うろな南小学校 椎野郁臣
「郁! 紹介しといたげるわ!」
唐突な芹香ちゃんの言葉にびくりと反応してしまう。芹香ちゃんは悪気なく高圧的だ。
そこに居たのは一年生の女の子。
「果菜ちゃんのルートって郁のウチの手前だから、覚えておいてあげて」
もっと早く紹介しようと思ってたのよ。と芹香ちゃんは笑う。
そう言えば集団登校のグループは違うからよく知らないけど、見かけてた気がする。
「五年の椎野郁臣です。よろしくね」
「小林果菜です」
名乗って、ご挨拶をする姿はかわいらしい。
って、小林?
多い姓だとは思うけど、チラッと芹香ちゃんを見る。
芹香ちゃんはふっと胸をそらす。
……ブラ、を、使い始める女子も多い中、芹香ちゃんと山辺さんはまぁ、その、平たい。
「ねぇ、郁、いま、ろくでもないこと考えたでしょう?」
グリグリと足を踏まれる。
何でわかるの?
暴力反対。
「小林先生の長女なの!」
だからどうして芹香ちゃんが得意気?
「小林先生とかには家けっこうお世話になってるからね。兄達が問題児続きだと妹としても大変なのよ」
しみじみと頷くと、さらさらとプラチナブロンド(芹香ちゃんの強い主張)が揺れる。
「あ。次の授業はじまっちゃう! じゃあね、果菜ちゃん、このおにーさんが意地悪だったらすぐ言いつけてね!」
「いじめないから! じゃあ、果菜ちゃん、またね」
手を振るとにこにこと手を振り返して「さようなら」してくれる。
芹香ちゃんに引っ張りまわされると、知り合いが増える。
初見で、一歩足が引けた存在に強制的に近づくハメになったあの日。
『天狗仮面っていうのよ! かっこいいんだから!』
ジャージ姿に唐草マント。赤い仮面はぐぐっと鼻が高くてその目は周囲を睨みつけるよう。
遠足で見に行ったお寺の仁王像に似てる気がする。
今では馴れたけど、初対面のあの日のことはパニックであんまり覚えていない。
今ではある意味ご当地キャラだよね。と受け入れ完了だ。
お手軽おやつなら『オクダ屋』。訛りが不思議な優しいおばあちゃんのお店だ。
『怪人が現れることもあるって噂があるわ』
芹香ちゃんはくるくるよく走ってる。
商店街のお店から顔を出したおじさんに気軽く手を振ってご挨拶。
離れてから、
『悪いことしたら、前田のオジサン、コワいんだから!』
と楽しそうに笑う。天狗仮面とどっちがコワいの? と聞いたら真剣に悩んでた。
結論は、『町で悪いことしなきゃいいのよ』だったけど。
『まだ出来て間もないからキレイなのよ!』
そう言って指したのは真新しいトレーニングジム。
プールもダンススクールもあるのだと楽しげだ。
習ってるのかと聞けば首を横に振ったけど。
習うのかと聞かれて、僕も首を横に振った。多分、そんな金銭的余裕は今の僕の家にはないのだ。
芹香ちゃんに振り回されるのは少し大変だけど、この町で、生活の変化に気を塞いでいる時間が確かになくて。
本当に、許してもらえてるのかどうかはわからないけれど、山辺さんとも少しは言葉を交わせるようになった。
「芹香ちゃん」
「なぁに? 急がないと授業に遅れちゃうわよ?」
芹香ちゃんはこれっぽちも気にしてるように見えない。
ただいつものように『早く』と手を引くだけだ。
「ありがと」
ぴたんと足を止めた芹香ちゃんの手をとって、今度は僕が前をいく。
「急がないと遅れちゃうんだよね」
「そ、そうよ!」
珍しく震えた声に振り返って表情を確認したくなるけど、きっと僕も照れくさすぎるから見られたくないんだ。
『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
小林果菜ちゃん、一年生!
『うろな町の森に住んでみた、ちょっと緩い少女のお話』
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前田のオジサマ
『ユーザーネームを入力して下さい。』
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スポーツジム
『不法滞在宇宙人』
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院部くんの噂話
『うろなの小さな夏休み』
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『オクダ屋』
『うろな天狗の仮面の秘密』
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天狗仮面様
お借りしました。




