才能ってなんだろう
才能ってなんだろう。できることできないこと、向き不向き。
「お前はさ、料理だって、他のことだってうまくやってのけれていいよな」
夜の浜辺で千秋に愚痴る。
美芳とはうまくいかねぇ。仕事のやり方をあれしろこれしろって言ってくるのは陽光さんだが、出来映えには美芳もがんがん文句をつけてくる。本人は仕事だけしてるわけでなく、逸美引っ張りまわしているっつーのによ。
「練習すればお前だってこれくらいできるって」
千秋の苦笑混じりの声。
これくらいっていう言葉にカチンとくる。
「あーあ、できる奴、才能のある奴にはできない者の思いなんてわかんねーよな」
遊んでても千秋は物事をソツなくこなして周りから受け入れられている印象が強い。怪我して試験が受けられなかった。ということさえなければ、進級に問題はなかったに違いないんだ。
俺や逸美の奴からすれば、できる奴だ。だから、悪態をつかずにはいられなかった。
ふてくされてる自覚はあるさ。
「才能? ……俺ぐらいの能力じゃ才能あるとは言わないからな」
ムッとしたらしく機嫌悪そうな声だ。生温い夜の浜風がうんざりする。
「っは、なんとでも言えるよな」
「そりゃ言葉は知ってればいくらでもね」
吐き出せばバカにするように返される。ああ、言葉知らずってバカにしてんのか。
「っはぁーあ。うっぜえ」
「諦めて投げるのは簡単だよな」
特に俺に向けて言われたわけでもなさそうな言葉がムカつく。
「っ! お前になにがわかるっつーんだよ!」
やっていけるとできると思ったさ。ただ、簡単なんかじゃなかっただけだ。
「……。わかるわけないだろ」
「バカにしてんのかよ……」
わかると言われることだって受け入れられない。だからってわからないと言われることも腹立たしい。
「してねーよ。ただ、俺は読心術なんか使えないから、健の考えなんかわかるわけないだろ」
「っ!」
できるってわかったようなことを言ったのはお前だろ!?
「俺は健ができるって考えているだけで、諦めるなんていつだってできるからさ。で、なにができねーんだよ?」
きっと、なだめる気なんかなくてただ、聞いただけだとわかる。
なにができないのかって聞かれて、多すぎて苛立つ。美芳の『こんなこともできないの』って言葉と眼差しが惨めだ。
「髪切れとかうるせぇ」
だから出てきた言葉はどうだっていい内容。髪を切るくらい、地色に戻すぐらいどうだっていいんだ。
「作業の邪魔だろ? あと裏方って言っても客商売だからこざっぱりしておけってことだろ? プリンヘアとかみっともないっていう理由かな。気にいらないって言うのもあるかもしれないけど、それだけじゃないと思うよ。ヘアケアに気を使う余裕がある? 慣れない仕事も学校も行きながらさ」
千秋は理由を想定して説明。少しはわかってた。だけど、いろいろと納得できない気持ちになっていた。
きっと、美芳や陽光さんが同じ解説をしても入ってこない言葉。
誰が言っても同じじゃないとわかる。千秋の言葉だから入ってくる。
なんでわかってくれねぇんだよ。と思う反面、俺が『できる』前提で千秋はしゃべるんだ。
「……ちょっと、キツい。宗の飯準備あるし」
こぼれたのは弱音。
「ああ、居候代だっけ?」
「ああ」
「宗くんは料理のできない子だからなぁ。アレはマジ才能が別方向な子だからなぁ」
しみじみと何度も頷く。ただの技術じゃなかったのかよと笑いが込み上げる。それでも、納得するしかなくて、同意した。
「まぁな」
「なぁ」
「ん?」
「理由わかれば納得もできるんじゃないか?」
「……ちょっとぐらいは……」
そう。納得できた。全部じゃなくて少しだけど。今更的に問われて笑う。俺が納得できていても伝えなければ、してない前提で語る。少しは空気読めよ。わざとか。
「カッコ悪いのはダメだろー」
浜に落ちていたゴミを何気に千秋は拾う。
「……そう、だな」
スマートにカッコよくありたいのは普通だろ?
