ごっこ遊び
インターホンのむこうにいた相手を見て、桐子叔母さんが「あらあら」とイタズラを思いついたような笑顔。
「雨が降ったみたいね。亨君、浴室使えるか見てきてくれる? それとタオルを」
「はい」
雨宿りに知り合いが来たのかと思う。
いそいそと玄関に向かう叔母さん、僕は浴室の方に。タオル系もそっちだし。
散らかったりはしていないけど、急ぎで洗濯機や乾燥機を使うことも考えてチェックしておく。
大丈夫。
バスタオルを一応二枚持って僕も玄関へ向かう。
「こんばんは。いらっしゃい。空ちゃん」
「急にごめん。桐子さん」
鎮さんの声と重なる空さんの声。
ふふっと桐子叔母さんの企みに満ちた笑いが聞こえた。
「ほんと、急ね。さぁ、早く上がってね。風邪をひいちゃうわ。おかーさんびっくりしちゃったぁ」
桐子叔母さんが鎮さんにいきなりごっこ遊び仕掛けた!?
「おかえりなさい。兄さん。こんばんは。空さん」
少し、驚いたけど、ここはのっておく。
「お母さん、着替えはどうしよう?」
降り出したという雨は強めだったのか、結構濡れていて服が張り付き視線のやり場に困る。うん。タオルを広げて空さんに渡す。
「亨君は空ちゃんを浴室に案内してあげてね。鎮君はザッと水気を拭いたら、お部屋に着替え残ってるから大丈夫ね?」
くるくると設定を考えてみる。
叔母さんの言う衣類ストックに心あたりはある。
「兄さんが大学に行ってから僕が部屋を占領してるから、すぐ説明に上がるね。僕のゾーン散らかしちゃイヤだからね。じゃあ、空さんこっちです」
兄弟の言葉使いってもう少し軽いかなぁ?
参考が叔父さんたちだと難しいや。
叔母さんが鎮さんにどこまで説明するかは別として、空さんに説明しておかないと。
「少し、無理のある設定だったと思います?」
「え?」
「家族ごっこをしようという話をしていたところだったんです。だから、たぶん、叔母、未来の嫁と姑ごっこができそうってはしゃいでる気がします。もし、よければのってくださると嬉しいです。ひとりっ子なので、疑似兄に未来の兄嫁っていう設定にちょっと僕もはしゃいでるんです。少なくとも、『長男が彼女連れ帰ったよ』という設定だと思います。えっと、困るなら叔母に伝えますから、いつでも言ってくださいね」
きっと、まだ飲み込めてなさそうな空さんを浴室において、僕は二階の自室に急ぐ。
困惑した表情の鎮さんがいた。桐子叔母さん説明してない〜。
「ごっこ遊びですよ。こっちのクリアボックスに『兄さん』の着替え入ってます」
簡単に一言。
「俺のっていうか」
僕にはおっきすぎるんですよね。パジャマにするにはパジャマ持ってますし。
男子の成長期はまだあります。終わってませんからね。
「ごっこ遊び?」
「ごっこ遊びです。潤叔父がお父さんで桐子叔母がお母さん、鎮さんが長男で僕が次男かと」
「ごっこ……遊び」
飲みこめないと言うかどう対応していいのかわからないと言う表情で繰り返される。苦手なのかな?
「イヤですか? 僕はひとりっ子なので少し楽しいのですけど。イヤなら桐子叔母さんにきっぱり告げないと空さんも巻き込まれますよ?」
衣料ストックがあるということは、そのぐらいの会話は成立させられる立場ですよね?
「巻き込まれる?」
そうです。
「嫁と姑体験会に」
フッと鎮さんが笑った。
「空にいじられる部分も、桐子さんがキツくあたるようなどろどろ展開はありえない!」
どろどろ展開は想像外でした。嫁姑体験会はどろどろイメージですか。今度母様に聞いてみようっと。
「はい。参加いただきました。じゃあ、弟として一言」
「え?」
「女の子を連れ回すには時間、遅くありませんか?」
「うっ」
着替えながらもひるむ鎮さん。
「遊び相手ではなく、特別な彼女さんですよね?」
節度を守りましょうよ。
「すみませんでした」
正座されました。
向かいあってみます。
「遊び相手だとしても感心はできませんよ?」
そりゃあスキンシップの激しさに目撃者がドキマギするのを責任とれはちょっと言い難いですが、場所は選んで欲しいですよね。
「遊び相手じゃねーし」
「それは素敵ですね。やっぱり、結婚するなら卒業して就職一年過ぎた頃ですか?」
安心して生活費をと思うとそのくらいかなぁなんて思っちゃいます。
就職難ともまだまだ言われてますしね。幸せストーリー大好きです。叔父と桐子叔母さんの結婚もすっごく嬉しくて、叔父がヘマらないか心配だったものだし。
「え」
「え?」
あれ?
なんだろう。今、不思議な違和感が? 『え』? どこか疑問符が入る必要のある要素がありましたか?
「遊び相手じゃないんですから、結婚前提ですよね?」
たじろいだ? なぜ、たじろぐんです?
「遊び相手ではなく、特別だけど、結婚前提では、ない。と?」
視線逸らさない!
