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法王某略作戦〜後半•アンナの奮闘〜







クラウスと会ったあの日から五日ー…。


クラウスの精神面に余裕が出来たとクリスティーナから連絡が来た頃…作戦は決行されることとなったー。






「…………アンナ…大丈夫か?」






作戦決行の前日ー…ジークフリートは王妃の部屋でアンナのことを抱き締めていた。

「大丈夫だよ」

アンナが不安がらないようにあやすような抱き締め方に、嬉しくて泣きたくなる。

ジークフリートのために自分が出来ることをしてあげたい。

そう思うのだ。

「……………アンナ…」

「ねぇ…ジーク」

きっと、自身の中にある不安を彼は見透かしているのだろう。

それでも…アンナは微笑む。

「キス、して?」

「…………なっ…⁉︎」

「そしたら…頑張れるから」

ジークフリートは頭を抱えながら、呻く。

何か変なことを言ってしまっただろうか?

「……上目遣いで言うなよ……可愛過ぎて理性が飛びそうだ……」

「……?」

「まぁ、無意識ですよね…分かってたよ………」

ジークフリートはブツブツと文句を言いながらも、彼女の頬に手を添える。






「俺は…離れててもアンナと共にいる」






ジークフリートの言葉は魔法だ。

簡単に勇気をくれる。

「………うん」

アンナは…その笑顔に縋るように微笑み…ジークフリートの口づけを受け入れた。












*****









翌日の午前中ー。



トントン……アンナは教会の一室の扉をノックする。


『…………………誰…?』


クラウスの低い声が聞こえる。

ドクンッと心臓が緊張したけれど…アンナは艶やかな笑みを浮かべる。


「私だよ…クーお兄ちゃん」


そう言うと、扉の向こうでドタバタと凄まじい音がした。

「アンナっ⁉︎」

勢いよく扉が開く。

そこから現れたクラウスは…泣き腫らした顔で、ジッとアンナを見つめた。

「お兄ちゃん…二人・・っきりでお話ししよう?」

アンナはクラウスの腕に手を絡めながら、微笑み掛ける。

そして……静かに法王の部屋に入って行った……。




















*****











「入って行ったみたいだな…」





廊下の曲がったところで、ジークフリート、ミレーヌ、グランド、クリスティーナが部屋に入ったことを確認する。

「…………………はぁ…」

「あら?不安なのかしら?」

ジークフリートの溜息にミレーヌがクスクスと笑う。

そんな彼女にジト目を向けた。

「……………当たり前だろ…アンナは無意識で可愛いんだぞ…?《悪女》なんだぞ…?譲らないのが分かっていたから、渋々認めたが……本当は……」

ジークフリートは深い溜息を漏らす。

それを見たクリスティーナは驚いたように目を見開いていた。

「………………国王陛下は本当に王妃様を愛していられるのですね」

「……………変か?」

「いえ…身分が高い者程、利益や取引の結婚かんけいが多いのだと思っていまして…そんな純粋な恋心だとは思っておりませんでした」

「…………………まぁな…最初はそうだったけど……本気で愛してしまったんだよ」

「………………………」

「羨ましいって顔してるわねぇ?」

クリスティーナの羨ましそうな顔を見て、ミレーヌが困ったように微笑む。

「…………………いえ…」

「素直になった方がいいと思うわよ?」

「…………………」

「〝本気の恋愛かんけい〟が羨ましい?」

クリスティーナは俯いて、拳を握る。

その空気を変えるようにグランドが軽く手を叩いた。

「取り敢えず…アンナ様の手練手管テクニックを期待致しましょう」

四人はそうして…その部屋の監視を開始したー………。
















*****










真っ白な家具で統一された法王の部屋で、クラウスがティーカップにお茶を注ぐ。

アンナは部屋の中心に置かれた猫足のイスに座り、目の前のテーブルに差し出されたティーカップに視線を向けた。

「…………ふふっ…アンナに飲ませてあげたいと思っていたんです……ハーブティーですよ……?」

乾いた笑みを浮かべるクラウスは、少しいびつさを感じさせる。

それでも、その感情が表に出ないようにアンナはジークフリートの笑みを思い出すように微笑む。

「ありがとう」

「あぁ…そうだ…お菓子もあるんですよ?好きでしたよね…ジャムクッキー」

クラウスはそう言って、クッキーを用意する。

そして、向かい合うように座るとアンナに微笑み掛けた。

「……………アンナ…」

「……なぁに?」

「ボクはね…アンナは死んだと聞かされていたんですよ?」

「……………………え?」

唐突な言葉にアンナは目を見開く。

クラウスはニコリと笑って…クッキーに手を伸ばす。

「……………幼い頃…ボクはアンナを糧に生きていたんです。でも、君は死んだと聞かされて……生きる糧を失った。死のうと思いましたよ?でもね…自殺は神を冒涜するものです。だからか……ボクは今、生きています」

