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真実とキッカケ










「……………まだ付き合うのかよ…」







風呂から出たばかりのジークフリートは肩にタオルを掛けながら…今だに自分ジークフリートの部屋で暢気に本を読むミレーヌを見つめた。

「当たり前よ?」

ミレーヌはクスクスと笑いながら、ワインをかたむける。

「もう…時間が余りないんだ……」

切羽詰まったようなジークフリートの声。

ミレーヌは静かにそれを見つめた。

「だからっ…」

「ねぇ、ジークフリート」

彼の言葉を遮るように強く名前を呼ばれて、微妙な沈黙が漂う。

その沈黙を破ったのは…ミレーヌだった。

「懐かしいわねぇ…昔はよくこうしてたじゃない」

「………昔は…だろ」

「今もでしょ?」

「…………………」

ジークフリートは毒気が抜かれたかのように溜息を吐くと、ドカッとベッドに座る。それを見たミレーヌは「ダメよ?」とワインをテーブルに置いて、歩み寄る。

「ちゃんと髪の毛、拭きなさいな」

ミレーヌは甲斐甲斐しい母親のように髪の毛をタオルで拭く。

「…………………」

「険しい顔ねぇ…そんなに王妃あのこが気になるのかしら?」

「……………………」

「それともわたくしの態度がこの国を発った時と全然違くて…驚いてる?」

ジークフリートの身体がピクリと震えた。

「素直ねぇ」

ジークフリートは自分がこの人に殺されても仕方ないと覚悟していた。

自分が許されないことをしたと自覚しているから。

けれど……。






『ジーク‼︎』





アンナの声が聞こえた気がした。

それと共に笑顔が浮かんできて……怖くなってしまう。

あの子の手を離してしまうことになるのが…悲しくなってしまう。

「…………………」

「……………そんなに好きなの?」

「……………………ぇ…?」

ジークフリートはミレーヌに言われた言葉を理解出来ない。それを見た彼女は「あぁ…そういうこと」と一人納得する。

「本当に〝酷い〟人ね」

ミレーヌはクスクスと笑う。でも…その顔は嬉しそうで…泣きそうで……。








そのまま彼女はー………。














*****










メリッサと会って二日後ー……つまり、ミレーヌがジークフリートの部屋に入って行くのを見てから、アンナは〝心ここに在らず〟の状態になっていた。

ジークフリートとはあれから会っていない。

いや、会うのが怖かった。

せめてもの救いが…空気を読まずに付きまとうメリッサの鈍感さだ。

下手に接しられるよりも、全然いい。

「王妃を辞めなさいよっ‼︎」

「………」

「聞いてるのっ⁉︎」

「………ぇ…ぁ……なぁに…?」

アンナは久しぶりに中庭でピクニックをしながら…生返事を返す。

下手に接しられるよりもいいとは言ったが…それに反応するかは別の話で。


その瞳はメリッサを移していなかった。


ずっと生返事だからか…メリッサは我慢出来なくなったように、アンナの肩を掴む。

「…………辞めなさいよ〜〜っ‼︎」

アンナの身体を凄く揺らしながらそう言うが、反応しない。

「話を聞きなさいー…」

メリッサがそう叫んだ次の瞬間、彼女の身体が横に勢いよく飛んで行く。

「……っ⁉︎」

それを見たアンナはやっと我に帰る。そして、先程メリッサがいた所に立つ一人の黒髪黒目の女中を見る。


見たことがない人だった。


女中は人数が多いから、把握しきれていないだけかもしれないが……。

その人が纏うものが…冷たいもので、アンナの本能が警告を鳴らす。






「お前が王妃ですね?」





無機質な…中性的な声だった。

アンナは頷くことも出来ずにその人を見上げる。女中はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。






「…………死んでもらいます」






「えっ……⁉︎」

そう言ったの女中は思いっきりアンナの首を締め付けた。

「んくっ……⁉︎」

アンナは余りにも急に首を絞められて、驚愕する。女性であるのに見かけに寄らず力が強いので…呼吸が苦しくなる。

(な…んで……⁉︎)

