逸美の思考
ジッと健に見られてる。
千秋はもう帰ったし。健も指示された分の食器は洗い終えた。邪魔にならないように事務所に引っ込んでいるところ。
「なに?」
「なんで、千秋に鎮捨てろなんて言ったんだよ?」
なんでその問いがくるのかわからない。行儀悪く健がもたれるからぎぃっとチェアーが軋む。
「千秋にとって、鎮っていい影響だと思う?」
「は? 双子なんだから良いも悪いも影響があるのは普通だろ? それに千秋は距離とってたじゃねーか」
理解の差異にため息が出そうだ。やっぱり健って理解できない。
とってないよ。アレでとってるように見えてるの?
健ってば、物理的距離と心理的距離の差も理解できないの?
距離をとっている相手に真剣に感情を乱されて怒ったりするのってどれだけ労力がいると思ってるのかも自覚してないの?
どうして僕が、こんな手間をかけなきゃいけないんだろう?
「どーして僕が今あーいうこと言ったと思う?」
「わかっかよ」
健って本当に考えるってことをしない。
本能優先で生きていけるからいいの?
「今の千秋なら鎮に報告しなさそうだからだよ。報告されても鎮にとってどう動くかは悩むんじゃないかなぁ。追い詰めたの鎮だしね」
そう言えば、健は千秋と鎮、どっちの味方なんだろう?
「なんで鎮が千秋追い詰めんだよ」
そんなこと知るわけがない。鎮ってわかりにくいから。
「鎮は千秋と違って同一視なんかしてないよ。ちゃんと千秋を見てると思うよ? でも、千秋を楽にもしなければ、突き放して同一視をやめさせようともせずその状況を深化させるんだ」
それを自覚してやってるかどうかなんか興味はない。
僕が友人として好きなのは千秋だから。
千秋は『千秋の事を好き』な存在は普通に『鎮の事も好き』だと思っている節がある。ある程度その法則は逆にも思い込ませる。
「僕は臆病だからね、千秋が僕を苦手視するような発言はコワくて出来ないんだ」
「え!?」
え?
がしゃんと音がして健が床に倒れていた。バランス崩して落ちたらしい。危ないなぁ。
本当にこわい。
千秋に『鎮嫌いなんだ』って伝えたらそれは千秋嫌いって言ってるのと同じ意味に届きかねない。
違うのに。
別の見方をするなら『鎮を嫌う相手』と付き合いたいと思っていないってことになる。
鎮が好き。もしくは普通に関心を持っている。そのくらい鎮を基点にしてる。
だからと言って自分を軽んじられすぎるのも、誰かが鎮を独占するのも嫌なんだ。
鎮の関心のある範囲を自身が占めていたいと思ってるように見える。鎮が他を特別視することは嫌っているのは確か。
千秋は否定することで依存している。
関心を得たいのは当たり前の感情でそれを我儘とは言わない。
僕がわかってるのは、千秋は鎮の特別で有りたくて、特別になれたことがないと思っているということ。
だから好きのベクトルじゃなく嫌いのベクトルを望む。
それでも、与えられるものは無関心の好意。
千秋はそれが嫌なのに。
「鎮、昨日中にさ、連絡くれなかったろ? 健のトコにもさ」
「ん? ああ。デートだろ?」
知ってる。
それでも、チラチラとスマホに視線添わせてた千秋が切ないね。
「千秋が帰ってんのいつ知ったのかな」
「知らねーのかも?」
「つまり、鎮は他のちびっこ達に教えてもらえないわけだ。どーして?」
自分の誕生日なら千秋も誕生日と知っているはずで、誕生日とかは祝わない日生の家。
じゃあ千秋はその日をどうして選んで帰ってきたんだろう。千秋は僕の誕生日は祝ってくれるし、『ダチで良かった』って言ってくれる。ばたばたしててもメールは送ってくれてたりする。前聞いたらセットはしてて時々編集しているらしい。
「水をさすのが気が引けるんじゃね?」
気が、ひける?
なにソレ。
鎮優先風な空気は知っていたけど、なにソレ。
鎮はお誕生日祝ってもらってソレに水さすのがダメなの?
自分達は良くて千秋はダメなの?
隆維くんや涼維くんは基本甘えてるんだと思うんだけどさ、なにソレ。
「つまり、千秋の話題は水をさす話題だと思うんだ?」
鎮の幸せ気分には千秋はいらないって。
「極論過ぎねぇか!?」
「そう? 僕はただ、そんなふうに感じただけだよ? 本人じゃないんだからわからないよ」
ああ。気にいらない。
「逸美、話は変わるんだが、グループデート参加しないか?」
は?
話題変えすぎじゃないの?




