初デート〜後半•いつの日か〜
ジークフリートに連れられてやって来たのは…国立グラース植物園だった。
「わぁ……」
アンナは薄黄色のワンピースに身を包みながら、色とりどりの花に駆け寄る。
後ろから追いついたジークフリートもラフな格好をしている。
「気に入ったか?」
「うん‼︎」
アンナは満面の笑みを浮かべた。
ジークフリートはグラース植物園に連れて来てくれた。
入る時は一般市民もいたため、護衛もなしで国王であるジークフリートがいて大丈夫なのか?と疑問に思ったが…。
『お忍びデートだからいいんだよ』
彼はそう言って、アンナの手を引きつつ…二人っきりで植物園を回り始めた。
周りには花を見に来た人々がいる。
存外、国王と王妃だと気づかないものだ。今の所、普通に鑑賞が出来ている。
「堂々としてる方がバレねぇんだよ」
後ろに立ったジークフリートはアンナの内心を読み取ったようにそう言う。
「それに…お前、今日はノーメイクだしな」
「…………むっ…」
ジークフリートに言われて、今日はノーメイクで来た。つまり、普通程度には可愛いがそれ程美人ではない…平凡な女の子でしかない。
だから、気づかないのも当たり前かもしれない。
(……まぁ…ジークは国王だろうと何であろうと関係なしで…目立つけど)
先程から周りの女性達が頬を染めながら、らジークフリートを見ている。
身分を無視しても、彼はとっても美形だ。だから……二人っきりであるのは嬉しいけれど、他の女性がジークフリートを見るのは…胸がムカムカする。
(……いや…私と容姿が釣り合わないからか……)
きっと連れだと思われていないのだろう。
だから、先程から女性達は話し掛けようとしていて……。
「おい、アンナ」
「……………んー…?」
グイッ‼︎
「わっ⁉︎」
ジークフリートは不機嫌そうにアンナの手を取ると、自分の腕に彼女の腕を絡めた。
なんだと思って目を瞬かせると…彼は少し拗ねたように顔を顰めた。
「………どうしたの…?」
「周りの視線がうぜぇ…」
「…………………」
「ちゃんと俺の隣にいろよ」
辛辣な言い方…女性達の視線が苛ついたらしい。ついでに、離れていたのも気に食わなかったのだろう。
ジークフリートは……アンナの耳元に唇を寄せて、掠れた声で囁く。
「………折角…余計な護衛もいないで…アンナと二人っきりなんだ……他の女に嫉妬なんかしないで…俺だけを見てろよ」
「………………なっ…⁉︎」
唐突な言葉にアンナは息を飲む。
「……………なんてな?」
ニタニタと悪戯っ子みたいに微笑む悪魔。
アンナは真っ赤になりながら口を震わせた。
「他の女の視線が俺に集まってムカムカするー…って顔してる」
「そんな訳ないでしょっ⁉︎」
「ふぅん…じゃあ、俺が他の女に声掛けられてもいいんだ?」
「ダメっ‼︎」
「ほら、そうじゃん。この意地っ張りめ」
彼は楽しそうに笑いながら、アンナの頬を撫でる。
「他の女に取られたくなかった、ちゃんと隣にいろよ」
「……………でも…」
「容姿とか関係ないから。お前は可愛いよ?」
「…………………うっ…」
「可愛い妃だな…顔、真っ赤だ」
「ばっ…馬鹿っ‼︎」
アンナは距離を置こうとして、離れようとするが…ジークフリートが離さない。
腕を離そうとしたら、手を握られて逃さないようにされる。
指がゆっくりと絡み合って…恋人繋ぎになる。
「ちょっ……」
「可愛い」
「馬鹿っ‼︎」
真っ赤になったアンナは小さく呻きながら、手を離すことは叶わないと悟る。
何故なら…ジークフリートの笑みが素晴らしく爽やかな悪魔だから。
「………………アンナ…」
ジークフリートが彼女の唇に手を添える。
そして……。
「………………………う。」