アンナの意識が徐々に薄れていく…。

目の前にいるのが…黒い死神のようで……。


掠れていく視界の中で……ジークフリートが笑った気がして……。







「何してやがる‼︎」






「ぐっ⁉︎」

「かはっ……」

女中の顎に拳が当たり、勢いよく横に吹き飛ぶ。

そこにしゃがみ込むように倒れたアンナは咳き込んだまま…その人物を見上げた。

そこには…息を荒げて拳を持ち上げているエストがいた。

「………エ…スト……?」

「アン、大丈夫かっ⁉︎」

エストはアンナの肩に優しく触れながら、絞められた首を見る。そして…悲しそうに眉を寄せた。

「アザになってる…こいつは…暗殺者か…?」

アンナは痛む首を抑えて、倒れた女中を見つめた。その視線に目を移したエストは「あぁ…」と呟く。

「顎を殴ったから、気を失ってるはずだ」

「…………そ…ぅ…」

「今すぐ報告をしよう、アンが殺されかけたって……」

「……それは…ダメ…」

アンナはエストの腕を掴む。エストは驚いたように目を見開く。

「でもっ……」

「秘密裏に…処理して……?」

「アン‼︎」

アンナは弱々しく首を振る。

「…………何も…ないの…エストは…何も見てない…いいわね……?」

「………………っ…‼︎」

渋々頷いたエストに…アンナは満足したように笑う。

「……でも…ここから離れよう…ちょっと待っててくれ…」

エストはどこかに走って行くと、すぐに戻って来る。

「信頼出来る同僚にこいつらは託した。秘密裏に処理してくれる」

「……あり…がとう……」

エストはアンナをお姫様抱っこで抱き上げる。アンナは驚いたように目を見開いた。

「アンの部屋に行こう」

「…………で…も…」

エストには自分が王妃だと話していない。だから、部屋に行こうとなると…。

「………大丈夫。アンが王妃だって分かってる」

「……………ぇ…?」

「でも、アンはアンだ。大切なに違いない」

エストはそれ以上何も言わずにアンナを抱いたまま、歩き出す。

泣きそうになったのは…言うまでもなかった。

「……………ごめん…」

「………………バカだよ…アンは…」

それ以上、何も言わない。

エストは王妃の部屋に辿り着くと、「入るね」と小さく言ってから、中に入り…アンナをベッドに横たわらせた。

「……………エスト…」

「…………久しぶりに会ったのが…いきなりの事件現場ってオレの気持ち…分かる?」

「……………ぅ…」

「まぁ……無事で良かったよ」

エストは心底安堵したように溜息を漏らす。

アンナは申し訳なさそうに顔を顰めた。

「……ごめん…」

「……何で…言いたくないの?」

「………………」

「アン」

引く気がないエストにアンナは渋々と口を開く。

「………………ジークに…心配掛けたくないの…」

「でも、アンは王妃だろ?」

「……………それでも…だよ…」

今はミレーヌがいる。

ジークフリートは…きっと今、一杯いっぱいになっているはずだ。これ以上…負担を掛けたくない。

そんな気持ちが顔に出ていたのか…エストは苦虫を噛み潰したように険しい顔をしていた。

アンナは話を変えるように笑い掛ける。

「………エスト…今まで…どうしてたの…?」

「……ん?…あぁ…ちょっと近衛兵の訓練所に行ってただけ。守りたいものが出来たから、初心しょしんに帰ってたんだ」

「…………そう…」

「………行ってきて…良かったよ…」

『……アンを守れた……』

囁くように小さな声で、アンナは瞬きをする。

(…今聞こえたのは…気の所為……?)

