間違える
「お前がこういうことに絡むことを嫌がるだろうな」
甥は柔軟体操をしながら不思議そうに見てくる。
「そうかな? 必要な役割分担だと思うんだけど」
「それにああいう対処は」
誰に習ったんだと思う。
「三波大叔父さんと恭兄さんだよ。教えてくれたの。話を聞いてくれやすくなるってね」
それはそうだろうと思う。
トラウマを刺激して精神的に追い詰めて逃げ道を断っていく。縋る先はその手しかないと誤認させる。
甥は意図せずやっている。
三波叔父のそれはストーカー対策なんだろうけどと思う。
質は良くない。わかってはいるが、効率的だとも判断してしまう。
優しくはない。だけど、大事なもの以外に注ぐ優しさの余禄はない。
そこを思えば、完全におとしてしまうのが後腐れなくていいとは思うけれど、一度ならず接触している以上、『彼』に気がつかれない方がいいという希望もあるんだろう。
何かを察することはあっても確信を持てないように。
なんて面倒臭い。
基本的に交渉ごとは苦手だ。
「とてもにおいに敏感なんだ。だから恭兄さんは知らなくていい。それで理解してくれる」
「それでいいのか?」
そばにいたいと望んでいるのではないのか?
「常にそばにいることがそばにいることじゃないでしょ? いつだって距離感は間違えちゃいけないんだ」
まぁ、甥自身が望むならいいかとも思う。
兄の意図に沿っての結婚話。向こうのおっさんに気に入られた自覚はあって、その孫娘との結婚話。むこうの都合で流れた。
次に来たのは養子縁組。流れた理由は彼女が乙女でなかったから。
そんなこと気にしないのにと伝えれば面子の問題と笑われた。望むなら愛人にと提供すると笑われた。
彼女は外を知ることなく生きるのだろう。
それでも、『生きてきて私を見てくださった方は兄だけなのです』と微笑む少女は苦痛を封印する。
兄を兄と呼べず、自らに自分ではなく『母』を見る男に縋って生きてきた少女。
少女にとって兄が救いな世界。
兄は妹の地獄を知らない。無邪気に笑っているのは本心。
兄の前でだけ無垢な何も知らない少女でいられる。それでも、陰る。自分より不幸であろう兄を見て自分の自尊心を満たしているのかもしれないと微笑む。
彼女は破談になることを予想していた。
彼女自身を守る人物は、兄だけであり、兄を守ることは妹の心の支えだった。
それは、兄の父の家族の知らない事実。
認知もなく生まれた子供達に手を伸ばそうと努力した手は届かずに拒絶される。
慰謝料は子供には届かない。子供達は生まれなかった。
歪んで生きた少女は歪んだ中で真っ直ぐに。
傷ついてぼろぼろでいいからとただ、兄を望む。
大元の原因は兄の父。
手を下した段階で被害者は加害者に変わる。
哀れだと思う。
息を吐く甥が頭を下げる。
頷いて瞑想準備に入る甥を見送る。
「ロバータ。罪は罪を呼ぶな」
聞こえてないと知りつつ、髪を撫でる。
歪んで生きているのは自分もな自覚はある。
何も見たくなかったから。
ウチで歪んで生きていないものなんているのだろうか?
歪なりに父が家族を守る気はあったと知ったのは最近。
人を覚えるのは苦手。
それでも、この町でそれなりに人を覚えた。
「妹が優しい夢の中で暮らせるように手配しよう。だから、大人しくこれ以上の干渉の手を伸ばそうとしないように」
この町を出て新しい生活。
気が重い。兄と距離ができる。
それでも、まぁ、いいかとも思う。




