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疲労国王と甘やかし王妃








はっきり言おう。

ジークフリードは微笑んでいたが、その瞳は笑っていなかった。





場所は賓客用の会議室の一室。

中央に置かれた二組のソファとテーブルを挟んで、ジークフリードとソフィは向かい合って座っていた。

ジークフリードの背後には凄まじく荒んだ瞳で微笑むグランドもいる。

相対して……反対側には顔面蒼白に近い顔色で震えるソフィの姿があった。

「えっと……その国王陛下……」

「あぁ、分かっているとも。ダリオン王子は方向音痴でおられるとか。だからこうして三度目の打ち合わせにまたもや・・・・遅れるのも仕方ないのだろうな」

にこやかに告げるが、その言葉からはチクチクと棘が出ていた。

話には聞いていたが、ダリオンは方向音痴である。

海上では風の読み、潮の流れなどその把握能力は商業大国一とも言われているが……陸上では役立たずだ。

ジークフリードも一国の王だ。

流石に他国の王族に対して文句は言えない。

しかし、三度目打ち合わせで三回連続で、予定時刻から一時間・・・近いズレを出してくれるとなると、話は変わってくるのだ。

「陛下。もうお時間です」

彼の背後に立つグランドが懐中時計を見て、告げてくる。

ジークフリードは困ったように溜息を吐いて、立ち上がった。

「………すまないが…これ以上は待っていられない。わたしも一国の王だ。分かってくれるな?ソル王子」

「………はい、勿論です」

今回の交渉役はあくまでもダリオンで、ソフィには交渉権さえない。

つまり彼女がいても、兄王子がいなくては意味がないのだ。

ただでさえ《祈祷祭》の準備で忙しい時期なのに、無駄な時間を過ごしてしまった。

ジークフリードがキレるのも仕方ない。

「失礼する」

彼はこの一時間で行えたはずの仕事の順番を組み立て直しながら、グランドを連れて出て行こうとする。

その時、バンッと扉を開けて入って来たのは、息を切らしたダリオンだった。

「申し訳ありませんっ、ジークフリード国王陛下‼︎王宮が広くて迷子に……」

「……………」

きっと…彼と長くいた人なら、その時のジークフリードの顔が何を語っているか分かっただろう。

その笑顔ははっきりと物語っていた。



〝テメェ、来るならもっと早く来いよー〟……と。



「………いや、大丈夫だ。では、早速話をしよう」

「寛大な御心、感謝します」

ジークフリードは心の中に殺意を抱きながら、ダリオンとの打ち合わせを開始する。

責任者を任せられるだけあって、話の内容はまとまっている。

ただし、誤魔化しているようだが……ダリオン達が有利になるようなモノも上手く折り込まれていて。

ジークフリードは微笑みながら、その部分をことごとく指摘してぶち壊していく。

(………テメェらの思い通りになると思ってんじゃねぇぞ、クソガキが……)



まぁ、要するに。

遅刻して来たくせに自分達が有利になるようなプレゼンテーションをする、完全に舐めた態度の商業大国側に……ジークフリードは悪魔のように対応することを決めたのだった……。





*****






「陛下、このままでは間に合いません」




グランドの進言は、執務室の中で静かに響いた。

書類の山に埋もれるようにして働いていたジークフリードは、荒んだ目で彼を見た。

「……まぁ、間に合わねぇよな。この調子じゃ」

ジークフリードは溜息を吐く。

《祈祷祭》はこの国特有の年に一回の祭事であるし、教会で選ばれた女性ー〝実りの聖女〟と呼ばれ、毎年、前年の《祈祷祭》にて次の聖女が選出されるーが祈祷の舞を踊るのだ。

