2019年七月中旬
兄からの指示とお願いで久々に戻った土地は故郷でもなんでもないはずの土地。
あまり交流をしていたつもりはないがそれとなくそぞろ歩きがおだやかにできる町だった。
ただ、今回は親族の家にも父のマンション(購入したのは自分だったはず)にもやっかいにならず、新たに自宅を据える。
姪や弟達が校区や通学に不便にならず、自分にとっても最適なセキュリティとプライバシーの兼ね合い。
婚姻に伴い配された部下や警備。
姪達と弟の部屋。高校を出た甥や弟が遊びに滞在する部屋は違うフロアで購入した。
弟の部下を別のフロアや他の部屋に斡旋すればいいだろうと乱暴な手段ではある。
「だって、この町がいいんだもん」
黒髪をツインテールにした姪がぷうとふくれる。
基本的に力づく解決の方が楽だよね。というタイプの姪は本能で駆け引きを生き抜く野生のケダモノ属性だ。普段しおらしくしてるのは擬態だな擬態。するだけ末の叔父よりマシだろう。
「必要な学力があやしいと困っちゃうよ」
下の姪は高校受験なのだからとしかたなさげに苦言を与える姪はどう自身を振りたいのだろう。
なんだかんだで自分の望みに突っ走る兄が三人、妹が一人。特に固定目標が見つからなければ流されやすい我が家の遺伝はあると思うけれど、大概、高校くらいには欲しいものを見つけるものだけどなと思わなくもない。
見つけたのは絵だった。許される限り、絵に沈んだ。他を見ようとは、他に脳の容量を裂こうとは思わなかったから。
婚姻の話が出るまでは。
「幼稚園か保育園探すの?」
弟が娘におずおず指を伸ばしながら聞いてくる。
「いや。そのつもりはないよ」
できるだけ他人との関わりを増やしたいとは思わない。え。なに。その最悪とでも言いたそうな表情。
「叔父さん、ちゃんと喋りかけてあげてる?」
「言葉遣いとか態度とかって周りから影響受けるんだよ?」
知ってると思いつつ、おまえら問題ないんだから大丈夫だし、落ち着けばナニーが派遣されてくる。正直気に入らないが。
はいはいと流して現地保護者がいらないのなら出て行くよと大人気なく脅しておく。
時雨とたぬきが新しい別荘をぐるぐる探検して満足したようにソファーに陣取る。
柊子さんの体調が思わしくない日は猫を面倒見ている余裕がないのだとか。
「おまえ達が見本になればいいだけだよ」
「祐子ちゃんと遊べるよね」
甥っ子の子供のうち男の子の方が母親に似てとても体が弱い。母子ともに体調を崩してしまう日も多いのだとは聞いている。娘の祐子の方は甥に似たのか健康優良児らしい。
「ぱぱ?」
娘がいつもと違う賑やかさに膝の上で見上げてくる。
「一緒に暮らす家族だよ」
「マンマは?」
娘のいうマンマは母親ではなく、ナニーのノンナ。ノンナは丁度産休中で一年は異国の地には来れない。娘が会いたがってると知ればくるかも知れないがさせたくはない。
「あとでくるよ」
たぶん、一年ぐらいあとで。
「しばらくお手伝いしますね」
義母が下の弟を抱いて笑っている。
「ああ。アンジェリーナ、この子はムサシ叔父さんだよ」
「む?」
「私は鈴音ね。よろしくねー。こっちのお姉ちゃんは天音ちゃんだよー」
「その二人はアンジェリーナのイトコだ」
娘がぱちぱちと青い目を瞬かせる。
きゅっと腹に圧迫。
「人見知りかわいー」
きゃーとばかりに機嫌の良い姪と義母の声。
一気に周囲がにぎやかになるわけだが子供の適応力に期待かな。
紹介を含む時間娘はひざの上からおりようとはしなかった。
まだ人に着替えを手伝ってもらっていた娘は自分でおきがえチャレンジを機会に姪達と仲良くする。
弟は義母が幼稚園に連れていく。
姪と弟が中学に登校し、もう一人の姪がタブレット片手に猫の世話をしている。
「今日はどう過ごすの?」
「まず買い物かな」
高校に入ってから髪を切るのをやめたらしい姪はふわりとした髪をハーフアップにしている。
「どうしたいとかあるのか?」
今日でも、その他でも。
するっと視線が泳ぐ。
「特にはないかな。あとで柊子姉さんのところにお手伝い行くけど、夕方には戻るよ?」
会話はいつも通り続かない。
娘を抱きあげて家を出る。
車移動でないことに娘がぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「一人でお外に出るんじゃないよ」