「もう、寝なよ…本当は…怖かったろ?」

「……………あ…」

「大丈夫。寝つくまで…側にいるから」

子供にするようにエストはアンナの頭を撫でる。

そうされると…張っていた緊張の糸が途切れるようで……ポロポロと涙が零れた。

王妃だから…こんなのもあるのかなぁと漠然と思っていた。

しかし…実際に体験すると、それは怖くて……。


「ふっ…うっ……」


嗚咽交じりの泣き声が…静かに響いていた……。


















*****










アンナが殺されかけて三日ー。

アンナは精神的に衰弱していた。それもそうだ。

元は平民である彼女が…殺されかけたのだ。


それも…王妃だという理由で。


いきなりのことで、どうしようもなくなるのは仕方ない。でも、アンナが少しずつ痩せていく。

まだ、数日であったとしても…食事も手につかず、精神的にも参っていたからか、その変わりようは尋常じゃない。

それでも、国王陛下には秘密にしてと言うのだ。

首のアザがあるから、アンナは部屋から出ない。エストが王妃の部屋に行って、様子を見るぐらいだった。自分エストしか知らずに…彼女が苦しんでいる。

見ているだけしか出来ないエストはそれを我慢出来なくて……。






とうとう…その日、行動を起こした。






夜になり…エストはとある場所に向かっていた。

もっと早く動けばよかったかもしれないと後悔をしながら、その場所に急ぐ。

そして…とある豪奢な扉の前に立つと乱暴にノックをした。

『入れ』

くぐもった声が聞こえて、エストは何も言わずに勢いよく開ける。

「………お前は…」

そこには…ラフスタイルな国王ジークフリートがいた。その隣には…少し薄着のミレーヌ前王妃だ。

それを見て、エストは目を見開く。

「…………最低だ…お前…」

「………何…?」

エストは悪態つくように言う。国王に向かって〝最低〟だの〝お前〟だの言うのは罪だと分かっていたが…言わずにはいられなかった。

「………あぁ…そういうことか……アンがあそこまで隠そうとしたのは…‼︎」

エストは悟る。

あんなにもアンナが隠そうとしていた理由に。






………………ジークフリートには…他に女がいるから…迷惑を掛けたくなかったのだ、と。






「……アン…?」

何度か〝アン〟という名前を反芻して、彼はアンが〝アンナ〟だと気づいたように目を見開いた。

「アンナがどうかしたのかっ⁉︎」

ジークフリートが血相を変える。しかし、それはエストの怒りに油を注ぐようなものだった。

「黙れよっ‼︎」

エストは殴り掛からん勢いで叫ぶ。その目は怒りに燃えていた。

「………………………お前がその気なら…アンはオレが貰う」

「…………何…?」

「…………………」

エストは睨みつけるようにジークフリートを見ると、何も言わずにそこから立ち去った。

























「随分と一方的だったわねぇ?」

「…………」

高みの見物をしていたミレーヌはクスクスと笑う。

ジークフリートは部屋から出ようと扉に歩き出す。

「どこに行くのよ、ジークフリート」

「………………アンナの元へ」

「〝わたくしを置いて行くの〟?」

含みがあるような言い方に…ジークフリートは冷たい目線を返す。

「……………………俺はミレーヌに殺されても仕方ないと分かっている。それこそ…詫びても詫びきれない程にな」

「…………なら…」

「…でも……〝アンナに関すること〟だけはダメだ」

「………………」

「……………協力・・してくれなくてもいい…行かせてもらう」

ジークフリートはミレーヌの返事を待たずに部屋から出て行く。

一人残されたミレーヌはつまんなそうに溜息をついた。






「………意地悪が過ぎちゃったかしらね……」






本当は嬉しかったのだ。

かつて…自分が投げつけた言葉で彼は動けなくなってしまった。

そして…彼は自分を生かすために怨まれることを覚悟した。

遠く離れた地にいて…心に余裕が出来て…自分が歳下の子になんてことをしたんだろうって後悔の念が絶えなかった。


だから…再会した今、彼の覚悟を踏みにじる気がして謝ることは出来なかった。


その代わり…昔のように接した。


彼に取っては…不気味でしなかったかもしれないけど、これは自分なりの意思の示し方だったのだ。



ジークフリートは…夫の大切な弟だった。

自分に取っても…大切な義弟だった。


そんな彼一人に重いものを背負わせていた。


法律を学んでくるというのも…生きるための目的になればと思っての彼なりの思い遣りだったのだ。


だから…そんなジークフリートが歩み出していて…嬉しい反面、悲しかったのだ。






………憎かったのだ。






「………ジークフリートの所為じゃないと分かっていても…割り切れなかったのよ……」




意地悪が過ぎてしまった。

まさか…あそこまで執着しているなんて思いもしなかった。

「もう、大丈夫。ちゃんとわたくしも歩き出すわ」

ここらが潮時だろう。最後の覚悟はつけれたかもしれない。

もし…ジークフリート自分ミレーヌを何に置いても第一にしてくれたなら、立ち止まって頼ってしまっただろう。






でも…彼には彼の一番がいたから。






「後で謝りに行かなきゃいけないわねぇ」





悲しそうに呟いた後…ミレーヌはその部屋を後にした。
















*****












「………ア……」

軽く体を揺すられた。

「……」

「……アン…起…」

アンナはゆっくりと目を開いた。

霞む視界の中でそこにはエストがいて……。

「……………エスト…?」

「……アン…オレとここを出よう」

「……………ぇ…?」

エストの言葉にアンナの思考が目覚め始める。

寝起きの頭にエストの言葉が突き刺さる。

「…………えっと…今…なんて…」

「もう、国王のためにそんなに衰弱してまで妃なんてやらなくていいよ」

確かに…アンナは最近の自分が疲れているのは分かっていた。しかし、他の人から見たら衰弱と言える程、弱っていたのだろうか?

