番外 感謝を込めて〜第三弾•夢の中、未来の姿〜
番外編です。
感謝を込めてシリーズ第三弾でもあります。
もしかしたら、一番タイトルに合った内容もしれません
よろしくお願いします
「起きてっ‼︎お母様‼︎」
「………………」
目の前の自分そっくりな小さな女の子に起こされて、アンナは目を瞬かせた。
「おはようっ、お母様‼︎」
「………おっ……お母様……?」
にこーっと微笑む五歳くらいの女の子を見て、自分の現状を把握しようとアンナは頭を抱えた。
確か……昨日は普通に自分の部屋で寝たはずだ。
そもそもの話…ジークフリートとの間に子供はいないはずだった。
ということは……。
「えっ⁉︎ジークの隠し子っ⁉︎」
「何を寝ぼけてるんだよ、アンナ」
「きゃあっ……⁉︎」
呆れたような声に驚いて小さな悲鳴を上げる。
入口の方を振り向くと……そこにはアンナの記憶の中にいる彼よりも歳を取ったジークフリートと彼そっくりな十歳くらいの男の子が立っていた。
「おはよう、アンナ」
「おはようございます、お母様」
男の子は恭しく頭を下げる。
益々この状況に混乱した。
「…………えーっと……ん?」
「俺に隠し子なんている訳ないだろう?お前一筋で生きてきたんだから…いるとしたらお前との子供だけだ」
ジークフリートは呆れた顔でそう言う。
(ということは……この子は本当に……私の子供……⁉︎)
一体どういうことだろう?
困惑するアンナに女の子はにこにこと話し掛ける。
「お母様‼︎今日はアンジーと遊んでくれる約束だったでしょ⁉︎早く遊ぼうっ‼︎」
女の子…アンジーというらしいは、身体を思いっきり揺すってきた。
そんなアンジーを宥めるように男の子が彼女を抱えてアンナの上から降ろした。
「アンジー。お母様はまだ起きたばかりなのだから…もう少し待ちなさい」
「お兄様は煩いーっ‼︎」
「こら、アンジー‼︎」
きゃーきゃー言いながら二人は寝室から駆け出ていく。
アンナは起き上がりつつそんな二人の姿を呆然と見つめていた。
「フリードリヒもアンジーも朝っぱらから元気だよなぁ」
「………ん?」
ジークフリートが苦笑しながらベッドに腰掛けて、優しく頭を撫でる。
「どうした?まだ寝ぼけてるのか?」
歳を取ったように見えたのは気の所為かと思っていたが……気の所為ではなかったらしい。
シワが増えたという訳ではない。
(……なんか…色気が増してる……?)
落ち着いた雰囲気と甘やかすような手つき。
大人の色気(?)のようなものが増しているようで……アンナはドキドキとしながら、彼を見つめた。
「………アンナ…?どうした……?」
至近距離で聞いてくるジークフリートに胸がまた高鳴る。
アンナは慌てて首を振った。
「……………その…まだ…寝ぼけてるみたい…」
俯き気味で答えると、彼は目を丸くして……艶やかに苦笑した。
「くくっ……なんか…話し方が昔に戻ったみたいだな」
「……………昔…?」
「そう…フリードリヒが産まれる前ぐらい」
アンナに取ったらその男の子…フリードリヒが産まれる前が昨日の出来事だったのだが。
(……え…もしかして……記憶喪失……?)
