その後のその後の話〜ミレーヌの過去の話〜
初めてあの人と会ったのは、わたくしのお屋敷敷地内の森…訓練場だった。
「………何者ですの…?」
「何者と言いながら細剣を向けるの、止めような?」
薄い茶髪に翡翠の瞳…美しい顔なのに頼りない笑顔を浮かべる彼は、そう言いながらもミレーヌの向けた細剣に驚きもしていなかった。
「不審者から剣先を逸らせという方が難しいのではなくって?」
「綺麗な顔して武闘派だなぁ」
「それはどうも」
こんな場所で細剣を振るってる時点で武闘派としか言えない。
「まぁ、俺は怪しいけど怪しくない者だよ」
「…………………自分で言うんですの…」
ミレーヌはゲンナリとした顔で聞く。
彼は「え?そうじゃないか」と答える。
「怪しくないなら、剣を向けられないって」
あっけらかんと言う彼を…見た感じ歳上と分かっていたけれど、ミレーヌは馬鹿だと思った。
「………まぁ、俺はしがない男なので。あんまり気にしなさんな♪」
「気にしますわ、馬鹿たれ」
「お前、歳上にも容赦ねぇな…見た感じ十歳は下だろ」
その時のミレーヌは十歳だった。しかし…十歳は下だと言うと、この人は二十歳。
「………どう見ても…精々、十三〜四歳でしょう…」
「十九歳だわっ‼︎」
「見た目若いですわねっ⁉︎」
ミレーヌは馬鹿らしい彼の態度に毒気が抜けてしまい…細剣を下げた。
「お?警戒解いてくれるのか?」
「馬鹿馬鹿しいんですもの」
「ヒッドイなぁ…」
「それはどうも」
「あんた、それ口癖か?」
ミレーヌは「はぁっ…」と深い溜息を吐く。
「お嬢さん、名前は?」
「まず自分の名を名乗りなさいな」
「俺か?俺はそうだなぁ〜…ライとでも呼んでくれ」
「嘘?胡散臭い貴方にピッタリな名前ね」
「歳上にも辛辣だなぁ…で?お嬢さんは?」
「…………わたくしはミレーヌよ」
「可愛い名前だなぁ〜」と楽しそうに笑うライに溜息を吐く。
そして、ミレーヌは犬を払うように手でシッシッと合図をした。
「今回は不問にしますから…とっとと消えなさい」
「おう。また来るな‼︎」
「もう来るなっ‼︎」
彼は「またなぁ〜」と言って、直ぐに茂みの中に消え去る。
ミレーヌはきっと今のは幻だと、溜息を吐くのだった……。
しかし…ライはちょくちょく出現するようになって…ミレーヌの警戒心は簡単に解けてしまった。
そして……三年後。
「ミレーヌ……」
「なんっー⁉︎」
ミレーヌはライに触れるだけの口づけをされた。
「なっ…にをっ…‼︎」
「ごめんな…バイバイ」
ライはそう言うといつものように茂みの中に消え去る。爆弾を残して…消え去った。
その日から…ライは来なくなったんだー。
そして…一年後…。
王宮の晩餐会で…わたくしはライに再開した。
しかし……そこにいたライは王太子で。
互いに…固まってしまったのよ。
先に動いたのは…わたくしの方で。
「このっ…木偶の坊がっ‼︎」
「ぐふっ……⁉︎」
右ストレートが綺麗に彼の頬に決まったわ……。
*****
「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て‼︎」
客人の部屋…ミレーヌは連れて来たエストと共にワインを嗜みながら、彼女の昔話をしていた。
「なぁに?」
「あんたっ…国王と会った時、細剣を向けたのかっ⁉︎」
「まぁ、知らなかったからねぇ。後、今の話も色々省いてるけれどねぇ」
「うわぁ〜……嘘だろっ…前国王と王妃の出会いって……」
「運命的よねぇ」
「武闘的の間違いだろ…」
エストは信じられないと言うように頭を抱える。
「失恋記念に話してあげたのよ?」
「失恋って決めつけないでくれますっ⁉︎」
「失恋でしょ?あの二人…完全に両想いじゃない」
「うーうーうーっ‼︎」
エストは耳を塞いでいる。ミレーヌはケラケラ笑う。
ジークフリートとアンナのあの様子を見ている限り…今頃、イチャイチャしているに違いない。
「まぁ…飲みなさい。今日はとことん付き合ってあげるわ」
「……………う…それ、絶対ミレーヌ様が飲みたいだけですよね…?」
「難しいこと言わないのよ」
ミレーヌはエストのグラスにワインを注ぐ。
そして…遠い昔を思い出すように目を細めた。
「………ミレーヌ様は…」
「うん?」
「……本当にジークフリート国王に何の感情もなかったんですか?」
「………………」
ミレーヌは目を見開く。そして…困ったように眉を顰めた。
「…………そうねぇ」
ジークフリートは…自分を生かすために間違った選択をした。
でも、あの時の自分はそれを見抜ける程…心の余裕がなくて。
………義弟にそこまでさせてしまった自分が憎くって、悲しくって。
ジークフリートが憎かったんじゃない。
何も出来ない自分が憎かった。
本当は…懺悔をしたかった。
でも…それはジークフリートの思いを、覚悟を踏み躙ることになる。
だから……。
「………昔に戻れたら…そんな気持ちはあったんでしょうね…」
「………………」
「……ジークフリートに罪を背負わせたのは…わたくしだから」
エストは静かに彼女を見つめる。
そして…小さく溜息を吐いた。
「いいんですよ、思う存分困らせとけば」
「…………ぇ?」
「女性の我儘に付き合うのが男ってもんだから……気に病む必要はないです」
「……………っ……以外に…フェミニストね……」
ミレーヌはそう言いつつもエストの言葉に泣きそうになる。
しかし……。
「………というか…アンを奪ったんだから…それぐらい苦しめばいい……」
ドスの効いた声でそう言うエストを見て…少しでも感動してしまったのが嘘のように…ミレーヌの顔が冷たくなる。
「…………………………それが本音でしょう…」
「……………」
エストはまるでオモチャの人形みたいに変な顔をする。
「…………なぁんのことですかなぁ〜」
キョドッているエストはとてもカッコ悪かったが…ミレーヌはそんな彼にワイングラスを持ち上げた。
今ばかりは…彼のその態度のお陰で…少し気が楽になったから、せめて門出を祝おうと思ったから。
「……取り敢えず…新たな門出に」
「…………」
彼も苦笑しながら、ワイングラスを持ち上げる。
チリンッ……涼やかな乾杯の音が静かに響いた。
今日、色んなものにケリをつけて、再び歩き出した。
だから……天国から見守っていて欲しいと…ミレーヌは祈るのだった……。




