六月三十日夜
学校帰りに千秋に拉致られた。
そのまま軽くお互いの近況交換。
向かっているのは逸美のウチらしい。
「仕事見つかりそうかー?」
「うるせぇ」
「まだかぁ」
軽い感じで笑われてムカつく。
「怒るなよ。これでも協力したつもりなんだからさ」
協力?
「一年同じ職場で頑張るってヤツ。飛鳥ちゃんも考えられて、お前の方もちゃんと考えられるんじゃね?」
「提案者、お前かよ!」
「だってさぁ、有り得ない。その一言で選外宣告ってどーよって思うしさ。クセ有りでも二人ともいいヤツだしってさ、思ったんだよ。飛鳥ちゃんはきょーだいみたいなもんだし、健はダチだしさ」
有り得ない。かよ。
「誰だったら有り得るんだよ。あの女」
「誰でもダメなんじゃないかなぁ」
健の将来的にも悪い条件じゃないだろと声が届く。それは余計なお世話ってヤツだ。
「ロクでもない人生スタートだったからってそのまんま、ロクでもないままにいなきゃいけないってわけじゃねぇし」
俺もたぶん飛鳥もロクでもないスタートなんだろう。
欠けてることはわかっても何がどんなふうにどれだけ欠けてるのかなんてわからない。
わかったふうに言いやがってと文句をつければ間違いなく『わかるわけないだろう』と言い返される。
『理解されたいの?』
昔、聞かれて答えられなかった。
きっと、わかるわけがない。と思っているから。
理解してるよ。なんて顔をされたら、絶対に許せなかった。
「ばっかじゃねーの」
バカにしきった見下す眼差し。
ちょっとした千秋の口癖。
「見えて感じた部分を知るだけなんだから、本人とズレが出てて当然だろ」
苛立って殴りそうだった。
「しぃイジメんのはダメだけど、僕としてはさ、健のコトは嫌いじゃねーよ?」
アレはまだ小学生だった。
編入してきたあいつらは毛色が違ったから、ターゲットにしたんだ。
周りの全部が嫌いだった。
両親共がそばにいないらしい余所者のあいつらを選ぶのは自然で当然だった。
最初、言葉に反応してきたのは千秋。
鎮はほとんど反応しなかったから。
ただ、千秋をおろおろと見守っている。
あの頃の鎮の口癖は「お兄ちゃんだから」。
その言葉が千秋をイラつかせるのに気がつくコトもなく繰り返す。
二人とも、俺と同じで何かが欠けてた。
だから、千秋とつるむのは楽だったんだ。
決闘ごっこも悪戯も。
知ろうとはしても理解しようとはしない千秋は俺にとって居心地がいいんだろう。
「だろう? 俺が提案しなきゃ問答無用で御断り。そのまま防壁が上がっていくんだから感謝してほしいね」
ゆらゆらと揺れた影にムカつく。
「納得、出来るかっ!」
ふざけるなと叫びたい。お前に何がわかるんだと。
「……。そっか。悪かったな、余計なことしてさ」
返ってきた声は静かだった。
丸に近い月が空から見下ろしてくる夜。
千秋は一歩先を歩いたまま振り返らない。
赤い髪は見慣れた鎮よりいつの間にか少し長め。そこに違和感を抱くのは会わずにいた時間の長さ。
細いが、身長自体は俺より高い。ゆったりしたジャケットが潮風に揺れる。
選択肢は千秋が作った。それは事実だろう。飛鳥が頑なに壁を建築することは理解できるし。
やっていこうと思う自分を後悔はしていないんだ。
「イヤ。うまくいきっこねーって思って言ったわけじゃねぇんだろ?」
だとしたらマジ怒るけどな。
「健がやる気になったらなんだってできるさ。そこらへんの奴より、飛鳥ちゃんのことだってわかってやれる。だからって必要以上に過保護にはしねーだろ」
「なんだって、ってな」
できるわけないだろうと思う。それでもこそばゆい感覚。そんな肯定されるとは思ってなかった。
「できるよ。健は無理だって目を背けてるけど、ちゃんと見てるだろ?」
やれるさと何気ないことのように言われる。
「失敗したって、終わるわけじゃなければいくらでも巻き返せる。健なら大丈夫。……いい月だよなぁ」
月は綺麗に輝いてる。
「まず、仕事を考えねぇと」
「まず、まっとうな職場だな」
「おう!」
声がでかいと笑われる。夜なんだから落とせと。
「今年さー」
「んー」
「試験受けそびれて、落とした」
「は?」
学業的に引っかかったコトがない千秋が?
