2015年夏祭り 木野江と
舞台の手伝いに行く空を見つめていると袖を引かれた。
振り返るとパーカーのフードを目深に被った木野江が来てた。
「千秋、は?」
「さっき戻ってきた隆維たち情報では一眠りしてから来るってさ」
「いつも通りだった?」
「会ってねぇからわからねぇ。一昨日の夕方に出かける千秋とすれ違ってからまだ会ってねぇよ」
だから、千秋が帰ってきた気がしない。一日の朝は一緒に飯食ったけど、バイトに出かけて帰った頃には千秋が事務所にバイトに出てた。
二日の朝、朝食準備してる千秋は見てたけど、ちゃんと話をするにはバタバタしてて、夕方会えたのは弁当の仕込みをしていて事務所に行くのが遅れてたから。
事務所から帰ってきたのは深夜で、帰ってきたらしい音を聞いただけだ。
昨日は遊園地に遊びに行くって朝からばたばた。隆維と涼維が羨ましがっていた。
涼維なんかは暇だから連れてけとごねてたしな。
「そう」
「木野江も遊園地行ったんだよな?」
こくんと木野江が頷く。
「その時、ウチの美芳がひどくキツイこと言ったから……」
美芳って、誰?
「千秋から聞いてない?」
「だから、会ってないって……え?」
『ウチの』って、いつから『ウチの』?
「美芳には嫌われてるし、多分美芳の発言が正しいんだろうけど、できないし。だから、美芳は庇うように振る舞う千秋にもキツイんだ。面と向かって嫌いって言っちゃうし。千秋は笑ってるけど、気分良くないよね?」
「美芳の発言?」
正しいって?
「ん。学校に行けとか、もっと、人とコミュニケーション取れるようになれとか」
あ、それは正しい。
「でも、興味持てなくて」
木野江が地面を見下ろす。人には興味持った方がいいと思う。
「興味を持てない相手と過ごすって苦痛でしかないよね」
千秋とは仲がいいのに。
それに、隆維達が見た限り友好的だったって、仲は良さそうに見えたって言っていた。じゃあ、美芳って人は本気で千秋を嫌いなわけじゃないんじゃないかな?
「捨てないで、って言ったとこだったんだ」
は?
「鎮はさ、欲しいもの最初っからないよね」
ぽつんと落とされる言葉は喧騒にまぎれつつも聞こえる。
つながりが読みにくい。
「それでも、同じものが欲しいんだよね。千秋も鎮も」
え?
「必要と、されたいんだよ。……理解、しにくいけどね。僕は、紬と千秋がいればそれでいいから」
「必要とされなくても?」
「必要とされる必要があるの? 背伸びをしても苦しいだけだし」
言葉を選べない。
ああ、でもおかしくないか?
「じゃあ、なんで捨てないでなんだ?」
必要とされなくてもいいのに必要とされたがる発言じゃないか?
「必要とされてるってわかってもらうためだよ? 千秋は今、家族に必要とされてないって感じてるから」
「なっ!?」
「誰かに『言われたから』隆維君は千秋に謝ったんでしょう? 誰かに『言われたから』鎮は千秋の『兄』であることに拘るんだろう?」
それがいったい?
「自発的になら千秋に関わらなくてもいいんだよね? だれにも『言われない』なら行動に出ることはなかったんだよね? 自発的な発言は、『関わるな』『知ろうとするな』じゃ、必要とされてるとは思えないよね?」
千秋だってそうだろう?
「千秋はさ、自分の言葉や存在が家族に対して影響力がないって感じてるんだ」
影響力?
「そんなことは、」
「ないよね。知ってる」
言葉を織り込む前にさくっと肯定される。
千秋は前向きで愛されることを知ってて、わがままで回りの戸惑いなんか気にしない。影響力なんか気にしない。その辺は隆維と近いのかなと思う。
「でも、千秋がそう錯覚するだけの環境を整えたのは鎮だよね? 必要となんかされてない。特別なんかじゃない。いてもいなくてもいっしょって。だから、怖くてしかたなくても、千秋は助けを求められない。今の千秋はおびえてるんだよ。捨てないで、って僕の言葉を拒否しきれないほどに」
怯えてる?
何に?
「だからね、関わらないで。知ろうとしないで。千秋は知られたくないって思ってるから」
「怯えてるのに?」
くすりと笑いが聞こえた。
「鎮に何ができるの?」
「こわがってるんならなんとかしてやりたいし」
「できるの?」
知って助けたい。不安を減らしたいって思う。
「僕に『言われたから』そう動くんだね」
強調された部分。
「追求されて否定できる? そうじゃないって言って、鎮は千秋に信じてもらえる?」
木野江の視線が一人の少年の方を見てる。町では見かけない少年。人ごみに戸惑っているのか不安そう。
「吉羽エシレ君。千秋がとりあえず付き合うことにした子だよ」
不安そうな彼に声をかけたのは菊花ちゃん。気弱げに笑う姿は恭君が言ってたようにおとなしげ。
吉羽?
引っかかる。
「男の子と付き合うの反対?」
それは首を振る。
好きになって付き合うなら性別は些細な問題だと思うから。
ちょっとしたざわめき。
発生源を見ると千秋が来ていて、なぜか田中先生を抱きしめていた。
すぐに駆けつけた澄先輩にもハグ。さすがに会話は聞こえないけれど、イラッとする。
こっちを見た瞬間に表情が曇ったこともイラッとした。
「あ、紬……」
言いたいことだけを言って木野江は加藤さんの方へと人ごみを避けながら近寄っていく。
それとは逆に千秋が人ごみをよけながらこっちに向かってくるのが見える。
途中で真新しい恋人の手を取って、それとなく気遣いながら。
『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
『うろな担当見習いの覚え書き』
http://book1.adouzi.eu.org/n0755bz/
『うろな2代目業務日誌』
http://book1.adouzi.eu.org/n0460cb/
高原直澄君、田中先生。お借りいたしました