「周囲公認である自覚はあるんですよね?」
視線を泳がせてから頷く。
空さんのことは見たり聞いた話を総合する限り、穏やかで優しい女性という評判が主ですからね。
周りは既に壊れなければ、そのままゴールインくらいに思っているイメージがあります。
……もしかしたら学生ながらも『おめでた婚』と邪推してる人だっているでしょう。
それなのに、本人が結婚前提の意思はない?
「不誠実だと思います」
「なんで、こんな会話に……?」
鎮さんが不思議そうです。僕もです。でも譲れません。
納得できません。
「特別だけど結婚まで至らない理由として、空さんに不満があるんですか?」
「空に不満があるわけないだろ!」
ああ。
「自身の問題ですか?」
なんだ。
視線が逸らされる。
「空さんは好きですか?」
「あたり前だろう」
迷わず綺麗に答えが返る。好きなんだなぁと思います。
「空さんの外見ですか?」
「空は完璧だし」
答える緑のかかった瞳は真っ直ぐ僕を見返す。
「外見が?」
「外見だけじゃなくて全部だよ。恥ずかしがり屋なとこも、芯がちゃんとしっかりしてるトコも全部!」
「ダメなところは?」
「ねーよ。あったとしても俺からしたら全部、可愛くて最高な部分だからな」
えへんとばかりに惚気る。うてば響くように迷いなく即答。小さく「やらねぇから」と呟きが足されている。
きっと、簡単なことなんだ。
「じゃあ、結婚前提を考えられない理由はなんですか? 空さんの気持ちが実は他にあるとか?」
考えられないけれど、人の心は複雑で見えるものだけが真実とは限らないと言うのが父と叔父たちの数少ない一致意見だ。
「そんなわけねーよ! 空は俺が好きだし、……俺の……だし」
恋人って意味だよね。
つまり両思いの自信はある。
「確かに確実に必要なコト。ではないですけど、安心できる約束の形ですよ?」
「……でも」
結婚を匂わせるとどこか引ける。
「責任を担うのが嫌? 楽でありたい? というコトですか?」
それはあまり尊敬できない。
「そうじゃなくて!」
「そうじゃなくて?」
たぶん、自分に自信がないんだ。
背も高くて運動もできて、可愛い彼女も弟妹もいて、恋人との身長差も丁度良くて、進学も問題ないのに自分に自信がないんだ。身長に恵まれてるのに。
「うまく言えねぇ」
視線が逸らされる。
「兄さん自身のコトなら、簡単じゃないですか」
びくりと肩が震えた気がした。
「ふさわしくないって気がひけるなら、ふさわしくなるだけでしょう?」
「はぁっ!?」
なんで驚かれるの?
「だって、今の自分がイヤならその部分を変えていけばいいんでしょう?」
それだけ。ですよね?
「いや、んな簡単に……」
「人は成長するという変化していく生き物です。積み重ねていけばいつかたどり着きたいところにたどり着けるんです」
「んな簡単なコトじゃねーし」
視線が物凄く逸らされてます。好きな相手のためにふさわしくありたいと努力していくだけですよね?
「……。簡単です。ただ、もっと簡単なのが、手をつけず、『できない』とはじめから放棄するコトです。ただ、僕はそれを期待してくれる人への裏切りだと思います」
呼吸を整えて、見据える。
ちょっとだけ墨をすりたくなる。
「誰かじゃなくて、大切な特別のためにふさわしく変わりたいという行動を放棄するのなら、僕はそれを彼女に対する不誠実さだと感じます。行動は少しずつでも、いつでもできます。やめなければ目指していけます」
黙りこむ姿に言い過ぎたのかと思う。
「兄さんは、一人ですか?」
フルリと頭が横に揺れる。
良かった。
「兄さんは誰にも助けてもらえないと思ってますか?」
「んなことない」
「空さんは、ふさわしく変わりたい兄さんを応援してくれないんですか?」
「応援してくれてるよ」
ああ。そっか。
「がんばってる最中だったんですね。なんだか、余計なコト言っちゃいましたね」
うわぁ。
恥ずかしい。
きっと、顔真っ赤になっちゃってるよ。
「うまくできるかなんてわかんねーから先のコトは考えられねーんだよ」
「え? やっていくんですからうまくいくに決まっているじゃないですか」
鎮兄さんの発言が不思議で首を傾げてしまいます。努力する姿を見て応援する人はいますし、分かりにくい変化でも見ている人っているものですよ。
好きな相手のために頑張りたいという行動を誰が邪魔するんです。
父様もよく、潤叔父さんに必要な試練だよ。といって応援してらっしゃいます。
必要な対応力を上げるための試練はあるでしょう。でも成長する為に便利ですよね。
「は? なにその自信」
「積み重ねていく経験が無駄になるコトがあるわけないじゃないですか」
「え?」
「諦めて手放してしまわない限り、経験は宝物なんですよ?」
なぜ、疑問符が返ってくるんですか?
「そろそろ、下に戻りましょうか」
「お、おう」
『キラキラを探して〜うろな町散歩〜』
http://book1.adouzi.eu.org/n7439br/
より青空空ちゃんお借りしました〜




