くらい場所
楽しい。
楽しい。
画像の中で泣くのは弟。
同じ穢らわしい血をひいた弟。
幸せに笑って、幸せを求めていくなんて許せない。
知らない。
そんな言い訳認めない。
関係ない?
血の繋がりはあるの。
楽しい。
楽しい。
あの男の血をひくのに幸せになるなんて許されない。
汚れればいい。
どこまでも堕ちればいい。
底辺で不幸に溺れて沈むのが似合いだ。
もう一人は、どうしよう?
幸せを望んでいいなんて勘違いをしそうなら、修正すべき。
私も含めて、幸せになるなんて許されないの。
ねぇ。かわいい子を巻き込みたくはないわよね。
幸せになるなんて、私たちには許されないの。
あなたは理解していると思ったのに。
どうして幸せになりたいなんて分不相応なことを思うのかしら?
知ってる?
納得なんかできないのよ。
恋人を蹂躙された男は目を反らせても、愛娘を蹂躙された親はそうはいかない。
姉を妹を追い詰めて壊した相手を許すなんて有り得ない。
泣き寝入りしても不満は募る。
憎しみは募る。
壊れた人生は一人分じゃない。
だから。
身勝手に幸せになっちゃいけないの。
惨めな底辺にいることこそ一番の幸福と思わなきゃいけないの。
少しでも、彼らの気が晴れるように。
わかるでしょ?
守られる価値も、愛される価値も私たちにはないわよね?
私たちの罪はあの男の血をひきながら、生きていること。
生まれ落ちた時から罪人だわ。
だから、生きてる限り身勝手に幸せを望んではいけないの。
罪は贖わなければならないわよね。
だから、私は弟をひっそり幸せを望もうとしたあの男の血をひくきょうだいを探して、差し出すの。
幸せになろうとなんてしちゃいけないわよね。
知っていても、知らなくても、幸せになってはいけない。
相応しい位置から抜けてはいけない。
あなたが幸せを求めるなら、私はそれを引きずりおろすやり方を考えなくちゃいけないわ。
楽しい。
楽しい。
楽しいの。
幸せを望んで生きて、それが正しいと信じた子が泣いているの。
ままならない強制される環境に従うしかなくて、泣いているの。
そう。
こうでなくちゃいけないわ。
理不尽に泣いて、従うしかないの。
愛されるなんて、守られるなんて分不相応な生き方だもの。
使い捨てられ破棄されるべき存在なのにね。
弟の泣き声はとても甘い。
「ロバータ」
異父妹の声に動画を止める。
「どうかしたの?」
幸せになって欲しいかわいい妹。
彼女の上にもあの男から齎された不幸がかかる。
他のやつらなんか、不幸に溺れて沈め。
「似合うかしら?」
小さくドアに隙間を作って部分だけ見せてくる白いドレスは花嫁衣装。
良い男に嫁ぐ。
私に出来たのは守ることだけ。
妹が生まれて、私を見た母は死を選んだ。
私がいたから妹に母はいない。
あの男から引き継いだ赤い髪。あの男から受け継いだ緑の目。
養父は責めない。
ただ、目を逸らす。
養父に子供はいないものになった。
私は、愛した女の子供から恨めしい男の血をひく子になった。
妹が母に似ていることに養父は気がつかない。
私は妹だけを守る。
自分以上にあの男に似た弟たち。
罰を受けるべきはあなた達だ。
「本当は兄さんにも見てもらいたいのよ」
するりと入ってきて私の腕に額をあてながら、気落ちするように囁かれる言葉。
「きっと、幸せを望んでいるわ」
甘い言葉に顔を上げて笑う。
「もぅ。会ったこともないのに」
「そうね」
彼はもういないの。
だから、妹を妹と呼べないの。
それでも望むのはあなたの幸せ。
私がいるせいであなたが傷つくなら私はいらないの。
「まさか、幸せになる資格があると思ってたの?」
沈黙が返る。
「きっと、あの子が強がっても一度堕ちれば早いわよね。きっと、あの子が強がれば、それだけ憂さを晴らせるでしょうね。ねぇ。それはあなたが守ってきたからね。『知らない』それが罪なの」
身動ぎ。
ねぇ。あなたが幸せになる資格なんかない。
幸せになろうとなんて許されないの。
「ダメですよ。鎮さんには幸せになってもらわないと困るんですから」
黒髪の少年が笑う。
目の前に立つのがあの子ではないことに気がつく。
夢?
