惑うことが終わらない
うとうととしている千秋は無防備に見える。
エアコンの効いた部屋のソファーでタオルケットかぶってうとうとしてる。
食事はとっているけど、量が少ない気がするし、すぐ構うなって言うし、顔を合わせたくないとばかりに誰かとの約束に出掛けて行く。
俺も自分の予定でいないことは多いけど、距離感が遠すぎて不安になる。
『兄さん』と呼ばれて安心したはずなのに、ようやく、お兄ちゃんになれたと安心したはずなのに。どうして、こんなにも遠く感じるんだろう?
これでいいはずなのに。
「兄さん?」
ほら、兄って認めて呼んでくれてる。
「風邪、ひくぞ」
なにかを探すように視線が彷徨う。
「ん〜、かぶってたし」
タオルケットをひらひら示す。
「バイト中じゃなかったのか?」
事務バイト。
「休憩中。逸美もめんどいとこあるよなぁ。サッサと紬ちゃんに美芳は『姉』だって伝えていればこじれないのにさ」
認めたくないのかなぁって笑っている。
「だってさ。それが基本伏せられてるから、美芳の方も彼氏と揉めるしさぁ。ばっかみてぇ」
同意を求めるように見上げられる。
「わざわざ揉めるのはなぁ」
だろと笑う。
「心配なんだ」
「そーだなぁ。隠しごとはこじれる原因だよなぁ」
あくびしながら体を起こす。
「千秋は……」
「ストップ」
千秋の隠しごとは何と聞こうとしたのを止められる。
困ったような笑顔。
伸びた手が軽く覗き込んでいた俺の頬を掠めていく。
「そーゆーのはさ、自分の隠しごとを告げてからな」
俺の隠しごと。
「自分だけ、隠して知りたいってズルいよ。兄さん」
そのままふつりと糸が切れたかのように腕が落ちる。
「千秋?」
触れれば体温の温もりと規則正しい脈。
「眠った?」
「添い寝でもしとけば?」
朝まで起きないしとミツルが言う。
問うように見つめてもミツルは拒否を示す。
「千秋を拒絶したのはシーだろう?」
拒絶?
「してない……」
お兄ちゃんだから、守るんだ。
愛して守って、ようやく「兄さん」って認めてくれて。
関わるな。おかしな振る舞いをするな。普通に周りに合わせて。人の迷惑にはならないように。
俺はどこで間違えた?
「千秋が、望んだのに?」
眠っている千秋に触れる。
眠っていれば拒絶されない。
望みにそって動いてるつもりなのに、千秋はどこまでいっても認めてくれない。
どうして、ちゃんとできてるって認めてくれないんだろう?
なんで不満なのかと思えば、俺がちゃんとできてないから。
「俺は千秋にいらない?」
「そーゆーわけじゃないんだが、俺には説明できないよ。おまえと千秋は違うからな」
そんなことわかってる。
もぞりと千秋が身じろぐ。
千秋にいらないって言われたら俺はどうしよう。
空がいる。
それで千秋がいらないってできるとだって考えたハズで。
千秋が遠い気がしたとたん、堪え難い。
苦しくてモヤモヤして仕方ない。
「しぃ」
寝ぼけた千秋の伸ばす手、擦り寄せられた髪の柔らかさ。
愛して守って共にいる。
その心音に安堵する。
「千秋にいらないって宣言されたら、どうするんだ?」
「……関係ない。千秋を守らないと」
「なにから?」
なにから?
「ミツル、うるさぃ」
なにから?
「守ってもらわなくていいから。兄さんは空ねぇを守っていればいいよ。僕に過干渉してる場合じゃないだろ。不安なら今夜は添い寝してやるからさ」
いらない?
「あのな、義務なら、本当じゃないなら僕は嫌なんだ。だって僕の声は届かない。なーんてな。兄弟で本当じゃないも、義務もないよな。つーか、寝かせてよ」
不自然な体勢で欠伸。
「いて、いいの?」
一緒に寝たりする機会が減って避けられていたのに?
「ヤならいいよ」
拗ねた子供のようにも見える千秋を見下ろす。
「ヤじゃない。ソファーじゃない方がいいだろ?」
移動を促せば「動きたくない」と体から力を抜く。
仮眠室のベッドに運んで添い寝。
ジッと見下ろす。
なにが不満で嫌だと思っているのかがわからない。
「千秋は俺が嫌い?」
「うるさぃなぁ。嫌いって言って欲しいの?……幸せになろうとしないのは嫌い。あるものを見ようとしないのも、嫌い。でもさぁ僕は兄さんが好きだよ。鬱陶しいけどさぁ、もどかしいけどさぁ、鎮兄さんが好きだよ。馬鹿なトコも融通変にキかないところも好きだよ」
千秋に認めてもらった。
好きと言ってもらったはずなのに。
空をぎゅっと抱き締める。
不安でしかたない。
千秋に『兄さん』と呼ばれるのは嬉しいと思うのにどこか不安でしかたない。
なくなるべき不安が消えない。
なにかを間違えた気がするのにそれがわからない。
手放したくない。
逃がさない。
でも、どう動けばうまくできるかわからない。
「ごめん。ちょっと不安なんだ」
心配するような空の手のぬくもり。
「失いたくないんだ」
ちょっと困ったように手の力を強く感じる。
「大丈夫だよ」
「俺はうまくできる自信がないんだ」
ぎゅっと抱き締められてホッとする。
「そのままで、鎮君は鎮君でいいんだよ」
そのまま?
「そのままだったら、ただただ空に溺れていたいよ」
収入とか、できることとかは探していかないとだけど。
空はいつまでも慣れないみたいでかわいらしく頬に熱をのせている。
「空は麻薬みたいに俺を虜にしてるから」
耳元で囁けばなお赤くなる。
ねぇ。顔が、その目が見たいな。
「好きだよ。すっげぇ独占欲が自分でこわい」
逃がさない。手放さない。
このぬくもりを手放さない。
「空はあたたかいんだ。空じゃなきゃだめなんだ」
ぎゅうぎゅうと抱き締めてる。
「それなのに、そこから動けない思考がこわいんだ。ちゃんと空を大事にできてる自信がないんだ」
拒否されないよう、逃げ道をただ塞ごうって行動しかとれていないように思えるんだ。
こわいと思う気持ちはみんな抱いているのだと囁かれて、空から距離を詰めてもらって、心が蕩ける。
ああ。
空はやっぱりすごいなぁ。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br
より青空空ちゃんお借りしております。