「………………」

「自殺出来ない、役立たずなボクは汚されてしまいました。死んでも赦されない身体ような人間になってしまったんです……そうすることで大人達はボクを逃げれなくさせたんです……幼い心に法王となることが約束されていたボクは誰にも語れず逃げられない楔を打ち込まれて鎖で雁字搦がんじがらめにされたんです。大人達の思惑通り、ボクは壊れましたよ?だから……本当はこんな法王みぶんでいて良い人間じゃないんです」

クラウスはガリっとクッキーを噛み砕く。

アンナは…クラウスの話に頭がついていかない。呆然とすることしか出来ない。

クラウスの底で渦巻く闇が…見えた気がした。

「だからね…アンナと出会った瞬間、神様が哀れなボクに奇跡を与えて下さったと思ったんです……君を捕まえる奇跡を」

「…………………っ…」

クラウスの手がゆっくりとアンナに伸びる。

余りの怖さにアンナは本来の目的を忘れそうになる。

しかし……。




『俺は…離れててもアンナと共にいる』




ジークフリートのことを想って、アンナは不敵に微笑む。

「………ふふっ…でも残念だったねぇ?」

「……………ぇ…?」

「私はクーお兄ちゃん……クラウスのモノじゃなくて国王ジークフリートのモノだもの」

試すような自然をクラウスに向ける。

彼の瞳が鋭い光を宿すが、アンナはそれに怯まない。

「…………まぁ…クラウスみたいなそんなに小さい男…こっちから願い下げだけどねぇ…」

「…………………ぁ…?」

「本当の私を知らないで…貴方は私を捕まえると言うの?」

嘲笑うかのようにアンナは微笑み続ける。

内心は冷や汗が止まらないが、表向きは悠然とする。

「…………何が…言いたい…んですか…?」

「クラウスは私を捕まえようとするけれど…私の意思を無視している。私がどういう男が好きとか、どんなことをして欲しい…とかね」

「………………」

「生憎、クラウスはタイプじゃないの♡」

ニコリと微笑んで言い放つ。

その言葉にクラウスは愕然としていた。

「………………結婚の…約束もしたのに…?」

「いつしたかしら?記憶にないってことは単なる口約束よね?束縛力もない…ただのじゃ•れ•合•い♡」

幼い頃にそんな約束をした気がするが…そんな記憶、無視をする。

「幼い頃は好きだったかもしれないけれど…私だって年を重ねるのよ?趣味だってタイプだって変わるわ。今、私が愛しているのは国王陛下ただ一人よ」

ここまでだ作戦の第一段階。アンナは小さく息を飲む。

第一段階ではクラウスを挑発して、賭けに乗りやすくさせる。第二段階はここから、誘導して法律改正を認めさせる。

こっからが正念場だ。

しかし…そう言われたクラウスは天使のように爽やかに微笑む。

「…………………そんなの…関係ないんですよ?」

「……………え?」

「アンナのタイプがどうとか…好きな男とかどうでも良いんです。ボクがアンナを必要としている。心が向いていなくても…向かせることは出来るんです……………………アンナさえボクの手の中にいれば」

ニコリと微笑んでそう言うクラウス。

アンナは硬直した。予想以上に危険な性格をしていたらしい。

(……………病んでるっ……‼︎)

アンナはその言葉を飲み込む。

じわりと嫌な予感を感じながら、口の端を吊り上げる。

「………じゃあ…私を監禁でもする気?」

「はなからそのつもりですが?」

「……………私は国王陛下の妃よ…不貞罪で許されないわ」

「ボクは法王ですよ?」

「法王だとしても…許されないでしょう?」

「関係ないです…ボクは壊れた法王ですから」

アンナは静かに俯く。

クラウスはそれを受け入れたと見たのか、立ち上がり…テーブルを回ってアンナの元に行く。

「アンナ…」

しかし…顔を持ち上げた彼女の顔は……完全に目が据わっていた。

「………………ん?」

グイッ‼︎

アンナは勢いよく立ち上がり、クラウスの胸倉を掴む。

そしてニコーッと微笑んだ。

「ジークの言う通りに法律を改正して」

シナリオも何もない、ぶっつけの台詞。

「……………………」

「貴方は私が欲しいんでしょう?なら、言うことを聞きいて」

アンナは彼を睨みつける。

その視線に…クラウスは乾いた笑みを浮かべる。

「………………………ふふふっ…良いですよ……聞いてあげます」

「そう」

「それでアンナがボクのものになってくれるなら…」

「それは嫌よ」

「じゃあ…法律改正はなかった話に……」

「それも嫌」

クラウスが言い切る前に否定する。

それを聞いた彼はワザとらしく肩を竦める。

「じゃあどうしろと?」

「………男を見せろって言ってるの」

その台詞にクラウスは怪訝な顔をする。

「………どういうこと?」

「頭が回らないのね?」

アンナはそう言うと、グルリと身体を入れ替えて自分が座っていたイスに座らせる。











「私が欲しいなら、男を見せてジークよりも良い男だって示してから手に入れろって言ってるのよ」











クラウスは目を見開く。

そして…口元が緩やかに弧を描く。

「…………………それ…ボクの元に来るか分からないよねぇ…?」

「私は《悪女》よ?良い男がいたらそっちに乗り換えるわ」

「本当に…?」

「今はジークの方が好きなの。好きな男のためなら何だってしてあげたい。そう思うのはジークだけ。クラウスにはそんな風に微塵も思わない。それに…クラウスが自分から私を力技で手に入れたとなったら……それは男としての魅力がジークよりなかったっていう気持ちがあったってことよね?」