この祭りを見るために他国からも王族などの要人が多数来ることになる。

それも毎日、毎日、来訪予定者の要人リストが更新されるのだ。

そのため、警備体制はいくら見直してもキリがないし、接待なども調整しなくてはいけない。

ついでにいうと教会との打ち合わせもある。

ぶっちゃけ時間があっても足りない。

「それもこれも全てあの方向音痴馬鹿王子の所為ですっ‼︎このままじゃ他の予定まで繰り下げでっ……」

「そうだなー……あいつらはとことん潰すことにした」

乾いた笑みを浮かべているが、その瞳はドス黒いモノが渦巻いている。

ふふふっ……と笑いながら、ドス黒いオーラを浮かべるその様子は魔王版ブラックモードだった。

「それが良いかと思います‼︎というか、このままだと陛下は王妃様とイチャイチャするのが《祈祷祭》後になります‼︎」

「はぁっ⁉︎ふざけんなよっ‼︎」

「ふーざーけーてーまーせーんーっ‼︎」

ただでさえ最近はアンナ成分が足りないのだ。

これ以上、欠乏したらジークフリードは発狂さえしてしまいそうだった。

というか……今、アンナに会ったら逆に彼女と部屋に閉じこもりそうだった。

「あー……アンナに会いたい、アンナに会いたいアンナにあーいーたーいーっ‼︎でも部屋に閉じこもりたくなるから会いたくねぇ‼︎」

今まで聞いたことがないようなことを言いはじめるジークフリード。

ちょっとずつ壊れ始めている主人を見て、グランドはこれは深刻な事態だと判断する。

少しでもこの現状を打開すべく、グランドは書類の束を取り出した。

「という訳で……《特待生特別補佐制度》の発動を希望します」

「………‼︎それは……」

《特待生特別補佐制度》。

それはこの王都にある二大学園(卒業後の生徒がほとんど王宮に所属する)から、優秀な生徒を特別に王宮の補佐という名の雑用係に採用するという仕組みだった。

まぁ、所詮学生なのでできることは荷物運びや書類整理、資料集めくらいだ。

だが、それでもないよりはマシだった。

「二校から第三学年の上位五名ずつ。あくまでも資格があるのは上位五名ですが、希望がなければ採用しません」

「……そうだな。今は猫の手も借りたいぐらいだ。それで進めてくれ」

「分かりました。しかし、一つ問題が」

「なんだ?」

グランドが差し出した書類の一ページ。

そこに書かれていた人物の名前に、ジークフリードは目を見開く。

「なんで……」

「一応、貴族の子ですからね。どうしますか?彼に限り資格剥奪も……」

「いや、学年一位の成績なんだろう。こいつだけ資格剥奪するのは変な噂がたつ。仕方ないからそのまま進めろ」

「分かりました。王妃様には?」

「………俺から伝える。まぁ、言わないかもしれないが」

「御心のままに、国王陛下」

グランドは至急で補佐制度を発動するために執務室を出て行く。



商業大国やら補佐制度やら……問題は山積みだった。







*****






「………最近…ジークに会えてない気がする……」




小さく呟いたはずの声は、どうやら予想以上に大きな声だったらしく。

温室の中でチクチクと縫い物をしていたミレーヌが、スコップで土をひっくり返していたアンナの方を見た。

「あら?最近、会えてないの?」

「あっ…‼︎…えっと……」

ミレーヌは笑顔で「話してごらんなさいな」と楽しそうに言う。

アンナは土をスコップで何回も刺しながら続けた。

「その……《祈祷祭》が近いから、ジークも忙しいみたいで……最近マトモに会えてないっていうか……」

「王宮まで会いに行けば良いじゃない〜」

「その……ダリオン王子との打ち合わせ時間に会いにいく時間が重なっちゃうことが多くて……」

「あぁ、あの方向音痴王子。あの人を待つ時間のおかげで、とんでもないくらいに仕事が遅れているらしいわねぇ〜」

たまに見かけるジークフリードとグランドはとんでもなく鬼のような形相で早足で歩いていて……流石のアンナも声をかけるのを躊躇ためらうレベルだったりするのだ。

ちょっと落ち込んだアンナは、無心で土を刺していた。

「で?王妃様はなんで土を弄ってるのかしら?」

「……その…ジークが綺麗な花を見たら心が落ち着くかなぁ……と結構前から庭師さんに頼んで、ここら辺の一角だけ弄らせてもらってるんです」

「うふふっ♡王妃としてはどうかと思う行動だけど、国王陛下のためなのね?可愛いわぁ〜」

「えっ⁉︎土弄りしない方が良いですかっ⁉︎」

「大丈夫じゃないかしら?あの子は貴女がすることはなんでもかんでも許すと思うわよ?というか、自分のためにしている行動だと分かったら嬉し過ぎて逆に貴女がドロッドロに甘やかされるんじゃないかしら?」