「さっさと諦めるなんてカッコ悪いだろ。でも、ずるずる未練がましいのもカッコ悪いよなぁ」
どっちつかずの言葉に笑うべきか怒るべきかわからない。
「ちょっ! どっちだよ!」
「わかんねぇ。以前、年上のおねーさまからもらった大人からのアドバイスもどっちにも取れるものだったぞー。きっとアドバイスってそんな感じ〜」
「どっちにも、だったんだ?」
しばらく鎮火することなく怒り狂ってたなぁと思い出す。
「そ。諦めて切り捨てろって言いたいのか、真っ直ぐ見つめなおして進めって言いたいのかわかんないアドバイス。料理ってさ、味覚を感じる身体機能が重要でさ、それは二十歳前後が機能のピークなんだってさ。だから、味を知覚するためにはそこまでに鍛えなきゃいけない。本当に才能があったんだと思うよ。文字表現でそこに描かれた料理の味を脳内出力できるほどの再構築能力があるんだから。だいたいさ、産地によって加工によって素材は味が変わり、同じ味を再現はできない。文字情報っていうのは読み手の知識に依存する部分が多いんだ。つまり、その表現に感動したっていうことは、自分の再現能力に感動したってことにしか取れなかったんだよね。それで料理の道から逸れるって、きっとその料理記事書いたライターが将来有望だった料理人の卵を潰したと言うべきかって感じ。それでも、俺にとって彼女はあくまで料理人ではないんだよ。つまり、彼女は料理人でもない自分の能力才能が俺より高い。だから、その自分が挫折した。それ以下であるあなたぐらいが挫折するのは問題ないって言われたとしか思えないアドバイスだったな。ちなみに料理の才能があるなんて誤解してたら悔しかったろうな」
料理絡むと饒舌だよな。それだけ好きなんだと思うんだけど、言えば否定するよな。
「いや、怒り狂ってただろ?」
「だって、せっかくあった才能をまっすぐに育てることを放棄してさ、才能がまっすぐな最高を示すことはもうないんだよ? それは既に最善じゃなく次善なんだ。技術は上げれても劣化していく身体機能っていうのはどうしようもないんだから」
そこ?
そこなのか!?
悪い。俺もお前をわかってなかった。まだ、語れるけど? と眼差しが告げていたがそれは拒絶。
「ぉ、おう」
そしてそのまままとめに入る。
「技術っていうのはさ、身につけていける。才能もあるけど、努力と継続の要素が強いと思ってる。俺は、才能があるかもなんて、小学校で思うのやめたからさ」
「は?」
「料理の才能があるっていうのはさ、伯父さんとか海ねぇとかさ。技術と味覚と芸術的発想力が必要なんだよ。それを実現しうるセンスがね。あと、それを合わせ混ぜるバランス感覚。その上さ、他のことってなれば俺より鎮の方が上手いしさ、それは運動も勉強も家事全般も結局、全部鎮の方が上手いんだよ。……わかるか? 俺が一週間かけてできるようになったことを自慢したら、一時間たたずに再現されるんだ。子守り押し付けてこっそり練習してても、あっさりとさ。才能? なぁ、そっと俺を超えないようにって調整してそうな成績とかとられるってどういう気分だと思う?」
「わからねぇ……かなりイヤだけどな」
そう言えば山に突っ込んで迷子になってたらふらっと現れることもあったよな。俺らが息切らせてんのに全然平気そうにテキトーな歌、歌ってたな。
「中途半端なんだよ。自分のために生きてないから。いっそ、真っ直ぐずっと高みにいれば素直に目指せたかもしれないのに。ああ、自分の才能の無さに腐ってたかもしれないけどな」
俺じゃなくて鎮のことなんだろうな。
「それが、才能がないって言う根拠か?」
「まぁな。わかってるんだよ。上には上がいるだけだし、適した才能がいつどういう形で開花するかなんかわからない。だから、だからさやるって決めたならやっていくことを選び続けたい。ひとつしたいことだけを目指すことは才能じゃなくてココロだと思うから。すぐ諦めることだって、本当は切り替えが早いって才能かもしれない。でも、健はやるって決めたんだろ?」
ああ、そこに戻ってくるのか。
「千秋はしたいこと見つけたのか?」
ポケットから引っ張り出したゴミ袋を広げながらなんとなく拾い集めたらしいゴミを放り込んでいく。
「ん。一応、目指すとこはある。うまくいかないこと多いけどさ、健もヘマってるかと思ったら、俺だけが失敗してるわけじゃないって安心する」
「待てや。おい!」
「ま、せめて一週間は頑張って乗り越えてみろよ。一週間もたなかったってなると援護しようがねぇもん」
押しつけられたゴミ袋を広げる。
「一週間頑張ったらまた一週間頑張ればいいし、そんな感じに一年続けていくもんだって。振り返ったら、きっとなんでできなかったのか昔の自分が理解できなくなると思うなー」
「できるようになればなー」
「できるようになるよ」
俺はまだ、信じてもらえてるんだよな。
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
海ちゃん
『月刊、うろNOW!』
http://book1.adouzi.eu.org/n3868bw/
澤鐘日花里さん
話題でお借りしました。ちらりちらり
澤鐘さんは千秋に強い印象を残しています。




