女王様とゲボク
彼との出会いはゼリーの散歩中。
庭からの護衛は基本ミツルコンビしか知らない。(エルザは護衛じゃないから)直接、声をかけてくるのは今までミツルだけだった。
それなのに彼は近づいてきた。
「おはようございます。姫」
ゆっくりと帽子を取ってごあいさつ。後ろについた呼称にぎょっとする。
「……。姫じゃないわ」
「じゃあ、マスター?」
彼は帽子をかぶりなおしながら笑ってる。背は高いなと思う。
「私は日生芹香だわ」
「でも。貴女の立ち位置は変わりませんよ」
知ってる。でも指摘されるのはキライなのよ。おっさん。
「貴方、ダレ?」
「ケイ、と申します。うろなでのウチの者たちの治療担当者をしております」
治療担当者?
確かに正規の病院は嫌いな人も多いと聞いている。
「ねぇ」
「はい」
「普通に話してちょうだい」
バカにされてる気分になれる。口調からかと思ったから、変えろと要求してみる。
「じゃあ、姫」
少し、フランク。でも、呼称!
「芹香よ」
訂正する。
「……女王様。お散歩の邪魔をした理由なんですけどね」
「……。聞いてあげてよ。ゲボク」
「靴底でも舐めます?」
妥協したら調子に乗られた。
思いっきり見下しておく。
「汚いから結構」
「失礼致しました。本題に入ります」
「早く済ませて」
くだらない会話を楽しむには空気がなんだかいけ好かない。もっと上手にあしらえるようにならなくちゃ。
ゼリーは横でパタパタ尻尾を振っている。愛想ふらなくていいわよ?
「少量ばかり採血させていただきたいんですよね」
「……断るわ。第一、マンディが」
「許可は頂いてます。昨年の夏のサンプルは確保までに汚染が有り、鮮度維持も出来てませんでしたからね。もったいないことです」
ゲボクのクセに偉そうに。
「……断るわ。と言ったわ」
「断りませんよ。聞いてくださいね。続きを」
シツコイ。
「……言ってごらんなさいよ」
「精製後の投与対象者は、千秋ですね。現在試薬投与で問題はありませんが、在庫が少ないんですよ」
空気が固まった気がした。
グリフ兄さんは千秋兄をそういう使い方にする気はなかったはずで。マンディだって、千秋兄のことは息子として愛していた。
薬品としてまだ、リスクはあるはずだった。帰った時、『あともう少し実験が必要だ』とフローリア達研究グループは言っていた。
私はどんな効果の薬品なのかは説明されてない。ただの原料に知る必要はないと。
「……なんで?」
「必要だったからとしか。マンディとしても苦渋の判断ですね……。……それで、採血協力はしていただけますか?」
「……必要なの?」
どーゆー理由で?
ねぇ。実験対象者が必要だったの?
それとも、千秋兄に薬が必要だったの?
どーゆーこと?
「他の薬品より確実な効果なだけですね。見棄てるならしかたないでしょう」
この言葉じゃどっちかわからない。
「千秋兄を利用するの?」
「選ぶのは女王様でしょう?」
今の私に権力なんかないわ。いまだにあそこは母の庭。
「ねぇ」
「はい」
「千秋兄に何があったの?」
「本人にどうぞ。ああ、薬の原料について彼は知りませんからね。おそらく、どういう効果をもたらす薬かも」
「……そう」
研究を進めた先を私は知らない。
でも、兄さんが苦しい思いをするのはイヤだった。