アンナは少し俯いてしまう。

「………でも…」

渋るアンナを見て、エストは彼女の肩を掴む。泣きそうに、悔しそうに見つめる。

「あの人は…今頃、他の女と仲良くしてる。そんな男なんか止めて、オレと逃げよう」

エストの言葉は唐突過ぎて混乱してしまう。



逃げる?


後宮ここから?


ジークフリートの元から?



「……………でも…」

「アンが一人で苦しむ必要はないよ。元々はオレと同じ平民だ。こんな世界にいても幸せになれないよ」

「……………そんな…こと…」

「アンが国王を誑かしたなんて噂…全然嘘だ。まるで逆じゃないか…アンがこれ以上、あいつのためにしてやる必要はないよ。行こう」

エストはアンナの返事を待たずに彼女を起き上がらせて手を引く。

「エストっ‼︎待って……‼︎」

手で引かれて慌てて後ろについて行くアンナの訴えをエストは全然聞いてくれなくて……。


そして…扉を開けた瞬間ー……。











「何、王妃アンナ誘拐ラチしようとしてくれてんだ」











「ぐふっ⁉︎」

エストのお腹に長い脚が凄まじい勢いのキックを喰らわした。

「エストっ⁉︎」

「………………」

アンナが振り返るとそこには場に似合わない爽やかな笑顔を浮かべたジークフリートが立っていた。

「よう…アンナ」

「ジッ…ジーク⁉︎」

「……って待て‼︎どうしたんだっ⁉︎顔色悪いしっ…その首っ……‼︎」

ジークフリートはアンナの首に出来たアザを見ると、慌ててそのアザの様子を伺う。

心配するジークフリートにアンナは勢いよく首を振った。

「ちがっ…これは……紐を首に…引っ掛けちゃって……」

「そんな嘘、信じるかっ‼︎馬鹿っ‼︎」

「………その……」

鬼気迫るジークフリートの顔に、アンナは眉を下げて泣きそうになる。その顔を見て、彼は顔を翳ら(かげら)せた。

「…………近衛兵こいつが言ってたことは…これかよ……」

ジークフリートは悔しそうに歯を噛み締める。そして…アンナを強く抱き締めた。

「………………馬鹿アンナ…なんで…言わねぇんだよ……」

「……………………だって…」

「あん…たに……そう言う資格が…あんのかよっ……」

苦しそうな声でそう言われて、二人は足元を見る。そこには腹を抱えて苦しそうにしゃがみ込んでいるエストがいた。

「……他の…女と…いるから……アンは…アンはっ……‼︎」

「エスト…だめっ……」

「殺されかけても秘密にして、衰弱したんだっ‼︎」

アンナは息を飲む。

秘密にしていたのにバレてしまった。

「殺されかけた……?」

ジークフリートは驚愕に目を見開く。

その顔が…今まで見たこともないくらいに恐怖していて…。











「………殺されかけた…?なんで…なんでっ‼︎そんな大事なこと話さないんだよっ‼︎」











「………っ…‼︎」

ジークフリートが…本気で怒っていた。

怒らせることは多々あったけど…こんな怒り方、初めてだった。


本気で…心配して、怒っていた。


アンナはどう言葉を返せばいいのか分からない。

「………ごっ…ごめん…なさい…」

じわっと視界がにじむ。

泣いちゃダメだと思っても、意思に反して涙がポロポロと溢れる。

それを見たジークフリートは息を詰めて、後悔したように顔を歪ませる。

そして……アンナの額に自分の額を合わせた。

「………俺こそ…すまん…荒げ過ぎた…」

零れ落ちる涙を拭うように目尻を指先で触れる。

至近距離で見つめ合う彼の瞳は…本当に悲しそうで。

「確かに不安にさせるかもしれないとは言っけどな…別に俺にその不安を言うなとは言ってねぇだろ」

「……………」

「……況してや…殺されかけたのを黙ってようとするなんて……馬鹿じゃないのか…」

苦しそうに、悲しそうに顔を歪ませるジークフリートは…弱々しくアンナの身体を抱き締める。

ここにいるっていうのを確認するかのように。

「…………でも……ミレーヌさんと…いたから…」

偽りの妃が殺されかけたとしても、関係ないと思った…その言葉はジークフリートの凄まじくすさんだ顔の前に消え去った。

「………なんでここであいつが出てくる…?所詮、幼馴染きゃくじんなんだぞ…?王妃アンナの方が優先度高いに決まってんだろ」

「…………でも……ジークとミレーヌさんは…〝両想い〟だって…」

「はぁっ⁉︎」

「…………だって…ミレーヌさんが…ジークの部屋に入ってくの……見て…」

ジークフリートは呆然と口を開けて固まる。

「……だから…邪魔しちゃ……悪いかと…」

どんどん小さくなる声を聞いて、彼はあからさまな呆れた顔をした。

「んな訳ねぇーだろうが。確かに…昔は好きだったかもしれないけど…それもあくまでも幼馴染としてだし。今は尚更なおさら、そんな風に思わねぇよ‼︎」

「でもっ…メリッサさんがっ……‼︎」

「………メリッサ…?」

ジークフリートはメリッサと名前を聞いて、黒い顔で舌打ちをする。

「……あのガキ…昔っから俺とミレーヌをくっつけさせたがってんだよ……ミレーヌは兄貴と見てらんねぇくらいにラブラブだったってのに……」

「……………そうなの…?」

「おう。それに…俺の部屋に来てたのだって…人前じゃ沢山酒が飲めないからだし……今回、付き合ってたのだって〝計画・・〟のためにだし……そもそも、俺はあいつにしたら論外だからな」

「……………………………酒…?計画…?論外…?」






「そこからはわたくしから説明しますわ」






ひょこっと現れたミレーヌに、アンナとジークフリートは後ずさる。全く気配がなかった。

ミレーヌは「話すわね?」とウィンクをする。

「わたくしは旅と題してこの義弟に他国の法律を学んでくるなんていう仕事を押し付けたのよ」

「…………はぁ…」

「夫を亡くした未亡人によ?この悪魔って思ったわ」

確かに…夫を亡くした人に勉強してこいと言うのは酷だ。

「まぁ…お陰で余計なことを考えないで済んだんですけど……ジークフリートを毎夜毎夜、付き合わせてたのはその法律の話をするためですわ。忙しくて、夜しか時間がありませんでしたし」

