資料室
大量の書類を広げ、設置されてるコンピューターから資料を漁り、自分の持ち込みのハードディスクにコピーしていく。
ソファーには、寝落ちた助手が丸まっている。
無防備に見える寝顔。
所属している研究室ではないがはしゃいでいる研究室があったのは知っている。
ケースAではそれは発症せず、ケースBでは発症した。
どこまで症状は進むのか。固定化はするのか。
そんな話題。
精神的な綻びを突いて人工的に別人格を発生させコントロールできるのか。
ケースAは人格の重複化がなく、ただ、自己自我の確立を放棄したとか。そのまま別の研究室へ移動。
それはそれでひどい話だ。
自己保全の為に別人格を作りつつあるのがケースB。
だからといってコントロール可能かと言えば違うだろう。
だから、目を開けた彼が彼なのか、違う誰かなのか悩ましい。
一般的によく言われているのが虐待による発生。
たまたま状況、条件が重なってからといって進めていいものでもないだろうに。それでも、彼に対して強く守りは入らない。
私もよその研究室に意見する権利はない。そこから、資金援助を受けるならなおさらに。
彼は、私が味方でないことを知っている。
私は観察はするが、区別はつかないとしか報告する気はない。自分の研究の余暇に行う観察に過ぎないから。
タオルケットを握って、そのまま私の背中にもたれ、体から力を抜く。
彼は人肌を好む。体温を望む。言葉をかければどう反応するのか気にならないわけじゃない。
だが、声をかけることはない。
理由は、対処しきれる自信がないから。
私はずっとそばにいるわけでなく、ただ、ひと時ここにいるだけだから。
綻びはあっても、修復は難しいとしてもその状況だからより破壊をすすめるでなく、その状況からの改善資料に彼らは意識を向ける方が元来の研究に沿っているだろうにと思う。
「あら。助手が寝てたら使えないわね」
髪を邪魔にならないようにまとめてふわりとしたベージュのワンピース。
飲み物の追加を冷蔵庫に入れてくれる。
「空調効いているし、温かい飲み物の方がいいかしら?」
「いやぁ。ありがとう」
書き散らしたメモ書きを見下ろしながら首を傾げてこちらを見てくる。
「さわらない方がいいのよね?」
「ありがとう。置いておいて。今はズレると困るから」
メモ書きを増産しながらドリンクメーカーでホットドリンクを淹れている沙夜香を視線の端に追う。
淹れてくれたのは緑茶。
「ちっともわからない」
「そう?」
「きっと、興味ないからね」
彼女はつまらなさそうに拾い上げたメモ書きを元の位置に置きなおす。
「お姉さんの好きなことでも興味をひかなければ仕方ないね」
「私は兄さんや姉さんほど多芸じゃないのよ。幸運だったり多芸だったりするけど、あの二人は人として幸せなのかとも思っちゃうしね」
「君は幸せ?」
「私は私で好きなことをしてるわ。時々、物足りなさは感じるけれど、大まかに幸せね。かわいい甥も姪もいるしね〜。いい男がいないのだけ残念かしら?」
「こわくない?」
聞いている限り、親にしろ、兄姉も恋愛事情は破綻している。
「その恐怖を乗り越えてもつかみたいのがいい男でしょう」
柔らかく寝落ちてる助手を撫でる。
「寝室にはエアコン入れるべきねぇ。自室にこもっちゃわないようにいれてないけど、最近の暑さじゃ危ないものね」
彼女の手は好ましくも無知の手。
知らず差し出される見返りを思わぬ行動は心を柔らかくする。
「あら。まだ寝てて大丈夫よ? それとも喉が渇いたかしら?」
「寝る……」
「はい。おやすみなさい。タオルケット掛けるわよ?」
背中でもぞりと動く気配。
「いらない」
「だーめ。お腹冷やすでしょ」
他愛ないやりとり。
「ソーマさんもちゃんと休みをとってくださいね」
「この状況で?」
「あら。その時は千秋を部屋にかえせばいいでしょ」