「「…………………………ん?」」
ワンピースの裾を誰かに掴まれる。
アンナとジークフリートの視線がゆっくりと下に向く……と。
「………………〝ママ〟…」
……………………………薄金色の髪にオリーブの瞳の…五歳くらいの良い服を着た男の子がいた。
「…………………え?あの…アンナさん……?」
珍しく慌てた声が彼の口から漏れる。
「…いつの間に子供が………」
それを聞いたアンナは勢いよく反論した。
「そっ…そんな訳ないでしょおっ⁉︎こんなに大きい子がいたら、私十二歳ぐらいで産んだことになるわよっ⁉︎って……ママ⁉︎」
隣のジークフリートがドス黒い空気を纏う。
「…………………浮気か…?」
本気度の高い呟きだった。アンナは思いっきり首を振る。
「ちょっとっ‼︎その黒い顔止めてよっ‼︎それ言ったら、ジークがパパになるはずでしょっ⁉︎」
「えっ⁉︎俺の子供なのっ⁉︎アンナが産んだのっ⁉︎」
「違うわっ‼︎」
二人揃って慌てて、その子供を見る。
男の子はぐしゃっと顔を顰めた。
((………あ…ヤな予感……))
アンナとジークフリートは硬直した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあんっ‼︎」
「やっぱり泣いたっ‼︎」
「どうすればいいんだよっ⁉︎」
取り敢えず…二人はその子供が泣き止むまで宥めることになるのだった………。
「泣き止んだな……」
植物園のベンチに座りながら、ジークフリートは溜息を吐く。
男の子はアンナの膝の上に座ってグズっている。
「君の名前は?」
アンナは優しい声音で男の子の頭を撫でる。
「………………ルーくん…」
「ルー君って言うんだね。ごめんね?私はお母さんじゃないの……アンナって言うのよ」
「ふぎゅっ……」
「泣かないの。ちゃんとお母さん見つけてあげるから、大丈夫だよ?」
ジークフリートはそれを横目で見ていた。
アンナはとても優しい顔をしている。まるで、本当の母親のようで……。
「…………………………」
「………………ん?…どうしたの?ジーク…」
「……………………いや?」
「すっごくニヤけてるけど……」
ジークフリートは口元を手で覆いながら、目を逸らす。
「よし、ルー‼︎早く母さんを見つけよう」
ジークフリートはそれを誤魔化すようにルーを抱き上げると肩車をした。
「うぁぁあっ〜」
「楽しいか?」
「うんっ‼︎」
「高いから母さんも見つけやすいだろう」
ルーはさっきとは違って目をキラキラとさせている。身長があるジークフリートが肩車をしているので、かなり高い。
アンナはその本当の親子みたいな姿に頬を緩めた。
「ルー君、お母さんの特徴は?」
「おねーちゃんと…同じ……」
「……髪色とかってこと?」
「う。」
ルーは分かりやすく落ち込む。
容姿が似ていたから、母親と間違えたのだろう。
アンナはそれを見て、励ますように微笑んだ。
「大丈夫‼︎ジーク、必ず見つけよう?」
「おう」
そうして…ルーの母親探しが始まったのだったー……。
ルーの両親探しは中々に難しかった。
国立のグラース植物園だ。結構な広さがあり、エリアも四つに分かれている。
それに、ルー自体も子供なので…飽きてしまったり、グズってしまったりを繰り返し……休憩を挟んだりしながら探していた。
「おねーちゃんっ‼︎おにーちゃん‼︎」
ルーはアンナとジークフリートの間で手を繋ぎながら、楽しそうだ。
家族みたいに三人で手を繋いでいる。
アンナはそれが本当の家族みたいで…嬉しかった。
「……本当の…家族みたいだな…」
ジークフリートが小さく呟く。自分だけでなく、彼もそう感じていたらしい。
「そうだね…」
アンナもそれに頷く。
しかし……とうとう、その時が訪れたー…。