指差すものを追って「あれは電線。あれは電柱。ポスト。信号。今は赤。赤の時は進んじゃいけない。青でいいけれど左右はちゃんと確認」と教えていく。途中から歩くと主張する娘の手を握ってゆっくりと歩く。
商店街方面の戸津アニマルクリニックとペットショップはオープン時間が変わってなければ開いているだろう。猫砂の予備だとか多少追加しておこう。
夏休み前の微妙な時期の登校通勤時間を外した時間は人通りまばらだ。
「あら。久しぶりじゃない。三春くん」
朗らかに声が飛ぶ。
互いにおはようございますと挨拶し、娘を紹介しておく。
「娘のアンジェリーナです。しばらく町にいるのでよろしくお願いしますね」
「アンジェリーナです」
にっこり笑う娘にしゃがんでよろしくねと挨拶を返してくれる。
ご挨拶できるのねーという梨沙さんの言葉がどこにかかっているのかはスルーする。
「奥様似なのかしら?」
「ええ。瓜二つなので将来は約束されていますね」
「あら」
とてもにやにやされながら猫達の別荘グッズを買い足した。
途中、戸津先生が顔を出して「おかえり」と声をかけてきた。
こっちも「おひさしぶりです」と返せば挨拶がまともに返ってきたと反応されて娘に見上げられた。
少しは社交性が必要な環境で過ごしていたので。と返しておいた。
「夏休みになったら、きっとお友だちできるよ。どこか保育園か幼稚園決まっているの?」
夏祭り終わっちゃってて残念だったね。とにこにこ戸津先生は笑っている。
「今のところ外に預ける予定はありませんよ。後日堂島の双子と顔合わせはさせるつもりですが」
「あー、じゃあうちの子にも会ってく? 一緒に遊ぶにはまだうちの子が小さいけどね」
小さいというか宇美さんの中ですか!
さらりと顔見せをして最低限の保険をかけておく。梨沙さんの噂の輪は広いから。帰りは疲れてしまった娘を抱いて帰る。あまり暑くなる前に散歩時間確保だなぁ。
お昼寝をさせている間に昼食の準備。
揃えられた食材を確認しながらネット注文サイトを開き、会員登録をしてかさばるものを中心に発注しておく。
受け取りを部下に伝えておけばとりあえずの昼食作りに入れる。
できた頃に起きたらしい娘が不安そうにタオルケットを抱き抱えてこっちにきた。見知らぬ部屋で一人で起きたことが不安だったようだ。
「マンマ……」
「お昼にしよう」
ぱっと驚いたように顔をあげてふわっと笑顔になる。
「パパ!」
「しばらくパパと新しいファミリーと暮らすんだよ。ノンナは赤ちゃんを産むからしばらく来れないんだ」
さみしいかな? と聞くとパパと一緒だから大丈夫。と抱きついてくる。
昼食を済ませ娘を着替えさせてからまた出かける。今日はうろ北のスーパーを目指す。日差しは強くなさそうだが、念のためにつばの広い帽子をかぶせる。明日はモールで動きやすい服でも買ってやる方がいいだろう。持ってる服がふわふわのひらひらばかりだからなぁ。
住宅街を抜けてたどり着いたスーパーは相変わらずにぎやかに繁盛しているようだった。
きゅうっと足にしがみついてくる娘は人の目が少し気になるようだ。
「あら、久しぶりねー」
おひさしぶりですと返すが残念ながら名前は出てこない。確かにこのスーパーでよく遭遇する主婦の方々だ。
「かわいいわね。姪御さん?」
うちは親族多いと認識されてるようだからなぁ。
「いえ、娘です」
「あら結婚してたのね。おめでとう」
あらあらとなぜかむらがられて祝福された。
お名前はーとかお年はーとか聞かれて不安そうに見上げる娘を撫でておく。
「アンジェリーナ、ろくさい」
上手ねーと褒められて機嫌をよくした娘にほっとする。
「小学校は北小? それとも?」
「校区的には北ですね」
……もしかしなくとも幼稚園行かせないとはいえ、保護者会からは逃げられないのかな。
しばらくつかまったあと、品揃え確認を目的とした買い物を終えた。
「パパ、小学校?」
「んー、あの子達も高校生になるしなぁ」
……弟とあの姪の三人暮らし? もしくは二人暮し?
外聞悪そうだからダメだな。
「日本語でお名前書けるようにならないとな」
お友だちって今までぬいぐるみとかだけだったしなー。同じ年頃免疫ないよなー。
娘はやっぱり途中で疲れたので抱っこして帰った。
"うろな町の教育を考える会" 業務日誌
https://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
よりうろなスーパーお借りしました♪
きっと繁盛してる✧




