史実編 2話
そして6月11日、秀吉が摂津富田に着陣した。
「おお、待っておったぞ。筑前よ!」
信孝が秀吉を歓迎する。
「これは三七様に七兵衛様、五郎左様もお揃いで。羽柴筑前守秀吉、上様の仇討ちのため備中より舞い戻って参りましたぞ!」
「よく戻ってきてくれた、それにしてもかなり早かったな。」
長秀が怪しげに聞く。
「いやー、全てワシの家臣共の努力と執念にございます。良き家臣を持ちましたわ。」
「うむ、早速だが軍議を始めようと思う。まずは総大将だが……。」
「ここはやはり年長で経験のある五郎左様にお任せしたいと思っております。如何ですか五郎左様。」
「サル……いや羽柴殿よ。四国征伐の総大将は三七様じゃ。ならば三七様が総大将に相応しいとわしは思うが。」
「なら、三七様!」
「待たれよ。ここはこの軍の中核を担うサルに総大将を任せた方が良いのではないか?」
信孝に腹の立っていた信澄が言う。
「私も同意にござる。この戦の功労者はこの速さで戻ってこられた羽柴殿、ならその羽柴殿が総大将なのは何もおかしくない話にございます。」
それに続くように堀秀政も言う。
元々親秀吉派だった秀政はともかく元は光秀派だった信澄の発言に周りの者は驚いた。
秀吉を除いては。
「いやー、滅相もない!ワシの力で成し得た事ではござらん。ここは七兵衛様が総大将を……。」
「なっ、なら余が努めよう!ただし実質的な指揮は筑前、そなたに任せる。」
「ははっ!承知致しました。」
しかし信孝は一人称を信長と同じ物に変えてすっかり当主気分である。
これに信澄ら側近衆は不快感を覚えた。
その後の軍議で決戦は山崎となり諸将は準備のため解散した。
そして夜、信澄の寝所に側近衆の堀秀政、長谷川秀一、池田元助が集まった。
「三七はすっかり当主の気分でございますなぁ。」
元助が酒を飲みながら言う。
「全く、上様の慈悲で四国征伐の総大将になれたというのにそれをまるで御自分の手柄のようにしておられる。」
「藤五郎の申す通りだ。あのお方が総大将では明智勢に手も足も出ぬであろう。」
秀政もかなりイライラしている様子である。
それ程までに若手側近衆と信孝との関係は悪い。
それは幼い頃より信孝を当主や一門ではなく一人の人間として見てきたからであり信澄は尚更そうであった。
そんな彼らにとって将器はまあまあながらも人間的に尊敬できない信孝にしたがうなど以ての外なのである。
そんな風に信孝への愚痴で盛り上がる一行の元に堀田秀勝が訪れた。
「申し上げます。羽柴様が殿と2人だけでお話をされたいと。」
「サルが?分かった、直ぐに向かおう。」
総大将たる秀吉の来訪に信澄は内心、不安を抱きつつも彼の待つ部屋に入った。
「サル、よく戻ってきてくれたな。」
「ははっ!先程の軍議ではワシを推して頂き誠にありがとうございます!」
そう言って秀吉が頭を下げる。
「よしてくれ、そなたはこれより織田家の筆頭家老となっていく存在。さしずめ事が起きるのも察しておったのだろう……?」
これは歴史を知っている信澄だからこそできる発言である。
秀吉が手を引いたのかどこかで情報を手に入れたのかは不明だが確実に秀吉は察知していた。
「いやー、そのような事は。」
「案ずるな。俺は誰かに漏らしたりはせぬ。」
しばらくの沈黙の後秀吉が口を開く。
「以前より……1年ほど前でしょうか。明智殿の動向が怪しくなってきたのをワシは感じ取りました。それゆえ明智家の家臣の木村弥一右衛門尉というものがおりました。その者に接触して情報を集めていたところ、乱の1週間ほど前に明智殿の動向がおかしいと……。」
「なるほど……それを止めなかったという事は天下を狙っておったな。」
信澄が笑いながら言う。
「…………。」
「俺は俺を買ってくれるなら天下などどうでも良い。」
「なるほど……では此度の戦の暁にはそれなりの恩賞をご用意致しましょう。」
「否、まだこの戦で終わりではない。その先にもっとすべき事があるだろう?」
「それは……まだお話すべきことでは無いかと。」
「うむ、間違いないな。ともかくサ……羽柴殿。明後日の戦、必ずや勝ちましょうぞ。」
信澄の言葉遣いが変わったことに驚きを抱きつつも秀吉は強く頷いた。
「必ずや仇を討ち天下を取りましょうぞ。津田殿。」
秀吉がそう言うと2人は固い握手を交わした。
ここから後世に名コンビと伝わる羽柴秀吉と津田信澄の天下取りが始まるのだった。




