ちょっと報告?
うろなスーパー。
直樹さんの職場。いきなり引き込まれると言う過去の記憶もあるけれど、今日はこちらからの訪問。
「直樹さん、少しだけ、いいかな?」
付添同僚には買い物メモを渡して品物集めを頼んである。
忙しいんだろうから、時間が取れればでいいんだけどとは思う。
心配かけているのを知っているから。
「一応、これ以上心配かけてもなんだし、ちょっと方向性の報告にさ」
ぎろって感じに睨まれる。だって、直樹さんだって忙しいじゃん。そんなふうに言い返したくなるのを抑えてると、入れと招かれて、喋れとうながされる。
「拒絶して距離をとろーとかじゃないんだ」
特に何も言われはしないのに黙って聞いてくれるのにホッとして続ける。
「わかんないからさ。したいと思えるコトがあってさ。たぶん、それはしずも芹香も止めたがることだと思うけど、それでも、その先を見たいから。ちゃんと考えたいからしずと今は距離をとろーと思ってるんだ。そばにいるとどーしてもすぐカッとしちゃうし、ごまかされる気がする。空ねぇにヤキモチ妬いてる自分っていうのもみっともないし、もし、それをぶつけるならそれこそ自分が許せない。というわけで昨日帰国してからまだ家には帰ってないんだ」
流し言って、ああ、言い訳っぽいと思う。大丈夫って安心してほしいのに安心できるような内容でもない気がしてくる。
深呼吸。
「逃げるのかもしれない。でも、やってみたいことがあるのは本当。きっと反対されるのもあたってると思う。それが正しいことだけで出来てるのかって言われたらそれは違ってて、『俺』にキレイなものだけ見てて欲しがるしずとは相容れないんだ」
気楽に言ってみるのを諦めてみる。
そうすると言ってて、ゆっくりと自分を見つけていくしずを見ててイラつく。
俺が何か言えば、しずは萎縮する。進みかけてたものが後退する。
それでも、俺が庭に関わることは嫌がる。理由も説明はしない。
なんとなくジャマされてる気配だけを感じて余計にイラつく。そんなことに気付いていく。
額に軽く弾かれる痛み。軽いデコピン。
『で?』
と聞かれてる心境。なにか、ほつっとこぼれた。
「今、……会いたくないんだ。ホントは誰とも。きっとしずにあたる。会えばぶつける。きっと、今更自分を見つけて幸せなんか求めるなっていっちゃいけないコトを言う。言ってしまえば、しずの先もきっと僕の目指したい先も閉ざされる」
だからダメだ。
何があったと問われてただ首を横にふる。直樹さんの顔が見れない。
「イヤなんだ。ダメなんだ。そんな自分を僕は受け入れたくない。しずが自分を見つけていくのはジャマしたくない。きっと僕としずが向き合えるのはそれからなんだと思う。その前に壊しちゃダメなんだ」
おかしい。
駄々っ子のように泣き言を言いに来たわけじゃなかったのに。
ぐしゃりと髪をかき混ぜられる。わかってる。宥めようとしてくれったって。思考が偏ってるからきっと落ち着かせてそれからって考えてくれたんだと思う。
それなのに、どうしようもなく、ぞっとした。
走り抜けたのは恐怖感。
掴まれた手に自分が逃げかけていたことに気がつく。
「……あ」
顔が、あげられない。
向けられる視線が怖い。
自分に負ける? それは、いやだ。それじゃ、ダメだ。
「だからさ、俺も自分の中……、整理したいし、しばらくさ、落ち着かない気もするけど、ただの、冷却期間だから」
心配しないで……。
耳に届くため息。
「泣きやんでから言え」
「泣いて、ない。泣くような理由なんか、ない」
なんとか吐き出す。
「お前の好きなようにしろ」
間をおいて告げられた直樹さんの言葉に少し驚く。
「それが誰かの都合ではなく、お前の望みだっていうなら、正しかろうが間違っていようが、構わず貫け」
続けられた言葉に安心する。
「辛かったら泣いてもいい。ただし逃げるな」
ツラい?
辛いことなんかない。だって、やりたいことをやるだけだから。
「別に守る方法は一つじゃない」
あいた片手で顔を拭う。袖に染み込む水分。泣いてた?
「その間の鎮の面倒は……、直澄にでも押し付けとけ」
澄兄かぁ。
「……まあ、少しは成長したんじゃねえか。 お前もアイツも」
後押しをしてもらって、ホッとするんだ。成長してるのかなぁ。そこはよくわからない。
逃げる気配がないからか、掴まれた手からも力が抜ける。
うん。大丈夫。
顔を上げれる。ちゃんと、直樹さんを見れる。
「うん。ありがとう」
ふと、振動に気がつくとメッセージ着信がきていて、その数にぎょっとする。
「直樹さん、時間、とらせすぎた?」
気にするなと苦笑いで頭を撫でられる。触れられる恐怖は心の準備があれば大丈夫。逃げずにいたい。
帰らないのは逃げかな。でも、今はダメだから。完全にしたいことが潰れる可能性が高い。
「ちゃんとしたいコトなんだ。停滞してるのはイヤだから、何もできなくてもさ、足掻かないと変わらないんだ」
視線を合わせる。大丈夫。合わせられる。怖くない。したいことを通す。できる。
「直樹さん。心配と、今日の時間、ありがとう。じゃあ、行くね」
メッセージではハトが困っているようで、足が早まる。見つけて声をかければ、手にはふたつの商品。メーカーは違う。
「どっち?」
困りきってる姿がなんかおかしくて少し、悪いと思いつつも笑って、愛用してるメーカーを指差す。買い物メモの攻略具合は三分の二。
モノの五分で攻略してレジへ。
「何を話してた?」
「んー。大したことはなにも。家出中だってくらい。ハトは俺が部屋に転がり込んでんの、イヤか?」
車に荷物を積み込んで、ハトを見上げる。
事務所の仮眠室はハトや他数人の寝部屋。
不満なのかと思ったら、ゆっくりと首が振られる。
「目元が、赤い」
心配だと指摘されて笑う。
「んー。少し、眠い」
眠いのは薬の影響。
事務所は車でならそう遠くはない。
きっと、起きたらうまく振舞える。
ちゃんとできる。
できるって信じてくれた。
だからできる。だから、やれる。
『"うろな町の教育を考える会" 業務日誌』
http://book1.adouzi.eu.org/n6479bq/
『うろな担当見習いの覚え書き』
http://book1.adouzi.eu.org/n0755bz/
『うろな2代目業務日誌』
http://book1.adouzi.eu.org/n0460cb/
高原直樹さんお借りしております。