アンナはクスクスと笑いながら、彼の頬を撫でる。

「でも…クラウスが力技で手に入れるんじゃなくて…男として、この人に愛されたいって…そう思わせるぐらいに私を貴方に夢中にさせたら……〝私から〟クラウスの元に来てあげる」

「…………アンナから…?」

「自分で捕まえるより、私から来た方がクラウスは嬉しいでしょう?それに…結婚出来ない法王が女を捕まえたとなったら問題だろうけど…女からは教会側から見て問題ないでしょう?クラウスの身分は守られる。また…教会の人間に壊されることはないでしょう?」

言っていることが矛盾しているような…混乱しているような気がするが、笑って誤魔化す。

「ふふふふっ…平民のアンナなりの駆け引きなんだろうねぇ……」

「……………」

「……君はボクじゃなくて国王陛下の元にいたいの?」

「そうよ」

「ふふふふっ…誤魔化しもしない……」

クラウスは自分の身体を抱き締めて、クスクスと微笑む。

まるで……興奮しているみたいだった。






「可愛い可愛いアンナの言うことだもんね……聞いてあげる…」






「………………そう…」

クラウスの言葉にアンナは内心ホッとする。

あんな馬鹿な言葉に乗ってくれるなんて…思いもしなかった。

「…………ねぇ…でも、君はボクが君を夢中にさせないとボクの元に来ないと言うよね」

「だから何?」

「じゃあ、もし君がボクの元に来なかったらどうすればいい?」

「…………………それは…クラウスが男として魅力がなかった…ってことでしょう?」

そうとしか片付けられないだろう。

「…………………君なしで……ボクはどうやって生きていけばいいの?」

アンナは眉間に皺を寄せる。

言葉の裏を返せば……クラウスはアンナが手に入らなくては死ぬと言ってるようなものだ。

でも……。

「貴方が死んだら……クリスティーナはどうなるの?」

「…………………ぁ……」

彼の目が大きく見開かれる。

「クリスティーナは元々、ここにいてはいけない人でしょう?法王の護衛という任がなければ、クリスティーナは路頭に迷うでしょうね」

「……………………」

「私と違って…ずっと共にいてくれた人でしょう?彼女のこともちゃんと見てあげた方がいいんじゃない?」

図書館で会った時から感じていたし、クリスティーナの話からも聞いた、彼女には…心を許していると。

自分とは違うクラウスとの大切な絆を築いただろうクリスティーナ。

そんな彼女を…唯一心許せる友人を見捨てることが出来るのだろうか?

アンナはそう言うと、法王の部屋の扉を開く。

そして…廊下で待っていた四人を手招きした。

「アンナ……‼︎」

ジークフリートはアンナの姿を見るなり、強く抱き締める。

「大丈夫か…?」

「………うん…」

慈しむようなジークフリートの抱擁で…泣きそうになる。不安だった気持ちが…ゆっくりと解れていく。

「クラウス様‼︎」

クリスティーナは呆然と座り込むクラウスの元に駆け寄った。クラウスはゆっくりと彼女を見つめる。

「………クリス………ティーナ…」

「……………っ…⁉︎」

本当の名前で呼ばれてクリスティーナは息を飲む。

アンナは彼女に微笑み掛けた。

「……ちゃんとティーナお姉ちゃんにも幸せになって欲しいからね」

「…………………っ…」

呆然としているのは…クリスティーナとの日々を思い返しているのだろう。

「で…法王様は法律改正を認めて下さったのかしら?」

ミレーヌの質問にクラウスはゆっくりと頷く。それを見て、アンナはホッとした。

「……アンナ…お疲れ様」

ジークフリートが優しい声でそう言いながら、頭を撫でてくれる。

「…………うん…」

アンナはニコリと微笑む。

ジークフリートのために…してあげられて良かった。

彼はアンナの耳元に唇を寄せるとボソッと呟く。

「………………男と二人っきりだなんて……理由があれど…後で…お仕置きな…?」

「………………………え?」

その時…アンナの背にはクラウスの時と感じたのとは違う…嫌な予感を感じるのであった……。







その後…数日間に及び、ジークフリートとクラウスは何度か話し合いを繰り返し、ミレーヌの説明など法律改正の内容を詰め合わせて……。






こうして……法律改正のメドは立ったのだったー……。












因みに……その後のアンナへのお仕置きがどんなものだったかは…ジークフリートと彼女の秘密であるー……。







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