一夏の終わりに
「千秋」
「んー?」
呼びかければ返事は返る。
パタリとスイッチを切り替えたように以前通りに振る舞うけど、どこかスッキリしない。
「んっとに、どうかした?」
しかたなさそうな呆れた声。
視線はきっちり合わせてくる。
「にーさん?」
怪訝そうな眼差しが、あれ。近い?
「おいコラ。呼んだだけか?」
肩を小突かれた。
「なんで距離できたんだろうって」
「……あほう。距離ははじめからあって、ないフリをしてただけだろう?」
もう少しで結べそうなくらいの髪をはねさせて千秋が息を吐く。
「俺が嫌っていることにしとけば、落ち着けたからどうこうする気は無かったんだろう?」
こぼれたのは苦さを含んだ笑顔。
「なんで、にーさんがさ、傷ついて心細そうにするのさ」
そんなつもりはなくて頭を横にふる。
「追い詰められたのは俺だと思うんだけどね」
そんなふうに感じていたのかと思う。
「ごめん」
「んー。許してあげる」
そう言って本に視線を戻す。
「あ」
許してもらったのに突き放された気がして、何を間違えたのかわからない。
「どうしたのさ」
言葉はむけてくれる。
「怒ってる?」
まだ、許せないくらい怒ってる?
「怒ってないよ。許してないかって言うと許してないよ。何を許せばいいのかわからないからね。でも、にーさんが楽になるなら『許してあげる』ねぇ。なにを許してほしいの?」
「え?」
なにを?
だって、千秋は何に怒ってるか教えてくれない。
「言っとくけど、怒ってないのは本当。俺とにーさんの正しいはきっと違う。違う正しいって言ってもそれを間違っているとは言えないだろ?」
しかたなさそうな声とともにパタンと本が閉じられる。
正しくないんなら間違っているんじゃないんだろうか?
正しくない正しいなんてあるんだろうか?
「にーさんが正しいと思って取る行動が俺にとって嬉しくなくても、それはにーさんの正しいだろう?」
よく、わからない。ひらひらと千秋の指が揺れている。
それは千秋か、俺が間違っているんじゃないの?
俺の理解を待ってるかのような間。
にんまりした笑い。
「ねぇ。俺が、空ねぇをちょうだいって」
「ダメ! 空は俺の!」
咄嗟の拒絶。
謝るべき?
そっと様子をうかがうと、千秋は笑ってた。
「ごめん、ごめん。空ねぇはにーさんのだろ。わかってる」
けらけら楽しそうに笑われて憮然とする。
「良かった」
え?
「ちゃんと欲しいもの、特別ができて」
え?
「俺が、特別になれなくてもさ。譲れない特別ができたんなら良かったって思う」
なに言ってる?
「千秋は特別だよ」
「セシリアママに言われたから?」
そうだけど。
「それは特別って、俺が思えないから」
すとんと千秋から笑顔が抜ける。
「でも」
「責めてないからね? お互いにわからないっていうことがわかったっていうの進展かな」
責めてない?
「にーさんが悪いわけじゃないだろ? そういう思考方向性なのはまわりの影響だし、にーさんだけの責任じゃないだろ? 他を選ぶことを選べない下地をつくったのはさ」
なだめるように笑って言ってる。
でも、
「にーさん」
言い返そうとしたら止められた。セシリアママは悪くない。
「セシリアママはもう死んだよね?」
それはそう。
もう言葉はくれない。
いなくなる。みんないなくなる。
セシリアママも、みんな。
「じゃあ、セシリアママのせいにしちゃダメだって」
「せいにしてるわけじゃ!」
「してるんだよ。信じられないんでしょ?」
なにを?
「自分自身やまわりが」
「そんなことない」
信じてる。疑うことなんかない。
「自分が空ねぇを好きなのは自分の選んだことだって、信じてる?」
戸惑う。あたりまえだろう?
「空ねぇのそばに居ていいのは自分だって信じてる?」
どうしてか淡々とたたみかけられると不安になる。
「空ねぇをさ、信じてる?」
「空のことは間違いなく信じてる」
これは絶対。
「じゃあ、空ねぇが信じてるにーさん自身のことも信じてやればいいだろ? 変われなんか言わない。ちゃんと大事な特別をちゃんと信じれるなら大丈夫だからさ」
「大丈夫?」
「大丈夫」
「ダメじゃあない?」
「誰かがダメって言ったら、空ねぇを手放せれるの?」
「無理。イヤだ」
「じゃあ、大丈夫。セシリアママはもう賛成も反対もできない。だろ?」
うん。そうだけど、
「芹香も、空ねぇを慕ってる」
うん。そう。芹香だけじゃなく空は好かれてる。
「俺だって空ねぇは好きだし、恋愛枠じゃないけどな!」
釘を刺される。
何度も言われてももしかしてって思ってしまう。
ああ、これが信じてないって言われる要因かなぁ。
「あとさ」
ちょっとホッとしてきたところに視線が逸らされる。
「無理に好きになってほしいわけじゃないんだ。だから、嫌いなら嫌いでいいんだ。ただ、その他の誰かと同じくらいにしか見られてないのが、イヤだったんだ。きっと、空ねぇが特別にならなかったら、ずっと変わらなかったし、これも伝えられなかったんだと思う。俺たちは違うからさ」
「千秋」
「違う。わからない同士だって知ってたらさ、まだ、折り合っていけるだろ? 適度に不干渉でさ」
千秋は不干渉が望み?
「家族だからって、兄弟だからって理解しあわなきゃいけないっていうのはないと思うからさ」
でも、家族って分かり合うべきじゃないのかなぁ?
それに、
「エシレ君と付き合うってやっぱり反対」
「大丈夫だよ。エシレはにーさんより軽いから。ただ、突発的に失って、欲しいものとかわからない状況で迷ってるだけだから。厄介度はにーさんより軽いの。それに他に支えてくれるのもそばにいるしね。恭君が使えそうだから信頼させてポイ捨てする最適タイミング図ってたとか言ってたのを聞いた時は彼を一番の友達認識してるのはやめとけって思ったけどな!」
恭君!?
あ。言いそうだ……。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
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話題で空ちゃんお借りしております