「ちょっと、ヘコむよなぁ」
「まだ先はあるだろ」
プッと吹き出された。そのままさっき千秋が言った言葉を返しそうになった。そうしたらきっと爆笑されてただろう。
「安っぽい慰めが返ってきた」
笑われる。
「安っぽい慰めで悪かったな」
「いやいや。ゆーじょーだなぁって感謝を新たにだねぇ」
軽い言葉のやりとり。
「宗くんや恭くんともこんな感じー?」
「あいつらの友達は時に下僕と同意だからこんな感じのわけがねーだろ」
振り返って、上から下まで見られてまた吹き出す。
「下僕って!」
「ほっとけ」
逸美を交えて三人で駄弁る。旅館の従業員宿舎の縁側で。
声を落としぎみなのは庭を挟んだ向こう側にある長期滞在用の離れの客室が埋まっているからだ。
「鎮は空ねぇと幸せそうだよなぁ」
千秋はぶらりと足を揺らして月を見る。
「今日もデートみたいだもんね。浜のそぞろ歩きは〆の定番かなぁ」
「そっか〜月もいいし、いいデート日よりかぁ」
たしか誕生日だし、な。
ん?
「千秋」
「ぉう?」
「誕生日?」
「ああ、そうだけど?」
表情は何を今更言ってんの? と言わんばかり。逸美が持ってきた紙パックのフルーツミックスを吸い上げる。
えっと、なんとなく、気不味い。
千秋がパタンと後ろに倒れる。紙パックがそっと横に置かれてる。
「鎮も、隆維もさ。言われたからなんだよなぁ」
日本人にはまずない緑の色が不安そうに揺れた。
ああ。こいつ今不安定だ。
電話で感じたもう掛けてこないんじゃないかと思わせられた違和感。
「は?」
「鎮はさ、大好きな母代わりだった女に『弟』を愛してあげてって言われてさー。隆維は祥晴に言われなきゃ俺に着拒した事もどーでもいいコトって思ってるんだよなぁー」
「千秋?」
「それってさぁ、すっげーさ。惨めくね?」
すっげー不安なんだって思う。笑って言うからすっげー痛え。
言葉を選べない。
なんて伝えればいいかわからねぇ。
きっと理解してほしいわけじゃないだろう。
「隆維君は自分で納得しないと動かないよ。千秋はしたいようにしていてよ。それを見ているのが好きなんだから」
何処か変に落ち込む千秋に逸美が慰めの言葉をかける。
確かに隆維は言われたからって動かないだろう。あいつ自身が納得しないとうごかねぇ。
「千秋は。強がって突っ走るのが似合うから」
逸美が視線を流しながら告げる。
「んだよ。それ、かっこ悪りぃ」
「えー。かっこいいよ?」
照れ臭そうに逸美がはにかむ。
「だから。今ココで同じ時間をありがとう。ここに居てくれて嬉しいから。出会ってくれてありがとう。そういうお誕生日おめでとうもありだよね?」
スッと千秋が照れたのがわかった。
「ふぁ!?」
なんか照れ臭くて空を見上げたら逸美が大きな声をあげた。
「あ?」
視線を向ければぎゅうぎゅうと千秋に抱きつかれている逸美がいた。
「……ありがとう。逸美」
「っやぁ! ちょっ! 耳に息がかかるぅ!!」
心持ちエロい返礼を受ける逸美がいた。
「俺も千秋が喧嘩相手で良かったと思ってるぜ。……おかえり」
この町に。
少しだけ距離を置いて返礼を拒否る。
「ただいま」
ハグさせろと言わんばかりに動く手を見つつ首を横に振る。
つーか。
「千秋、逸美を解放してやれ」
「逸美は耳弱い?」
「耳が感じやすいポイントな人は多いと思うの!」
千秋に覗き込まれた逸美が真っ赤になって否定なのか肯定なのか、ただの言い訳なのかわからねぇ言葉を叫んだ。
からりと引き戸がスライドした音が聞こえた。
長期滞在に泊まっているお客だ。逸美が慌てて口元を押さえる。
「サム」
千秋がすっと不安の抜けた表情で笑いかけ呼びかる。
「布団体験どう?」
するりと逸見が解放される。
「面白いですよ。ただ、先生とは早めに休むという約束があったんじゃないのでは?」
「あー、んー。ちょっとハイテンション?」
「お食事後にお薬は?」
気まずげに一歩後退る千秋。
「友人たちとの時間優先で」
「調子、悪いの?」
逸美の心配そうな声。
ラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
空ちゃん話題で。
お借りしました。