「…………………そうなの……?」

「えぇ、ついでにお酒の相手をさせてたんですの。人前じゃ流石にわたくしの酒豪っぷりを見せる訳にはいきませんし」

「………………下手すると…たるを一人で飲み切るからな……」

ボソッと呟くジークフリートの言葉に、ミレーヌは笑顔で圧を掛ける。綺麗な人が圧を掛けると怖い。

「まぁ…そういうことですので安心して下さいな。わたくしとジークフリートには一切、何もございません。そもそも…わたくし、ジークフリートは論外ですから」

ミレーヌはアンナを熱っぽい瞳で見つめる。

その視線にアンナはビクッとした。

「それに…わたくし的には…王妃様の方がストライクと言いますか…♡」

「…………え…?」

アンナの頬に冷や汗が流れる。ジークフリートはミレーヌを指差しながら答える。

「一番の誤算が、帰って来たら女性好きになぅてたことだな」

「「…………な…」」

その台詞にアンナとエストは言葉を失くす。

ミレーヌは「うふっ♡」と艶やかに微笑んでいる。

「……それに…どうこうなる以前の話…ジークフリートはわたくしなんて見ていませんわ。この人、夜遅くなると王妃様の部屋に忍び込んで頭撫でてるのよ?」

「「……………………え?」」

今度はアンナとエストの呆然とした声が重なる。暴露ったミレーヌにジークフリートが真っ赤になった。

「って…おいっ‼︎ミレーヌっ‼︎いつから見てやがった‼︎」

「え〜?それは…最初の日から?」

「お前っ…‼︎」

「王妃様に夜、会えないからって女性の部屋に忍び込んで頭を撫でるのはどうかと思うわぁ〜」

アンナは自分の頬が真っ赤になるのを感じた。信じられないくらいに熱い。

「だ•か•ら…王妃様が心配するようなことではありませんよ?ジークフリートは王妃様にぞ•っ•こ•ん•ですから♡」

ミレーヌは再びウィンクをすると、しゃがみ込んでいたエストをグイッと立ち上がらせた。

「えっ…何を…」

「この子はわたくしが連れて行きますわねぇ〜ではごゆっくり〜♡」

「えっ…ちょっと待って‼︎まだ話したいことがっ…」

ミレーヌが手を振りながら歩き出す。引きずるようにエストもその後に連れてかれる。

「あ、そうだ。ジークフリート」

ミレーヌは思い出したように振り返る。

「……なんだよ…」

「ちゃんと〝計画・・〟には協力してあげるから、安心なさいな」

「……お前…」






「………ジークフリート…もう、充分だから…幸せになって」






急に真面目な声でミレーヌはそう告げる。

ジークフリートは言葉を失くした。

「………もう…許すわ。ごめんなさい…貴方に背負わせて」

「………ミレーヌ…」

「……ありがとう…わたくしも歩き出すから…ジークフリートもちゃんと歩き出して」

そう言って…笑ったミレーヌは…晴れ晴れとしていて。

彼は声にならない嗚咽を飲み込む。

「では、御機嫌よう〜♡」

しかし……さっきまでのシリアスは雰囲気はどこへやら。

…ミレーヌは叫ぶエストを連れてどこかへ行ってしまった。

「…………」

「…………」

残されたアンナとジークフリートの間になんとも言えない空気が流れる。

多分…彼女ミレーヌなりの気遣いなんだろうが…それにしては気遣いの態度の変わりようが凄すぎる。

ジークフリートは「はぁ…」と溜息を零すと、アンナを抱き上げた。


…………勿論、お姫様抱っこで。


「ジークっ⁉︎」

「医師に見せに行くぞ」

「えっ…ちょっ…」

「………その後…〝お仕置き〟、な」