ジークフリードの甘やかしは度を越しているから、できれば回避したい。

そんなアンナの心を見透かしてか……ミレーヌはクスクス笑って、刺繍を再開した。

最近の彼女は楽しそうで…アンナはふっと聞いてみた。

「最近、黒以外のドレスも着られるようになりましたね」

ミレーヌは少し前まで黒ばかり着ていたが…最近は暗色ではあるが、紫や青、紺色などを着るようになったのだ。

彼女は今日の青いドレスを見て、にっこりと笑う。

「ん〜?そうねえ〜…わたくしも前を向こうと思って。エスト君の肝臓も心配ですし」

「………エストの…肝臓?」

「わたくしの酒豪っぷりに付き合ったら早死にしちゃうわ♡」

「……………」

茶目っ気たっぷりで微笑むミレーヌを見て、アンナは苦笑した。

心の中でエストの肝臓に頑張れ、とエールを送りながら。

ミレーヌは「そうだわ」と名案が浮かんだように頷くと、アンナに微笑みかけた。

「どうせなら差し入れとかしてあげなさいな。国王陛下はとっっっても喜ぶと思うわよ?」

「………今まで見たことがないレベルの忙しい中で差し入れするのはちょっと勇気がいるというか……」

「大丈夫でしょう?貴女は《悪女》とすら呼ばれたんですから。それに……適度に息抜きさせてやらないと、後が怖いわよぉ〜?」

「………後が…怖い……?」

彼女は口元に手を添えて、にまにまと笑う。

その顔は少し悪戯いたずらっ子のようだ。

「この間、陛下にお会いしたら言ってたわぁ〜。疲れた後に王妃様を見ると理性というタガが外れて、ちょっと三日三晩くらい部屋にお籠りしたくなるって。今回は危ないんじゃない?」

「今すぐ差し入れ行ってきますっ‼︎」

「行ってらっしゃ〜い♡」

凄まじい速さで去って行ったアンナを見て、ミレーヌはによによ笑う。

物影に隠れていたエストは、ゆっくりとその場に出て来た。

「あんなこと言って、大丈夫なんですか?」

「あら、エスト君。王妃様が心配なの?」

「えぇ……まぁ。少し前に陛下とすれ違った時、小さな声で〝もう全て放り投げてアンナと部屋に閉じこもりたい〟って言ってたんで。ついでに言うと〝でも会ったら絶対にボロッボロになるまで愛しちゃいそうだから会いたくない〟とも呟いてましたよ?」

