若槻美芳
「ほーら。ざっぱーんだなぁー」
「ぎゃーん!」
水に突っ込んで悲鳴をあげる乗客たちの反応を楽しむ七夜。
陽光君も楽しいに違いない。
「もうちょっとしたら、併設の動物ふれあいランドに行くからな」
「んー。有坂って、アレ?」
「ああ。赤いのが……」
「千秋はわかる。んにしても、ろっくでもなさそーな相手選んでんなー。さすが、千秋。逸美を構い続けられるだけあんなー」
「みよちゃん……」
「連れてきてくれてサンキュー。アレか。アレがツムギか」
「喧嘩仕掛けんなよー」
「喧嘩しないよー。正直な意見をぶつけてみようと思ってるだけだって」
「ソレ喧嘩売ってる」
「ソンナコトナイヨ。逸美は身内だし、有坂はウチに勤務するとしたらスキル信用低すぎだから、一声は掛けるのが、親切でしょ。よー君にだって『ヒモあがりのヤンキーがマトモに仕事できるわけない』って、まず、ひとこと言ったっしょ? そのレベルだって」
「喧嘩ウッテルって。それに、紬ちゃんにぶつける対応じゃないよね?」
だって会う前の事前情報からは、足りない尽くし。ウチは慈善事業じゃない。
学歴が足りない。(学力っていうか協調性)
信用が足りない。(これまでの素行不良)
技能が足りない。(ひとつくらい免許取得くらいしといてみせろ!?)
覚悟が足りない。ケジメが足りない。礼儀が足りない。常識も我慢も足りない。
何よりもやる気・熱意が足りない。
ふざけんな。
せめて、外見からでも入ってみろ。
舐めやがって!
「みよちゃん、みよちゃん。俺の足踏み躙ってる」
「黙れ。ヒモあがりの暴走族」
「いや、俺交通法規は守ってたから! 無事故無違反目指せゴールド免許だから!」
「けーはくに髪脱色しやがって」
「地色だって言ってるだろー。金かかるし、昔っからいじってねーよ」
「酒もタバコもヤクにだって手ェ出してそうな外見でさ」
「外見で決めんな。タバコもヤクもヤってねぇよ。酒は、舐めたけどな」
「……よー君じゃなくて有坂」
「最初から?」
「途中から」
キマズイ。
それなりに男女八人、心持ち一緒行動には多く、二人っきりの気不味さのない浮ついた空気。
対人不適合。社会不適合な逸美もそれなりに混じらせて過ごさせてる。
多分、一人の力じゃなくてそれぞれの気配りのバランス。
逸美の面倒な距離感は足りない尽くしのあいつがかろうじてクリアしてる事。
そこだけが評価できる。
ふと視線を感じる。
引率のおにーさん。
千秋はどこかぴりぴりとエシレと呼ぶ男の子を気づかっていて余裕はない。
ああ。またかと思う。
外とうまく向き合えない逸美を誘い出したあの時ときっと一緒なんだ。
いくら誘おうと、なだめようと脅そうと逸美は閉じ篭って外を見なかった。
千秋は何も考えずに動いてみせる。
少し、強引くらいに。
逸美を誘い出した見知らぬ赤い髪の少年。
『帰りたいんだよなぁ』って足をブラつかせる少年。
『友達ができたからいいや』と逸美にそう笑いかけて、引きずりまわした。それを逸美は嫌そうではなかった。
悔しくて悔しくて大嫌いだった。
自分にできなかったことをした見知らぬ年下の人物を尊敬できるほどできた人間じゃなかった。
バカにされてる気がして無能さを指摘されてる気がして、悔しかった。
だから、遊ぼうと手を伸ばされても二回に一回は断った。遊んできていいのよと告げる母の言葉も聞こえないふりをしてた。
そんな千秋との出会いがあったから、逸美は外に出て他との接点を得た。行動が結果を出すことを見てきた。会話をできる相手がかろうじてでもできるようになった。
そして、今逸美の横に寄り添う女。
加藤紬。
家柄、スキル的に問題のまるっきりない釣り合いの取れた女。家柄的には。
個人としてどうか。
最低だろう?
逸美を外に誘導している千秋の行動を見事に阻害しやがって!
逸美が珍しく頑張ろうと努力をはじめたら、ムダとばかりに切り捨てやがった。
応援しようとは思わないのか?
それとも未練を断ち切ってやれと言う悪役に徹してみたのかと当時は思った。
違うじゃねぇか!?