「だから、調べたんです。妹さんのことも、あなたのことも」
調べた?
「不幸だったと思いますが、拡げてはいけないことですよ。それに私怨でしょう? 自分だけが不幸なのが許せないという」
わかったように言うな!
「なにがわかる!」
「わかりませんよ。わかるのはあなたが嫌いな父親の息子としてその存在性も引き継いだと言うことでしょうか」
言葉が理解できない。この少年はなにを言ってる? 私の判別力も妙に落ちている。頭に血が上る。冷静にと囁く理性が役にたたない。
ここは、どこ?
「あんな男、関係ない」
「そうですか。鎮さんも千秋さんも関係ありませんよ?」
カンに触る喋り方。あるべき姿を否定する権利などないのに。
「知らないから?」
「悪いのはあなたでもなかったのに。手を出せば、あなたも、いえ、あなたが悪いことになるんです」
眼差しは哀れむように私を見てる。
「子供に責任を負わせ、とらせることは間違っていると思いませんか? 母の不貞の責を娘にとらせるとか酷いでしょう?」
少年は屈みこんで頭を撫でてくる。
「兄を探して、父に縋ったそうですよ。妹さん、お母様に似てらっしゃったとか」
表情は見えない。
撫でてくる手はどこか柔らかい動き。
「お父様、お母様を愛してらしたんですね」
悔しくて涙が出る。
抉られるのは封じていた過去の傷。
心を病んでいても父は母を望んだ。
その母は自ら死を選んだ。
父はじわじわと死んでいってた。母の死は耐えられなかったのだろう。
だから、無関心な父を恨むことなどできなかった。
いっそ殺してくれてよかったのに、生きて放り出された場所は贖罪の場。
父の見る前で実父の罪を謝罪する。
それは決して許されることのない世界。
父から母を奪った自分が許せるはずがなかった。
誰が拾い上げてくれたのか、そんな些細は知らない。
あの男の血を引くのに幸せに許されて生きていくなんか間違っている。
「怒りを向けるなら本人か、親世代でしょうにね。だって、あなたのお母様が誘惑した訳でもあなたが誘導した訳でもないんですから」
「納得できる訳ないだろ?」
「本人を傷つけられないから、代わりに抵抗できない子供を。という考えは納得できませんよ?」
会話ができない。繋がらない。
「まぁいいんですけどね」
頭部から指が遠ざかる。
ヘッドホンが合わせられた。
聞こえてきたものに拒絶心が強く起こる。
流れてくるのは自分の声。
外そうと暴れようとしても自由がきかない。
見上げれば、不思議そうに見下ろしてくるその表情は微かな笑み混じり。
その手には見覚えのあるUSB。
自分の声が遠ざかる。
「こーゆーのって一度出ちゃうと回収って難しいんですよね」
その表情は不愉快そうで、昔に引きずられているのか、謝罪を入れなくてはいけない罪悪感に、脅迫観念に支配される。
「どうするんだ?」
そう聞いたのは黒髪の男。
「ちょっとアレですがこちらは彼女にお願いします。こーゆーのは早々に始末しておきたいですから」
少年は少し不快な響きを含ませた声で応えている。
ふと気がついたように少年がにこりと笑う。
ヘッドホンからの音量が上がる。
少年の指が髪に差し込まれる。
「コレね。けっこう簡単に手に入ったんですよ?」
ずれたヘッドホン。聞こえてくるのは過去の声。
注がれる視線に敵意はなく、純粋に興味。
ズレを修正して少年は離れていく。
聞こえてくるのは数々の約束事。
幸せなんか望まない。
死ななくて済むなら何でもすると誓った言葉。
父親と同じ男であるのが許されないなら性別なんてどうでもいい。
謝罪・謝罪。
生まれてきてごめんなさい。
でも、死にたくなかった。
何も知らず、何も知らない両親に引き取られた妹を、家の奥で押し込められた弟を彼らに差し出した。
後悔したのは最初だけ。
だってしかたない。
あの男の血を引いてる。
幸せになる可能性は摘まなくちゃ。それに少しだけ開放される。
みんな新しいモノが好きだから。
その時間、罰せられるのは私じゃない。