「………………あら……?」

それを聞いたミレーヌは、ジークフリードが予想以上に疲労状態になっていることを悟る。

しかし、もうアンナを送り出してしまった後だ。

差し入れ云々の前に彼女が辿る未来は決まってしまっていたらしい。

「まぁ……所詮、夫婦の睦ごとでしょう‼︎大丈夫だと願ってるわぁ〜‼︎」

「うわっ……‼︎この人、自分でけしかけといて放り投げたよっ‼︎」





エストはこの存外適当な前王妃に、溜息を漏らしたのだった………。








*****







またいつものようにバスケットに入ったお菓子の差し入れを持って執務室にやって来たアンナは、緊張した面持ちで扉をノックした。



『………入れ……』



ドスの効いた黒い声にビクッとしつつも、ゆっくりと扉を開けた。

「………ジーク?」

「………っ‼︎アンナかっ⁉︎」

パッと顔を上げたジークフリードは、愛しい王妃の顔を見て固まってしまう。

それに気づいたアンナは慌てて、謝罪した。

「ごめんなさいっ……‼︎忙しいって分かってたんだけど……最近、ジークに起きてる時に会えてなかったから……忙しくて無理してないかって……」

「…………………」

「……………ジーク…?」

固まったままのジークフリードに、アンナは恐る恐る近づく。

彼は凄まじく険しい顔で、真っ直ぐに手元を見ていた。

アンナはやっぱり邪魔してしまったかな、と泣きそうな顔になる。

「………迷惑、だった……?」

「っ‼︎違うっ‼︎」

しかし、ジークフリードはそれを直ぐに否定する。

だが、その視線は一向にアンナの方を見ようとしなかった。

やっぱり、迷惑だったかな……と彼女が顔を歪ませた瞬間、ジークフリードが苦渋と顔で謝罪してきた。

「………その…すまん……その、忙しくてアンナに会ってなかったから……久しぶりに会ったら……今すぐ押し倒しそうでっ……」

「…………え…?」

「できれば今すぐ逃げて欲しいというか……」

先ほどミレーヌが言っていた後が怖いというのはこのことだったのだ。

しかし、我慢したジークフリードが後々酷いのをアンナは身をもって知っていた。

それなら現時点で発散させてしまった方が良いのでは……と思わなくもなくて。

疲れている時は甘えてくることが多い彼だ。

今日は彼女自ら、甘やかしてあげたいと思ったのだが……。

「ジークは……今忙しい?」

「まぁ……猫の手を借りたい程度には、な」

それはとんでもなく忙しいのだろう。

甘やかす時間があったら仕事をした方がいいかもしれない、と思い直して止めることにした。

「そっか……じゃあ、諦める」

「…………ん?」

アンナはバスケットをテーブルの上に置いて、そそくさと出て行こうとする。

しかし、出て行こうとした直前、ジークフリードが後ろから声をかけてきた。

「アンナっ‼︎」

「…………なぁに…?」

アンナは振り返らずに立ち止まる。

ジークフリードの声は、困惑が滲んでいた。

「………さっきの…諦めるって……」

「ジークが少しでも余裕があるなら甘やかしてあげようと思ったの。でも、忙しいから止めようって思っー……」

「……………アンナ」

「……っ‼︎」

「お前……ほんっとうに《悪女》だな。俺の決心を簡単に崩しやがって。それもそんな煽り上手になりやがって……誰に教わった?」

「あっ……煽ってなんかないわ‼︎」

「無意識かよっ……‼︎」

気づいたら彼の声が真後ろまで迫っていた。

熱っぽい声で、ギリギリ触れない距離で囁かれた。



「今夜は必ずお前に会いに行くから……だから、少しでも良い。俺を甘やかしてくれよ?」



その声はもう懇願に近くて。

アンナは振り返らずに答えた。



「それはジーク次第でしょ?私に甘やかされたいなら、ちゃんと私のところに来て?」



真後ろでジークフリードが息を飲む音が聞こえた。

彼と一緒にいたからだろうか?

彼の悪魔のような態度が、移ってしまった気がする。

「………っ…‼︎お前っ……また煽りやがってっ……‼︎」

「お仕事、頑張んないと私のところに来る時間が短くなっちゃうよ?頑張ってね?」

アンナはその場から逃げるように駆け去る。




執務室に残されたジークフリードはほぼ絶句していて……彼女が差し入れてくれたクッキーを片手に凄まじいスピードで仕事を片していった。

後々、部屋に戻って来たグランドが差し入れのバスケットを見て何が起きたかを悟った彼が〝王妃様に効果すげぇな〟……と、思ったりしたのは、夜、王妃様に会いに行く時間を気合いで確保した国王陛下ジークフリードの姿を見たからだった……。






ちなみに……夜、ちゃんと時間を確保したジークフリードがアンナに甘やかされたのかどうかというのは、二人だけの秘密だ。







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