「ママっ‼︎」
「あっ…‼︎ルー君…⁉︎」
「わっ…」
ルーが手を離して駆けて行く。少し走った所に顔は見えないが…薄金色の髪をアップにした黄色のドレスを着た女性がいた。
「……‼︎」
その女性がルーを抱き締めていた。どうやら本当の母親だったらしい。
アンナをそれを見て、少し寂しそうな嬉しそうな複雑な顔をする。
「………アンナ」
隣に立つジークフリートがゆっくりと手を握り、指を絡める。
「………ジーク…」
「行こう」
ジークフリートはそう言って、何も言わずにその場を離れる。
アンナは後ろ髪を引かれる思いであったが…振り向いてしまったら後悔しそうだったから、振り返らなかった。
「…………………いつか、俺達の子供が出来たら…必ずここに来よう」
「…………………え?」
「今日のアンナを見て…良い母親になると思ったんだ」
「……………………なっ…⁉︎」
ジークフリートの言葉に真っ赤になる。彼は振り返らずに話し続ける。
「どんなに時間が掛かろうとも……いつの日か…必ず来よう」
「………………」
自分とジークフリートの将来を考えない訳ではなかった。
しかし…平民だったから……不安だった。
本当に彼の隣にいて良いのか?
相応しいのか?
そう考えてしまって…将来のことを語るのを躊躇っていた気がする。
でも……ジークフリートは、子供が出来る程に先のことを考えてくれていた。
それを知れて…泣きそうで、嬉しくて……アンナは泣かないように笑う。
「……………うんっ…」
「まぁ、存外早いことになるかもしれないけどなぁ……」
「……………………ん?」
アンナは真顔で硬直する。
振り返ったジークフリートは甘ったるくて艶やかな笑みを浮かべた。
「存外、早く子供が出来て…ここに来ることになるかもしれないぞ?」
「なぁっ⁉︎」
「顔真っ赤……冗談だよ。アンナは初心だからなぁ〜……ちゃーんと覚悟が出来るまでは何もしないから安心しろよ」
アンナは言葉を失くして、耳まで真っ赤にする。
「暫くは二人でイチャつこうぜ?」
「〜〜〜〜〜〜っ……馬鹿っ‼︎」
「今日、随分と馬鹿馬鹿言い過ぎじゃないか?」
アンナはジークフリートの言葉に翻弄される。
(……………もう…敵わないなぁ……)
寂しさに落ち込んでいた自分を慰めるためにそんなことを言ったジークフリート。
そんな彼を愛おしく思いながら、アンナは彼の腕に抱きつくのだった……。
*****
「ママっ‼︎」
「ルー君……」
ルーは黄色のドレスの女性に抱きつく。
「どこに行ってたのっ⁉︎」
「ごっ…ごめん…なさい……」
「ううん……どうやってここまで?」
「あのおねーちゃんとおにーちゃんが……」
ルーが遠くにいた二人の人を指差す。
その内の女の子の方は…その女性ととても似た容姿をしていて……。
「……………………え?」
女性は目を見開く。
その顔が…みるみる驚愕の色に染まる。
「……………嘘…」
その姿は…歳は違えど、間違えるはずはない。
「……………アンナ…」
「おねーちゃんを知ってるの?」
「……………………アンナ…なのね……」
「………………?…ママ〜?」
二人は直ぐにその場を離れて行く。その後ろ姿を見つめながら…彼女は目尻を押さえる。止めどない涙がポロポロと溢れた。
「お母さん、ルー」
「おにーちゃんっ‼︎」
一人の正装をした青年が彼女に駆け寄る。ルーは彼に抱きつきながら、嬉しそうに笑う。
「………どうしたんですか?」
青年は俯く母親に不安気な顔を向ける。
「……………また…会えると…思わなかったのよ……」
一人残してしまった娘が無事でいたこと……共にいてくれる男性がいたことに嬉しく思いながら………暫くの間、涙を流し続けるのだった……。