出来なくて当たり前を植え付けようとすんじゃねぇ!
だから、入学は一緒でも一年卒業がずれ込んだ。
ああ。だからかと思った。
偏ってる?
しかたないだろう?
そう見えんだよ。
千秋が高校に上がったらなんとかなった。
千秋は逸美が高校を卒業するだけ出席させれた。
それは、ツムギに外に意識を向けさせるだけの吸引力がないのか、内に意識を向けさせたいのかが悩ましい。
閉じ篭ってそれでいいで過ごさせていざ周りが助けれない状況で逸美が何もできないままでいいわけがない。
苦手でもキツくても人間はある程度慣れていける生き物だ。
失敗したからってそれでもういいわけがない。
受験の失敗は織り込み済み。
そして、少し期待してた千秋のフォローがなかった事はこっちの甘えすぎ。千秋だって自分の道を優先するのが当たり前だ。
だから、しばらく引き篭もらせて、タイミングを合わせて強制的に引きずりまわすつもりだった。あたしだって学業がある。
観覧車でツムギにぶつけた。
「逸美を外に出したくないのですか?」
「だって、無理しても逸美のイイところを削るでしょう? 自然体でいいと思うの」
「逸美は自立出来なくていいと?」
イラっとした。
迷わず出したくないという答えをはじき出しやがった。
「できないでしょう?」
その上、あたり前に言われる。
静かに澄ました顔が腹がたつ。
逸美の見合い相手がこういう女だったというなら納得できる。
歓迎できた。
ただ、自由恋愛でそうだというなら納得できるわけもなかった。
「逸美が木野江の家から追い出される、旅館を維持できない環境になった場合どうするつもりなんです?」
逸美はただひとりの男の子でその可能性は低い。
たぶん、旅館が維持できなくても、逸美の生活は維持されるだろう。
「樹雨の経理や裏方をしてもらうわ。得意なことがあるって素敵だと思うわね」
穏やかな笑顔。
「そんなに飼い殺しにしたいんですか?」
「逸美が執着心を抱いてるのは、彼よね」
そっと向ける別の籠の中、赤毛がそっと顔を下ろす。
「男の子も、イケるのよ? ヒドいわ。私より逸美は彼が大事そうで」
フゥと息を吐く。
否定はしない。どーして長い時間共にいたあたしよりポッと現れた赤毛の千秋に心を許した。
逸美はひどい。
あたしの気遣いなんか気にも留めない。
何も見ない。
だからってそれがいいわけがない。
死んだってきっとあいつは受け入れてしまう。興味ないからって。
そんなことをあたり前にさせたくない。
つまり、そのままでいいと言うツムギとは相容れない。残念だ。
「確かに逸美は千秋には興味が強い」
「そうなの」
「つまり、外部に興味が持てるんだ。それがあったから、あんたにも惹かれたんだろうし」
「……そうね」
「じゃあ、外へ対応を繰り返す訓練が大事なのはわかってたんじゃないのか!?」
「だって、他にも惹かれるかも知れないわ。無能な訳じゃないし、必要以上にふくよかでもないし、身綺麗にしてるの。どうしてわざわざ対人能力を上げるのかしら?」
「金目当てに対応できないと」
「あら。最初から寄って来る女性はそうって思ってた方が良くないかしら?」
「金目当てだと?」
あんたも。
くすりと笑う姿が癪に触る。
「千秋くんのおかげで子供の頃からのお友達ですもの。ウチが困っていないことも、本来、私が跡継ぎなのも逸美は知ってるもの」
「外に出ようとしたら、捨てるって?」
腹がたつ。
不思議そうに微笑まれてイラっとする。
「ゆっくり追い詰められて私しかいないって思ってくれたらね、嬉しいの」
「ストーカーまがいのことを誘発させて?」
「一歩、踏み込んでくれたら、逃げられなくなるのにね。有坂くんがネックになるのは意外だったかしらね」
この女!
「逸美はもう少しは外と接点を持つべきだから、邪魔しないでもらいたいね」
「……できるの?」
できるわけがないという眼差しに苛立つ。
「ヤルのよ。できないと決めつけてさせないとできないままだから」
できるって信じるしかないじゃない。
届かなくても。
積んだ経験は無駄にならない。
まだ、言葉を突きつけたかったのに、地上についてしまった。
この後、有坂たちをディスってた。
ネタをもらったので夏祭り話考えますー




