夏の一日 恋話女子会
「やっほー。美芳さーん。時間あるー? ある。おっけー、カラオケ行こー。恋話しよー」
菊花が私の腕を確保したまま、美芳さんを捕まえる。
ずるずると連行されたカラオケでテキトーに曲を選んで問われる「歌う?」という疑問符。
二人して首を横に振った。いきなりすぎて歌う気にはなれない。
「BGMはばっちし!」
履歴からバンバン予約していく。
「歌いたくなったら奪ってねー。歌声凶器ならマイク奪うけどさ」
そう言ってテーブルの真ん中にマイクとリモコンを無造作に置く。
「なんでカラオケ?」
「密室でしょ」
にこにこと菊花が笑う。
風峰仄のことを知りたいから奢るから付き合えと引っ張ってこられた。
美芳さんにしても強制拉致だ。
「なんであたしまで……」
気持ちは分かる。
「だって、恋人いるんでしょ。話聞きたいし」
「周りにカップルぐらいいる、……千秋。口軽いわ」
軽く親指を噛む美芳さんに菊花が慌てる。
「な、なんで情報が千秋だと? ほら、いっつーかも知れないでしょー」
「逸美はあたしにそこまで興味がないわ。知ってるとしたら、千秋くらいだから」
一応、ちーちゃんのフォローしようとしてるんだろうなぁ。友情かぁ。それにしても美芳さん、興味ないって。
「ぁうっ」
気まずげに視線を泳がせてもフォローは出来ないわよ。
「自分の周りのカップルに問い合わせれば?」
「ん〜。話を聞きやすい範囲にマトモに参考にしたいカップルいないから。どーせなら未知のカップルにって」
叩き斬るような美芳さんの言葉はばっさりそんなつもりのなさそうな菊花に斬られた。
「マトモって風峰おとーとはマトモの枠に入れるにはコミュ力に問題あるでしょう。特に勤めもしてそうにないし」
学校での風峰おとーとを思い出す。基本つまらなさそうにしててたまに飴を配ってる。だいたい新製品系って、けっこう新しモノ好きよね。
「仕事はなんかしてるっぽいし、貯金もしてそう。コミュ力に難有りって言ってもいっつーみたいに興味無い上に怯えるタイプでも無いし。やろうと思えば苦手なりにコミュニケーションはとれるタイプだと思ってる! 寡黙な男って感じ?」
寡黙なっていうより得体の知れないじゃないかなー?
「まぁ有坂よりはずっとマシなタイプかなぁ。手より口が先っぽいし、トゲがキツければどうかだけどね」
「有坂健?」
美芳さんの確認に頷く。
「アレはキツいわ。立て直すって言っても時間かかるし、甘い。今のところやってるから見守ってるけどさ」
ざっくりディスった。
否定しないけど。
「女性不信っていうか、人間不信が根底にあるんでしょ。でも、一度、身に付けた荒さは簡単には消せないし、克服しても心が弱ればすぐ再現するものだから。信用することのできる相手じゃないかなー」
しみじみと美芳さんも頷く。
「え、でも、なんとかしようとしてるんだし、あいつなりに頑張ってるでしょ?」
菊花はそこもフォローしたいらしい。
でもなー。
「有坂もちーちゃんもしーちゃんも基本ダメんずだしなぁ、風峰おとーとは確かにそこよりはマシじゃないかなー?」
私にとって家族認識だけどさ、ちーちゃんもしーちゃんも。だからこそ異性として見ちゃダメなタイプだってわかってる。
「信じてあげれるんならそれでいいと思うわよ。ただ、あたしには無理ってだけ」
「そんな美芳さんの恋人との馴れ初めを!」
「そんなって、強引だなぁ」
そう思う。
強引につっこんだ菊花は気にした風もなく笑ってる。だって、気になるんだもんって言いそうな雰囲気。
「小学校の校区は違ったけど、中学高校と彼の後を追ってたの。時々登下校中に見かける憧れの先輩ってヤツね」
「おお!」っと菊花が拳を作って身を乗り出しかける。年上に反応してるらしい。
「高校受験の試験終わった時に偶然二人きりになって、きっと、用事でもあったんでしょうけど、邪魔するとか考えずについ勢いで記念告白したの「あなたに憧れて好きです」って」
それは「ぉお!」だ。
「ま、記念告白で勢いだったから、そこで逃げちゃって、後日彼から『よければ付き合おう』って、その後自己紹介とかして今に至る?」
それは彼氏も労力払ってるなー。
「逃げたんだ」
「恥ずかしいじゃない。答えなんて期待してなかったんだし」
美芳さんが呟きながら、くるくると手元でストローの袋を捻る。
「高校入ったら会うよね?」
「彼は卒業だもの」
ああ。答え本当に期待してなかったんだ。
「だから、付き合っていると言ってもたまに会っておしゃべりするだけ。一緒に歩くだけだったりかなぁ」
「どんなこと話すの?」
「高校時代は学校のことが多くて、今は、なにかなぁ。天気とか、最近の調子とか、会いたいとか?」
時間が合わないのかな?
会いたいのはどっちだろう。
「いいなぁ」
どこかうっとりと菊花が呟く。
聞いてて随分のんびりしたカップルで、若さはどこだと私なんかは思う。
「一緒の時間が幸せそう」
いいなぁいいなぁと菊花がはしゃぐ。
「菊花は風峰おとーととそういう時間過ごしたいの?」
はしゃいでいる姿がちょっと鬱陶しくて聞いてみた。
「え? そーだなぁ、遊びに行きたいなー。いろんなとこにさ。サイクリングとかアウトドア!」
私と美芳さんの眼差しが生温さを帯びる。言ってることと望みがズレてる。
「遊園地は付き合ってくれたようだけど、彼の好みは?」
美芳さんが息を吐く。
遊園地は有坂とかそのへんから強引にいったせいらしいけどね。
「うっ。ほのちゃんも愛想がないわけじゃないんだよー。甥っ子はかなり楽しそうにイジリ倒してるし、涼維もちゃんと相手してたし……。年下贔屓!?」
「ソレ対等な相手ではないと思うけど、いいの?」
グッと拳を握った菊花に美芳さんが冷たく突きつける。
「小さい子に優しいのはいいと思うけどね」
好きなら好きでイイじゃないと思う。どんなダメでも好きになっちゃったらどうしようもないなんて有りがちだから。
「好きな理由が欲しいの?」
それとも、諦める理由?




