自問自答。
ずるずると夢。
じっとりと寝苦しい夜。
妙に心配そうな涼維への対応ももっと考えなきゃいけない。
眠らなければ、思考がほつれるとわかってるのに寝付けない。
痛むのは水に落ちた衝撃が治りきっていないのか、他の要因か。心当たりが多すぎてわからない。
だから、眠れないなら事務所で帳簿でも見ようと思った。
事務所のある雑居ビルは遠くない。
室外機から吐き出されるむっとした空気。
事務所は湿度が苦手な奴らの手でひんやりモード。
でも、一五度設定は低すぎるから。
どうしていいのか悩ましい。
考えても考えても答えが出ない。
出ない答えに溜め息をついた。
だらりとだらしなく身体をハトにもたれて目を閉じる。
現実感が薄い。
感情がままならない。
カラダがままならない。
心がままならない。
自分が二人居る気分。
がっつりと働いている空調は氷でも吐き出しそうな肌寒さ。
ハトの体温が暖かいのにそこに誰もいないかのようにもどかしい。
それは忘れてしまえばいいと繰り返す。
苦しいことも痛いことも感じることを忘れてしまえばいいと繰り返す。
見えなければいいだろうと囁かれて、それは違うと思うのに。
嘲笑うその言葉にただ耳を塞ぐしかできなくなる。
「俺が、千秋なのは変わらないのになぁ」
ハトが肯定するように髪を撫でる。
それでも、兄にとって俺が千秋ではないと言わしめた。
『千秋じゃない』
手を伸ばしても触れようともしない。
出ようとしたらそれもとどめる。
知られたくない。見られたくない。
『なんで』? 『どうして』?
兄にとっての『特別』になりたかったはずなのに。
そのベクトルが好きでも嫌いでもよかったはずなのに。
『弟』じゃなくなったら言いつけは意味をなさない?
その認識ひとつで俺のことは触るのも嫌になる?
好かれなくていい。
嫌われていい。
それでも存在を意味のないもののように扱われるのは、嫌だったんだ。
困ってた。
好きでも嫌いでもないもの。どうしたらいいか対処に困るものへのまなざし。
だから、違うでいいんだよ。
違うから、ちゃんと千秋は忘れていい。
千秋は千秋だ。
囁く声に失笑。
俺は俺だ。
だから、受け止めなきゃいけない。
じゃあぼくはなに?
ぼくも俺だろ?
自分の中で自問自答。
ねぇ。俺は正気?
ぼくは正気なんかどーでもいい。
気持ちいーのが好き。少しでもいるって言うなら全部受け入れるよ。
言いなりになるって気持ちよくて楽。
望みを叶えて触れられる。
相手の本心なんかどーでもいい。通り過ぎていくだけだもの。
玩具でペットでかまわない。
かまってくれるならそれでいいんだよ。
やだ!
イヤだ。
イイよ。
忘れて見ずに気づかないフリをすればいい。
ぼくはそれが好き。千秋は嫌い。
嫌いなら見なきゃいい。
ぼくは俺だ。
俺は俺なんだ。
閉じていこう。
見なきゃいい。
聞かずにいればイイよ。
泣かなくていい。
怖がらなくてイイ。
全部ぼくがかわってあげる。
「ねぇ。さわって?」
ハトを見上げて笑いかける。
指先にキス。嫌悪はない。そーゆーものだもの。
「お前の考え当ててあげようか?」
千秋はちゃんと見ないフリをしてる。気づかないフリをしてる。
だからそのままでいい。
「千秋をかわいそうなものを見る目で見て憐れんでるんだろ?」
ぼくはそう感じてる。
千秋は受け入れられない。
ただ、快楽に溺れることも自らへの嫌悪につなげた。
痛みに屈することも恐怖に屈することも快楽に屈することも生き物の摂理だと思うのに。
千秋は屈することしかできない自分を嫌悪する。
だから、そんなことみなくて、知らなくていいんだと思う。
だからね。
ぼくはだれよりもなによりも。
「兄さんが嫌いだ。ねぇ、嬉しい?」




