猫の話。ランバート
「よお」
彼は華やかだ。立ち姿も自信たっぷりで。どこまでも自由な印象。
「……ザイン」
「久しぶりだな。ランバート」
にぃッと笑って距離を詰められる。
「ああ。っと、結婚したんだって?」
「ああ。もうじき娘も生まれる」
とりあえずの祝辞をと思えば、追加の情報。
「え? そう。おめでとう」
ものすごく気のない声になった。
「まだ、未練があるのか? 軽く遊ぶくらいならいいぞ?」
笑いながら囁かれる。彼にとっては本気になれない遊び。ただの火遊び。
「……ザイン。あまりそーゆー遊びは控えた方がいい」
同じ歳というのもあって庭でもそれ以外でも付き合いはあった。正しくは連れまわされたと言うか。
「まぁ、あんまり気にしないんだがね。忠告は受けておくよ」
それでも距離は詰めたまま。動揺や震えのわかる距離感。
「何しに来たんだ?」
「ランバートの妹ちゃんにちょっと会いにね。ああ。手を出すつもりはないよ?」
「あたり前だ!」
「なにがあたり前なのかは知らないが、その気が俺にはないだけだな」
「そんな遊びに手を出す必要はないだろう?」
「ま、兄貴は死んだからな」
知ってる。兄にだけ興味を示す両親への反発で様々な悪戯に手を染めていたこと。
「ザイン!」
それでも、ザインは兄を嫌ってはいなかった。
「あの茶会で遊ぶ子供達を両親は兄貴を救い得るパーツとしか見てなかったよ。適合率が規定に達する子がいなかったのは幸いだと思うね」
吐き捨てるような言葉。『幸せを求める』庭が持つ主題。ただ、その『しあわせ』は本当に人によって違うことなのだ。
それは『心のしあわせ』なのか『肉体のしあわせ』なのか、それすらも曖昧に混在し、突き詰めるものを迷わせる。
「ザイン」
「俺が適合率低かったからなぁ。まあ、済んだ話。誰も兄貴が存在したことを口に出さないからね。バカバカしいと思わないか?」
後継と言うパーツが両親の欲する『しあわせ』だと認めた時期のザインは荒れていた。
兄ですらパーツかと。
「死んでもいなかったわけじゃないのにな。あの頃の反発は本当は兄貴にじゃなく、両親に向けてだったんだと思う。ただ、見てくれたのが兄貴だけだったんだよ。わかるか? ランバート」
そばにいて、振り回されるだけで、何の救いにもなることはできなかったあの頃。
「ザイン……」
「最初から遊んで捨てやすい相手としてお前を選んだんだよ。当て付け用にさ」
「それは、知ってたけど」
知っていても意味はなかった。自棄になれるぐらいには真っ直ぐさがあったザイン。動けない俺とは違った。
「は? 知ってた? 知ってて受け入れてたのか? 馬鹿かおまえは?」
ほら、そーゆーところが優しい。バカな俺に怒るんだ。
「だってさ、そーしないと苦しかったんだろう? 捌け口が欲しくて苦しかったんだろう? それでも、ザインは千秋たちに優しくしてくれてたろう?」
「消耗される檻の仔羊だからな」
吐き捨てるような言い方。消耗する側に立っている自分を侮蔑するように。
「それだけ? 俺は俺より千秋に好意を寄せられるザインが羨ましかったよ?」
きっと、それ以上に感情を注ぐからこそ子供達は応じたんだと思う。
「喰われる檻の中の生き物だという自覚のない馬鹿な無防備さだろう」
「それでも、優しくしてくれていたろう? 事実は変わらない」
だから、千秋はザインに懐いていた。『次遊びに来るのいつ?』そう言ってグリフ兄さんやマンディを困らせるくらいに。
「おまえは守備能力皆無と言える飼い主だからなぁ」
突き付けられる事実に思考が停止する。
「ぁ」
守ることをしたかったのに結局何の救いにもなれていない。ただ、『イラナイ』から『使用』しようという場所から離せただけだ。
「だからなぁ、猫を一匹俺に任せると言うお姫様の言質を取りたいのさ。本気で壊したくはないだろう?」
猫?
「え?」
ザインは何を言っている?
壊したくないってなんだ?
「俺はさ、あの自分を知らない生き物が好きだったんだよ。檻の中で飼われて喰われるのを待ってる自分を知らない生き物がさ。ほら、屠殺場に行っても事態に気がつかずに懐いてきそうな様がさ。檻の中で気がついている羊は多かったのに」
「ザイン」
「魔女は表舞台に立たない。いないと同じだ。なら檻の中の生き物は食い荒らされるだけだ。管理者は管理しきれない。それより、魔女がメインディッシュと考えられるだろう? 在り方が歪になっているんだよ」
そんなことはどうでもいい。
「ザイン、千秋に何をした?」
「他の誰かに先に喰われるのは惜しいだろう?」
晴れやかに笑われる。
「聞いても構わないが、あの子は同意だと主張すると思うね。かわりにいくつか情報も流したしね。なにも知らない子を閉じ込めるのは本当に簡単だ」
クスクスと突きつけられる皮肉。ただの事実?
「それ以前に認めないだろうしね」
少し、困ったような色が声に乗っている。
「なぁ。ザインは」
好きだったと過去形で語ったけれど。
「なんだ?」
「猫が好きなのか?」
「好きだよ。あの構って欲しくてツンっとする様がたまらなくかわいくないかい?」
ソレ、本気で嫌がられてる可能性は考慮に入れてないよね?
「鎮に会っていく?」
「パス。妹ちゃんだけでいい。番犬とは相性が悪い」
番犬って。
「バート兄?」
外で遊んでいたのか、芹香が呼びながら寄ってくる。
「セリカ」
芹香がじっとザインを見上げる。
「だぁれ?」
「仔猫を拾ったんなら面倒はみるべきだと思うわ!」
「そうだよね。ありがとう」
「面倒をみられないなら拾うべきじゃないもの。バート兄、どうかした?」
「……なんでもない」