ジークフリートは問答無用でアンナを連れて行く。

彼の〝お仕置き〟と言う言葉に震えているのに…エストに抱っこされた時には感じなかった…胸の高鳴りと体温が上がる感覚。

ジークフリートの腕の中にいれることが…嬉しくて…泣きそうだった。






















医師に見せ終わり、湿布を貼って首に包帯を巻いたアンナは…王妃の部屋のベッドの上に座りながら、ジークフリートに抱き締められていた。

「…………ジーク…」

「…………………ん…」

「……………苦しい…」

「……………………イヤだね」

一向に離そうとしないジークフリートは、さっきよりもぎゅうっと力を込める。

部屋に戻ってくるなり、ジークフリートはずっとアンナを抱き締めていた。

これが…彼が言っていた〝お仕置き〟なのだろうか?でも…これは……。

「………ねぇ…ジーク…」

「………………………ふざけんなよ」

「…………え?」

「何、殺されかけてるのを黙ろうとしてたんだよ…」

「……………その…」

アンナは視線を泳がせる。しかし、彼の目は話すまで許さないと語っていて。

アンナは渋々口を開く。

「ミレーヌさんと一緒にいるから…私が死にかけたってなったら…迷惑かなって……」

ボソボソと言う言葉に、ジークフリートは「はぁっ⁉︎」と怒った声を上げる。

「………お前が死にかけたら迷惑ってなんだよ…俺に言ってくれないで、一人で苦しんでる方が迷惑……心配になるだろっ⁉︎」

「いや…その……」

「もう…止めろよ……」

縋るような…声にアンナは息を飲む。

ミレーヌに会った時みたいに…彼の身体が震えていた。

(……どうして…偽りの妃なのに……)

ジークフリートに取って、自分アンナは契約関係でしかないはずなのに。

本当に…愛しい人を思いるような言動に…動揺してしまう。







「もう…俺の大切な人がいなくなるのは……イヤなんだよ……」






でも、彼の酷く弱っているその声は…アンナの動揺を吹き飛ばして、後悔をさせた。

ジークフリートに真実を話さなかったことを…後悔させる。

「…………ジーク…」

「…どうすれば分かってくれる?どうすれば俺から離れないでくれる?」

泣きそうな顔でそう言うジークフリートは…子供みたいで。











「アンナまで…俺から離れていかないでくれよ……」











いつか離れることが分かっているのに…彼は離れないでくれと言う。






「…………ジークは…誰かを…失ったことが…あるの…?」






「………」

ジークフリートは顔を歪める。

それが…言い難いことだと、顔を見るだけで…分かった。でも……。

「…………アンナ…」

「…………うん…」

「………いつか…話すって言ったよな…」

ジークフリートは覚悟を決めたように顔を持ち上げる。

その瞳は…動揺しながらも、強い意志を宿していて。






「……俺の話を…聞いてくれるか……?」






昔のことを話そうと思う…いい、キッカケだと思ったのだろうか。

話すと決めたのなら、聞くのはそんなの当たり前だった。

……アンナも神妙な面持ちで頷く。

それを見たジークフリートは弱々しく笑った。











そして…ジークフリートは…静かに……でも、確かに…語り始めるのだったー……。









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