いつの間にか自分が産んだ(らしい?)子供のことを忘れてしまったのだ。
アンナの心はジークフリートと二人きりだった時のまま。
ということは…記憶喪失と考えた方がいいだろう。
「………調子が…悪そうだな?」
不安そうな彼の視線に、アンナは再び慌てて首を振る。
「ううん、大丈夫よ⁉︎」
「……俺にはそうは見えないんだけどなぁ…」
「っ⁉︎」
優しく口づけされながら、そう呟かれる。
その仕草の自然さに…彼と過ごしてきた時間を感じさせられた。
「今日は公務も休みだ。フリードリヒも学校は休みだし……家族水入らず、休日を過ごそう」
「…………は…ぃ…」
「着替えておいで。朝食の準備は出来ているから」
頬を軽く一撫でしてからジークフリートは退室する。
アンナの胸はずっとドキドキしっぱなしで。
「……………どうしよう…心臓が持つ気がしない……」
未来版ジークフリート(仮)の威力に、アンナは頭を抱えるのだった……。
家族揃って朝食を食べる。
アンナの隣にジークフリートが。テーブルを挟んだ向かいにはフリードリヒとアンジーが隣り合って座る。
妹の世話を甲斐甲斐しくする兄。
それを微笑ましそうに見つめるジークフリート。
朝食を食べながら、アンナは今の現状を少し理解した。
兄のフリードリヒは現在、十歳。学校でも優秀な成績を収めていて……この間も作文のコンクールで入賞したらしい。
妹のアンジーは今は五歳。来年には初等部に入学する。甘えん坊で……誰にでも優しい子だった。
これらのことから十年は確実に経っているということで。
(……………この子達が…私と…ジークの……)
それを考えると朝だというのに恥ずかしくなりそうだった。
「ねぇお父様、お母様‼︎」
「ん?」
「……‼︎…な…なぁに?」
アンジーがにこにこしながら、話し掛けてくる。
「今日、ピクニックがしたい‼︎お母様とアンジーでサンドウィッチを作るの‼︎」
「ピクニック?」
「だめ?」
答えを聞く前から泣きそうになるアンジーに、アンナはジークフリートの方をチラリと見た。
彼もその視線に気づいて優しく微笑む。
「勿論いいとも」
「やったぁ‼︎」
にこにこと嬉しそうにするアンジーの隣で、少し悲しそうに目を細めるフリードリヒ。
その顔にアンナはハッとした。
「フリードリヒもお手伝いしてくれる?」
「……‼︎…はいっ……お母様‼︎」
フリードリヒの顔は我慢をしている顔だった。
アンナにも経験がある。弟がお母さんにおねだりしている時、自分はお姉ちゃんだからと…我慢していた。
そんな自分と……同じような顔をしていた。
子供達と仲良くしているアンナを見て、ジークフリートは少し照れたようにどこか落ち着きなく口を開く。
「なぁ…俺は……」
「ジークは邪魔だから遊ぶ物でも用意してて」
「……………おい…」
しかし、アンナに一蹴されて彼は酷く落ち込むのだった……。
*****
王都の郊外にある少し広い草原で、ピクニックをする。
晴れやかな空の下、子供達はジークフリートと共に楽しそうにはしゃいでいた。
「……………」
アンナはレジャーシートの上に座ってその光景を見つめる。
ジークフリートは子供達に何かを言われて、困ったような顔をしていた。
そんな顔をしていても……幸せな家族の姿だと…はっきりと言える。
家族で休日を過ごして、遊んで、ご飯を食べて……。
こんな幸せな家族を持てたことに涙しそうになる。
「……………寝ちゃったわね…」
フリードリヒとアンジーが顔を向き合わせながら小さな寝息をたててお昼寝していた。
ハーブチキンと木苺のサンドウィッチとサラダ、フルーツを昼食に食べた後…満腹になったからか二人揃って眠ってしまったのだ。
「アンナの寝顔にそっくりだ」
ジークフリートが優しく二人の頭を撫でながらそう呟く。
アンナはそんな彼を静かに見つめた。
「………………ねぇ…ジーク」
「ん?」
「ジークは…今……幸せ…?」
「……………」
どうしてか聞きたくなった。
ジークフリートが家族を失っていたからかもしれない。
彼は真剣な顔でこちらを見つめ…ゆっくりと破顔した。
「幸せかどうかと聞かれたら…幸せだと思うよ」
「思う、なの?」
