄2人には刀を与え信孝と信澄には短刀を与えた。

常に……常に信孝は信澄と同格であった。

ふと城の外を見れば信澄は立派な甲冑を纏い、その周りには屈強な兵士たちが並んでいる。

まさに信長の若き日のようだ。


「叶う相手ではなかったか……」


昔より主を内海の野間ならばやがて報いん羽柴筑前


彼の辞世の句の中に信澄への恨みや怒りの言葉は無かった。

最後に実力の差を思い知ったのか、それとも彼の中で全て解決したのか……それは定かでない。




「これが神戸侍従の首にございます」


百地三太夫が信孝の首を信澄と氏郷に差し出した。


「随分と澄んだ目をしておられますな。彼の中でも満足のいく戦だったのでしょうか?」


「そんな訳ないさ。あの男は俺と筑前殿を絶対に許したりしねえよ。ただ……もしかすると俺とお前の立場は逆だったかもしれない」


信澄はそう言うと彼の首にそっと手を合わせた。


(さらば弟……永遠の宿敵よ……)


こうして織田信孝は自害し岐阜城は開城。

まもなく滝川一益も降伏し賤ヶ岳の戦いは羽柴側の勝利で終わったのだった。

しかしこれは終わりではない……新たな戦の始まりだった。

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