「俺一人だけが幸せと答えても……〝本当の幸せ〟じゃないからなぁ」
彼の言葉に首を傾げる。
するとジークフリートはアンナの頬に両手を添えて、額を合わせた。
「アンナは今、幸せ?」
微笑んでいるのに瞳は笑っていなくて。
目を逸らせないまま…答える。
「………………幸せ……だと…思う…」
「ふふっ…お前だって〝思う〟じゃないか」
「あ……」
「でも、そんなもんなんだよ」
そう言ったジークフリートは……とても嬉しそうで。
「俺とアンナと…フリードリヒとアンジー……俺らの周りにいる人達、全員が幸せでやっと〝本当の幸せ〟なんだよ」
「…………〝本当の…幸せ〟……」
「まぁ、俺自身はアンナに出会った時から幸せであるよ……アンナは?」
出会った時はこんな未来が待っているなんて分からなかった。
こんな未来があるなら……。
「私も……幸せだよ……」
「なら、良かった」
晴れやかな空の下、愛しい人と口づけを交わす。
幾ら歳を取っても……この口づけと想いは変わらない。
アンナは……嬉しさを噛み締める。
二人は子供達が起きるまで…何度も何度も口づけを交わしたー……。
*****
その後、後宮に戻り夕食を食べ、入浴をして寝室に入ったー。
先にベッドに入っていたジークフリートは何か言いたげにこちらを見ていた。
「……………ジーク…?」
アンナは首を傾げつつ、ベッドに入る。
彼は「はぁー……」と溜息を零すと、にこりと微笑んだ。
「………っ…⁉︎」
その漂う尋常じゃない色香に酔いそうになる。
「……子供達に頼まれた願い事を叶えようかな、と思ってな」
「……………………え…?」
手の甲で頬を撫でられながら……アンナは頬を赤くする。
ジークフリートは艶やかに微笑みながら言葉を続ける。
「弟か妹が欲しいんだって」
「はいっ⁉︎」
「今夜、頑張ろうか」
そう言って彼は簡単にアンナを押し倒す。
アンナは慌てながら狼狽した。
「えっ……ちょっ……拒否権はない感じなのっ⁉︎」
「子供達のお願いは叶えてやりたいだろー?」
「なっ……えぇっ⁉︎」
「大丈夫。俺も結構歳だが……ちゃぁんと子供達のために頑張るからさ」
「絶対それ、子供を言い訳にしてるわよねっ⁉︎」
幾ら訴えたってジークフリートは止まってくれる様子がなくて。
アンナはそのまま…………。
「きゃあっ⁉︎」
「うわっ⁉︎」
勢いよく起き上がるとすぐ側にいたジークフリートは思いっきり後ずさっていた。
アンナは目を白黒させて、辺りを見回す。
そこは後宮の王妃の部屋のベッドの上で。
「ア…アンナ……?」
「………………え…?」
ジークフリートはいつも通りの……あの歳を取った彼の姿ではなくて。
周りには子供達の姿もない。
「………起きてくるのが遅かったから…起こしに来たんだが……大丈夫か…?」
心配そうにするジークフリートにアンナは間抜けな視線を向ける。
そこでやっと、今まで見ていたのが夢だと納得する。
「……ゆ……夢かぁぁっ………」
大きな溜息を吐く彼女を見て、ジークフリートは「どうしたんだ?」と首を傾げる。
アンナは今見た夢を教えた。
「………へぇ〜…俺とアンナの子供の夢ねぇ……」
彼の口元が緩やかに弧を描く。
何故だか……嫌な予感がした。
「なぁ、アンナ?」
「…………ん……?」
「夢は願望だと…よく言うじゃないか?」
「……………聞イタコトモナイカナ……」
「そっかぁ〜……じゃあ俺が教えてやるよ」
目の前の悪魔はにこやかに微笑んで。
その爽やか悪魔スマイルが、アンナの頬を赤くしつつも背筋をヒヤッとさせる。
「俺がアンナの夢を叶えてやるよ♡」
(………これ…逃げれないやつだ……)
アンナは冷や汗を流しながら頭を押さえる。
ちなみに……夢の中の未来版ジークフリート(仮)が浮かばなかった……その悪魔スマイルを浮かべる今のジークフリートの方が……今のアンナは好きだな、と思ったことは……彼に何をされるかわからないため、口にしないでおいた。
時を重ねていく度に…少しずつ変わっていくこともあるのだろう。
それこそ、いつの日か……あの夢が実現する日が来るのかもしれない。
(そうしたら、ピクニックに行きたいな……)
ジークフリートと…子供達と……あのような…晴れた日にー……。




